スペインかぜ

1918~1919年に世界的に流行したインフルエンザ

スペインかぜスペイン風邪英語: The Spanish Flu (influenza))は、1918年-1921年に世界各国で極めて多くの死者を出したインフルエンザ(当時はインフルエンザかどうかが不明で風邪の扱いをしていた)によるパンデミックの俗称である。第一次世界大戦時に中立国であったため情報統制がされていなかったスペインでの流行が大きく報じられたことに由来する(スペインが最初の発生源という訳ではない)。1918年パンデミックとも呼ばれる。

スペインかぜ
Soldiers from Fort Riley, Kansas, ill with Spanish flu at a hospital ward at Camp Funston
病棟で治療を受けるスペインかぜに罹患したフォート・ ライリー英語版陸軍基地(カンザス州)の兵士
疾病 インフルエンザ
ウイルス株 H1N1
最初の発生 不明
最初の報告 アメリカ合衆国
場所 世界中
日付 1918年1月 – 1920年12月
確定症例数 5億人(推計)[1]
死者数
1700–5000万人(推計)

1918年1月から1920年12月までに世界中で5億人が感染した[2]とされ、これは当時の世界人口の4分の1程度に相当する。その中には太平洋の孤島や北極圏の人々も含まれた。死者数は1,700万人[3]から5000万人との推計が多く、1億人に達した可能性も指摘されるなど人類史上最悪の感染症の1つである[4][5]アメリカ合衆国ではパンデミックの最初の年に平均寿命が約12歳低下した[6][7][8]

近年[いつ?]の研究により、スペインかぜはH1N1亜型インフルエンザウイルスによるものと判明した。H1N1によるパンデミックは、スペインかぜと2009年の新型インフルエンザ[9]の2回である[10]

概要編集

第一次世界大戦中の士気維持のため、ドイツイギリスフランス、ポーランド、アメリカ合衆国での病状や死亡の初期報告は検閲により最小限に抑えられた[11]。一方で中立国スペインにおける伝染病の影響は自由に報道され[12]アルフォンソ13世の重病を初めとする多数の記事はスペインが特に大きな被害を受けたという誤った印象を生み出した[13]。ここから「スペインかぜ」という呼称が広まった[14]。しかし歴史的・疫学的データは、地理的起源を確実に特定するには不十分であり[2]、その起源には諸説ある(後述)。

ほとんどのインフルエンザの流行では、死者が乳幼児高齢者に偏り、その中間の年齢層の生存率は高いが、スペインかぜでは若年成人の死亡率がその他のインフルエンザと比較して高かった。科学者たちは、1918年のインフルエンザ大流行の死亡率の高さについて、いくつかの可能性のある説明を提示している。

いくつかの分析は、ウイルスサイトカイン放出症候群を引き起こし、強い致死性を得ることを示している(サイトカインストーム)。サイトカインストームは、若年成人の強い免疫システムを破壊する[15]。これとは対照的に、パンデミック期以降の医学誌に対する2007年の分析では、スペインかぜのウイルス感染は、以前のインフルエンザ株よりも攻撃的ではなかったことが判明した[16][17]。その代わり、栄養失調、過密な医療キャンプや病院、劣悪な衛生状態が、細菌性の重複感染を促進していた。ほとんどの犠牲者は、この重複感染が死因であり、重篤期間はやや長期化することが多かった[18][19]

表記編集

 
PSIカテゴリー[20]

スペインかぜと表記されることが多いが[21]国立感染症研究所などではスペインインフルエンザと表記する[22][23][24]。スパニッシュインフルエンザ(英語のSpanish Fluより)と表記されることもある。当時の日本では(インフルエンザの総称である)「流行性感冒(かんぼう)」とも表記された[25][26][注 1]

経緯編集

一般的にスペインかぜでは1918年から1919年にかけて第1波から第3波まで3回の感染拡大が起きたとされている[29][30][31]

第1波 (1918年3月–)編集

1918年3月4日、カンザス州のアメリカ陸軍ファンストン基地で、アルバート・ギッチェル (Albert Gitchell) という名の兵士が発熱、頭痛、喉の痛みを報告し、これが記録された最初のスペインかぜの症例とされている(それ以前にも記録にない感染例があった可能性が高い)[32][33]。同日にはギッチェルの同僚である他の100人以上の兵士も同様の病状を訴え[32]、ファンストン基地ではその後数日以内に計522人の罹患が報告されることとなった[34]

当時アメリカは第一次世界大戦に参戦中であり、ヨーロッパへ渡るアメリカ外征軍の大規模訓練場として使われていたファンストン基地で始まったインフルエンザの流行は、他のアメリカ軍基地やヨーロッパへと急速に拡大した[33]。1918年4月を迎えた時点で、アメリカ中西部および東海岸、フランスの複数の港でエピデミックが発生しており、4月中旬までに流行は西部戦線に達した[33]。その後流行はフランス全土、イギリス、イタリア、スペインへと広がり、5月中にロシア領オデッサ、ドイツ領ヴロツワフにまで到達した[33]。5月には北アフリカ、インド、日本にも感染が拡大し[33]、6月には中国でアウトブレイクが報告されたが[35]、7月にオーストラリアに達した後、パンデミックの第1波は後退を始めた[33]

1918年の第一四半期に始まったスペインかぜの第1波は、比較的穏やかな波であった[36]。死亡率は平時と比べて際立って高いものとはならず[37]、アメリカで1918年1月から6月までに報告されたインフルエンザによる死者は最大7万5,000人にとどまり(1915年の同時期でも最大6万3,000人)[38]、スペイン・マドリードにおける1918年5月–6月の死者数も1000人未満だった[39]。一方で、第1波はフランス軍、イギリス軍、およびドイツ軍の兵力の多くを罹患させたため、第一次世界大戦の軍事作戦には大きな混乱がもたらされた[33]

第一次世界大戦中の士気維持のため、アメリカやヨーロッパの各国でインフルエンザの流行について報道統制が行われた一方で、中立国であったスペインでは被害の状況が自由に報道された[40]。首都マドリードでは1918年5月頃から第1波についての新聞報道が始まり、その後国王アルフォンソ13世が罹患すると報道はさらに大々的になった[41]。第1波時にスペイン発の報道が注目された結果、発生源はスペインであると広く信じられ、このパンデミックは世界的に「スペインかぜ (Spanish flu)」と呼ばれることとなった[40][42]

第2波 (1918年8月–)編集

1918年8月の後半、変異により毒性の高まったウイルスの流行が、アメリカのボストン、フランスのブレストシエラレオネフリータウンという3つの港湾都市でほぼ同時に発生し、パンデミックの第2波が始まった[43][33]。アメリカではボストン海軍工廠およびボストン近郊のディベンス駐屯地英語版から各地の軍事施設へと急速に感染が広がった[44]。大戦による軍隊の移動にも助けられ、第2波は2カ月のうちに北アメリカ全土に拡大し、その後中央アメリカ南アメリカにも到達した[45]。ブレストで始まった流行は1918年9月末までにヨーロッパのほぼ全域に広がり、各国の軍事作戦も小康状態に陥った[46]。ヨーロッパの第2波はロシアにも拡大し、ロシア内戦シベリア鉄道を通じて北アジア全域へと持ち込まれた後、イラン(ペルシア)に達した[31]。1918年9月にはインド、10月には中国と日本にまで到達した[31]。1918年11月、第一次世界大戦の休戦協定に伴う祝賀行事がロンドンやリマナイロビなどで感染拡大を招いたものの、第2波は1919年12月までに世界的にほぼ収束した[31]

 
スペインかぜの感染拡大における3つの波。グラフはイギリスにおける1918年6月–1919年4月のインフルエンザおよび肺炎による人口1000人当たりの死者数[47]

スペインかぜの第2波は通常のインフルエンザに類似していた第1波とは異なり、健康な25–35歳の若年者層において非常に高い致死性を示し、死亡者数も大幅に増加した[40]。第2波の最中である1918年10月はパンデミックの全期間中で最も多くの死者を出した月となった[48]。アメリカでは最大29万2000人の死亡が1918年9月–12月に報告され(1915年の同時期には最大2万6000人)[38]、イギリスでもスペインかぜによる総死者(22万8000人)の64%が1918年10月–12月に発生したと考えられている[49]

第3波 (1919年1月–)編集

1919年1月、第2波による被害を免れたオーストラリアを第3波が襲い、1万2,000人以上の死者を出した[40][50]。その後、第3波は1月中にアメリカ・ニューヨークとフランス・パリに到達し、4月にはパリで講和会議に出席していたアメリカ大統領ウィルソンも罹患した[51]。第3波は欧米では1919年の夏(北半球)までに収束したが、その後はチリやペルーなど南半球の国々や日本に遅れて到達し、各地で大きな被害を出した[50][52][29]。日本は1920年1月から2月にかけて第3波に襲われた[53]

第3波の毒性は第1波よりも高く、第2波よりも低かった[50]。アメリカにおける1919年1月–6月のスペインかぜによる死者は数万人であった[54]。スペインにおける1919年のインフルエンザによる死者は約2万1,000人であった(1918年の死者は約14万7,000人)[52]

第3波では最初に医師看護師の感染者が多く、医療崩壊してしまったため、感染被害が拡大した[要出典]。この経緯を教訓とし、2009年新型インフルエンザの世界的流行の際にはインフルエンザワクチンを医療従事者に優先接種することとなった[要出典]。世界規模で猛威を振るったスペインかぜであるが、世界規模に広がったことにより、死者も甚大になった一方で、生き残った人は抗体を獲得して、集団免疫を形成することによって、感染者の減少へと繋がって収束した[要出典]

起源編集

スペインかぜ(1918年パンデミック)の起源については諸説あるが、いずれも仮説の域を出ていない。

フランス編集

ウイルス学者ジョン・オックスフォード英語版は、1918年パンデミックの起源を第一次世界大戦中フランスのエタプル英語版に存在した大規模なイギリス陸軍の駐屯地と推定している[55]。オックスフォードの研究によれば、エタプル駐屯地では1916年末にスペインかぜと症状が類似する致死率の高い新種の病気が流行し[56][55]、その後1917年3月にはイギリス本土のオールダーショットにある陸軍の兵営でも同様の流行が発生しており[57]、イギリス軍の病理学者はのちにエタプルおよびオールダーショットで流行した病気が1918年のスペインかぜと同一のものであったと結論づけている[58][55]。オックスフォードはエタプル駐屯地について、常に約10万人の兵士が密集した状態で存在しただけでなく、敷地内に大規模なブタの飼育所があり、周辺の市場から生きたニワトリアヒルガチョウが持ち込まれていたなど、呼吸器系ウイルスが流行するためには理想的な環境であったと指摘している[58]

北米編集

アメリカ合衆国は複数の研究者によってスペインかぜの起源と考えられている[55]。歴史学者アルフレッド・クロスビーは1918年パンデミックがアメリカのカンザス州に起源を持つと述べている[59]。同様に、ジョン・バリー英語版はカンザス州のハスケル郡で1918年1月に発生した病気の流行がスペインかぜの起源であるとしている[55][60]アメリカ疾病予防管理センター (CDC) は、アメリカでは1915年1916年に既にインフルエンザと肺炎による死亡率の急増が見られていたと指摘する一方で、この現象と1918年パンデミックとの関連性は不明としており、パンデミックの地理的な発生源を特定するには歴史的・疫学的なデータが不足していると述べている[61]。他に、カナダウイルスイリノイ州のブタに感染したとの推定もある[62][注 2]

中国編集

パスツール研究所のウイルス研究者クロード・アヌーン (Claude Hannoun) は1993年、スペインかぜのウイルスは中国からもたらされた可能性が高いと主張した。アヌーンは、中国に由来するウイルスがアメリカのボストン近郊で変異したのち、フランスのブレストに渡ってヨーロッパ全域に広まり、その後連合国の兵士を主な媒介者として全世界に広まったとの見解を示した[63]。歴史家マーク・ハンフリーズ (Mark Humphries) は、第一次世界大戦中イギリス・フランス軍後方での作業に約9万6000人の中国人労働者が動員されたことが1918年パンデミックを引き起こした可能性があると述べている[64]。ハンフリーズによれば、1917年11月に中国北部で流行した呼吸器系の病気はのちに中国の検疫官によってスペインかぜと同一のものと確認されている[64][65]

進化生物学者マイケル・ウォロビー (Michael Worobey) が中心となった研究チームは2019年、スペインかぜの中国人労働者起源説に対する反証を示した[66]。ウォロビーらは、ヨーロッパに渡った中国人労働者の間でインフルエンザの症例が報告された時期は同地点の他の集団に対して遅れているなどの理由を挙げ、彼らが最初の感染源であった可能性は低いと指摘した[66]

近年のコンピューター解析によって、1918年型インフルエンザウイルスの前駆体1907年頃に発生したことが判明している。

被害状況編集

 
スペインかぜの患者でごった返すアメリカ軍の野戦病院。
 
マスクをつける日本の女性たち。

被害者数編集

世界編集

世界全体の推定感染者数は世界人口の25-30%(WHO)、または世界人口の3分の1、または約5億人とされる[67]。当時の世界人口は18億人から20億人と推定されている。

世界全体の推定死者数は1700万人から1億人と幅がある。アメリカでも50万人が死亡したとされる。これらの数値は感染症のみならず戦争災害などすべてのヒトの死因の中でも、最も多くのヒトを短期間で死亡に至らしめた記録的なものである[注 3]

日本編集

日本では1918年4月、当時日本が統治していた台湾にて巡業していた真砂石などの大相撲力士3人が謎の感染症で急死。同年5月の夏場所では高熱などにより全休する力士が続出したため、世間では「相撲風邪」や「力士風邪」と呼んでいた[68]

その後、1918年10月に大流行が始まり、世界各地で「スパニッシュ・インフルエンザ」が流行していること[69]や、国内でも多くの患者が発生していることが報じられた。第1回の大流行が1918年10月から1919年3月、第2回が1919年12月から1920年3月、第3回が1920年12月から1921年3月にかけてである[70]。当時の人口5500万人に対し約2380万人が感染したとされる。

第1回の患者数・死亡者数が最も多い。第2回では患者数が減少する一方、致死率は上昇している。第3回の患者数・死亡者数は比較的少数であった。

日本におけるスペインインフルエンザの被害
流行 患者 死者 致死率
1918(大正7)年8月-1919(大正8)年7月 2116万8398人 25万7363人 1.22%
1919(大正8)年8月-1920(大正9)年7月 241万2097人 12万7666人 5.29%
1920(大正9)年8月-1921(大正10)年7月 22万4178人 3698人 1.65%
合計 2380万4673人 38万8,727人 1.63%

感染者数2380万人、死亡者約39万人が内務省衛生局編『流行性感冒』による統計数値である[71]

速水融は死亡者を約45万人(肺結核、気管支炎等が死因とされていた者を含む)[72]と推計している。

特徴編集

スペインかぜはH1N1型インフルエンザウイルスが原因とほぼ特定されているにもかかわらず、他のインフルエンザ流行とは異なる特徴がいくつか見られる。

ただし、第1次世界大戦中の流行であり、当時の記録には様々な混乱要素が含まれ得ることを考慮する必要がある。

被害者の年齢層編集

若年成人が死に至りやすい傾向が見られた。一般にインフルエンザの犠牲者は乳幼児(0–2歳)、高齢者(70歳以上)、免疫不全者に集中することから、これはスペインかぜの際立った特徴と考えられる。

アメリカの記録では、1918年から1919年までのスペインかぜによる死者数の99%は65歳未満であり、ほぼ半数が20歳から40歳の間である。65歳未満の死亡率は65歳以上の6倍であった。1920年になると65歳未満の死亡率は65歳以上の半分まで減少したが、それでも死者数の92%が65歳未満であった[73]。日本の記録でも同様の傾向が見られた[74]

若年成人の死亡率の高さについては、スペインかぜのウイルスが引き起こすサイトカイン放出症候群が若年成人の強い免疫システムを破壊する[15]ことが原因の一説として挙げられている。妊婦の死亡率が特に高い[75]ことも若年成人の死亡率を高くした要因と見られる。また、実際にはスペインかぜのほとんどの犠牲者が栄養失調、過密な医療キャンプや病院、劣悪な衛生状態による細菌性の重感染を死因としているとの指摘もあり[18][19]、第一次世界大戦による過酷な兵役、軍需産業への動員が若年成人の死亡率を引き上げた可能性もある。

高齢者の死亡率の低さについては、この時代の高齢者は1889年頃に流行した「ロシアかぜ」で免疫を獲得していたのではないかとの説もある[76]

流行時期編集

夏から秋にかけて大流行した。一般のインフルエンザの流行ピークは冬季である。

病原体編集

 
患者の遺体から見つかったゲノムより復元されたスペインかぜウイルス

スペインかぜの病原体は、A型インフルエンザウイルスH1N1亜型)である。ただし、当時はまだウイルスの分離技術が十分には確立されておらず、また実験動物であるマウスウサギに対しては病原性を示さなかったことから、その病原体の正体は不明であった。

ヒトのインフルエンザウイルスの病原性については、1933年フェレットを用いた実験で証明された。その後、スペインかぜ流行時に採取された患者血清中にこの時分離されたウイルスに対する抗体が存在することが判明したため、この1930年頃に流行していたものと類似のインフルエンザウイルスがスペインかぜの病原体であると考えられた。

その後、1997年8月にアメリカ合衆国アラスカ州凍土より発掘された4遺体から組織検体が採取され、ウイルスゲノムが分離されたことによって、ようやくスペインかぜの病原体の正体が明らかとなった。

これにより、H1N1亜型であったことと、鳥インフルエンザウイルスに由来するものであったことが証明された。よってスペインかぜは、それまでヒトに感染しなかった鳥インフルエンザウイルスが突然変異し、受容体がヒトに感染する形に変化するようになったものと考えられている。つまり、当時の人々にとっては全く新しい感染症(新興感染症)であり、ヒトがスペインかぜに対する抗体を持っていなかったことが、パンデミックの原因になった。

スペインかぜについては、ゲノム解読された遺伝子からウイルスを復元したところ、マウスに壊死性の気管支炎、出血を伴う中程度から重度の肺胞炎肺胞浮腫を引き起こすことが判明した。このような強い病原性は、ウイルス表面にあるタンパク質HA(赤血球凝集素ヘマグルチニン)が原因である。また、スペインかぜウイルスは、現在のインフルエンザウイルスよりも30倍も早く増殖する能力を持つことが分かっている(増殖を司る3つのDNAポリメラーゼによる)。

通常の流行では小児と老人で死者が多いが、スペインかぜでは若年成人層の死者が多かった点に関して、2005年5月にマイケル・オスターホルム英語版はウイルスによって引き起こされるサイトカインストームが原因[77]であるという仮説を提唱したが、これに反対する説もある。一方2007年1月に、科学技術振興機構東京大学医科学研究所が、人工合成したウイルスを用いてサルで実験した結果では、スペインかぜウイルスには強い致死性の肺炎免疫反応の調節に異常を起こす病原性があることを発表している[78][注 4]

2008年12月に、東京大学河岡義裕など日米の研究者グループによって、強い病原性を説明する3つの遺伝子を特定したことが発表された[79][注 5]

なぜ忘却されたか?編集

このような甚大な被害をもたらしたスペインかぜはなぜ忘れ去られてしまったのだろうか。忘れられたのは日本だけでなく、アメリカでもそうだった[80]

クロスビーは「憶測ではあるが」としながら次のように述べた[80]

  • 第一次世界大戦に対する関心がスペイン・インフルエンザより勝っていた。
  • スペイン・インフルエンザによる死亡率は、高いとはいえなかった
  • スペイン・インフルエンザは突然やってきて、人々をなぎ倒しはしたが、あっという間に去り戻ってこなかった。
  • スペイン・インフルエンザは超有名な人物の命を奪わなかった。

といった理由である[80]

日本の場合も当てはまるが特に日本の場合は流行の時期が日本の歴史の中でも特別な意味を持つ時期と一致していた。大正中期、海外から輸入してくる社会主義思想、「米騒動」に象徴される社会運動、都市の労働運動、日本の工業生産額の増加、電力生産力の増加。特に第一次世界大戦の戦勝国として国際連盟の理事国となり大陸進出を始めた。普通選挙法も始まった。大学令によって私立大学も大学の仲間入りをした。識字率の上昇により大衆に文字文化を伝え雑誌、書籍の発行点数が非常な勢いで上昇した[80]

こういった身の回りの大きな変動がスペインかぜを軽い病気に見せたのだろうか。ペストコレラにくらべて死亡率も低く「軽く」見られていたところもある[80]

とにかく早く忘れたいという気持ちが底に流れていたのかもしれない[80]

そして流行後まもなく関東大震災が来る。人的被害より物的被害が大きかった。これによりスペインかぜは記憶の片隅に追いやられた。さらに昭和期に入ると日中戦争太平洋戦争とスペインかぜよりももう一桁多い戦死者や一般市民の犠牲者を出す出来事が相次ぎ、さらに忘却してしまった[80]

新型インフルエンザの到来により今再び人々の話題に登場するようになった[80]

画像編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 西班牙流行性感冒を、当時のマスメディアが西班牙感冒かぜと読ませたからとする出典もある[27]大日本帝国陸軍病院の1918年の診療録には、病名が流行性感冒と記されていた[28]誤解される場合も多いが、風邪は病名ではなくインフルエンザを含む病気の総称としての風邪症候群である。よって、病名においてこの「かぜ」という名称を使うべきでないと主張する研究者もおり、議論されている[要出典]
  2. ^ 2009年7月のNEJMでは、アイオワ州のCeder Rapids Swine Festivalを流行の起源としているが、当時豚インフルエンザ様の疾患が豚に大流行していたとの記録からの類推に過ぎない。
  3. ^ 第一次世界大戦:戦死者900万、非戦闘員死者1000万、負傷者2200万人。第二次世界大戦: 戦死者1500万、軍人負傷者2500万、一般市民の死者数3800万。控えめな推定。ただし第一次世界大戦の戦死者には戦闘活動以外による死亡者が多く占め、スペインかぜによる戦病死も含まれていることから、スペインかぜの死亡者と第一次大戦の戦死者には重複がある。
  4. ^ サイトカインストーム説の出所はF・マクファーレン・バーネットの免疫過剰反応説である。
  5. ^ スペイン風邪の第2波でRNAのPB2の627番目がリシンに変わって強毒性となったという。第1波のアミノ酸が何であったかは不明である。

出典編集

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    これまで一般に、スペインかぜと表記してきたものについて、スペインインフルエンザと表記
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参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集