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スペシャルウィーク: Special Week)は、日本競走馬種牡馬。主な勝ち鞍は1998年東京優駿[3]1999年天皇賞 (春・秋連覇)[4][5]ジャパンカップ[6]テイエムオペラオーに記録を更新されるまで、当時の日本最高賞金獲得馬であった。

スペシャルウィーク
Special Week 19991031.jpg
1999年10月31日、東京競馬場
欧字表記 Special Week
香港表記 特別週
品種 サラブレッド
性別 [1]
毛色 黒鹿毛[1]
生誕 1995年5月2日[1]
死没 2018年4月27日(23歳没)
サンデーサイレンス[1]
キャンペンガール[1]
母の父 マルゼンスキー[1]
生国 日本の旗 日本北海道門別町[2]
生産 日高大洋牧場[1]
馬主 臼田浩義[1]
調教師 白井寿昭[1]栗東
厩務員 村田浩行[2]
競走成績
生涯成績 17戦10勝[1]
獲得賞金 10億9262万3000円[1]
WTRR T/L 123(最高値・1999年)
 
勝ち鞍
GI 東京優駿 1998年
GI 天皇賞(春) 1999年
GI 天皇賞(秋) 1999年
GI ジャパンカップ 1999年
GII 弥生賞 1998年
GII 京都新聞杯 1998年
GII AJCC 1999年
GII 阪神大賞典 1999年
GIII きさらぎ賞 1998年
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生涯編集

出自-デビューまで編集

1995年、北海道門別町の日高大洋牧場にて誕生。父・サンデーサイレンスは現役時代アメリカで14戦9勝、内GI6勝を挙げ、4歳時にはケンタッキーダービープリークネスステークスの2冠を制覇。三冠を狙ったベルモントステークスはライバルのイージーゴアに敗れたものの、この年の全米年度代表馬に選出されている[7]。母・キャンペンガールはデビュー前に厩舎の洗い場で暴れて怪我をしてしまい未出走で終わっているが、血統の良さ(血統表を参照)から繁殖牝馬としての期待は高かった[8]

前年の12月、母キャンペンガールは本馬の受胎中に急に疝痛の回数が増えるようになり[8][9]、周期も徐々に短くなっていった[8]。2月になる頃には週に1、2度疝痛を起こすようになり、獣医からは腸の一部が壊死していると診断され、生命の危機とも言える状態に陥った[8]

5月2日の午前9時過ぎ、キャンペンガールは疝痛で苦しみ出し、10時過ぎにはいままでにないほどの苦しみ方でもがき始め[10]、牧場スタッフ・獣医ら総出でキャンペンガールの出産を促し、本馬は誕生した[10]。本馬の誕生直後にキャンペンガールは別の馬房に移され[11]、本馬には乳母馬として輓馬といわれる重種馬が手配された[11]。しかし、乳母馬はやや気性の荒いところがあり、仔馬を遠ざけようとしたため、仔馬と乳母馬が慣れるまでの処置として、スタッフは木でやぐらのようなものを組み、そこに乳母馬を入れて動かないようにし、お乳の部分は出るようにして仔馬が飲みたい時にはいつでも飲めるようにした[11]。出産の5日後キャンペンガールは死亡し、離れた馬房にいた本馬は母の死を感じたかのようにずっと啼いていた[9]

そのころを過ごした日高大洋牧場では、あまりほかの馬たちと行動をともにすることがなくいつもひとりで遊んでいた。乳母の気性がきつかったため、人の手をかけて育てられた[12]

競走馬時代編集

1997年編集

競走内容編集

1997年11月26日、阪神開催新馬戦(1600メートル)で武豊を鞍上にデビュー。追い切りの時計の良さから直前の単勝オッズは1.4倍の一番人気に支持され、二番人気の対抗馬と目されていたタックスパラダイスは4.8倍、三番人気のレガシーハンターは7.5倍と大きく離れていた[13]。自身の枠入り前にエイシンワンサイドが枠入りを嫌い、ムーンライターが枠内で立ち上がったが、スペシャルウィークは落ち着いて自分の枠入りを待った[14]。大外8枠の14番からスタートし、道中は4〜5番手を追走[15]。2コーナーで外から内に切れ込み前を射程圏に捉えると、34秒8とメンバー最速の上がりを記録して持ったまま勝利[15]。2着のレガシーハンターとは2馬身差、3着のオルカインパルスとは4分の1馬身、4着のエイシンワンサイドとは4馬身の差をつけていた[16]。勝ちタイムは1分36秒9で、当日は稍重発表ながら次のレースは不良馬場となるほどの雨が降る中での好タイムであった[16][† 1]。レース後のインタビューで武は「将来性はかなり高いですね。いつでも反応してくれそうな手応えだったし、直線で仕掛けてからの反応も抜群でした。調教で乗った時にイメージした通りの競馬をしてくれました。強い馬ですね」とコメントした[17]

1998年編集

競走内容編集

年明け、続く自己条件戦の白梅賞は予定を1週早めての出走[18]であったが、武幸四郎騎乗の地方馬アサヒクリークのハナ差2着に敗れる。1月31日のつばき賞を除外され[19]その翌週に行われたきさらぎ賞に格上挑戦し重賞制覇を達成。続く弥生賞も良血馬キングヘイローやデビューから2戦2勝のセイウンスカイを破ってクラシック戦線の主役に躍り出た。

皐月賞では単勝1番人気に推されたが、セイウンスカイの3着に敗れた。当時は芝の保護を目的として皐月賞の前週まで内側の移動柵を3メートル外側にずらして競走を施行し、皐月賞の週に内側に移動させるという施策がとられていたが、これによって内側の走路に3メートル幅の芝生が生えそろった「グリーンベルト」ができ、内枠の馬や先行馬に有利な半面、大外18番枠の本馬には不利な状況となっていた。武はこの馬場状態を敗因に挙げた[20]

東京優駿(日本ダービー)では直線追い通し、5馬身差で勝利した。武にとってこれが自身初のダービー制覇となった。武は興奮のあまりムチを落としており[21]杉本清によるとレース後武に「ムチ、どうしたの?」と聞くと武は「その辺に忘れました」と返されたという[22]

秋初戦の京都新聞杯ではキングヘイローをクビ差で抑えて勝利した。

菊花賞前日、前日の第3レースで開催された新馬戦で武はアドマイヤベガに騎乗して出走したが、降着処分を受け、6日間の騎乗停止処分を受けた[23]。武は翌日の菊花賞には騎乗できるものの、菊花賞後に出走予定だったジャパンカップでの本馬の騎乗は不可能となった[23]。レースではセイウンスカイの世界レコードでの逃げとコース設[† 2]の前に屈し2着に敗れた。

ジャパンカップでは騎乗停止中の武に代わり岡部幸雄が騎乗。単勝1番人気に支持されたものの、同期のエルコンドルパサーの3着に終わった。

1999年編集

競走内容編集

年明けに馬主権利の半分が社台グループに4億5000万円で譲渡される[24]オリビエ・ペリエとのコンビで挑んだ初戦のアメリカジョッキークラブカップは3馬身差の快勝。武豊に鞍上が戻った阪神大賞典では前年の天皇賞 (春) に勝ったメジロブライトを破った。天皇賞 (春) でも直線でメジロブライトの追撃を1/2馬身抑えて勝利した。

陣営は年内引退を発表。また凱旋門賞挑戦プランも掲げられ、その壮行レースとして宝塚記念に出走した。

宝塚記念のファン投票では1位に選出され、スペシャルウィークに次ぐ第2位にはグラスワンダーが選ばれた[25]。4月から長期ヨーロッパ遠征に赴いたエルコンドルパサーや、天皇賞2着のメジロブライト(ファン投票3位[25])、同3着のセイウンスカイ(同4位[25])といったメンバーを欠いたものの、スペシャルウィークとグラスワンダーの初対戦は大きな注目を集め[26]、スポーツ紙は「二強対決」、「GS対決」などと書き立てた[27]。当日の人気はスペシャルウィーク1.5倍、グラスワンダー2.8倍の順となり、3番人気オースミブライトは15.9倍と大きく離れていた[26]

スタートが切られるとスペシャルウィークが4~5番手、グラスワンダーはそれを見る形で進んだ[26]。第3コーナーから最終コーナーにかけてスペシャルウィークは先に進出を開始し、一時グラスワンダーを突き放したものの、最後の直線に入って残り200m付近で捉えられた[26]。それまで後ろから差された経験のなかったスペシャルウィークに対して、グラスワンダーは最後は3馬身差をつけ優勝[26]。3着ステイゴールドはさらに7馬身後方であった[26]

3馬身という差をつけられた結果を受けて白井は「マークされたのは確かでも、反対に相手にマークして進んだとしても、今日は勝てなかっただろう。こんなボコボコした馬場は合わないが、あの馬の瞬発力が上だった」[26]、武は「並ばれたときにもう手応えが違った。完敗だ」[28]とコメントした。一方で、グラスワンダー鞍上の的場均は「今日は他馬の動きは気にせずに、自分のペースを守ろうと思っていたが、少し前にスペシャルウィークがいたのでレースを組み立てやすかった。ただ、4コーナーでスペシャルウィークに手応えよく離されてしまったときは『どうかな』と思ったが、直線を向くと伸びあぐねていたから『勝てる』と思った。あそこからは手応え通りの内容。強い勝ち方だったと思う」などと感想を述べた[29]。この敗戦を受けて、エルコンドルパサーも目標としていたフランス・凱旋門賞への遠征は立ち消えとなった[26]

秋初戦の京都大賞典では全く伸びず7着。このころから調教で動かなくなり[30]次走の天皇賞(秋)でも直前の調教では500万条件の馬に負けた。レース当日の馬体重は前走から16キログラム減の470キログラムだったが、馬体重が大幅マイナスになったのは、「ダービー時の体重 (468キログラム) まで近づければ、本来の走りを取り戻すかもしれない。」と考えた陣営が、体を絞ったためであった。レースでは、道中は後方につけて、直線に入ると末脚を披露しステイゴールドをクビ差抑えてレースレコードで勝利、タマモクロスに続く2頭目の天皇賞春秋連覇を達成した。続くジャパンカップでも凱旋門賞でエルコンドルパサーを破って勝利したモンジューなどの海外から参戦した馬[† 3]を相手に優勝した[† 4]

引退レースとなった有馬記念では、最後方の位置取りから同じく後方に控えたグラスワンダーをマークするという、宝塚記念とは逆の形の作戦を取った。前半1000メートルの通過タイムが64 - 65秒という極端なスローペースとなったが、最後の直線で溜まった末脚を出し、一気にグラスワンダーを捉えた地点がゴールであった。体勢はスペシャルウィークが有利であり、勝利を確信した武豊はウイニングランを行った[32]。しかし写真判定の結果、首の上げ下げの差でわずか4センチメートル差で2着に敗れていたことが判明。レース後、武豊は「競馬に勝って勝負に負けたという感じです」と答えた。

JRA賞編集

この年のGIにおいて3勝2着2回という成績を残したにもかかわらず、年度代表馬、最優秀古馬牡馬の座は同年の凱旋門賞で2着となったエルコンドルパサーにさらわれた。記者投票ではスペシャルウィークが首位に立ったが、票数が過半数を満たさなかったために審議委員による選考が行われ、その結果エルコンドルパサーに年度代表馬が決定した。このときは大論争となった。スペシャルウィークにはグラスワンダーとともに1999年度JRA賞特別賞が贈られた。現役時代のJRA賞はこのひとつだけである。

2000年編集

2000年1月5日に京都競馬場、翌6日には中山競馬場の計2か所で引退式を行った[† 5]

種牡馬時代編集

引退後は種牡馬入りし、北海道の社台スタリオンステーションに繋養された。2003年に産駒がデビュー、ヤマニンラファエルが産駒初出走で初勝利を収めたが、初年度産駒は概して出世が遅めであった。

しかし2年目の産駒がそれを覆し、スムースバリトンが2004年の東京スポーツ杯2歳ステークス (GIII) で中央競馬の重賞を初制覇すると、シーザリオ2005年優駿牝馬を優勝し、産駒初のGI勝利を挙げた。シーザリオは同年のアメリカンオークスインビテーショナルステークス (米国GI) も優勝し、産駒初の国際重賞勝利のみならず父内国産馬としても日本のクラシック馬としても初の日本以外の国際GI制覇となった。

2006年に誕生したビワハイジとの仔、ブエナビスタ2008年阪神ジュベナイルフィリーズに優勝、2009年桜花賞優駿牝馬に優勝し牝馬二冠を達成、2010年は天皇賞(秋)、2011年はジャパンカップを制しどちらも史上初の父娘制覇を達成した。

母の父としては前述のシーザリオがGI馬を3頭輩出する(エピファネイアリオンディーズサートゥルナーリア)など目覚ましい繁殖成績を挙げているほか、2019年にはディアドラナッソーステークス(英国G1)に優勝し、日本馬として史上2頭目のイギリスG1制覇となった。

2011年10月23日、社台スタリオンステーションからブリーダーズ・スタリオン・ステーションへと移動。2012年からは同ステーションにて種牡馬を続けることとなったが、シーズン途中で再び社台スタリオンステーションに戻る形となった。そして同年11月に2013年シーズンからレックススタッドでの繋養が決定し、翌12月に同スタッドへ移動した。

2017年2月3日、17年に及ぶ種牡馬生活を引退し、生まれ故郷の日高大洋牧場で余生を送る[33]

2018年4月27日、同牧場の馬房内で転倒しているところをスタッフにより発見され、16時40分ごろ死亡が確認された。23歳没。死亡する4日前の同月23日に放牧中の転倒で左腰を強打したため、経過観察中であった[34]

競走成績編集

競走日 競馬場 競走名 距離(馬場)


オッズ
(人気)
着順 タイム
(上り3F)
着差 騎手 斤量 1着馬(2着馬)
1997.11.29 阪神 3歳新馬 芝1600m (稍) 14 8 14 1.4 (1人) 1着 R1:36.9 (34.8) -0.3 武豊 54kg (レガシーハンター)
1998.01.06 京都 白梅賞 芝1600m (良) 16 2 3 1.3 (1人) 2着 R1:36.0 (36.7) -0.0 武豊 55kg アサヒクリーク
0000.02.08 京都 きさらぎ賞 GIII 芝1800m (良) 16 1 1 1.7 (1人) 1着 R1:51.3 (35.7) -0.6 武豊 55kg (ボールドエンペラー)
0000.03.08 中山 弥生賞 GII 芝2000m (良) 13 8 13 2.8 (2人) 1着 R2:01.8 (35.4) -0.1 武豊 55kg (セイウンスカイ)
0000.04.19 中山 皐月賞 GI 芝2000m (良) 18 8 18 1.8 (1人) 3着 R2:01.6 (36.1) -0.3 武豊 57kg セイウンスカイ
0000.06.07 東京 東京優駿 GI 芝2400m (稍) 18 3 5 2.0 (1人) 1着 R2:25.8 (35.3) -0.9 武豊 57kg (ボールドエンペラー)
0000.10.18 京都 京都新聞杯 GII 芝2200m (稍) 16 5 10 1.2 (1人) 1着 R2:15.0 (36.4) -0.1 武豊 57kg (キングヘイロー)
0000.11.08 京都 菊花賞 GI 芝3000m (良) 17 8 17 1.5 (1人) 2着 R3:03.8 (34.1) -0.6 武豊 57kg セイウンスカイ
0000.11.29 東京 ジャパンC GI 芝2400m (良) 15 5 9 3.3 (1人) 3着 R2:26.4 (35.3) -0.5 岡部幸雄 55kg エルコンドルパサー
1999.01.24 中山 AJCC GII 芝2200m (良) 11 4 4 2.0 (1人) 1着 R2:16.8 (35.0) -0.5 O.ペリエ 58kg (サイレントハンター)
0000.03.21 阪神 阪神大賞典 GII 芝3000m (重) 9 5 5 2.1 (2人) 1着 R3:13.4 (37.5) -0.1 武豊 58kg (メジロブライト)
0000.05.02 京都 天皇賞(春) GI 芝3200m (良) 12 3 3 2.3 (1人) 1着 R3:15.3 (34.2) -0.1 武豊 58kg (メジロブライト)
0000.07.11 阪神 宝塚記念 GI 芝2200m (良) 12 7 9 1.5 (1人) 2着 R2:12.6 (35.9) -0.5 武豊 58kg グラスワンダー
0000.10.10 京都 京都大賞典 GII 芝2400m (良) 10 7 7 1.8 (1人) 7着 R2:25.1 (35.2) -0.8 武豊 59kg ツルマルツヨシ
0000.10.31 東京 天皇賞(秋) GI 芝2000m (良) 17 5 9 6.8 (4人) 1着 R1:58.0 (34.5) -0.1 武豊 58kg (ステイゴールド)
0000.11.28 東京 ジャパンC GI 芝2400m (良) 14 7 13 3.4 (2人) 1着 R2:25.5 (35.9) -0.2 武豊 57kg (インディジェナス)
0000.12.26 中山 有馬記念 GI 芝2500m (良) 14 2 3 3.0 (2人) 2着 R2:37.2 (34.5) -0.0 武豊 57kg グラスワンダー

※タイム欄のRはレコード勝ちを示す。

種牡馬成績編集

出走 勝利 順位 AEI 収得賞金
頭数 回数 頭数 回数
2003年 47 116 5 5 179 0.45 7949万8000円
2004年 135 622 58 77 40 1.16 5億8239万0000円
2005年 235 1391 110 170 7 1.92 16億5435万8000円
2006年 277 1671 111 182 9 1.45 15億4079万2000円
2007年 286 1990 142 256 8 1.66 18億5265万4500円
2008年 298 2005 101 191 15 1.23 14億3357万3000円
2009年 335 2323 141 236 7 1.69 22億2033万7000円
2010年 307 2323 138 258 7 1.79 21億5108万6500円
2011年 278 1997 117 217 12 1.78 18億9510万6000円
2012年 232 1753 83 135 17 1.45 12億6689万2500円
2013年 222 1599 78 138 22 1.02 8億6660万3000円
2014年 181 1367 71 128 18 1.36 9億6958万6000円
2015年 155 1333 63 108 37 0.87 5億5094万0500円
2016年 127 1086 55 93 42 0.96 5億946万9000円
2017年 81 709 38 61 77 0.78 2億7758万6000円

GI級競走優勝馬編集

太字はGI(またはJpnI)競走。競走名の前の国旗は開催国 (日本以外の場合に明記)

グレード制重賞優勝馬編集

地方重賞優勝馬編集

母の父としての産駒編集

血統表編集

スペシャルウィーク血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系ヘイルトゥリーズン系

*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
アメリカ
父の父
Halo
1969 黒鹿毛
アメリカ
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well
1975 鹿毛
アメリカ
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss

キャンペンガール
1987 鹿毛
北海道門別町
マルゼンスキー
1974 鹿毛
北海道早来町
Nijinsky II Northern Dancer
Flaming Page
*シル
Shill
Buckpasser
Quill
母の母
レディーシラオキ
1978 鹿毛
北海道浦河町
*セントクレスピン
Saint Crespin
Aureole
Neocracy
ミスアシヤガワ *ヒンドスタン Hindstan
シラオキ
母系(F-No.) シラオキ系(FN:3-l)
5代内の近親交配 アウトブリード
出典
  1. ^ 血統情報:5代血統表|スペシャルウィーク|JBISサーチ”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2015年5月15日閲覧。
  • 母のキャンペンガールは未出走だが母系は日本有数の名牝系として知られるシラオキ系の血筋で、さらに遡れば小岩井農場の名牝フロリースカップに繋がる。フロリースカップからインタグリオーガロンシアンモアダイオライトプリメロ、ヒンドスタン、セントクレスピン、マルゼンスキー、サンデーサイレンスと当時の最高級種牡馬を代々配しているのも特徴である。
  • 曾祖母ミスアシヤガワの孫にスターサンシャイン(毎日杯京都4歳特別、種牡馬)がいる。

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 翌日行われた阪神三歳牝馬ステークスで勝ち馬のスティンガーが記録したタイムは1分35秒8であり、新馬戦としては優秀なタイムだった[16]
  2. ^ 当時は開催の前半をBコース (Aコースより4メートル外側) またはCコース (同7メートル外側) で施行し、菊花賞の開催週にAコースに戻すという措置が取られていた。
  3. ^ このレースにおいて本馬は日本の総大将とも呼ばれた[31]
  4. ^ 1998年のダービーを勝ったハイライズも出走しており、98年度日英ダービー馬対決でもあった。ハイライズは3着。
  5. ^ スペシャルウィーク以前にはシンザンスーパークリークナリタブライアンが2か所、オグリキャップ笠松競馬場を含めて3か所での引退式を行っている。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』p.49
  2. ^ a b 『週刊100名馬vol.11 スペシャルウィーク』p.11
  3. ^ 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』pp.16-17
  4. ^ 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』pp.24-25
  5. ^ 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』pp.28-29
  6. ^ 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』pp.30-31
  7. ^ 木村2000、p.23
  8. ^ a b c d 木村2000、p.17
  9. ^ a b スペシャルウィークのつくり方、p.132
  10. ^ a b 木村2000、p.18
  11. ^ a b c 木村2000、p.19
  12. ^ スペシャルウィークのつくり方、148頁。
  13. ^ 木村2000、p.59
  14. ^ 木村2000、pp.59-60
  15. ^ a b 『週刊100名馬vol.82 スペシャルウィーク』p.12
  16. ^ a b c 木村2000、p.61
  17. ^ 木村2000、p.62
  18. ^ スペシャルウィークのつくり方、35頁。
  19. ^ スペシャルウィークのつくり方、p.36
  20. ^ スペシャルウィークのつくり方、pp.39-40
  21. ^ スペシャルウィークのつくり方、p.49
  22. ^ 杉本2001、pp.93-94
  23. ^ a b 『週刊100名馬vol. アドマイヤベガ』pp.5-6
  24. ^ スペシャルウィークのつくり方、p.203
  25. ^ a b c 『優駿』1999年8月号、p.149
  26. ^ a b c d e f g h 『優駿』1999年8月号、pp.52-55
  27. ^ 『優駿』1999年7月号、p.7
  28. ^ 『優駿』1999年9月号、p.21
  29. ^ 『優駿』1999年9月号、p.133
  30. ^ スペシャルウィークのつくり方、p.101
  31. ^ ジャパンカップ特設サイト” (日本語). ジャパンカップ特設サイト. 2019年11月23日閲覧。
  32. ^ スペシャルウィークのつくり方、p.66
  33. ^ スペシャルウィークが種牡馬引退競走馬のふるさと案内所、2017年2月6日閲覧
  34. ^ スペシャルウィーク死す ダービー初V馬に武豊「一生忘れられない馬」 - デイリースポーツ online 2018年4月27日
  35. ^ スペシャルウィーク 種牡馬情報 世代・年次別”. JBIS Search. 2018年4月28日閲覧。
  36. ^ スペシャルウィーク 種牡馬情報 種牡馬成績”. JBIS Search. 2018年4月28日閲覧。
  37. ^ シーザリオ”. JBISサーチ. 2017年11月16日閲覧。
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  39. ^ ゴルトブリッツ”. JBISサーチ. 2017年11月16日閲覧。
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  44. ^ スムースバリトン”. JBISサーチ. 2017年11月16日閲覧。
  45. ^ トーホウシャイン”. JBISサーチ. 2017年11月16日閲覧。
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参考文献編集

  • 木村俊太『スペシャルウィーク-最強馬の証明』ザ・マサダ、2000年。ISBN 4-88397-064-7
  • 杉本清『これが夢に見た栄光のゴールだ―名実況でつづる永遠の名馬たち』日本文芸社、2001年。ISBN 4-537-25050-X
  • 別冊宝島 編集部『スペシャルウィークのつくり方―ダービー馬の生産・調教・レース』宝島社、2000年。ISBN 978-4796617864
  • 『週刊100名馬Vol.82 スペシャルウィーク』(産業経済新聞社、2000年)全国書誌番号:20067225
  • 『週刊100名馬Vol.92 アドマイヤベガ』(産業経済新聞社、2000年)全国書誌番号:20093551
  • 『優駿』(日本中央競馬会)各号

関連項目編集

外部リンク編集