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セルビア社会党(セルビアしゃかいとう、セルビア語: Социјалистичка партија Србије または Socijalistička partija Srbije)は、セルビア共和国政党左翼ナショナリズムを掲げる社会主義または民主社会主義政党と考えられている。

 セルビアの政党
セルビア社会党

Социјалистичка Партија Србије
Socijalistička Partija Srbije
総裁 イヴィツァ・ダチッチ
創立者 スロボダン・ミロシェヴィッチ
創立 1990年7月17日 (1990-07-17)
前身政党 セルビア共和国共産主義者同盟、セルビア勤労人民社会主義同盟
本部所在地 セルビアの旗 セルビア ベオグラード
党員・党友数 120,000人 [1](2011年)
政治的思想 社会主義[2]
左翼ナショナリズム
公式カラー     
国会
21 / 250
ヴォイヴォディナ議会
8 / 120
コソボ・メトヒヤ議会
4 / 45
公式サイト
www.sps.org.rs
セルビアの政治
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セルビアの選挙
スロボダン・ミロシェヴィッチ

1990年スロボダン・ミロシェヴィッチの指導下でセルビア共和国共産主義者同盟(ユーゴスラビア共産主義者同盟のセルビア部分)とセルビア勤労人民社会主義同盟(統一戦線組織・ユーゴスラビア勤労人民社会主義同盟のセルビア部分)が合同して結成された。同年のセルビア共和国初の複数政党制に基づく自由選挙では250議席中、194議席を獲得し圧勝した。以降、セルビア急進党などの極右民族主義勢力とも提携しながら権威主義的かつ一党優位政党制的な与党としてミロシェヴィッチ政権を支え、クロアチア紛争ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争コソボ紛争などで政権の大セルビア主義的な政策を支持した。

なお経済・福祉政策では、ユーゴスラビア共産主義者同盟時代の自主管理社会主義を引き継いで市場社会主義を採っていた。その後、徐々に民間セクターを拡大していった。

2000年にミロシェヴィッチが追放される(ブルドーザー革命)と、セルビア社会党も下野し、同年の国民議会選挙では議席を急減させて250議席中37議席を獲得するにとどまった。以降、2003年の議会選挙では22議席、2007年の議会選挙ではさらに後退して16議席と、退潮に歯止めがかからない状態となった。

しかし2008年の議会選挙では党勢をやや回復して20議席を獲得した。選挙後、それまでの民族主義的な政策を抑えて社会主義的な主張を前面に押し出し、福祉政策などを軸にボリス・タディッチ大統領率いる民主党などの穏健派・親欧米派との連立政権を樹立、8年ぶりに小政党ながら与党の一角に復帰することになりイビツァ・ダチッチセルビア語版党首を副首相とした。ダチッチは党改革を進め「脱ミロシェヴィッチ」をアピールした。

イビツァ・ダチッチ

2012年の議会選挙では統一年金党統一セルビアと組んで44議席と議席を大幅に回復。ダチッチは交渉の末・穏健右派のトミスラヴ・ニコリッチ大統領が率いるセルビア進歩党に提携相手を切り替え、首相に就任した。

なお社会主義インターナショナルへの加盟を希望しているが、ミロシェヴィッチ時代の独裁的なイメージやボスニア・ヘルツェゴビナの加盟政党からの反対があり、加盟のめどは立っていない。

目次

党勢の推移編集

国民議会議員選挙における結果
得票数 得票率 獲得議席 議席数の増減 選挙後の立場
1990年 2,320,587 46.09%
194 / 250
  194 与党
1992年 1,359,086 28.77%
101 / 250
  93 与党
1993年 1,576,287 36.65%
123 / 250
  22 与党
1997年 1,418,036 34.26%
85 / 250
  38 与党
2000年 515,845 13.76%
37 / 250
  48 野党
2003年 291,341 7.62%
22 / 250
  15 閣外協力
2007年 227,580 5.64%
16 / 250
  6 野党
2008年 313,896 7.58%
12 / 250
  4 与党
2012年 567,689 14.51%
25 / 250
  13 与党
2014年 484,607 13.49%
25 / 250
  与党
2016年 413,770 10.95%
21 / 250
  4 与党
 

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集