ソクラテスの思い出

ソクラテスの思い出』(古代ギリシャ語: Ἀπομνημονεύματα, ラテン文字転写: Apomnēmoneumata, アポムネーモネウマタ、: Memorabilia, メモラビリア)は、クセノポンによって、ソクラテスの死後に回想的に書かれた、生前のソクラテスの言行録である。ソクラテスに関する根本文献でもあり、その哲学活動に関し最も長い記述がある。原題は、ギリシャ語もラテン語もどちらも「追想録」といった程度の意味[1]

成立編集

ソクラテスが行った弁明に対する擁護をするのではなく、その抵抗を説明している「クセノポンによるソクラテスの弁明」や、「プラトンによるソクラテスの弁明」より以前に書かれた、ソクラテスに関する弁明の書である。レウクトラの戦いスパルタが敗北したことが仮定されている記述があることから、完成したのは早くとも紀元前371年であると考えられる。

後世にアレクサンドリアの学者が後述するような4巻構成に分け、各巻にも章節の区分を施した。

構成編集

以下の全4巻から成る。

  • 第1巻 - 冒頭2章はソクラテスへの法廷告発に対する反駁。それ以降は生前のソクラテスの言行録。敬神論など。全7章。
    • 第1章 - 「不敬神」に対する反駁。ソクラテスの敬神について。
    • 第2章 - 「青年を腐敗」に対する反駁。ソクラテスの自制・節制と利他について。
    • 第3章 - 祈り・供物、生活の質素・節制、肉欲について。
    • 第4章 - 人間の優秀さと、創造者(神々)への崇敬について。(友人アリストデモスとの対話。)
    • 第5章 - 克己について。
    • 第6章 - 生活の質素、礼金、政治について。(ソフィストであるアンティポンとの対話。)
    • 第7章 - 欺瞞・虚飾に対する戒め。
  • 第2巻 - 続き。家族論・友情論など。全10章。
    • 第1章 - 克己・忍耐について。(アリスティッポスとの対話。末尾にプロディコス名義の寓話『岐路に立つヘラクレス』収録。)
    • 第2章 - (母)親への恩について。(長男ランプロクレスとの対話。)
    • 第3章 - 兄弟の和解について。(カイレポンの弟カイレクレスとの対話。)
    • 第4章 - 友情・友人の重要性と、世人のそれに対するいい加減さについて。
    • 第5章 - 友人たちに対する値踏みと、自己省察・自己研鑽について。(アリスティッポスとの対話。)
    • 第6章 - 友人獲得法について。(クリトンの長男クリトブロスとの対話。)
    • 第7章 - 困窮時の家人の扱いについて。(不詳アリスタルコスとの対話。)
    • 第8章 - 労働についての助言。(不詳エウテロスとの対話。)
    • 第9章 - 誣告者対策についての助言。(クリトンとの対話。)
    • 第10章 - 困窮のヘルモゲネスに対する支援の勧め。(不詳ディオドロスとの対話。)
  • 第3巻 - 続き。軍事論・政治論・道徳論・工芸論・生活論など。全14章。
    • 第1章 - 将軍学についての助言。(ディオニュソドロスに学んでいる青年との対話。)
    • 第2章 - 将軍の心得について。(将軍に選ばれた者への助言。)
    • 第3章 - 騎馬統監の心得について。(騎馬統監に選ばれた者への助言。)
    • 第4章 - 家政家(商人)と将軍の共通点について。(不詳ニコマキデスとの対話。)
    • 第5章 - 将軍に関する助言。((大)ペリクレスの息子である小ペリクレスとの対話。)
    • 第6章 - 国政進出に関する諌め。(プラトンの兄グラウコンとの対話。)
    • 第7章 - 国政進出(国政演説)に関する助言。(カルミデスとの対話。)
    • 第8章 - 有用性と善・美について。(アリスティッポスとの対話。)
    • 第9章 - 「善・美な智」としての様々な「徳」と、その実践について。
    • 第10章 - 芸術(内面表現)・工芸(釣り合い)について。(画家パラシオス、彫刻家クレイトン、胸当職人ピスティアスとの対話。)
    • 第11章 - 交際(真心と時宜)についての助言。(娼婦テオドテとの対話。)
    • 第12章 - 身体鍛錬の重要性について。(弟子の1人エピゲネスとの対話。)
    • 第13章 - 各種の生活上の不満(挨拶/食べ物/飲料水/奴隷/旅)に対する諌め。
    • 第14章 - 会食における作法について。
  • 第4巻 - 続き。教育論・政治論・敬神論・正義論など。全8章。
    • 第1章 - 教育の必要性について。
    • 第2章 - (国政に関する)うぬぼれ屋に対する諭し(無知の知/哲学の勧め)。(後の弟子の1人エウテュデモスの例。)
    • 第3章 - 敬神の必要性について。(同上エウテュデモスとの対話。)
    • 第4章 - 正義・法(国法/倫理)について。(ソフィストであるヒッピアスとの対話。)
    • 第5章 - 克己・自制について。(同上エウテュデモスとの対話。)
    • 第6章 - 敬神・法・正義・智・善・美・勇気について(同上エウテュデモスとの対話)、政体分類、善き市民について。(ソクラテス特有の対話討論(ディアレゲスタイ、διαλέγεσθαι)、いわゆる問答法(ディアレクティケー、διαλεκτική)についての概説・具体例を兼ねる。)
    • 第7章 - 幾何学天文学算術医学占いについて。(ソクラテスの実用性重視の姿勢について。)
    • 第8章 - 法廷および牢獄における態度。裁判前の姿勢(ヘルモゲネスとの対話)。総括。

内容編集

第1巻の冒頭の2つの章においてソクラテスへの非難に対する直接的な弁明を行う。ここでは、広く流布していたソクラテスへの形式的な非難に関する議論をするのみならず、ソクラテスへの政治的な非難に対しても弁明を行っている。そこには、クセノポンやプラトンによる『ソクラテスの弁明』においては取り上げられていない、ソクラテスがアルキビアデスクリティアスを堕落させたという非難や、若者に民主主義を軽蔑させたという非難が含まれている。

これらソクラテスに関する非難は紀元前399年のソクラテスの裁判の時のものではなく、数年後にアテネソフィストであるポリュクラテスによって書かれた『ソクラテスへの告発』における非難に応えていると言われている[2]。(しかし、ポリュクラテスの作品は失われ、復元されたとされる資料は信頼できないため、クセノポンがポリュクラテスの非難に逐一反論しているかという議論は、クセノポンによるソクラテスの取り扱いが実際のソクラテスを反映するか、あるいはその大部分がフィクションであるかを、討論する際における要素の一つである。)

それ以降は、ソクラテスが弟子や友人・ライバル・および有名なギリシャ人と行った対話を集めたものである。一つ一つのエピソードは短いが、ソクラテスの哲学の一端を垣間見ることのできるものとなっている。このときクセノポンがとった立場は、プラトンのようにソクラテスが最初の哲学者であることを示しかつ自分自身の哲学を示すことではなく、ソクラテスが良き教育者としてアテナイの人々によい影響を与えたかを示すことにある。

第1巻編集

第1章では、ソクラテスに対する法廷告発文の内、「国家の認める神々を信奉せず」に対する反論が展開され、ソクラテスがいかに(人並み以上に)敬神的な人物であったかが、具体的な言動と共に述べられる。

第2章では、ソクラテスに対する法廷告発文の内、「青年を腐敗させ」に対する反論が展開され、ソクラテスの心身両面における自制・節制、無報酬の教育、また彼の評議員のくじ引き抽選批判について、さらには「腐敗させられた青年」の代表例であるクリティアスアルキビアデスに関する多くの文量を割いた弁明、また「腐敗させられてない多くの仲間・友人たち」についてや、その他「青年に父・近親者を侮蔑することを教えた」「有名な詩を引用して青年を暴力的にした」といった非難に対する反論などが述べられる。

第3章では、ソクラテスの「神々に対する供物・祈りのあり方」「飲食・肉欲に対する節制した態度」について述べられる。最後の肉欲に関しては、「クリトンの息子クリトブロスが、アルキビアデスの息子である美少年にキスをしたこと」を、ソクラテスが非難したエピソードが付け加えられる。

第4章では、不敬神な友人アリストデモスに対して、ソクラテスが、「創造者たる神々が、自分たち人間を優秀に創ってくれたことに対する感謝」や、「神々は全知であり、吉凶禍福を授ける力もあり、人間に神託や前兆などによって諭しを与えていること」などを挙げつつ、敬神の心を持つよう諭したエピソードが述べられる。

第5章では、ソクラテスが人々に対して、「「欲望・快楽の奴隷」となっている者に国家・子女・財産を任せたり、そうした者を望んで友人として交際する者などいないし、そうした者は自他を害するので、自らもそうならないように努めるべき」と、克己の重要性を説いたエピソードが述べられる。

第6章では、ソクラテスと、ソフィストであるアンティポンとの対話が述べられ、「ソクラテスの「飲食・衣類の貧しさ」や「無報酬での教育」を嘲笑するアンティポンに対し、ソクラテスがそれでも十分自足的・幸福であり、むしろ「欲望・快楽や金に隷属すること」こそがその逆であると、反論した話」や、別の機会の「「交際の礼金(報酬)」を取らないソクラテスを賢くないと評するアンティポンに対して、ソクラテスが「金で誰にでも美貌を売る売春婦」のように「金で誰にでも智を売る学問屋」よりは、「天賦の才がある者に、自分が知っている良いことを全て教え、友人にすること」の方が立派だし幸福だと反論した話」、さらに「「自分が政治に携わらないのに、他人を政治家に仕上げることを考えている」とソクラテスを批判したアンティポンに対して、ソクラテスが「自分一人で政治に携わるより、できるだけ多くの人が政治に有能になるよう心がけることの方が、より政治に参与すること」だと反論した話」などが披露される。

第7章では、ソクラテスが友人(弟子)たちに、「実際に能力が無いのに、あるように見せかけて名声を得ようとする虚飾・欺瞞は、限界があるし割りに合わない(それよりは実際に卓越したものになれるよう努力した方がいい)こと」を指摘して諭した話が述べられる。

第2巻編集

第3巻編集

第4巻編集

日本語訳編集

脚注編集

  1. ^ 岩波 p.7
  2. ^ 岩波 p.6