ゼイリブ』(They Live)は、1988年製作のアメリカ合衆国SF映画。96分、カラー。ジョン・カーペンターが、製作のほぼすべての分野に携わった。

ゼイリブ
They Live
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監督 ジョン・カーペンター
脚本 フランク・アーミテイジ(ジョン・カーペンター)
原作 レイ・ネルソン
製作 ラリー・J・フランコ
製作総指揮 シェップ・ゴードン
アンドレ・ブレイ
音楽 ジョン・カーペンター
アラン・ハワース
撮影 ゲイリー・B・キッブ
編集 ギブ・ジャフェ
フランク・E・ヒメネス
配給 アメリカ合衆国の旗 ユニバーサル・ピクチャーズ
日本の旗 東宝東和
公開 アメリカ合衆国の旗 1988年11月4日
日本の旗 1989年1月28日
上映時間 96分
製作国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
言語 英語
製作費 $4,000,000
興行収入 $13,008,900[1] アメリカ合衆国の旗カナダの旗
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SF映画ホラー映画の形をとった風刺作品であり、またアクション映画の面もあるこの作品には、1980年代の社会に蔓延した物質主義的思考に対する批判や、特権階級の者らがメディアを悪用し人々を洗脳し社会を専制的に支配していることに対する批判や警告が織り込まれている。

ストーリー編集

主人公のナダ(ネイダ)は、しがない肉体労働者。世は貧富の差が激しく、失業者があふれている。

無宿人のナダはフランクに誘われて労働者仲間のキャンプ地に住み込むことになり、そこで何気なくテレビを見はじめたが、画面には贅沢な消費生活にどっぷりつかった女性の映像が流れている。やがて受信映像がふいに乱れたと思うと、正規の放送局の映像とは思えない乱れた電波が画面に映りはじめ、その映像に現れた男がこんなことを言い始めた。

「我々の暮らしている世界は人工的な仮眠状態にされています。あるグループが信号が発信されているのを発見したのです。彼らは抑圧的な社会を作り上げているのです。彼らの目的は皆の意識をなくすことです。彼らの目的は人々を欲に目をくらませ、物質主義者にしたてあげることです。彼らは自分たちが生きるために我々を眠りこけさせ、欲に狂わせている。我々は“奴隷”にされているのです」

映像が消えるとナダの近く座っていた男がなぜかそわそわと出ていった。不審に思ったナダはその男を尾行し、男はやがて近所の教会堂の中に入っていく。そこは"自由教会"という、普段は賛美歌が流れるごく平凡な教会だった。ナダはこっそりと教会堂に足を踏み入れる。流れていた賛美歌は人の肉声ではなく、録音テープであった。

その教会堂の隣室では人々が何やら議論を交わしていた。ナダは壁に隠された収納スペースにダンボール箱がいくつも入っていることに気づくが、ひとまず教会を後にした。

ナダはその後も教会堂を外から観察しつづけた。そんな中で突如、ナダのいるキャンプ地に武装警官の集団が襲いかかった。難を逃れたナダは翌日教会堂に行ってみるが、中はもぬけの殻になっていた。ナダは収納部屋からダンボール箱をひとつ持ち去った。横丁でそのダンボール箱を開けると、中には黒いサングラスがぎっしりとつまっていた。そのうちのひとつを手にとると、残りはダンボール箱のままゴミ箱に捨てた。

何気なくそのサングラスをかけて街をブラブラと歩き始めた。すると街の景色が何やらいつもと違って見える。ごく平凡な広告看板をメガネを通して見ると、「命令に従え」「結婚して、出産せよ」と書かれている。雑誌新聞テレビ放送も「消費しろ」「考えるな」「眠っていろ」「権力に従え」など不気味な命令文に満ち満ちていた。しかも街中の裕福そうな人々の大半は骸骨のような恐ろしい顔をしたエイリアンだった。エイリアンが人間に擬態をしていたのだ。このサングラスはエイリアンの正体や彼らが作り出している洗脳信号を見抜くことができる透視装置だったのだ。

すると突然、警官がナダに襲いかかってきた。サングラスを通して見ると、その警官もエイリアンであった。実は既に地球にはエイリアンが溢れており、政府の中枢もテレビ局にもエイリアンが人間に擬態して入り込み、人間たちを支配していたのだ。人類はニセの現実の中に生かされていたのである。

ナダは銃を手に取り、エイリアンたちを手当たり次第に殺害していく。やがてホリーという女性と出会い、彼女のことが気にかかったナダは真実を告げようとするが、エイリアンたちに阻まれて退却を余儀なくされた。殺人犯として追われる身となったナダはフランクに真実を告げようとするが彼は拒絶。ナダは殴り合いの末フランクを説得し、エイリアンによる支配階級に反旗を翻すべくサングラスの製造者たちを突き止め、彼らレジスタンスに合流。途中で真実を知ったホリーも一向に加わる中、レジスタンスのアジトがエイリアンの襲撃を受け半壊。ナダとフランクは命からがら脱出する。

エイリアンたちは特殊な電波を発信することで自身を人間に見せていた。そのアンテナを破壊すればエイリアンたちの正体を全世界に暴くことができる。レジスタンスの生き残りとしてアンテナを破壊しようとするナダたちだったが、そこへひょっこりと知り合いの浮浪者が現れる。貧相だった彼は黒のスーツに身を包み整髪も済ませ、いかにも上流階級といった身形になっていた。彼はエイリアンと取引をして仲間に加わり、その恩恵を受けたのだった。ナダとフランクも仲間になったと思った浮浪者はビル内に案内するが、途中で反撃され捨て台詞を残してテレポートで姿を消した。

そのまま屋上を目指すナダとフランク。そこへホリーが合流するが、彼女は突然フランクの頭を撃ち抜いた。既に彼女はエイリアンの手先に成り下がっていたのだ。アンテナを破壊しようとするナダに銃を向けるホリー。しかし、ナダは隠し持っていた銃を取り出してホリーを射殺。アンテナの破壊に成功したが直後、駆けつけたエイリアンによってナダも撃たれてしまう。朦朧とする意識の中、アンテナによる擬態が機能しなくなり、ニュースキャスターや評論家、テレビ俳優など社会に溶け込んでいるエイリアンたちが次々と正体を暴かれ、世界は大パニックに陥るのだった。

キャスト編集

役名 俳優 日本語吹替
テレビ朝日
ナダ ロディ・パイパー 堀勝之祐
フランク キース・デイヴィッド 小林清志
ホリー メグ・フォスター 弥永和子
浮浪者 ジョージ・バック・フラワー 麦人
ギルバート ピーター・ジェイソン 筈見純
宣教師 レイモン・サン・ジャック 阪脩
髭の男 ジョン・ローレンス 村松康雄
親方 ノーマン・オールデン 幹本雄之
父親 ジェイソン・ロバーズ・Jr 山野史人
テレビの女優 スーザン・ブランチャード 一城みゆ希
身なりのいい客 ジョン・F・ゴフ 小島敏彦
ブロンドの警官 ノーマン・ハウエル 牛山茂
黒人革命家 サイ・リチャードソン 小野健一
その他 円谷文彦
秋元千賀子
鹿島信哉
寺内よりえ
塩屋浩三
叶木翔子
渡辺菜生子
砂田薫
演出 松川陸
翻訳 入江敦子
調整 遠西勝三
効果 南部満治
製作 ニュージャパンフィルム
初回放送 1990年3月25日
日曜洋画劇場[2]ノーカット

スタッフ編集

作品解説編集

この映画は二つの作品から生まれた。ひとつはレイ・ネルソンによる「朝の八時」であり The Magazine of Fantasy and Science Fiction誌に1963年に掲載されたものである。もうひとつは Nadaと呼ばれる作品で、the Alien Encounters comic book に掲載されたものである。

それらの要素に加えて、1980年代にかつてないほどに増大した通俗的な資本主義に対する、カーペンター監督の嫌悪感が表現されている。カーペンター監督はかつて次のようにコメントしたことがある。「ふたたびテレビを見てすぐに気づいたことは、テレビ画面に映し出される映像は全て、我々に何かを売りつける意図のもとにデザインされているということです。映像はすべて我々に何かを買いたいという欲望を起こさせることを意図して作られているのです。彼ら(映像の作り手)がやりたいことと言えば、我々のお金を奪うことだけです」[3]

この作品では、邪悪な骸骨のようなエイリアンテレビ放送、マスメディアを用いて洗脳手法、例えばサブリミナル効果の手法を用いて人々を支配している様子が描かれている。

劇中主演のロディ・パイパーキース・デヴィッドが約6分にわたって繰り広げるバックドロップなどのプロレス技を応酬する喧嘩シーンがある。また後半に劇中の登場人物が暴力的な映画を糾弾する内容のテレビ番組を見ているシーンがあり、その番組の中でコメンテーターが「ロメロやカーペンター監督作品は特に酷い」と名指しで批判しているといったジョークを挿入している。

その他編集

  • 映画では主人公がエイリアンの存在に気付く瞬間は「サングラスをかけること」に改変されているが、原作小説では催眠術から目が覚めることが主人公の覚醒のきっかけとなっている。そして、原作の“They”は、“Fascinator”、つまり「魅惑者」と呼ばれる[4]
  • 日本語吹替はテレビ朝日版の他にテレビ東京版が存在する。

脚注編集

  1. ^ They Live (1988)”. Box Office Mojo. 2009年11月6日閲覧。
  2. ^ TCエンタテインメント発売のBD&DVDに収録
  3. ^ ただし、監督の批判はあくまでも80年代の暴走に対するものであり、21世紀になっても今だに本作を利用しての政治批判が続く状況には、たびたび不快感を示している。「誤解されるが、私は資本主義のこの国に満足している。ただ、批判が無さすぎるのは良くないというだけだ(2015年)」「ゼイリブはヤッピーと資本主義の暴走を描いたもので、世界を支配するユダヤ人を描いたものではない(2017年)」
  4. ^ 『ゼイリブ』に描かれる同時代からの引喩について”. opac.kokugakuin.ac.jp. 國學院大學図書館. 2020年8月5日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集