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セイノーホールディングス株式会社Seino Holdings Co., Ltd. )は、岐阜県大垣市に本社を置く大手運輸企業西濃運輸グループの持株会社である。

セイノーホールディングス株式会社
Seino Holdings Co., Ltd.
Headquarters of Seino Holdings.JPG
本社
種類 株式会社
市場情報
略称 セイノーHD
本社所在地 503-8501
岐阜県大垣市田口町1番地
設立 1946年昭和21年)11月1日
業種 陸運業
法人番号 3200001013795
代表者 代表取締役社長 田口義隆
代表取締役 田口隆男
資本金 424億81百万円
(2018年3月31日現在)
発行済株式総数 2億0767万9783株
(2018年3月31日現在)
売上高 連結:5,961億30百万円
単独:94億47百万円
(2018年3月期)
営業利益 連結:278億79百万円
単独:80億75百万円
(2018年3月期)
経常利益 連結:291億20百万円
単独:86億42百万円
(2018年3月期)
純利益 連結:200億円46百万円
単独:74億8百万円
(2018年3月期)
純資産 連結:4,057億39百万円
単独:2,501億98百万円
(2018年3月31日現在)
総資産 連結:6,290億63百万円
単独:3,390億38百万円
(2018年3月31日現在)
従業員数 単独:51人
連結:2万6076人
(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社(信託口) 11.88%
財団法人田口福寿会 11.87%
(2013年3月31日現在)
主要子会社 西濃運輸株式会社など連結子会社59社
外部リンク http://www.seino.co.jp/seino/shd/
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目次

沿革編集

創業から開戦。そして終戦編集

1930年(昭和5年)、岐阜県益田郡萩原町(現・下呂市)にて、田口利八が前身となる田口自動車を創業。当時、国鉄高山本線(現・JR高山本線)等の公共工事が盛んで、事業は順風満帆であった。更なる成長の為、他の都市部への進出を計画、岐阜県の県都岐阜市中部地方の中枢都市名古屋市等の進出を検討したが、結局大垣市へ拠点を移す。理由としては、大垣市が紡績産業が盛んであった事、日本の中央部に位置し、将来の高速道路網でも当地付近が全国各地への結束地点になるであろうという考えからであった。ちなみに、現在、結節地点になっているのは米原市であるが、場所は必ずしも大垣から遠いとは言えず、高速道路網について、それが中央部である当地に近い都市で結束し、全国各地へのフィーダーが良好になるであろうという考えは、やはり先見の明であったといえる。

大垣での事業も絶好調だったが、時代は太平洋戦争へと突入。政府はトラック輸送の効率化の名のもとに、俗に言う戦時統合を推進。大垣周辺でも当地の零細運送会社を統合し、西濃トラック運輸株式会社が発足する。更に政府は、道府県各地区1業者にせよと命令、これにより、西濃地方の各社が統合、西濃運輸が発足する。

しかし戦局は泥沼化。米軍は、日本の地方都市にも焼夷弾による空襲をしかける。岐阜市、各務原市へも空襲の魔の手が伸び、大垣空襲も行なわれ、多くの県民が犠牲となった。大垣空襲の半月後、玉音放送により空襲の焦土の中、終戦を迎える。

  • 1930年2月 - 田口自動車創業。
  • 1933年4月 - 拠点を大垣市に移転。
  • 1941年1月 - 西濃トラック運輸株式会社設立。
  • 1944年11月 - 戦時陸運統制令により合同会社になる。

戦災復興ー長距離定期貨物便ー輸送立国編集

終戦後、戦時統合が解かれ、水都産業株式会社発足。戦災復興もあり、トラック業界は花形産業になるが、復興関連の需要は一種の特需であり、復興後に需要が減る時期へ対処する為、特需の続くうちに将来への布石が求められた。そこで練られた戦略が、長距離定期貨物便、今で言う特別積合せである。当時の貨物輸送の主流は国鉄(現JR貨物)による鉄道貨物輸送であり、一部の中距離路線便を地場の会社もしくは日本通運が行っているに過ぎなかった。ここに水都産業は着目し、近い将来高速道路網が整備されて自動車の時代が到来すれば、物流の世界も長距離トラック輸送の時代へと変化すると判断したのである。

まもなく当時の運輸省を訪ね、免許を申請。当時は前代未聞のことでもあり、なかなか認可がおりなかったが、通いつめた末に認可を手にした。このころ社名を再び、西濃運輸株式会社に変更し、大垣~名古屋を皮切りに、大阪・東京へと路線網を延伸していくが同業他社である日本運送(フットワークエクスプレスを経て現在の名称はトールエクスプレスジャパン)や福山通運トナミ運輸なども続々進出し、路線網を拡大。特に西濃運輸の拡大には、当時のヤマト運輸の小倉社長も脅威を感じ、羨ましくもあったという(小倉の著書に記されている)。

  • 1946年11月 - 水都産業株式会社設立(上記の合同会社より分散)。
  • 1948年10月 - 社名を西濃トラック運輸株式会社に変更。
  • 1950年1月 - 社名を西濃運輸株式会社に変更。
  • 1959年9月 -東京ー大阪間で定期便開始。

さらなる飛躍そして上場編集

その後も更に西進、東進を続け、1970年には青森~大分・熊本にいたる長大路線網を確立させる。 71年には名証に上場、72年11月東証一部に上場。

  • 1959年 - 仙台進出、東北へ路線網拡大。
  • 1966年 - 本社を現在地、大垣市田口町に移転。
  • 1969年 - 新潟・熊本・大分進出、九州、北陸へ路線網拡大。
  • 1970年 - 青森進出。
  • 1971年10月31日 - 名証2部に新規上場。
  • 1972年9月 - 名証一部へ昇格。
    • 11月 - 東証一部に重複上場。

そして現在へ編集

最近では、東海道新幹線をつかった超特急便や午前中の到着を確約し、不着の場合には全額返金するビジネス便、デパート納品を円滑化する為の納品パック、そして昨今の機密保持ニーズに応えるべく機密回収BOX等、物流新商品の開発を進めている。

2005年に、各事業の収支明確化と、効率化を図るべく持株会社制へ移行する。

関連会社編集

セイノーホールディングスの子会社

なお、同じく大垣市に本社を置く貨物鉄道会社の西濃鉄道は社名が似ているが、資本・人材等の関連はない。ただし、両者とも「美濃の西部」という地域名を社名の由来としている点のみ共通している。

脚注編集

  1. ^ 資本・業務提携に関するお知らせ - セイノーホールディングス・阪急阪神ホールディングス・阪急阪神エクスプレス 2018年1月22日(2018年1月22日閲覧)

関連項目編集

  • 加藤浩次 - 一時期、旧西濃運輸(法人格としては現在の当社、事業としては現在の北海道西濃運輸)勤務だった時期がある。

外部リンク編集