セルゲイ・ウラジーミロヴィチ・ドブリンロシア語: Сергей Владимирович Добринロシア語ラテン翻字: Sergei Vladimirovich Dobrin1986年9月22日 - )は、ロシア出身の男性フィギュアスケート選手。2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権3位。

セルゲイ・ドブリン
Sergei Dobrin
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Sergei Dobrin 3.JPG
基本情報
生年月日 (1986-09-22) 1986年9月22日(33歳)
出生地 ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic (1954–1991).svg ロシア・ソビエト連邦社会主義共和国リペツク
身長 180 cm[1]
選手情報
元コーチ ビクトリア・ボルチコワ
アレクセイ・ミーシン
ジャンナ・グロモワ[1]
元振付師 ジャンナ・グロモワ[1]
マルガリータ・ロマネンコ[1]
所属クラブ スポーツクラブ・モスクビッチ
引退 2010年
ISU パーソナルベストスコア
合計スコア 193.50 2006 GPエリック杯
ショート 66.14 2007 GP NHK杯
フリー 130.65 2006 GPエリック杯
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界ジュニア選手権
2005 キッチナー 男子シングル
ジュニアグランプリファイナル
2000 エア 男子シングル
2002 ハーグ 男子シングル
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経歴編集

ロシアのリペツクに生まれ、5歳のころにスケートを始める。12歳のときにリペツクから練習環境の整ったモスクワに引越し、やがて頭角を現した。2000-2001シーズンにはロシアジュニアチャンピオンとなり国際大会へデビュー。JGPファイナルで2度表彰台に上がり、2005年世界ジュニアフィギュアスケート選手権では3位となる。

2005-2006シーズンよりシニアに上がった。2006-2007シーズンのGPエリック杯では2度の4回転サルコウを成功させた(一本目は4回転サルコウ-3回転トゥループのコンビネーション、2本目は単独)。2007-2008シーズンからアレクセイ・ミーシンに師事する[2]。 2008年には足の骨をボルトで固定する大きな手術を受けた。2009年モスクワビクトリア・ボルチコワの元に移籍。

トウループとサルコウで4回転ジャンプを跳ぶことができる。幼いころから社交ダンスをやっていた[2]

しかし度重なる怪我に悩まされ2010年のロシア国内選手権では12位という成績で終わり、競技生活からの引退を発表。2018年現在はクラスノダールに妻と息子と娘と共に移住しコーチをしている。

主な戦績編集

大会/年 00-01 01-02 02-03 03-04 04-05 05-06 06-07 07-08 08-09 09-10
世界選手権 17
欧州選手権 15 18
ロシア選手権 9 7 6 5 3 3 棄権 13 12
GPNHK杯 5
GPロシア杯 10 8
GPエリック杯 7 3
フィンランディア杯 3
世界Jr.選手権 12 5 8 3
ロシアJr.選手権 1 6 2 2 3
JGPファイナル 2 2 5 5
JGPハルギタ杯 2
JGPベオグラード 3
JGPチェコスケート 2 2
JGPクロアチア杯 3
JGP B.シュベルター杯 1
JGPトラパネーゼ杯 1
JGPサルコウ杯 6
JGPソフィア杯 7
JGPウクライナ記念 2

シニア編集


開催日 大会名 SP FS 結果
2009年12月24日-26日 ロシアフィギュアスケート選手権サンクトペテルブルク 8
68.58
14
115.29
12
183.87


プログラム編集

シーズン SP FS EX
2007-2008[3] 火の鳥
作曲:イーゴリ・ストラヴィンスキー
マスク・オブ・ゾロ
作曲:ジェームズ・ホーナー
-
2005-2006[1] サラバンド
作曲:ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル
マスク・オブ・ゾロ
作曲:ジェームズ・ホーナー
-

脚注編集

  1. ^ a b c d e 『フィギュアスケート選手名鑑 2006』新書館、2005年12月、p.99
  2. ^ a b 『フィギュアスケートDays Plus 2008-2009男子シングル読本』ダイエックス出版、2008年9月、p.84
  3. ^ 「2007NHK杯レポート」『フィギュアスケートDays vol.5』DAI-X出版、2008年2月、pp.46-57

外部リンク編集