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セントラルパーク地下街

セントラルパーク地下街とは、愛知県名古屋市中区にある地下街である[1]。管理は名古屋テレビ放送(メ〜テレ)の関連会社株式会社セントラルパークCetral Park Co.,Ltd.)が行っている[2]

セントラルパーク地下街
Central Park
Central Park Underground City 20150918.JPG
店舗概要
所在地 愛知県名古屋市中区錦三丁目[1]
開業日 1978年(昭和53年)11月2日[2]
施設所有者 株式会社セントラルパーク[1]
施設管理者 株式会社セントラルパーク[1]
延床面積 55,732 m2[1]
* 公共通路:14.548 m2[1]
* 地下駐車場:25,770 m²[1]
商業施設面積 10,250 m²[1][3]
店舗数 119店[2]
駐車台数 570台[4]
最寄駅 地下鉄栄駅[1]名古屋鉄道栄町駅[1]
地下鉄久屋大通駅[5]
外部リンク Central Park - セントラルパーク
株式会社セントラルパーク[2]
Cetral Park Co.,Ltd.
NBN Izumi Building 20150426.JPG
本社が入居するNBN泉ビル(2015年4月)
種類 株式会社[2]
本社所在地 日本の旗 日本
名古屋市東区泉一丁目23番36号[2]
設立 1973年(昭和48年)4月2日[2]
業種 不動産[2]
事業内容 地下街の管理・運営(不動産の賃貸・駐車場の経営)[2]
資本金 10億円[2]
決算期 4月[2]
主要株主 名古屋テレビ放送[2]
主要子会社 株式会社セントラルパークアネックス[2]
外部リンク http://centralpark.co.jp/
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セントラルパーク地下街1A入り口

目次

概要編集

立地編集

錦通桜通の間の久屋大通の地下の[3]名古屋テレビ塔とその周辺の下に南北に細長い矩形状になっている[1]

地下鉄東山線地下鉄名城線との接続駅である地下鉄栄駅[6]と接続していたが[1]1989年(平成元年)9月1日の地下鉄桜通線の開通した際に地下鉄名城線との接続駅として地下鉄久屋大通駅が開設された[7]ため、この両駅の間を繋ぐ形となっている[5]

また、森の地下街の一部である「栄北地下街」と繋がっているため、森の地下街経由で栄地区南側の地下街であるサカエチカとも接続しており、栄地区の地下街全体と一体化されている[1]

その他にも1986年(昭和61年)に開業した専門店ビル「セントラルパークアネックス」が[3]接続しており[2]、栄地区北部の南北の人の流れを生む形となっている[3]。 なお、この「セントラルパークアネックス」と当地下街が開業するまで、栄地区の錦通りの北側には大型商業施設がなかったため、新たな賑わいを呼び起したとされている[3]

建造物の特徴編集

延床面積は約55,732m2[1]、このうち地下街部分だけでも約29,487m2である大規模な地下街である[8]

ステンドグラスで装飾された[9]地上からの明かり取りの天窓が随所にあるほか[1]、「イベント広場」や「市民ギャラリー」等の催事空間も設置されており[9]、華やかな雰囲気を演出する構造となっている[9]

また、地上と直接つながる「もちの木広場」と呼ばれる[1]1,200m2の掘り込み式の広場があり[8]、地下街にいながら太陽や星空を見ることが出来るようになっている[9]。 この構造により地上にいるのと同じように感じられ、安心感が得られるとも言われていた[9]

なお、この「もちの木広場」等を通じて繋がる地上の久屋大通公園は、南北550m東西70mに及ぶ地区が当地下街の建設に合わせて整備され、全長130mの「さかえ川」が流れる緑の公園となっている[2]

名古屋市内で駐車場を併設しているのは他にユニモールエスカのみであり、栄地区では当地下街のみが地下駐車場を併設している[1]

店舗の配置と構成編集

中には東通り、中央通り、西通りと名づけられた南北に走る3本の通路が配置されており、開業時には119店が出店していた[2]。 そのうち40%以上が婦人服関連の店で占められていて紳士服関連はわずか3店と女性向けのファッション中心のテナント構成となっていた[8]

通路などを除いた店舗面積は約10,250m2である[1][3]

開業までの経緯編集

元来、名古屋城の外堀の中に乗り入れて堀のなかに駅も設置されていた名鉄瀬戸線であったが、地下鉄やバスなどへの乗り換えを容易にすることを目的に路線を付け替え、に乗り入れさせることになった[3]。 その際には、建設への理解を求めて名古屋市や栄地区の既存の地下街との調整が行われている[10]

この名鉄瀬戸線の栄乗り入れに合わせて周辺の再開発を行うことを目的に、1973年(昭和48年)4月2日に「株式会社セントラルパーク」が設立された[2]

そのため、名鉄瀬戸線の栄乗り入れと合わせて建設されただけでなく、名古屋テレビ塔周辺を含めた地上の公園とも一体的に整備が行われている[8]

この地上部分の公園も「株式会社セントラルパーク」が事業費を負担して整備している[11]

この建設工事には、重さ3000トンの名古屋テレビ塔の下とその周辺を刳り貫く形で掘削する難工事が含まれていた[12]

このうち、地下街部分の工事は、1976年(昭和51年)1月30日に起工式を行って着工し、1978年(昭和53年)11月2日に竣工している[2]

建設省運輸省(共に現・国土交通省)、消防庁警察庁の4省庁による地下街に関する基本方針により、地下街新設は原則として認められていなかったが、駐車場不足や歩行者通行量が多くて地上交通の混雑を緩和するために必要な場合に、公共地下歩道や公共地下駐車場の整備に付随する形での地下街のみが建設可能となっていた[1][8]

そのため、当地下街も延床面積は約55,732m2のうち、公共通路が約14.548m2で、地下駐車場が約25,770m2となっており、店舗部分の面積は約10,250m2と20%以下に留まっている[1]

脚注・出典編集

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 杉村暢二 『日本の地下街 その商業機能』 大明堂、1983年10月。ISBN 978-4470540068
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 名古屋テレビ放送社史編集委員会編 『名古屋テレビ放送 30年』 名古屋テレビ放送、1992年4月。
  3. ^ a b c d e f g 阿部和俊 『都市の景観地理 日本編1』 古今書院、2007年3月20日。ISBN 978-4772252058
  4. ^ 街路研究会 『ゆとり社会と街づくり・道づくり』 大成出版社、1992年11月14日。ISBN 978-4802878784
  5. ^ a b 『楽楽 名古屋・瀬戸・三河』 JTBパブリッシング、2014年2月14日。ISBN 978-4533095450
  6. ^ 土木学会日本土木史編集委員会 『日本土木史: 昭和16年-昭和40年』 土木学会、1973年4月。
  7. ^ 『地下鉄の本』 PHP研究所、1991年9月1日。ISBN 978-4569532547
  8. ^ a b c d e 戸所隆 『都市空間の立体化』 古今書院、1986年2月。ISBN 978-4772212083
  9. ^ a b c d e 監修:磯村英一 編集:坂田期雄 『明日の都市 2 新しい都市づくり』 中央法規出版、1980年5月10日。
  10. ^ 中村隆義 『鉄路風雪の百年 なるほど・ザ・名鉄』 中部経済新聞社、1995年。978-4885200175
  11. ^ 橋岡武 『都市美を求めて 27都市の個性』 鹿島出版会、1982年12月。ISBN 978-4-306-07148-3
  12. ^ 津川康雄 『地域とランドマーク 象徴性・記号性・場所性』 古今書院、2003年4月。ISBN 978-4772250788

外部リンク編集