スーパーライダー

スーパーライダー1962年11月9日 - )は、日本覆面レスラー。本名:渡部 優一(わたなべ ゆういち)。現在は武道団体・掣圏真陰流興義館の館長。元プロ総合格闘家で修斗初代ウェルター級チャンピオン。栃木県足利市出身。

スーパーライダー
スーパーライダーの画像
プロフィール
リングネーム ホッパーキング
スーパーライダー
仮面シューター・スーパーライダー
本名 渡部 優一
身長 175cm
体重 90kg
誕生日 1962年11月9日(58歳)
出身地 栃木県足利市
所属 SPWF
PWC
DDTプロレスリング
リアルジャパンプロレス
スポーツ歴 レスリング
総合格闘技
サンボ
トレーナー 佐山聡
デビュー 1993年10月28日
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来歴編集

1993年10月28日谷津嘉章[1]が設立したプロレス団体SPWF』に仮面ライダー的マスクを被った覆面レスラーホッパーキングとして登場。野鳥の森とーぶ福寿殿駐車場で行われた興行で、鶴見五郎大矢剛功とタッグを組み、三浦博文川端輝鎮丸山昭一組を相手にデビュー戦を行った。
その後、プロレスショップの助言を受けて、1996年1月25日の『PWC北沢タウンホール大会よりリングネームをスーパーライダーに改名[2]1996年5月9日、PWC後楽園ホール大会から仮面シューター・スーパーライダーと再度改名する。 しかし、仮面ライダー著作権を持つ東映からの抗議を受け謝罪。その際、東映側は渡部の意向を受けライダーの命名使用を検討。後日、佐山サトルと共に再び東映に謝罪に出向き、改めて仮面ライダーへの愛を伝え、1996年12月、東映より正式に命名使用許可を貰い正式に「プロレス版仮面ライダー」として活動する[3]

1997年3月25日DDTプロレスリングに参加。木村浩一郎が扮する宇宙パワーと共に旗揚げ期のDDTで強さの象徴として君臨していた。 しばらく欠場中だったが、2004年3月20日のDDTプロレス7周年記念興行"Judgement 8"に登場し、高木軍のピンチを救った。

2005年6月9日リアルジャパンプロレスに入団。

人物編集

エピソード編集

  • 三沢の死後[17]仮面ライダーになりたいという自己満足でプロレスをやっていた自分に憤りをも感じ、「あいつがここまで愛して大切にしたプロレスを中途半端な気持ちでやれない」と思い悩んでいた時期があったが、2009年12月10日リアルジャパンプロレス後楽園ホール大会の対山本裕次郎戦で復帰。その試合後に「友が与えてくれた命懸けのメッセージに自己満足じゃなくて魂をもってこたえていきたいと思います」とプロレスに対する思いを叫んだ[18]

マスクのバージョン編集

確認できているマスクの種類

 
ホッパーキング

得意技編集

入場曲編集


プロ修斗戦績編集

総合格闘技 戦績
9 試合 (T)KO 一本 判定 その他 引き分け 無効試合
6 0 5 1 0 0 0
3 1 2 0 0
勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
桜田 直樹 3R 0:57 腕十字固め プロシューティング第18戦 1992年5月29日
大原 友則 1R 腕十字固め プロシューティング第17戦 1992年3月27日
× 桜田 直樹 5R 2:03 腕ひしぎ十字固め プロシューティング第14戦 1991年8月25日
草柳 和宏 1R 腕十字固め プロシューティング第11戦
ウェルター級チャンピオン認定戦】渡部が初代ウェルター級タイトル獲得
1991年3月29日
大原 友則 5分3R 判定 プロシューティング第10戦 1991年1月25日
× 伊藤 裕二 3R 1:49 TKO(試合途中の腹痛によりレフリーストップ) プロシューティング第6戦
【ウェルター級チャンピオン認定戦】敗戦によりチャンピオン認定されず
1990年5月12日
坂本 一弘 2R 2:45 腕ひしぎ十字固め プロシューティング第4戦 1990年1月13日
× 桜田 直樹 1R ヒールホールド プロシューティング第2戦 パンクラチオンへの道 1989年7月29日
伊藤 裕二 1R 腕ひしぎ十字固め プロシューティング公式戦 初代チャンピオンシリーズPART1 1989年5月18日

[20]

獲得タイトル編集

脚注編集

  1. ^ 谷津は渡部優一の高校・大学のレスリング部の先輩にあたる
  2. ^ プロレスショップに「マスクを売る興行をやりたい。ホッパーさんのマスクは仮面ライダーみたいでカッコイイからよく売れる。名前をスーパーライダーにして売りましょう」という話を持ちかけられた。修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」 『Dropkick』チャンネル
  3. ^ a b 修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」”. Dropkick:『Dropkick』チャンネル(Dropkick編集部) (2016年7月6日). 2016年7月14日閲覧。
  4. ^ 初代タイガー不覚……藤原組長が完全復活で好アシスト=リアルジャパン 昭和レジェンドが大集結、聖地・後楽園は熱狂の渦に”. スポーツナビ (2010年9月8日). 2016年9月18日閲覧。
  5. ^ 衝撃! 仮面シューターをプロデュースしたのは高野拳磁だった! / 渡部優一インタビュー②”. Dropkick:『Dropkick』チャンネル(Dropkick編集部) (2010年9月8日). 2016年9月18日閲覧。
  6. ^ 階級規約改正 日本修斗協会 公式ウェブサイト 2016年11月5日。2017年1月1日より、各階級の名称がネバダ州アスレチック・コミッションと同じ階級名称に変更となった
  7. ^ 渡部 優一 SHOOT オフィシャルサイト
  8. ^ 仮面シューターJr.・世紀末寝技伝説 渡部修斗× 渡部拳士郎 TOKYO HEADLINE
  9. ^ 渡部修斗 - RIZIN FIGHTING FEDERATION オフィシャルサイト
  10. ^ 全日本サンボ選手権大会歴代優勝者一覧 日本サンボ連盟
  11. ^ 全国高校選手権(インターハイ) 歴代優勝選手日本レスリング協会
  12. ^ 1980年第35回国民体育大会 少年フリースタイル60kg級 5位 国民体育大会記録集 日本スポーツ協会
  13. ^ 歴代記録(オリンピック他国際大会、団体戦) 日本大学レスリング部OB会
  14. ^ 新入生の登竜門である1982年春季東日本学生新人選手権 フリースタイル62kg級で優勝し天皇杯に出場経験もある。
  15. ^ 1982年第37回国民体育大会 成年フリースタイル68kg級 3位、1984年第39回国民体育大会 成年フリースタイル68kg級 5位 国民体育大会記録集 日本スポーツ協会
  16. ^ 世界ではじめての総合格闘技のチャンピオンが語る総合格闘技黎明期とZONEの世界 Amazon Prime Video
  17. ^ 2009年6月13日、広島県立総合体育館グリーンアリーナで行われたGHCタッグ選手権試合に挑戦者として出場。試合中、王者チームの齋藤彰俊の急角度バックドロップを受けた後、意識不明・心肺停止状態に陥った。リング上で救急蘇生措置が施された後、救急車で広島大学病院に搬送されたが、午後10時10分に死亡が確認された。6月14日、広島県警広島中央警察署は、三沢の遺体を検視した結果、死因をバックドロップによって頭部を強打したことによる頸髄離断であると発表した。
  18. ^ ライダーの涙、みのるからの餞別”. maikai (2016年7月6日). 2016年7月14日閲覧。
  19. ^ プロレス・マスク・ワールド/TIGER ARTS/MASK BANKブログプロレスマスク職人中村ユキヒロによるデザイン画と完成画像 2012年9月27日
  20. ^ 「修斗」読本 (日本スポーツ出版社、1999年6月) ISBN 9784930943194

関連項目編集

外部リンク編集

前王者
王座新設
初代修斗世界ウェルター級王者

1991年3月29日 - 1991年8月25日(返上)

次王者
大原 友則