セイウチ

セイウチ科に分類される鰭脚類

セイウチ (海象、海馬、Odobenus rosmarus) は、哺乳綱食肉目・セイウチ科・セイウチ属に分類される鰭脚類動物。本種のみでセイウチ科セイウチ属を構成する。

セイウチ
セイウチ
タイヘイヨウセイウチ
Odobenus rosmarus divergens
保全状況評価[1][2][3]
VULNERABLE
(IUCN Red List Ver.3.1 (2001))
Status iucn3.1 VU.svg
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 哺乳綱 Mammalia
: 食肉目 Carnivora
亜目 : イヌ型亜目 Caniformia
下目 : クマ下目 Arctoidea
: セイウチ科
Odobenidae Allen, 1880[4]
: セイウチ属
Odobenus Brisson, 1762[4][5]
: セイウチ O. rosmarus
学名
Odobenus rosmarus
(Linnaeus, 1758)[3][4]
シノニム

Phoca rosmarus Linnaeus, 1758[3][4][5]

和名
セイウチ[6][7]
英名
Walrus[3][4][5][6]

分布編集

ユーラシア大陸北部・カナダ東部・アラスカ西部・グリーンランド北極海[6]に分布する。

北極圏の沿岸地帯および氷縁部に生息する。冬季でもポリニヤで生息し、特には南に移動しないとされるが、日本三重県沖で捕獲されたこともある。

かつてはカナダのセントローレンス湾サーベル島近海、ノバスコティア海岸にも生息していたが、18世紀19世紀における本種の肉と皮を目当てとした乱獲により、この地域の個体群は絶滅している。

形態編集

体格編集

大西洋セイウチのオス平均体長310センチメートル。平均体重900キログラム。大西洋セイウチのメス平均体長260センチメートル。平均体重560キログラム[8]

太平洋セイウチは、大西洋セイウチより20パーセントほど大きい。

皮膚編集

皮膚は分厚く2 - 4センチメートルに達する箇所もあり[5]、オスでは5センチメートルに達することもある[6]

体色は明黄褐色で、胸部や腹部は濃色[6]

皮膚には体毛が無いものの、厚い脂肪で覆われ寒冷地での生活に適応している。

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口の周りには堅い(ヒゲ)が密集する。吻端の上部の皮膚は角質化し、硬くなっている[6]。鼻面は皮膚が薄く、髭が密に生える[6]

この髭は濁っていたり光が届かない海中で触覚により獲物を探す、感覚器官としての役割があると考えられている[6]

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雌雄共に上顎の犬歯)が発達し、オスでは100センチメートルにも達する事もある。この牙は生涯を通じて伸び続ける。

この牙の用途は、オス同士の闘争における優位・性差・年齢の誇示、外敵に対する武器、海底で獲物を掘り起こす道具、陸に上がる際の支え、氷に呼吸用の穴をあける道具などである[6]

属名Odobenusは、古代ギリシャ語で「歯で歩くもの(odontos + baenos)」の意がある言葉に由来する[6]

老齢個体では牙が摩耗するが、後述するように牙で海底は掘りおこさず採食の際に海底で擦れてしまうためだと考えられている[6]

幼獣編集

出産直後の幼獣は体長1.1メートル[6]。体重60 - 65キログラム[5][6]。オスの成獣は、全身の体毛がまばらで皮膚が裸出する[6]

オスは喉に気嚢があり求愛のために鳴き声をあげたり、海面で浮遊する支えの役割があると考えられている[6]

メスやオスの幼獣は、四肢を除く全身が粗い体毛で被われる[6]

分類編集

以下の亜種の分類は、Wozencraft(2005)に従う[4]。和名・英名は、Fay・新妻訳(1986)に従う[6]

Odobenus rosmarus rosmarus (Linnaeus, 1758) タイセイヨウセイウチ Atlantic walrus
ハドソン湾・バフィン湾バレンツ海カラ海にかけて[6]
牙の長さは体長の約12 %[6]
Odobenus rosmarus divergens (Illiger, 1815) タイヘイヨウセイウチ Pacific walrus
チュクチ海、ベーリング海[6]
牙の長さは体長の約17 %[6]。種小名divergensの由来は左右の牙の基部が離れているとされていたためだが、実際にはそのような特徴はない[6]
Odobenus rosmarus laptevi Chapski, 1940
ラプテフ海[6]
大きさは基亜種と亜種タイヘイヨウセイウチの中間的[6]
形態やミトコンドリアDNAの分子系統解析から、亜種タイヘイヨウセイウチのシノニムとする説もある[3]

生態編集

 
セイウチのハーレム
 
セイウチの骨格

生活域編集

主に大陸棚の上にある、流氷域に生息する[6]。太平洋の個体群はオスは多くの個体が周年ベーリング海で生息するが、メスや若獣は夏季はチュクチ海へ回遊する[7]

後肢(後鰭)を動かして海中を進み、前肢(前鰭)は舵の役割を果たしている[6]

主に氷上で休むが、流氷がない場合はラウンド島などのような島嶼の岩場で休むこともある[6]。休息中には、大規模な集団になることもある[6]

雌雄共に牙を誇示したり牙を突き刺して争うことがあり、特に繁殖期のオス同士ではよく争う[6]。一方でオスでも、繁殖期以外では争うことは少ない[6]

食性編集

食事内容編集

主に二枚貝を食べるが、巻貝タコなどの軟体動物エビカニなどの甲殻類ナマコ類などの底棲の無脊椎動物も食べる[6]魚類や、鰭脚類などを食べることもある[6]

砂泥中にいる獲物は牙ではなく角質化した吻端上部で掘り起こして捕食し、より深いところに潜っている獲物は飼育下の観察から水を口から噴出して掘り起こすと考えられている[6]

被捕食編集

セイウチの幼獣を捕食する生物は、シャチホッキョクグマが挙げられる[5][7]。また他のセイウチによって偶発的に潰され殺されることもある[5]

繁殖編集

繁殖期編集

繁殖期になると、メスと幼獣は10 - 15頭ほどの群れを形成する[6]

オスは海中で「ベル音」「ノック音」・海面で「ホイッスル音」などの様々な音を交互に繰り返したり組み合わせて、繁殖行動(ディスプレイ)を行う[6]。このディスプレイはメスを誘ったり、他のオスに存在を誇示する役割があると考えられている[6][7]

水中で交尾を行うと考えられている[6][7]

妊娠期間編集

妊娠期間は15 - 16か月だが、受精卵の着床が遅延する期間も含まれる[6]。4 - 6月の回遊の最中に、1回に1頭の幼獣を産む[7]。早くても隔年で出産し[6]、老齢個体であれば出産間隔がより長くなる[7]

ハーレム形成編集

氷山海岸にオスとメス、幼体からなる大規模な群れを形成し生活する。オス同士の間でメスをめぐる戦いに勝ち抜いた個体が、多くのメスを所有するハーレム英語版を形成する。

群れに向かってきたホッキョクグマに対しパニックを起こし、逃げようとした他の個体の下敷きで轢死し、捕食された例も報告されている(特に子供の個体は危険)。しかし成獣の個体が逆にホッキョクグマを追い返す姿も確認されている[9]。なお、セイウチの牙は急所を突けばホッキョクグマの四肢や内臓に大損傷を与え得る威力とサイズを持つが、ホッキョクグマの爪や牙では成体セイウチの分厚い脂肪に阻まれ致命傷を与える事は難しいとされる。これらのリスクによりホッキョクグマがセイウチを襲うことは稀である[10]

セイウチの皮膚と脂肪の厚さは10センチメートル[要出典]。なお、海中でシャチに襲われる例は確認されている。またワモンアザラシの幼獣を捕食する場合もある[11][要検証]

人間との関係編集

保護状況編集

トロール漁による底棲の獲物への影響、低空飛行の飛行機や船舶による攪乱、獲物への汚染物質の蓄積、油による海洋汚染、温暖化による影響が懸念されている[3]。1975年のワシントン条約発効時から、カナダの個体群がワシントン条約附属書IIIに掲載されている[2]

O. r. rosmarus タイセイヨウセイウチ
NEAR THREATENED (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))[3]
O. r. divergens タイヘイヨウセイウチ
DATA DEFICIENT (IUCN Red List Ver. 3.1 (2001))[3]

日本における飼育編集

飼育状況編集

日本においては、1977年昭和52年)に水族館伊豆・三津シーパラダイス』が国内で初めてセイウチの飼育を開始したのをはじまりに、幾つかの施設で飼育されている。

タックとムック編集

1983年(昭和58年)にソビエト連邦から『鴨川シーワールド』が購入したセイウチのつがい『タック(オス)』と『ムック(メス)』が、1994年平成6年)に国内ではじめて繁殖(出産)に成功した[12]当該記事も参照)。二頭は『タックとムック』として親しまれ[12]、ムックは累計4頭の子を産み、2003年平成15年)に21歳で死亡した[12]。タックは9頭の子の父親となり、2019年令和1年)に推定35歳で死亡した(飼育日数は1万3,093で国内最長)。穏やかな性格や愛嬌あるしぐさが人気だったという[13][14]

タックの死体は全身骨格標本となった。その標本は、成獣として体長3メートルを超える大きさや、上顎の90cmを超える牙、舌骨陰茎骨を含めた骨格がすべて揃い、また飼育記録も残されていることなどから、世界的にも貴重な学術資料となったという[13](ほかの例としてはアメリカスミソニアン博物館のものがほぼ唯一)[14]

人の死亡事故編集

中国・山東省での事故編集

2016年5月18日以前、中華人民共和国(中国)山東省栄成市の『西霞口動物園』で、セイウチが2人の男性をつかんで水中に引きずり込み、死亡させる事故が起こったという[15][16]

本節の内容は、イギリスタブロイド紙デイリー・メール』が、中国メディア『人民網』を引用する形で伝えた記事による[15][16]。ただし、デイリー・メール紙は英語版ウィキペディアでは信憑性が疑問視され、情報源としての利用が禁止されている[17]

同紙によれば、同国遼寧省から同園へ訪れた会社員のJia Lijun(漢字不明)は、セイウチの展示プールへ侵入して一頭のセイウチ(体重約1.5トン)と至近距離で自撮りを楽しみ、友人に映像を送っていた。同園では観客とプールとの間には柵が設置されているものの簡単に乗り越えられる構造で、また一部には柵がない区域もあった[15][16]

すると、突然セイウチが背後からJiaをつかみ、水中へ引きずり込んで水没させて振り回した。この一部始終を、映像を送られていたJiaの友人が画面越しに目撃していた[15][16]

飼育員のDuan(漢字不明)がの棒を使って助けようとしたがうまくいかず、彼もプールへ入った。するとセイウチはJiaを放して今度はDuanへ突進し、二人ともに抱きついて水中へ引きずり込んだ。のちに二人は救助されたが、すでに死亡していた[15][16]

事故後、同園は事故の責任を取り、Jiaの遺族に90万人民元の賠償金を支払った。5月24日時点で営業は続けていた[15][16]

同園の職員は、「このセイウチは10年以上前に幼獣として来園してからずっとDuanが面倒を見てきており、人懐っこい性格だった」と話しており、「遊び心でやったことだったのではないか」と考えているという[15][16]

中国のソーシャルメディア微博』でこの事故が話題になり、「動物と来園者の間に何らかの境界を設けるべきだった」とする批判が多かったという[15][16]

文化編集

出典編集

[脚注の使い方]
  1. ^ Appendices I, II and III (valid from 26 November 2019)<https://cites.org/eng> (downroad 07/29/2020)
  2. ^ a b UNEP (2020). Odobenus rosmarus. The Species+ Website. Nairobi, Kenya. Compiled by UNEP-WCMC, Cambridge, UK. Available at: www.speciesplus.net. (downroad 07/29/2020)
  3. ^ a b c d e f g h Lowry, L. 2016. Odobenus rosmarus. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T15106A45228501. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2016-1.RLTS.T15106A45228501.en. Downloaded on 29 July 2020.
    Lowry, L. 2015. Odobenus rosmarus divergens. The IUCN Red List of Threatened Species 2015: e.T61963499A45228901. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2015-4.RLTS.T61963499A45228901.en. Downloaded on 29 July 2020.
    Kovacs, K.M. 2016. Odobenus rosmarus rosmarus. The IUCN Red List of Threatened Species 2016: e.T15108A66992323. https://doi.org/10.2305/IUCN.UK.2016-1.RLTS.T15108A66992323.en. Downloaded on 29 July 2020.
  4. ^ a b c d e f W. Christopher Wozencraft, "Order Carnivora," Mammal Species of the World, (3rd ed.), Don E. Wilson & DeeAnn M. Reeder (ed.), Johns Hopkins University Press, 2005, Pages 532-628.
  5. ^ a b c d e f g Francis H. Fay, Odobenus rosmarus," Mammalian Species, No. 238, American Society of Mammalogists, 1985, Pages 1-7.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am Francis H. Fay 「セイウチ」新妻昭夫訳『動物大百科 2 海生哺乳類』大隅清治監修 D.W.マクドナルド編、平凡社、1986年、112-117頁。
  7. ^ a b c d e f g 長田英己 「『移動レック』と丁寧な育児 セイウチ」『動物たちの地球 哺乳類II 3 アザラシ・アシカ・オットセイほか』第9巻 51号、朝日新聞社、1992年、298-301頁。
  8. ^ Hinterland Who's Who – Atlantic walrus|publisher=Hww.ca”. 2021年4月22日閲覧。
  9. ^ ホッキョクグマとセイウチが主役のドキュメンタリー映画『北極のナヌー』より。[要文献特定詳細情報][出典無効]
  10. ^ ディスカバリーチャンネル『ホッキョクグマ対セイウチ』より。[要文献特定詳細情報]
  11. ^ ナショナルジオグラフィック「ワモンアザラシ」解説より。[要文献特定詳細情報]
  12. ^ a b c “セイウチ「ムック」死ぬ/国内初繁殖の母親”. 四国新聞. (2003年12月20日). http://www.shikoku-np.co.jp/national/life_topic/20031220000145 2022年1月10日閲覧。 
  13. ^ a b 川上眞 (2021年12月6日). “シーワールドで記録作ったセイウチ 「世界に誇れる」全身骨格標本に”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASPD575LNPD3UDCB00T.html 2022年1月10日閲覧。 
  14. ^ a b “セイウチ「タック」全身骨格 鴨川シーワールド19年まで飼育 世界的にも貴重、10日公開”. 千葉日報. (2021年12月8日). https://nordot.app/841176380717694976?c=428427385053398113 2022年1月10日閲覧。 
  15. ^ a b c d e f g h “The most deadly selfie: Man killed while taking pictures with a 1.5-tonne WALRUS as the animal 'playfully dragged him into the water'”. デイリー・メール. (2016年5月24日). https://www.dailymail.co.uk/news/peoplesdaily/article-3606379/The-deadly-selfie-Man-killed-taking-pictures-WALRUS-animal-playfully-drags-water.html 2022年1月10日閲覧。 
  16. ^ a b c d e f g h “Zoo keeper and tourist die after 236-stone walrus drags them underwater with a 'friendly HUG'”. デイリー・メール. (2016年5月18日). https://www.dailymail.co.uk/travel/travel_news/article-3596575/Zoo-keeper-tourist-die-236-stone-walrus-drags-underwater-friendly-HUG.html 2022年1月10日閲覧。 
  17. ^ “ウィキペディア、英紙デーリー・メールの引用禁止「信用できない」”. AFP BB. (2017年2月10日). https://www.afpbb.com/articles/-/3117335 2022年1月10日閲覧。 

注釈編集

参考文献編集

  • 高山宏之『ビートルズの詩の世界- おれはタマゴだ,セイウチだ』実業之日本社, 1981年(昭和56年), 47p

関連項目編集