スーパーバイク世界選手権

スーパーバイク世界選手権(スーパーバイクせかいせんしゅけん、SBK[1]、もしくはWorld Superbike Championship(略称:WSB))とは、国際モーターサイクリズム連盟(FIM)が統括、ドルナスポーツが主催する、4ストロークの2・3・4気筒エンジン搭載[2]の市販自動二輪車を用い、舗装されたクローズドサーキットで行われるオートバイレースの世界選手権である。

スーパーバイク世界選手権
カテゴリ オートバイレース
国・地域 国際
開始年 1988年
チーム 5 マニファクチャラー (ドゥカティ, BMW, ホンダ, カワサキ, ヤマハ
ライダーズ
チャンピオン
イギリスの旗 ジョナサン・レイ(2019年)
マニュファクチャラーズ
チャンピオン
日本の旗 川崎重工業(2020年)
公式サイト The Official SBK Website
Motorsport current event.svg 現在のシーズン

概要編集

元AMAライダーのスティーブ・マクラフリンが発案し、1988年よりFIM公認の世界選手権として開催されている。ロードレース世界選手権(MotoGP)と異なりレース専用に開発された車両ではなく、市販車をベースとした改造車両で行われる。4輪レースのフォーミュラカー選手権に対するツーリングカー選手権に例えられるが、同一サーキットにおけるラップタイムの差は4輪のそれに比べ非常に小さく、条件次第ではMotoGPマシンのラップタイムを凌駕することもある。

世界の主なオートバイメーカーがスーパースポーツカテゴリーの旗艦モデルを投入し、レースに参戦しながら技術を競い市販車にフィードバック、市場の拡大に繋げるために切磋琢磨しており、2020年シーズンでは、ホンダCBR1000RR-R)、カワサキZX-10RR)、ドゥカティパニガーレV4R)、BMWS1000RR)、ヤマハ[3]YZF-R1)の各マシンが参戦している。かつてはスズキも参戦しており、2005年にはライダー・マニュファクチャラーの両タイトルを獲得しているが、2014年を最後に参戦を休止している。過去にはアプリリア、MVアグスタ、ビモータ、ビューエル等も参戦していた。

レースは欧州を中心とした世界各国で開催される。近年は年間13ラウンドで行われているが、2020年はCovid-19の世界的な蔓延により8ラウンドに短縮されて行われた。過去、2003年までは日本のスポーツランドSUGOでも開催されており、ワイルドカード参戦の国内ライダーが大いに活躍していたが、2004年以降開催されていない。

世界各国のライダーが参戦しており、近年は国内での市販車改造クラスのレースが盛んなイギリスからの参戦者が多い傾向がある。日本人ライダーも参戦しており、2020年シーズンはMIEレーシングホンダチームより高橋巧が参戦、2021年にはGRTヤマハWSBKジュニアチームより野左根航汰選手が参戦することが決定している。

歴代の最多タイトル獲得ライダーはジョナサン・レイで、2015年の初タイトル獲得から2020年まで前人未到の6連覇を達成、勝利数も99勝で最多記録を更新中である。タイトル数・勝利数の次点はカール・フォガティで、1994年、1995年、1998年、1999年の計4回のタイトル、通算59勝である。2020年まで日本人ライダーによるタイトル獲得は達成されておらず、芳賀紀行の年間ランキング2位(2000年、2007年、2009年)が最高位である。

マニュファクチャラータイトルの獲得数はドゥカティが圧倒しており、2019年までの32シーズン中17回のマニュファクチャラータイトルを獲得している。ただし、2002年までのレギュレーションではドゥカティが走らせていた2気筒車両に有利なレギュレーションであり、ドゥカティのマニュファクチャラータイトル全17回中11回は2002年以前に獲得したものである。2003年以降車両レギュレーションが見直されるとドゥカティの支配に陰りが見え始め、2011年を最後にライダー、マニュファクチャラー共にタイトルから遠ざかっている。マニュファクチャラータイトル獲得数の次点はカワサキの6回で2015年以降現在6連覇中である。

2003年まではミシュランダンロップ等複数のタイヤメーカーが参戦していたが、2004年からタイヤがワンメイク化され、現在に至るまで一貫してピレリが供給している。

かつてはイタリアのFGスポーツが主催していたが、2013年以降、MotoGPと同じドルナスポーツが主催している。

ロードレース世界選手権との差別化の意味も含め様々な特徴があり、最大の違いは1大会につき複数の決勝レースが行われる事である。予選方式にも特徴があり、様々な方式が導入された。表彰式では優勝したライダーの国歌と共に優勝車両のマニュファクチャラーの国歌も流される事もスーパーバイク世界選手権の特徴である。

サポートレースとして、スーパースポーツ世界選手権、スーパースポーツ300世界選手権が併催されている。かつてはスーパーストック1000、スーパーストック600、ヨーロピアンジュニアカップもサポートレースとして併催されていた。

選手権の概要編集

決勝レースの着順に応じたポイントの合計により、ライダー、マニュファクチャラーの年間タイトルを競う。マニュファクチャラータイトルは各レースにおける同一メーカー最高位ライダーのポイントの年間合計により競われる。

ポイントシステム編集

レース1・レース2のポイントシステム
着順 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
得点 25 20 16 13 11 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
スーパーポールレースのポイントシステム
着順 1 2 3 4 5 6 7 8 9
得点 12 9 7 6 5 4 3 2 1

予選編集

スーパーポール」の呼称が使用されているが、その内容は開催時期により大きく異る。

現行(2019年〜)編集

スーパーポールは全車同時走行で行われる一般的な計時予選である。土曜午前のスーパーポールセッションにおけるラップタイムにより、土曜午後に行うレース1のグリッドを決定、日曜午前に行う10周のスーパーポールレースの着順により日曜午後のレース2のグリッドを決定する。スーパーポールレースのグリッドはレース1のグリッドと共通である。

過去の予選方式編集

〜2008年編集

決勝前々日(金曜)の午後と前日(土曜)の午前に計時予選を行い、下位のグリッドはこの2つの予選で決定された。予選上位のライダーは決勝前日午後のスーパーポールに進出、最終的なグリッドはこのセッションでのタイムにより決定、予選結果は2つのレース両方のグリッドに適用された。

当時のスーパーポールは鈴鹿8時間耐久レースの予選スペシャルステージ(現在のトップ10トライアル)同様、1台ずつのタイムアタックであった。他者に邪魔されない純粋なラップタイムを競うため好評だったが進行に時間がかかり、セッション中の天候の変化が公平を欠くなどの問題もあった。

2009年〜2013年編集

スーパーポールはノックアウト方式に改められた。3セッション(ウエット宣言された場合は2セッション)で行われ、SP1、SP2でそれぞれ下位4台(2013年は3台)が脱落、SP3は8台(2013年は9台)で競われた。このスーパーポールにはライダー毎に2本の予選タイヤが供給された。予選タイヤはわずか1〜2周しか保たないがレースタイヤより遥かに高いグリップ力を発揮するため、大幅なラップタイムを短縮できる。この2本の予選タイヤを3つのセッションにどう割り当てるかといった戦略も当時のスーパーポールの見所の一つであった。現在のスーパーポールでも予選タイヤは使用されているが、単純にタイムアタックのために使用されており、当時の様な戦略性は失われている。

2014年〜2018年編集

2014年、参戦台数確保のために導入されたEvoクラスのTV放送における露出を確保することを目的にMotoGPと同じ予選方法が導入された。

金曜・土曜の予選セッションは廃止(フリー走行に変更)され、予選はSP1・SP2、2つのセッションに集約された。フリー走行のラップタイム上位10名にはSP2の進出権が与えられ、11位以降のライダーはSP1を走行、SP1の上位2名にもSP2への進出権が与えられた。SP1で3位以降のライダーは13位以降でグリッド確定、SP2の結果によりポールポジションから12位までのグリッドが確定した。

2016年まで、予選結果は2つのレース両方のグリッドに適用されていた。

2017年・2018年はスーパーポールの結果はレース1のグリッドにのみ適用され、レース2のグリッドはレース1の着順により決定する、変則リバースグリッドが採用されていた。

決勝編集

現在は1ラウンドに付き3レース制で、土曜午後にレース1、日曜午前にスーパポールレース、午後にレース2を行う。

2018年まではレース1・レース2の2レース制で行われていた。2015年までは両レース共に日曜に行われており、当時はレース2を控えているためレース1の表彰式ではシャンパンファイトは行われなかった。2016年以降、レース1を土曜、レース2を日曜に行うよう改められ、以降両レース共に表彰台でのシャンパンファイトが行われるようになった。スーパーポールレースが導入されたのは2019年からで、スーパーポールレースはレース2の予選を兼ねている。スーパーポールレースの表彰式は略式で表彰台のセレモニーは省略されているが、公式記録上3位以内のライダーは表彰台獲得者として記録されている。

参戦車両編集

出場できる車両は、市販されている2・3・4気筒自然吸気4ストロークエンジンの自動二輪車。あくまでも市販車改造のレースであり、レースに特化した少数生産のプロトタイプ車両の参戦を規制するため150台以上を製造・販売する事がホモロゲーション取得の条件となっており、参戦コストの高騰を防ぐため車両価格にも上限(40,000ユーロ)が設定されている。参戦車両の多様性と性能の均衡を両立させるため気筒数に応じた排気量上限が設けられており、改造範囲は厳しく制限されている。2018年から参戦車両毎にカタログスペックを基準とする回転数上限が設けられた。

車両レギュレーションは市販車両の市場動向などにより過去何度も見直されている。

現行の車両レギュレーション[4]編集

排気量上限は4気筒および3気筒は1,000cc、2気筒は1,200cc。最低重量168kg。エンジン部品の変更はカムシャフトのみ認められている。エンジンは年間の開催ラウンド数の半分(端数切り上げ)の基数のみ使用可能であり、これを上回る数のエンジンを使用する場合、ペナルティの対象となる。

参戦車両毎にエンジンの回転数上限が設定されている。これは「カタログスペックにおける最高出力発生時の回転数+1,100rpm」又は「市販車両をダイナモメーターに掛けた際の3速と4速のレブリミット平均の103%」のいずれか低い方とされており、シーズン開始までにFIMによって決定される。戦力の均衡を図るために3大会毎に見直しが行われ、250rpm単位でシーズン中突出した成績を収めた車種に対しては引き下げ、成績の振るわないメーカーの車両に対しては引き上げられる。

この回転数上限は接戦の演出を目的に恣意的とも取れる設定がされることもあり、2018年、カワサキ・Ninja ZX-10RRの回転数上限は規定よりも更に低い、14,100rpmとされていた。

2020年シーズン参戦車両の最大回転数(開幕時)
メーカー 車種 最大回転数(rpm)
BMW S1000RR 14,900
ドゥカティ パニガーレV4R 16,100
ホンダ CBR-1000RR-R 15,600
カワサキ Ninja ZX-10RR 14,600
ヤマハ YZF-R1 14,950

車体に関しては基本構造や外観の大幅な変更は禁止されているが、フレームの補強、フロントフォークやスイングアームの変更は認められている。

2015年以降エンジンの改造範囲が大幅に縮小されたこと、2018年にエンジン回転数上限が導入されたことにより、参戦に使用する市販車両の性能が以前にも増して重視されることとなった。2019年、ドゥカティが伝統の2気筒から4気筒へ転向、ライバル車両を大きく上回る最大回転数・最高出力を発揮するパニガーレV4Rを投入したことをきっかけに1,000ccクラスのスーパースポーツ車両の性能競争が激化している。

歴史編集

1988年〜2002年編集

排気量上限は4気筒は750cc、3気筒は900cc、2気筒は1,000cc。同一排気量であれば気筒数が多い方が高回転・高出力化には有利であり、異なる気筒数間の性能を均一化するため気筒数が少ないほど排気量上限が大きく設定されていた。

選手権が始まった1988年当時、国産4社(ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ)が激しい性能競争を繰り広げていた4気筒車両に対し、実質ドゥカティ1社の2気筒車両はエンジン性能において不利と考えられており、競争力確保のため当初2気筒車両には4気筒車両より軽い最低重量が適用されていた。

当時の国産4気筒車両の排気量は皆上限の750ccに達していたが、2気筒車両であるドゥカティの参戦車両851の排気量は851ccと上限に達していないものであった。

開催初年度の1988年から2年連続でホンダのフレッド・マーケルがライダータイトルを、1991年までの3年連続でホンダが750cc4気筒のRC30でマニュファクチャラータイトルを獲得したが、ドゥカティは3年目の1990年に排気量を888ccに拡大した851SP2を投入し初のマニュファクチャラータイトルを獲得、翌1991年にレイモン・ロッシュがライダー・マニュファクチャラー両タイトルを獲得、以後毎年のようにライダー・マニュファクチャラー両タイトルを獲得していった。ドゥカティは参戦車両のモデルチェンジの度に排気量を拡大、1995年の916CORSA(996cc)でほぼ上限に達する頃には国産4社を圧倒していた。この間、1993年にカワサキのスコット・ラッセルがライダータイトルを獲得しているが、マニュファクチャラータイトルはドゥカティが1996年まで5年連続で獲得している。

1997年にホンダとジョン・コシンスキーがライダー・マニュファクチャラー両タイトルを獲得、ドゥカティに一矢報いたものの、この先750cc4気筒では1,000cc2気筒に勝てないと判断し2000年以降1,000ccV型2気筒のVTR1000SPを投入、その結果コーリン・エドワーズが2000年と2002年、2度のライダータイトルを獲得した。

この時期、スズキも2気筒車両への転向を模索、1998年にTL1000Rを発売した。TL1000Rは実戦投入には至らなかったものの、後にビモータがこのエンジンをSB8に採用、2000年シーズンに1勝を挙げている。

2000年、ヤマハYZF-R7を駆る芳賀紀行がエドワーズと年間王者を争ったが(年間2位)、4気筒車両が2気筒車両と互角の戦いをしたのはこのシーズンが最後であり、翌2001年、4気筒車両の表彰台は全26レース中わずか2回、優勝も1勝のみに終わり、もはや2気筒の有利は決定的なものであった。

当時、国産4社のスーパースポーツの主力モデルは900cc〜1,000ccの4気筒車両に移っており、750cc4気筒のスーパースポーツ車両はレースのためだけに販売されている状態になりつつあった。市場が縮小している750cc車両で2気筒優遇レギュレーションの勝てないレースをしても市販車の販促にはつながらず、国産4社は2002年から4ストローク化されるロードレース世界選手権(MotoGP)に注力することを選択、スーパーバイク世界選手権への関与は大幅に縮小されていった。

2002年、4気筒車両の最低重量を2気筒車両よりも5kg軽くするレギュレーション変更が行われたが[5]、ついに4気筒勢の表彰台は皆無となった。

本レギュレーション下で行われた15年間のマニュファクチャラータイトル獲得数は2気筒のドゥカティ11回に対し4気筒のホンダ4回、ライダータイトルにおいても2気筒車両11回に対し、4気筒車両4回と2気筒勢が圧倒しており、2気筒優遇と言わざるを得ないものだった。当時のスーパーバイク世界選手権はイタリアのFGスポーツが運営しており、同じイタリア企業のドゥカティを優遇していたとの見方も強い。

2003年〜2007年編集

2003年、4気筒車両の最大排気量が1,000ccに引き上げられた。

ヤマハ・YZF-R1スズキ・GSX-R1000といった日本製1,000cc4気筒スーパースポーツ車の市場拡大は無視できないものとなっており、これらの車両の参戦を認めることは国産メーカーの目を再びスーパーバイク世界選手権に向けさせ参加車両の多様性を確保するためにも避けられないものであった。

2003年はホンダとアプリリアがファクトリーチームを撤退させたこともあり全レースでドゥカティが優勝、「ドゥカティカップ」と揶揄されたほどであったが、国内メーカーで唯一ファクトリー参戦を続けていたスズキがGSX-R1000で複数回の表彰台を獲得している。また、かつての王者カール・フォガティペトロナスと組んで自らのチームを立ち上げ、900cc3気筒マシン、ペトロナスFP1で参戦した(2006年限りで撤退)。

この年、FIMとFGスポーツより、翌2004年シーズンからタイヤをワンメイク化、ピレリが供給することが発表された。この決定は他のタイヤメーカーや車両メーカーへの事前通告なく行われたもので、国産4社はこれに強く反対したが決定は覆らず、2004年以降の不参加を表明した。

2004年、各方面の反対を押し切りタイヤのワンメイク化が導入された。この年、ホンダがCBR-1000RRを、カワサキがNinja ZX-10Rを発売、国産4社の1,000ccスーパースポーツが出揃ったが、国産4社はタイヤワンメイク化に反対し不参加を表明していたため、国産車両での参戦はプライベートチームが独自に行なった。

この年より、前年までスポーツランドSUGOで行われていた日本ラウンドが開催されなくなった。これはFGスポーツによる国産4社不参加への報復だったとも言われている。

この年のタイトルはドゥカティのジェームズ・トースランドが獲得したが、テンケイト・ホンダのクリス・バーミューレンが4勝を上げる活躍を見せている。プライベーター参戦ながら1,000cc4気筒車両には十分な戦闘力があり、タイヤのワンメイク化も戦力の均衡に寄与しドゥカティ一強の状態は是正されつつあった。国産4社は翌年以降プライベーターチームへのサポートを強化、スズキとヤマハは準ファクトリー体制となった。2005年にはスズキのトロイ・コーサーが、2007年にはホンダのクリス・バーミューレンが年間タイトルを獲得、それぞれマニュファクチャラータイトルも獲得している。

ドゥカティはこの時期を999で参戦、2003年、2004年、2006年のタイトルを獲得していたが、レースでの活躍に反し999の販売は思わしいものではなかった。ドゥカティは2007年に999の後継車両として1,100ccの1098を発売、人気車種となり販売も好調だったが、スーパーバイク世界選手権には使用できないため150台限定生産の999Rで参戦した。ドゥカティは高回転・高出力化に不利な2気筒が4気筒と同じ排気量であることに異議を唱え、2気筒車両の排気量を拡大するようレギュレーション改定を訴えていた。

2008年〜2014年編集

2008年、ドゥカティのロビー活動が実を結び、2気筒車両の最大排気量が1,200ccに引き上げられた。排気量の拡大が認められた代わりに1,200cc車両の改造範囲は縮小、最低重量は1,000cc車両よりも重く設定され、吸気リストリクターの装着が義務付けられていた。合わせてシーズン中の性能調整が導入され、4気筒勢との成績の差に応じた最低重量の増減、吸気リストリクターの内径変更による吸気量調整を行うことになっていた。

2008年はドゥカティ1098Rを駆るトロイ・ベイリスが自身3度目のタイトルを獲得している。

2009年よりBMWがS1000RRでファクトリー参戦を開始、また、2003年以降撤退していたアプリリアもV型4気筒のRSV4で復帰した。一方、世界同時不況の影響もあり、ヤマハは2009年にベン・スピースの活躍でライダー・マニュファクチャラー両タイトルを獲得したものの、2011年限りで一時撤退している(2016年に復帰)。カワサキは世界同時不況によりMotoGPから撤退したが、モータースポーツ活動の主戦場をスーパーバイク世界選手権に定め、この年よりファクトリー体制となった。

2011年、ドゥカティはMotoGPへ注力するためファクトリー参戦を中止、プライベーターのみの参戦となったが、この年のタイトルはアルテア・ドゥカティチームのカルロス・チェカが獲得した。2020年現在これがドゥカティにとって最後のタイトルとなっている。

この時期最も成功したマニュファクチャラーはアプリリアで、マックス・ビアッジ(2010年、2012年)とシルヴァン・ギュントーリ(2014年)が計3回のライダータイトルを獲得、マニュファクチャラータイトルも4度獲得(2010年、2012〜2014年)している。アプリリアは当初、RSV4のカムシャフトの駆動機構を市販状態のチェーンからカムギアトレーンに変更して参戦していたが、2011年以降、レギュレーション変更によりカムシャフトの駆動方式は市販車両から変更不可となった。

2012年、参戦コストの削減を目的として、使用できる車両はライダー1人に付き1台のみ、予備車両のピットへの持ち込みが禁止された。

2013年、カワサキNinja ZX-10Rを駆るトム・サイクスがライダータイトルを獲得、1993年以来、20年ぶりにカワサキにタイトルをもたらした。この年を最後にBMWはファクトリー参戦を停止、以後プライベートチームへのサポートのみ行っていたが、2018年にファクトリー参戦を再開している。

2014年、参戦台数の減少に歯止めをかけるためエンジン無改造のEvoクラスがこの年限りで導入された。カワサキはこのEvoクラスにもワークス参戦、ダビド・サロムがクラスタイトルを獲得した。EvoクラスにはビモータがBMW・S1000RRのエンジンを独自のフレームに搭載したBB3で参戦、カワサキ、ドゥカティとEvoクラスの覇を競ったが車両生産数がホモロゲーション取得に必要な台数を満たさなかったため、全戦失格となった。

2015年〜2017年編集

2015年、参戦コストの削減を目的に改造範囲が大幅に狭められた。これまで許可されていた4気筒車両でのピストン、コンロッドの交換は禁止され、交換が許される主なエンジン部品は実質カムシャフトのみとなり、改造範囲は2気筒・4気筒共通となった。最低重量も2気筒・4気筒共通となり、性能調整は吸気リストリクターのみで行われることとなった。また、シーズン中変速機のギヤ比は変更不可となり、ホイールサイズは17インチに統一された。外観上の大きな変更として、市販車レースであることのアピール強化のためカウリングにダミーヘッドライトのグラフィックを施す事が義務付けられた。

この年、ホンダからカワサキに移籍したジョナサン・レイが初タイトルを獲得、カワサキも初のマニュファクチャラータイトルを獲得した。以後、カワサキとレイは2020年現在6年連続で両タイトルを獲得している。

アプリリアはMotoGPへ復帰するため2015年限りでファクトリー参戦を停止、2016年以降はプライベートーチームのみが参戦している。

スズキもMotoGPへの注力のため、2015年限りでスーパーバイク世界選手権への参戦を停止している。

2016年、ヤマハがファクトリー体制で復帰した。

2017年、スロットルボディを市販状態からの変更することが禁止された。これにより、市販状態でライドバイワイヤを採用していない車種を部品交換によりライドバイワイヤ化することができなくなった。

この年、レース2のグリッドに、レース1の表彰台に立ったライダーが3列目スタートとなる変則リバースグリッドが導入された。レース1とレース2両レースの展開が似通ったものになることを防ぎ、レースの見所であるオーバーテイクを多くするためとされたが、すでに2連覇を遂げていたレイとカワサキのさらなる連覇を防ぐ目的があったとも言われている。だが、オーバーテイクを得意とするレイにとってこれは大きなハンデとはならず、むしろライバル勢に不利な展開となることも少なくなく、ジョナサン・レイとカワサキがタイトルを獲得、3連覇を達成した。

2018年〜編集

2018年、コストの削減と戦力の均一化を図るため、コンセッションポイント制および車種毎の回転数制限が導入された。ドルナとFIMは3連覇中のジョナサン・レイとカワサキの戦力が突出していると判断、接戦を演出するためカワサキZX-10RRの最高回転数は本来の数値より600rpm低い14,100rpmと定められた。このハンディキャップを課せられたにもかかわらずレイとカワサキはタイトルを獲得、4連覇となった。

2019年、カワサキはエンジンに改良を加えた新型NinjaZX-10RRを投入、新型車両のため昨年のように規定よりも露骨に低い回転数上限を適用されることはなく、最大回転数は14,600rpmとされた。ドゥカティはタイトル奪還のために伝統の2気筒から4気筒に転向、カタログ値221ps/15,250rpmと従来の市販車の常識を超えた最高回転数と最高出力のパニガーレV4Rを投入した。適用された最高回転数は16,350rpmと突出しており、レースにおいてもライバル車両を圧倒する動力性能を発揮、この年MotoGPから転向したアルバロ・バウティスタのライディングとの相性も良好で、途中性能調整により最大回転数を250rpm減じられたものの開幕から11連勝とレイをも圧倒する速さを見せた。これでついにレイの連覇にピリオドが打たれるかと思われたが、バウティスタはシーズン中盤より転倒するレースが目立ち始め、自滅する形でポイントリーダーの座から転落してしまった。中盤以降はV4R対策を練り上げたカワサキとレイが連勝を重ね5連覇を達成、バウティスタは年間2位に終わり、ドゥカティは2011年以来のタイトル奪回を果たせなかった。

2020年、Covid-19の世界的な蔓延によりカレンダーは再編され、当初予定されていた全13戦から全8戦へと大幅に短縮されたシーズンとなった。タイトルはライダー、マニュファクチャラー共にカワサキとレイが6連覇を達成したが、2年目で熟成の進んだドゥカティパニガーレV4Rの前に苦戦を強いられる事も多く、マニュファクチャラータイトルは2位のドゥカティとわずか1ポイント差と僅差であった。

この年ホンダは2002年以来となるファクトリーチームを復活させた。前年ドゥカティでレイを圧倒する走りを見せたバウティスタをチームに招き、完全新設計の新型CBR-1000RR-Rを投入したが表彰台はバウティスタの3位1回のみとあまり目立つ成績を上げることは出来なかった。

歴代チャンピオン編集

ライダー 国籍 メーカー/マシン マニファクチャラー
2020年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10RR カワサキ
2019年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10RR カワサキ
2018年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10RR カワサキ
2017年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10RR カワサキ
2016年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10R カワサキ
2015年 ジョナサン・レイ  イギリス カワサキ/ZX-10R カワサキ
2014年 シルバン・ギュントーリ  フランス アプリリア/RSV4 アプリリア
2013年 トム・サイクス  イギリス カワサキ/ZX-10R アプリリア
2012年 マックス・ビアッジ  イタリア アプリリア/RSV4 アプリリア
2011年 カルロス・チェカ  スペイン ドゥカティ/1198R ドゥカティ
2010年 マックス・ビアッジ  イタリア アプリリア/RSV4 アプリリア
2009年 ベン・スピーズ  アメリカ ヤマハ/YZF-R1 ヤマハ
2008年 トロイ・ベイリス  オーストラリア ドゥカティ/DUCATI 1098 F08 ドゥカティ
2007年 ジェームス・トスランド  イギリス ホンダ/CBR1000RR ホンダ
2006年 トロイ・ベイリス  オーストラリア ドゥカティ/DUCATI 999 F06 ドゥカティ
2005年 トロイ・コーサー  オーストラリア スズキ/GSX-R1000 スズキ
2004年 ジェームス・トスランド  イギリス ドゥカティ/DUCATI 999 F04 ドゥカティ
2003年 ニール・ホジソン  イギリス ドゥカティ/DUCATI 999 F03 ドゥカティ
2002年 コーリン・エドワーズ  アメリカ ホンダ/VTR1000SP-2 ドゥカティ
2001年 トロイ・ベイリス  オーストラリア ドゥカティ/DUCATI 996R ドゥカティ
2000年 コーリン・エドワーズ  アメリカ ホンダ/VTR1000SP ドゥカティ
1999年 カール・フォガティ  イギリス ドゥカティ/DUCATI 996 ドゥカティ
1998年 カール・フォガティ  イギリス ドゥカティ/DUCATI 996 ドゥカティ
1997年 ジョン・コシンスキー  アメリカ ホンダ/RVF/RC45 ホンダ
1996年 トロイ・コーサー  オーストラリア ドゥカティ/DUCATI 995 ドゥカティ
1995年 カール・フォガティ  イギリス ドゥカティ/DUCATI 916 ドゥカティ
1994年 カール・フォガティ  イギリス ドゥカティ/DUCATI 916 ドゥカティ
1993年 スコット・ラッセル  アメリカ カワサキ/ZXR750 ドゥカティ
1992年 ダグ・ポーレン  アメリカ ドゥカティ/DUCATI 888 ドゥカティ
1991年 ダグ・ポーレン  アメリカ ドゥカティ/DUCATI 888 ドゥカティ
1990年 レイモン・ロッシュ  フランス ドゥカティ/DUCATI 851SP2 ホンダ
1989年 フレッド・マーケル  アメリカ ホンダ/RC30 ホンダ
1988年 フレッド・マーケル  アメリカ ホンダ/RC30 ホンダ

主な日本人ライダー編集

2019年シーズン以前編集

2013年シーズンから2018年シーズンまでエントリーしている日本人ライダーはいない。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 『Road Racing FIM Superbike & Supersport World Championships and FIM Superstock Cup Regulations 2009[1]』(Covering 1、1/176)より。
  2. ^ 『Road Racing FIM Superbike & Supersport World Championships and FIM Superstock Cup Regulations 2009[2]』「1.9.1 Classes will be for the following categories:」(p14、18/176)より。
  3. ^ 「ヤマハ・ワールド・スーパーバイク・チーム」2011年シーズン末で活動を休止ヤマハ発動機 2011年8月1日付・2016 スーパーバイク世界選手権への復帰を正式に決定ヤマハ発動機レースリリース・2015年9月23日 - ヤマハは2011年シーズンをもって一時撤退したが、2016年シリーズより復帰。
  4. ^ Durbin, R. P. (1975-12). “Letter: Acid secretion by gastric mucous membrane”. The American Journal of Physiology 229 (6): 1726. doi:10.1152/ajplegacy.1975.229.6.1726. ISSN 0002-9513. PMID 2020. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2020. 
  5. ^ World Superbike Weight Advantage For Fours, Triples In 2002” (英語). Roadracing World Magazine | Motorcycle Riding, Racing & Tech News (2001年10月16日). 2020年10月22日閲覧。
  6. ^ 2019年Honda二輪モータースポーツ活動計画 Honda ニュースリリース 2018年11月7日

関連項目編集

外部リンク編集