ソドムヘブライ語:סדום、英語:Sodom)とゴモラ(עמורה、Gomorrah)は、聖書に登場する都市。天からの硫黄と火によって滅ぼされたとされ、後代の預言者たちが言及している部分では、例外なくヤハウェの裁きによる滅びの象徴として用いられている。また、悪徳や頽廃の代名詞としても知られる。

「ソドムとゴモラの破壊」(1852年ジョン・マーティン画)
ニュルンベルク年代記』に描かれたソドムとゴモラ
破壊される街から脱出するロトと妻子だが、神の言いつけを破って後ろを振り向いた妻が塩の柱になり始めている。

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ソドムの罪(ホモ・セクシャルときにソドミー[注釈 1]については、古来、『創世記』19章前半、特に19章8節のロトの提案内容[注釈 2]から推察して、甚だしい性の乱れが最大の原因であったとする見解が一般的である[要出典]。他に『エゼキエル書[注釈 3]16章[注釈 4]49-50節において、次のように書かれる。「お前の妹ソドムの罪はこれである。彼女とその娘たちは高慢で、食物に飽き安閑と暮らしていながら、貧しい者、乏しい者を助けようとしなかった。 彼女たちは傲慢にも、わたしの目の前で忌まわしいことを行った。そのために、わたしが彼女たちを滅ぼしたのは、お前の見たとおりである 」[1]

さらに16章53節から55節では、いずれソドムとその娘たちを復帰させることを、神が示唆している。「わたしは、捕らわれた彼女たちを帰らせる。すなわち、捕らわれたソドムとその娘たち、捕らわれたサマリアとその娘たち、および彼女たちと共に捕らわれたお前たちを帰らせる。 お前は自分の不名誉を負わねばならない。また、お前が彼女たちを慰める結果となったすべての行いのゆえに、不名誉を負わねばならない。 お前の妹であるソドムと、その娘たちは元の姿に帰り、サマリアとその娘たちも元の姿に帰り、また、お前と娘たちも元の姿に帰るであろう」[2]

一方、旧約時代からの伝承を受け継いで編纂された新約聖書においても、「ユダの手紙」において「ソドムやゴモラ、またその周辺の町は、この天使たちと同じく、みだらな行いにふけり、不自然な肉の欲の満足を追い求めたので、永遠の火の刑罰を受け、見せしめにされています 」[3]との記載があり、ソドムやゴモラが「不自然な肉の欲」によって罰されたことを古代のユダヤ地方が伝承していたことが確認できる。クルアーンにも町の名前は出てこないものの、ほぼ同じ物語が述べられており、預言者ルート(ロト)に従わなかったために、彼に従ったわずかな仲間を除き滅ぼされた。その際、神に滅ぼされた他の民(ノアの洪水で滅んだ民や、アード族サムード族英語版など)とは異なり、ルートの民(すなわちソドムの住民)は、偶像や他の神を崇拝する罪ではなく、男色などの風俗の乱れの罪により滅ぼされた[要出典]。なお創世記19章と士師記19章には多くの共通点のあることが指摘されている[注釈 5]

地理編集

シディムの谷編集

ソドムとゴモラの廃墟は死海南部の湖底に沈んだと伝えられる。これは、「シディムの谷ヘブライ語: עמק השדים‎ 英語: Vale of Siddim)」と、シディムの谷の至る所にある「アスファルト」の穴[注釈 6]に関する『創世記』の描写と、死海南部の状況が似通っていることなどから、一般にもそう信じられているが、その一方で、死海南岸付近に点在する遺跡と結びつけようとする研究者も存在する。

バブ・エ・ドゥラーとヌメイラ編集

ソドムを死海南東部に位置する前期青銅器時代(紀元前3150年-2200年)の都市遺跡バブ・エ・ドゥラーBab edh-Dhra)、ゴモラをこの遺跡に隣接する同時代の都市遺跡ヌメイラNumeira)と考える研究者もいる。いずれも現代のヨルダン・ハシミテ王国カラク県に位置する。なおこの都市遺跡の近隣には、天から降る硫黄と火からロトが逃げ込んだとされるロトの洞窟の遺跡(アラビア語: دير عين 'أباطةUNGEGN式: Deir 'Ain 'Abata デイル・アイン・アバタ)がある。ビザンティン(東ローマ)時代に、ロトの洞窟の伝説地の上に教会が建てられたが、この教会の遺跡が現在残されている。教会の左手には、ロトが逃げ込んだとされる洞窟が実在する。

モアブとアンモン編集

創世記によると、この洞窟でロトと2人のの間に生まれた男の子2人[注釈 7]が、それぞれモアブアンモンの民族の祖先となったとされるが、ロトの洞窟を含む前述の遺跡すべてが、かつてモアブと呼ばれた地、現代のカラク県(ヨルダン王国)にあることは、ソドムとゴモラ、ロト、そしてモアブの伝承を考える上で興味深い。上記の考古遺跡から出土した考古資料は、現在ヨルダンのカラク考古博物館(カラク城内)やアンマン国立考古博物館で見ることができる。

セドム編集

イスラエル南部の干拓地にセドムと表記される都市がある。

ソドムのための執り成し編集

創世記18章後半部(16節から33節)で、ロトのおじであるアブラハムが、ソドムとゴモラに関して事前にヤハウェと問答している。ヤハウェは、ソドムとゴモラの罪が重いという機運が高まっているとして、それを確かめるために降(くだ)ることをアブラハムに告げた。アブラハムはそれに応じて、正しい者が50人いるかもしれないのに滅ぼすとは、全くありえない、と進み出て言った。それに対しヤハウェは、正しい者が50人いたら赦(ゆる)すと言った。そこでアブラハムは「塵芥(ちりあくた)に過ぎない私ですが」と切り出し、正しい者が45人しかいないかもしれない、もしかしたら40人しかいない、30人、20人と、正しい者が少なくても赦すようにヤハウェと交渉をした。最終的に、「正しい者が10人いたら」というヤハウェの言質を取り付けた結果、ロトを救出し、ソドムとゴモラを滅ぼした。

創世記19章前半部「ソドムの滅亡」主な内容編集

ヤハウェの使い(天使)2人[注釈 8]がソドムにあるロトの家へ訪れ、ロトは使いたちをそれとは知らずにもてなした。やがてソドムの男たちがロトの家を囲み、「なぶりものにしてやるから」と言って使いたちを出すよう騒いだ[4]。ロトは2人の使いたちを守るべく、かわりに自分の2人の処女の娘達を差し出そうとしたが、群衆はあくまで男性の使いたちを要求する。使いたちは、ヤハウェの使いとして町を滅ぼしに来たことをロトに明かし、狼狽するロトに妻と娘とともに逃げるよう促し、町外れへ連れ出した。ロトがツォアルヘブライ語: צוער‎ 英語: Zoara)という町に避難すると、ヤハウェはソドムとゴモラを滅ぼした。ロトの妻ヘブライ語: אשת לוט‎)は禁を犯して後ろを振り向き、塩の柱(ヘブライ語: נציב מלח‎ ネツィヴ・メラー)に変えられた[5]。ヤハウェはアブラハムに配慮して、ロトを救い出した。

科学的な調査編集

ケレンサ・グリッグソンによると、死海に沿った平原の5か所の灰白色の町のすぐそばのエリアにおいて、ゴルフボールサイズの硫黄の玉が発見されている。これまでの20年間多くの標本が採取され、世界中の研究所に送られている。ニュージーランドのグレイスフィールドでのスペクトラケム解析において解析されたある試料は、硫黄含有量が98.4%であることが明らかになった。この純度の硫黄含有量は、この平原の5つの町以外には世界中のどこにも見られないと報告されている。創世記19:24には、「主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて」と書かれており、この硫黄の試料の量と純度の観測に基づき、その場所がソドムとゴモラであると結論付けている科学者もいる[6]

ヨルダンの死海周辺にある古代集落の遺跡タル・エル・ハマム英語版の研究により、紀元前1650年ごろに隕石の空中爆発によって広範囲が破壊された痕跡が発見された。この隕石爆発は、史上最大級とされるツングースカ大爆発を遥かに超える、広島型原爆の1000倍以上のエネルギーであったと推定され、通常の自然では考えられないほどのその高温や衝撃を示唆する遺物が多数見つかっている。研究チームは、この史実が天から降った硫黄と火によって滅ぼされたとされる町の記述に繋がった可能性があるとしている[7][8]

ソドムとゴモラを題材とした芸術作品編集

関連項目編集

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 一般にソドムの罪の意で用いられる「ソドミー(sodomy、羅:sodomia)」の語が登場する最初の著作であるペトルス・ダミアニ(Petrus Damiani)の「ゴモラの書(Liber Gomorrhianus)」(1049年)では、ソドムの悪徳は(それ以前はそうではなかったが)もっぱら性的なふるまいに関するものとして理解されている。彼はそれを4種に分類しているが、ゲイのほか、相手を必要とするものも含め、いずれも非生殖的な行為となっている。ソドミーは当初から同性同士の性行為に限定されていないことに注意。『福音と世界』新教出版社 2017年3月号26頁より引用。なおジョン・ボズウェルによるとキリスト教会が一貫して同性間の性行為に敵意と不寛容を示し始めたのは13世紀に入ってからである。Boswell "Christianity, Social Tolerance and Homosexuality"(1980)301頁参照。
  2. ^ 町の男たちに対するロトの提案は「わたしにはまだ嫁がせていない娘が2人おります。皆さんにその娘たちを差し出しますから、好きなようにしてください。」(新共同訳)だった。このことからロトは客を差し出せと押しかけた男たちの目的が同性間性行為だとは考えていなかった可能性がある。『虹は私たちの間に』新教出版社2008年,43頁を参照。
  3. ^ 預言者エゼキエルはイスラエルの民らと共にバビロンに捕囚されたが、その後、捕囚された者たちに悔い改めと希望をもたらすために召命を受けた。
  4. ^ エゼキエル書16章は「エルサレムの町」を神の妻としてたとえ、「姦淫」の本質は自分たちの神である主にではなく他の国々の偶像に依存することとされる。例;「お前は、自分の夫の代わりに外国の男と通じる淫行の妻だ。」(エゼ16:32)
  5. ^ 創世記19章と士師記19章の話の共通項として、(1) 町の人々が、「よそ者」である旅人にホスピタリティを提供しようとしないこと。(2) 自分の家を宿として提供したのは、その町の人々にとっては「よそ者」の寄留者だったこと。(3) 町の人々が詰め掛けてきて家を取り囲み、旅人を外に出すように要求したこと。(4)「アナシーム」「ヤーダァ」「イーシュ」「ラアー」の用語が使われていること。(5) 男の身を守るために女を差し出して代理の辱めを受けさせるようにすること、である。『虹は私たちの間に』新教出版社2008年,46頁より引用。さらに Boughton(1992). Kader(1999)29-33. Carden(2006). Olyyan(1994). Walter Wink, "Homesexuality and the Bible".
  6. ^ ソドムとゴモラの王が、シディムの谷の戦いBattle of the Vale of Siddim)で逃亡中に落ちた穴。
  7. ^ ロトの2人の娘は、父であるロトが年老いていくことと、洞窟の周辺に「男の人が来てくれる」という世間の習慣がないことを懸念していた。そこでロトの2人の娘は洞窟で、ロトとの間に子どもを作った。姉が産んだ男の子はモアブ(「(私の)父親から」という意味。ヘブライ語: מואב‎)と名づけられ、妹が産んだ男の子はベン・アミ(「私の肉親の子」という意味。ヘブライ語: בן עמי‎)と名づけられた。
  8. ^ 19章で「天使たち」のヘブライ語表記は、「המלאכים(ハマルアヒーム)」等、男性形である。なお、「אלוהיםエロヒーム)」(ヤハウェのこと)も男性形である。

出典編集

  1. ^ 「エゼキエル書」16章49-50節『旧約聖書』新共同訳 (ここで言われるソドムの罪は、神の道から離れた傲慢、偶像崇拝、飽食と繁栄の中で社会的弱者に手を差し伸べようとしない怠慢さ・冷酷さ・正義の腐敗とされる。『虹は私たちの間に』新教出版社2008年,36頁より引用。)
  2. ^ 「エゼキエル書」16章53-55節『旧約聖書』新共同訳 (エルサレムはソドム、サマリアとともに神に貞節を守るべき女性と娘にたとえられ、捕囚の身から解放される希望を与えるが、同時にエルサレムの罪はソドムやサマリアよりも重いことが明らかにされる。"Bible Hub" Ezekiel16:53 コメンタリーを参照。)
  3. ^ 「ユダの手紙」7節、『新約聖書』新共同訳(ここで実際に指摘されている性行為は、売買春と、「異なる肉」すなわち人間と天使という異なる種類の存在の間での性交のこと。『虹は私たちの間に』新教出版社 2008年 38頁より引用。例としてD'Angelo(2001). Letha Scanzoni & Virginia Mollenkott, Is the Homosexuality My Neighbor?(1978)59も参照。)
  4. ^ 『創世記』(新共同訳)19:5 Ron Rhodes は日本語で「なぶりものにする」と訳されている「ヤーダァ(yadha)」について「必ずしも性行為を意味するものではない/"yadha" does not necessarily mean, to have sex with」と述べている。"Commonly Misunderstood Bible Verses"27頁より引用。
  5. ^ 庄子大亮『大洪水が神話になるとき』河出書房新社、2017年、16頁。ISBN 978-4-309-62508-9
  6. ^ Grigson, Kerensa (2015). Bible Truth Revealed. Australia: Bible Truth Revealed. ISBN 978-0-9941997-3-7 
  7. ^ “神の怒りで滅亡の町か ヨルダンの遺跡で隕石の痕跡”. テレ朝news (テレビ朝日). (2021年9月23日). https://news.tv-asahi.co.jp/news_international/articles/000229747.html 2021年9月25日閲覧。 
  8. ^ “ソドムを滅ぼしたのは隕石? 3600年前に爆発か―国際研究”. 時事ドットコム (時事通信社). (2021年9月24日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2021092300472 2021年9月25日閲覧。 

参考文献編集

  • 『虹は私たちの間に』 山口里子著、新教出版社、2008年 ISBN:978-4-400-42706-3

外部リンク編集

座標: 北緯31度12分 東経35度30分 / 北緯31.2度 東経35.5度 / 31.2; 35.5