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セント・オールバンズ公爵(英:Duke of St Albans)は、イギリス公爵位、貴族イングランド貴族爵位。

セント・オールバンズ公爵
Coronet of a British Duke.svg
Arms of the Dukes of St Albans
創設時期 1684年1月10日
創設者 チャールズ2世
貴族 イングランド貴族
初代 初代セント・オールバンズ公爵チャールズ・ボークラーク
現所有者 第14代セント・オールバンズ公マレー・ボークラーク
相続資格 初代公爵の直系男子
(the 1st Duke's heirs male of the body lawfully begotten)
付随称号 バーフォード伯爵
ヘディントン男爵
ヴィアー男爵
紋章標語 Auspicium melioris aevi
("A pledge of better times")
初代セント・オールバンズ公チャールズ・ボークラーク、ゴドフリー・ネラー作。

歴史編集

1684年、イングランドチャールズ2世は、愛妾ネル・グウィンとの間の庶子で当時14歳のバーフォード伯チャールズ・ボークラークセント・オールバンズ公爵位ハートフォードシャーの都市セント・オールバンズにちなむ)を授けた。さらに、当時の資産家である第20代オックスフォード伯オーブリー・ド・ヴィアーの一人娘ダイアナとチャールズ・ボークラークを結婚させた(ド・ヴィアー家は、12世紀に皇后マティルダから爵位を授けられたほか、代々式部卿職を世襲する中世以来の名家だった)。

初代公の次男ヴィアー・ボークラークは1750年にミドルセックス州ハンワースにおけるハンワースのヴィアー男爵(Baron Vere of Hanworth, of Hanworth in the County of Middlesex)に叙せられたが、その長男である2代男爵が公爵位を継承したため、以降はヴィアー男爵位が公爵位の従属爵位に加わった。 9代公ウィリアムは家名を「ド・ヴィアー・ボークラーク」(de Vere Beauclerk)姓に改姓した。その後12代公オズボーンが嗣子なく没したため、はとこにあたるチャールズ・ボークラークが13代公の地位を襲い、その系統で現在まで存続している。

セント・オールバンズ公爵家は、代々鷹司頭(Great Falconer of England)及び大法官裁判所書記(Hereditary Registrar of the Court of Chancery)を世襲する。

公爵の法定推定相続人は、儀礼称号としてバーフォード伯を称する。バーフォード伯の嫡男はヴィアー卿と呼ばれる。

現在セント・オールバンズ公爵家は、所領をもっていない。かつての公爵家本宅は、ノッティンガムシャーのベストウッド、サリー州のアッパー・ガットンであった。

現当主の保有爵位編集

現当主である第14代セント・オールバンズ公爵マレー・ド・ヴィアー・ボークラークは以下の爵位を有する。[1]

  • 第14代セント・オールバンズ公爵(14th Duke of St Albans)
    (1684年1月10日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第14代バーフォード伯爵(14th Earl of Burford)
    (1676年12月27日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第14代ヘディントン男爵(14th Baron Heddington)
    (1676年12月27日の勅許状によるイングランド貴族爵位)
  • 第11代ミドルセックス州ハンワースにおけるハンワースのヴィアー男爵(11th Baron Vere of Hanworth, of Hanworth in the County of Middlesex)
    (1750年3月28日の勅許状によるグレートブリテン貴族爵位)

一覧編集

セント・オールバンズ公 (1684年)編集

現在の法定推定相続人は、14代公爵の長男バーフォード伯チャールズ・ボークラーク(1965年-)である。バーフォード伯の長男は、ヴィアー卿ジェームズ・ボークラーク(1995年-)である。

ヴィアー男爵 (1750年)編集

脚注編集

外部リンク編集