タイガー・ウッズ

アメリカのプロゴルファー

エルドリック・タイガー・ウッズEldrick Tiger Woods, 1975年12月30日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サイプレス出身のプロゴルファー。身長185cm、体重84kg。

No image.svg タイガー・ウッズ Golf pictogram.svg
Tiger Woods
Tiger Woods 2018.jpg
基本情報
名前 タイガー・ウッズ
生年月日 (1975-12-30) 1975年12月30日(44歳)
身長 185 cm
体重 84 kg (185 lb)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サイプレス
経歴
プロ転向 1996年
現在のツアー PGAツアー (1996-)
プロ勝利数 107[1]
優勝数
PGAツアー 82 (歴代1位タイ)
ヨーロッパ 40 (歴代3位)[2][3]
日本ツアー 2
アジアツアー 1
オーストラリア 1
他ツアー 16
メジャー選手権最高成績
(優勝: 15)
マスターズ 優勝: 1997, 2001-2002, 2005, 2019
全米オープン 優勝: 2000, 2002, 2008
全英オープン 優勝: 2000, 2005-2006
PGA選手権 優勝: 1999-2000, 2006-2007
受賞
PGA最優秀選手賞 1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013
PGAツアー最優秀選手賞 1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013
PGAツアー賞金王 1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013
ヴァードントロフィー 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2007, 2009, 2013
バイロン・ネルソン賞 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009
フェデックスカップ優勝 2007, 2009
成績
初優勝 1996年ラスベガス招待選手権
世界ランク最高位 1位
賞金ランク最高位 米国男子:1位(10度)
2013年9月23日現在
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歴代2位のメジャー選手権優勝15回、史上2人目のトリプルグランドスラム達成、生涯獲得賞金額1億ドルを突破し歴代1位。

2017年時点で生涯収入は17億ドルであり[4]スポーツ選手長者番付1位を12回獲得している[5]フォーブスの「アメリカで最も裕福なセレブリティ」にて ジェイムズ・パタースンと同率の9位に選ばれた、「アメリカ史上最も成功した現役で活躍するスポーツ選手」である。

経歴編集

生い立ち編集

1975年 12月30日アメリカカリフォルニア州サイプレスに生まれる。父親アール黒人の米陸軍特殊部隊「グリーン・ベレー」の退役軍人で、母親クンティダーは華僑系タイ人である。スクラッチ・プレーヤー[注釈 1]でもあった父親アール・ウッズの手ほどきを受け、生後9か月からゴルフを始めた。

2歳の頃には南カリフォルニアで著名な幼児ゴルファーとなり、4歳になるとSCJGA(南カリフォルニア・ジュニアゴルフ協会)に加盟、すぐに「10歳以下」クラスの9ホールの試合で10歳児を破る。8歳で70台のスコアが出せるようになった。

アマチュア時代編集

13歳で全国規模のトーナメントに初出場。当時はまだ無名のジョン・デーリーと同組でラウンド、結局1打差で敗れはしたものの、残り4ホール時点では2打リードする実力を持っていた。この間、技術面で4歳の時からゴルフ・インストラクターのルーディ・デュラン(Rudy Duran)の指導を受け、10歳から17歳まではジョン・アンセルモ(John Anselmo)に師事した。

名門スタンフォード大学に進む。1992年 「ニッサン・オープン」でPGAツアー大会に初出場。アマチュア時代に全米ジュニア・アマチュア選手権、全米アマチュア選手権にそれぞれ前人未踏の3連覇を達成。“タイガーズ・トリプル”と呼ばれる

プロ入り3年で世界ランキング1位編集

1995年 マスターズ・トーナメント初出場。予選を通過し、第3ラウンドを日本の尾崎将司選手と同組で回る。1996年、大学を2年で中退し、8月27日にプロ転向。10月にいきなり2勝を挙げ、世界ランキング33位に躍進。12月30日、21歳の誕生日に“Eldrick Tiger Woods”に正式に改名する。

1997年4月13日、史上最年少の21歳3ヶ月でマスターズ初優勝。その後、わずか10か月余りでマスターズを含む7大会で優勝、6月に初の世界ランキング1位になる。21歳にしてPGAツアーの史上最年少賞金王に輝いた。1998年11月に「カシオワールドオープン」で日本ツアー初出場。15位に終わる。

1999年8月15日、PGA選手権で初優勝。メジャー2冠を獲得する。2000年全米オープンから2001年マスターズまで、メジャー大会4連覇を達成。メジャー競技で優勝したアフリカ系アメリカ人選手はウッズが最初である。

来日は、エキシビジションのタイガーウッズインビテーショナルで、その際にはテレビ番組『笑っていいとも!』にも生出演した。大会には著名人、プロゴルファーなどが参加した。所ジョージからは、エア・ジョーダンをリメイクしたゴルフシューズがウッズにプレゼントされた。

グランドスラム達成編集

2000年全米オープン全英オープン全米プロゴルフ選手権でメジャー大会連続優勝記録会3連覇。これは1953年ベン・ホーガン以来47年ぶりの快挙。PGAツアーで自己最高の年間9勝を記録。第1回「ローレウス・スポーツ賞」の男子最優秀選手賞など、多数のスポーツ賞を受賞する。前年8月末の「NEC招待選手権」から年2月の「AT&Tペブルビーチ・ナショナル・プロアマ選手権」まで、PGAツアー出場大会連続優勝記録6を達成。

2001年4月8日マスターズで4年ぶり2度目の優勝。メジャー大会4連覇を達成するが、2年にまたがる記録であるため“タイガー・スラム”と呼ばれた。11月15日-18日に日本の「太平洋クラブ御殿場コース」(静岡県御殿場市)で開催された世界ゴルフ選手権の「EMCワールドカップ」に、デビッド・デュバルとのコンビで出場(この来日を機会に、ウッズの公式サイトが日本語版で読めるようになった。)。

2002年、マスターズと全米オープンで優勝。マスターズでの大会連覇は、1989年&1990年の大会を連覇したニック・ファルド以来12年ぶり、大会史上3人目となる。11月に「ダンロップフェニックストーナメント」で4年ぶり2度目の日本ツアー出場。

2003年、世界ゴルフ選手権の「アクセンチュア・マッチプレー選手権」で初優勝。

2004年、「アクセンチュア・マッチプレー選手権」2連覇。9月7日、それまで「264週」連続で守った世界ランキング1位の座を41歳のビジェイ・シンに譲る。10月5日にスウェーデン人元モデルのエリン・ノルデグレンと結婚。11月に「ダンロップフェニックストーナメント」に2年ぶり2度目の出場、日本ツアー初優勝を完全優勝で飾る。

ダブル・グランドスラム達成編集

2005年、マスターズで4度目、全英オープンで2度目の優勝。全英オープン優勝により「ダブル・グランドスラム」を達成する。11月の「ダンロップフェニックストーナメント」で横尾要とのプレーオフ(4ホール)を制して大会2連覇。5月第2週の「バイロン・ネルソン・クラシック」で予選落ちを喫し、連続予選通過の歴代1位記録が「142」で止まる不運もあった。

2006年、5月3日、父親アールが前立腺癌のため74歳で死去。6月の全米オープンで予選落ちを喫し、(プロ転向後)1997年のマスターズ以来続けてきたメジャー大会の連続予選通過記録が「37」で止まった。7月23日、全英オープンで2年連続3度目の優勝。全英オープンでの大会連覇は、1982年&1983年の大会を連覇したトム・ワトソン以来23年ぶりとなる。8月6日の「ビュイック・オープン」優勝により、30歳7ヶ月でPGAツアー通算「50勝」を達成。8月20日、全米プロゴルフ選手権で6年ぶり3度目の優勝。メジャー大会12勝目を挙げ、ウォルター・ヘーゲンを抜いて単独2位になった。

2007年、アクセンチュア・マッチプレー選手権3回戦でニック・オハーン(オーストラリア)に敗れ、前年の全英オープンからの連勝は7で止まったが、自己の持つPGAツアー出場大会連続優勝記録は更新。6月18日に第1子の長女が誕生。7月、自ら主催者となった公式戦(AT&Tナショナル)を開催する。8月の全米プロゴルフ選手権で2年連続4度目の優勝。この年から始まったフェデックスカッププレーオフ第3戦の「BMW選手権」でツアー60勝目を達成し、フェデックスカップの初代王者になる。

トリプル・グランドスラム達成編集

2008年、アクセンチュア・マッチプレー選手権で4年ぶり3度目の優勝。マスターズ2位の直後、2007年の全英オープン前から痛めていた左膝の手術を行う。復帰戦となった全米オープンロッコ・ミーディエートとの死闘(72ホール+18ホールのプレーオフ+1ホールのサドンデス=計91ホール)を制し、32歳6ヶ月で「トリプル・グランドスラム」を達成。これでPGAツアー優勝回数も「65勝」になり、ベン・ホーガンを抜いて単独3位になる。その後左膝の再手術に踏み切り、残りの試合をすべて欠場することになった。

2009年 2月8日に第2子の長男が誕生。アクセンチュア・マッチプレー選手権で8か月ぶりにツアー復帰し、3月末の「アーノルド・パーマー・インビテーショナル」で優勝。7月の全英オープンで予選落ちし、彼にとっては2006年全米オープン以来3年ぶり、プロ生活5度目の予選落ちとなったが、その2週間後のビュイック・オープン、3週間後のWGCブリヂストンインビテーショナルで連続優勝を飾りPGAツアー通算「70」勝を達成。その翌週の全米プロゴルフ選手権では2位に終わり5年振りのメジャー無冠となるとともに、過去のメジャーで3日目の時点で首位に立っていた場合の勝率は100%だったが、初めて勝利を逃す結果になった。

交通事故により欠場後復活、その後の故障編集

2009年11月、不倫が発覚し、妻から車で逃げる途中に交通事故を起こして負傷した。以後、無期限のツアー欠場を表明した。不倫スキャンダルによりツアーを欠場していたが、2010年マスターズより復帰することを2010年3月16日(アメリカ時間)、自身のホームページで表明。

2012年、スキャンダル以降長らく勝利から遠ざかってきたが、PGAツアーのアーノルド・パーマー招待で復活優勝を果たした。自身の財団が主催するAT&Tナショナルで優勝しPGAツアー通算「74」勝を達成。PGAツアー優勝回数でジャック・ニクラスを抜いて単独2位になる。そして9月には、史上初の生涯獲得賞金1億ドル突破を果たした。

2013年プレーヤーズ選手権で優勝するが、その後腰のけがで離脱。2014年にはついにマスターズの欠場を決断する。その後7月の全英オープンで復帰するも棄権も多くなり、2015年2月のフェニックス・オープンで自己最悪の「82」を喫し、最下位で予選落ち。さらに翌週のファーマーズ・インシュランス・オープンでも棄権した。ワールドゴルフランキングは674位にまで沈下した。2017年には投薬の影響で職務質問中にろれつが回らなくなるなど、運転マナー違反として逮捕されていた。

本格復帰後編集

2018年から競技に正式復帰し、 バルスパー選手権で2位、プレーヤーズ選手権では11位と大健闘、全英オープンではライバルが次々と脱落する中6位と完全復活を印象付けた。その後、全米プロゴルフ選手権はトップと二打差の2位にまで迫り、ワールドゴルフランキングを26位まで戻した。9月24日にはツアー選手権で5年ぶりの優勝[6]を遂げ、ワールドゴルフランキングを13位まで戻した。

2019年は4月のマスターズで2005年大会以来14年ぶり5度目の優勝、米ツアー通算81勝目を挙げた[7]。これで、ワールドゴルフランキングは6位になり、5年ぶりのトップ10入りを果たした。ウィリアム・ヒルを含めた各社ブックメーカーの優勝オッズも全盛期並みの一桁まで戻している[8]。更に10月、日本の習志野カントリークラブ(千葉県印西市)でのZOZO CHAMPIONSHIPでは松山英樹を振り切って米ツアー通算82勝目を挙げ、歴代1位のサム・スニードとタイに並んだ[9]

プレー編集

常にトップクラスの飛距離や、高いG.I.R[注釈 2]、数々の神がかり的なロングパットを沈めてきたパッティング等、無敵とも思える強さは30代を迎えてすぐの不調時でさえ、他の選手に対し精神的な重圧を与え続けるほどの名選手である。

現在パターは、長年使用していた「スコッティーキャメロン」ニューポート2から、現在はナイキ・メッソド001プロトタイプを使用しているが、グリップはアマチュア時代から使用している「PINGパターグリップ・ピストル」である。契約上の問題からロゴをマジックで塗りつぶしてプレーをしている。なおこのグリップをウッズがツアーで使用していたのが話題になり、それがきっかけでPING社からロゴが黒く塗りつぶされた「ブラックアウト」が発売された。

トーナメントの最終日に赤系のシャツを着る姿が有名だが、これは赤が彼の「ラッキー・カラー」であるためであり、母親クルティダの勧めで始めた習慣である。

記録編集

  • PGAツアー優勝数歴代1位(タイ)
  • メジャー選手権優勝数歴代2位「15」
  • 歴代最小年間平均スコア「68.17(67.79)」 : 2000年
  • 歴代最小キャリア平均スコア
  • 史上5人目のキャリアグランドスラム達成
  • 史上最年少キャリアグランドスラム達成「24歳206日」
  • 史上初のメジャー選手権4連続優勝(タイガースラム) : 2000~2001年
  • 最速4大大会全優勝「93大会」
  • 最長連続予選通過「142」 : 1998年から2005年まで
  • 4大大会すべてを5打差で優勝
  • PGAツアー歴代最高勝率
  • 史上初の全米アマチュアゴルフ選手権「3連覇」
  • PGA Player of the Year 最多受賞「11」
  • PGA Tour Player of the Year 最多受賞「11」
  • PGAツアー賞金王歴代最多「10」
  • バードントロフィー最多受賞「9」
  • バイロン・ネルソン賞最多受賞「9」
  • マスターズ最大打差「12」(1997年)
  • マスターズ最年少優勝「21歳104日」
  • 全米オープン最大打差「15」(2000年)
  • オープン選手権最大打差「8」(2000年)
  • 23年ぶりのオープン選手権2連覇
  • 18年ぶりの全米オープン・オープン選手権同年優勝
  • PGA選手権を複数回2連覇
  • ワールドゴルフランキング史上最大のカムバック (2017年の674位から2018年に26位へ[10])

メジャー選手権編集

優勝 (15)編集

大会 54ホール スコア 打差 準優勝
1997 マスターズ・トーナメント 9リード −18 (70-66-65-69=270) 12打差   トム・カイト
1999 全米プロゴルフ選手権(PGA選手権) タイ −11 (70-67-68-72=277) 1打差   セルヒオ・ガルシア
2000 全米オープン 10リード −12 (65-69-71-67=272) 15打差   アーニー・エルス
  ミゲル・アンヘル・ヒメネス
2000 全英オープンゴルフ(オープン選手権) 6リード −19 (67-66-67-69=269) 8打差  トーマス・ビヨン
  アーニー・エルス
2000 PGA選手権 (2) 1リード −18 (66-67-70-67=270) プレーオフ   ボブ・メイ
2001 マスターズ・トーナメント (2) 1リード −16 (70-66-68-68=272) 2打差   デビッド・デュバル
2002 マスターズ・トーナメント (3) タイ −12 (70-69-66-71=276) 3打差   レティーフ・グーセン
2002 全米オープン (2) 4リード −3 (67-68-70-72=277) 3打差   フィル・ミケルソン
2005 マスターズ・トーナメント (4) 3リード −12 (74-66-65-71=276) プレーオフ   クリス・ディマルコ
2005 オープン選手権 (2) 2リード −14 (66-67-71-70=274) 5打差   コリン・モンゴメリー
2006 オープン選手権 (3) 1リード −18 (67-65-71-67=270) 2打差   クリス・ディマルコ
2006 PGA選手権 (3) タイ −18 (69-68-65-68=270) 5打差   ショウン・ミチール
2007 PGA選手権 (4) 3リード −8 (71-63-69-69=272) 2打差   ウッディー・オースティン
2008 全米オープン (3) 1リード −1 (72-68-70-73=283) プレーオフ   ロッコ・ミーディエート
2019 マスターズ・トーナメント (5) 2ビハインド -2 (70-68-67-70=275) 1打差   ダスティン・ジョンソン
  ザンダー・シャウフェレ
  ブルックス・ケプカ

現時点では通算15勝、単独2位につけている。マスターズ5勝は大会歴代2位。全米プロ4勝は大会歴代3位タイ。2005年全英オープンにて、すべてのメジャー大会に2勝を挙げる「ダブル・グランドスラム」を達成。これはジャック・ニクラス以来2人目の偉業となり、先人ニクラスの31歳7か月よりも若い「29歳6か月」での達成となった。2008年全米オープンで、すべてのメジャー大会に3勝を挙げる「トリプル・グランドスラム」を「32歳6ヶ月」で達成。これも先人ニクラスの38歳を大幅に更新した。

男子メジャー選手権優勝記録
順位 優勝回数 選手名
1位 18勝   ジャック・ニクラス
2位 15勝   タイガー・ウッズ *
3位 11勝   ウォルター・ヘーゲン
4位 9勝   ベン・ホーガン |   ゲーリー・プレーヤー
6位 8勝   トム・ワトソン *
7位 7勝   ハリー・バードン|  ボビー・ジョーンズ |  ジーン・サラゼン |   サム・スニード |  アーノルド・パーマー
* は現役選手

成績編集

メジャー選手権編集

大会 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020
マスターズ T41 LA CUT 1 T8 T18 5 1 1 T15 T22 1 T3 T2 2 T6 T4 T4 T40 T4 DNP T17 DNP DNP T32 1
全米オープン WD T82 T19 T18 T3 1 T12 1 T20 T17 2 CUT T2 1 T6 T4 DNP T21 T32 DNP CUT DNP DNP CUT T21
全英オープン T68 T22 LA T24 3 T7 1 T25 T28 T4 T9 1 1 T12 DNP CUT T23 DNP T3 T6 69 CUT DNP DNP T6 CUT 中止
PGA選手権 DNP DNP T29 T10 1 1 T29 2 T39 T24 T4 1 1 DNP 2 T28 CUT T11 T40 CUT CUT DNP DNP 2 CUT

LA = ローアマチュア
DNP = 出場せず
WD = 怪我で辞退
CUT = ハーフウェイ・カット
T =タイ
緑は優勝. 黄色はトップ10入り.

世界ゴルフ選手権編集

大会 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019
デル・マッチプレー QF 2 DNP R64 1 1 R32 R16 R16 1 R32 DNP R64 R32 R64 DNP DNP DNP DNP DNP T10
キャデラック 1 T5 NT1 1 1 9 1 1 1 5 T9 DNP T10 WD 1 T25 DNP DNP DNP DNP QF
ブリヂストン招待 1 1 1 4 T4 T2 1 1 1 DNP 1 T78 T37 T8 1 WD DNP DNP DNP T31
HSBCチャンピオンズ T6 T6 DNP DNP DNP DNP DNP DNP DNP DNP

PGAツアー成績編集

starts Cuts made 優勝
(メジャー)
2位 3位 トップ10 トップ25 賞金 ($) 賞金
ランク
アベレージ[11] (ランク)
1992 1 0 0 0 0 0 0
1993 3 0 0 0 0 0 0
1994 3 0 0 0 0 0 0
1995 4 0 0 0 0 0 0
1996 11 10 2 0 2 5 8 790,594 24 69.44
1997 21 20 4 (1) 1 1 9 14 2,066,833 1 69.10 (2位)
1998 20 19* 1 2 2 13 17 1,841,117 4 69.21 (2位)
1999 21 21 8 (1) 1 2 16 18 6,616,585 1 68.43 (1位)
2000 20 20 9 (3) 4 1 17 20 9,188,321 1 67.79 (1位)
2001 19 19 5 (1) 0 1 9 18 5,687,777 1 68.81 (1位)
2002 18 18 5 (2) 2 2 13 16 6,912,625 1 68.56 (1位)
2003 18 18 5 2 0 12 16 6,673,413 2 68.41 (1位)
2004 19 19 1 3 3 14 18 5,365,472 4 69.04 (3位)
2005 21 19 6 (2) 4 2 13 17 10,628,024 1 68.66 (1位)
2006 15 14 8 (2) 1 1 11 13 9,941,563 1 68.11 (1位)
2007 16 16 7 (1) 3 0 12 15 10,867,052 1 67.79 (1位)
2008 6 6 4 (1) 1 0 6 6 5,775,000 2 67.65
2009 17 16 6 3 0 14 16 10,508,163 1 68.05 (1位)
2010 12 11 0 0 0 2 7 1,294,765 66 70.32
2011 9 7 0 0 0 2 3 660,238 128 70.46
2012 19 17 3 1 2 9 13 6,133,158 2 68.90 (2位)
2013 16 16 5 1 0 8 10 8,553,439 1 68.98 (2位)
2014 7 5 0 0 0 0 1 108,275 201 71.65†
2015 11 6 0 0 0 1 3 448,598 162 71.93†
2016 0 0 0 0 0 0 0 0 N/A
2017 1 0 0 0 0 0 0 0 N/A
通算 328 300 79 (14) 29 19 186 249 110,061,012 1

受賞歴等編集

  • PGA最優秀選手賞(1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013)
  • PGAツアー最優秀選手賞(1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013)
  • PGA賞金王(1997, 1999, 2000, 2001, 2002, 2005, 2006, 2007, 2009, 2013)
  • バードントロフィー(1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2007, 2009, 2013)
  • バイロン・ネルソン賞(1999, 2000, 2001, 2002, 2003, 2005, 2006, 2007, 2009)
  • フェデックスカップ優勝(2007, 2009)
  • PGAツアー最優秀新人賞(1996)

人物編集

ルーツ編集

人種編集

タイガーの家系は、父親はアフリカ系アメリカ人1/2、中国人ネイティブ・アメリカンが1/4ずつであり、母親はタイ人が1/2、中国人オランダ人が1/4ずつの血を引いている。つまりタイガー自身は、中国系・タイ系・アフリカ系が1/4ずつ、ネイティヴアメリカンとオランダ系が1/8ずつである。世間での認識とは異なり、アフリカ系の血は1/4しかない。それに対しアジア系を合計すれば1/2(モンゴロイドを合計すれば5/8)であり、彼自身はアジア系と自称することもある。

自身では人種的ルーツについてほとんど語らなかった彼だが、プロ転向後契約したナイキ社のCM“Hello World”[注釈 3]に出演し、その「この国(アメリカ)には肌の色のため僕がラウンドできないコースがある。プロになった僕に対する“準備”は出来ているかい?」という内容が全米に衝撃を与えた。

宗教編集

幼少期より、仏教徒として育てられている。

「タイガー」編集

“タイガー”というニックネームは、「タイガー」の異名を持っていたグエン・T・フォング大佐(Nguyen T Phong)に由来する。彼は南ベトナム軍の将校で、タイガー・ストライプの迷彩服を好んで着ていたことからタイガーと呼ばれていた。ベトナム戦争MIA(戦闘中行方不明)となった彼に対する生還の期待と再会の実現という願いを息子の名前に託したい、との想いをアールが込めたという。1996年12月30日の21歳の誕生日を機に改名申請を行い、“タイガー”を正式なミドルネームとした。

慈善活動編集

 
2011年のワールドチャレンジでのウッズ

1996年に、全米の子供達の健康、教育、公共の福祉を改善するコミュニティー活動事業をサポートするため父のアール・ウッズ氏と非営利公益法人「タイガー・ウッズ・ファウンデーション」(Tiger Woods Foundation) をカリフォルニア州アーバインに設立する。

不倫スキャンダル編集

2009年11月27日午前2時ごろ、自動車事故を起こし負傷、自身が主催する大会への出場が取り止めとなった[12]。事故自体は不注意運転として164ドルの反則切符を切ったのみで終結したが、夫人が説明した「夫を助けるためにゴルフクラブで窓を叩き割った」との事故の経緯に不自然な点があったためさまざまな憶測が飛び交い、複数の女性との愛人疑惑が報道される事態となり、自身のホームページで家族への謝罪声明を掲載するまでに至った[13]。この一連の騒動が原因で無期限の休止を宣言、アクセンチュアやP&G、AT&Tをはじめとする多くのスポンサー契約も解消となった。

2010年2月19日には、フロリダ州TPCソーグラスのクラブハウスで取材陣をシャットアウトした上で謝罪会見が行われ、複数の女性との不倫を認めたことや性依存症と診断されセラピーを受けている事などを告白している[14][15]。 2010年8月23日には、自身のホームページで妻と離婚したことを明らかにした。子供2人の親権は双方が持つという。

2017年の逮捕編集

2017年5月29日午前3時ごろ、米フロリダ州ジュピターで飲酒または薬物の影響下で運転した疑いで逮捕された[16]

スポンサー企業編集

不倫騒動で、タイガー・ウッズの主要スポンサー企業の株主価値が最大120億ドル(約2.3%)損なわれた可能性があるとの調査結果が発表された[17]

現スポンサー編集

過去のスポンサー編集

著書・関連文献編集

  • 『私のゴルフ論』 原題:“How I Play Golf”(2001年テレビ朝日/上巻:ISBN 4-88131-252-9、下巻:ISBN 4-88131-253-7) 初めての自著で、レッスン中心の内容。
  • 『タイガー』 ジョン・ストリージ著(1997年) 原題:“TIGER- A Biography of Tiger Woods” 21歳でマスターズ最年少優勝者になるまでをまとめた、若き日のウッズがわかる一冊。日本語訳の存在は不明。
  • 『タイガー・ウッズ父子のゴルフ&教育革命』 原題:“TRAINING A TIGER” アール・ウッズ大前研一監訳 (1997年6月小学館/ ISBN 4-09-356081-1

関連項目編集

脚注編集

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注釈
  1. ^ ハンディキャップが0のゴルファーをいう。
  2. ^ Green In Regulation の略。「パー」の打数から2打引いた打数でグリーン上に球を乗せること。Par On(パー・オン)は和製英語である。
  3. ^ 自らナレーションも担当した。
出典
  1. ^ This is calculated by adding Woods' 80 PGA Tour victories, 8 regular European Tour titles, 2 Japan Tour wins, 1 Asian Tour crown, and the 16 other wins in his career.
  2. ^ These are the 14 majors, 18 WGC events, and his eight tour wins.
  3. ^ 2009 European Tour Official Guide Section 4 Page 577 PDF 21. European Tour. Retrieved April 21, 2009. アーカイブ 2010年1月26日 - ウェイバックマシン
  4. ^ The 25 Highest-Paid Athletes Of All Time Forbes com. 2020年6月5日閲覧。
  5. ^ The World’s Highest-Paid Athletes 2020: Behind The Numbers Forbes com. 2020年6月2日閲覧。
  6. ^ “ウッズが5年ぶりVでツアー通算80勝! 松山英樹4位 ローズが年間王者/米男子”. (2018年9月24日). https://www.sanspo.com/golf/news/20180924/pga18092407050003-n1.html 2018年9月24日閲覧。 
  7. ^ “タイガー・ウッズ11年ぶりメジャーV”. (2019年4月15日). https://www.nikkansports.com/sports/golf/news/201904140000094.html 2019年4月15日閲覧。 
  8. ^ ウッズ優勝でブックメーカー困惑 米国内では1人で1億4000万円の高額配当”. www.sponichi.co.jp. 2019年4月16日閲覧。
  9. ^ “ウッズ 完全Vで82勝目 伝説の米ツアー最多勝利記録に並ぶ 松山2位”. Sponichi ANNEX. スポーツニッポン新聞社. (2019年10月28日). https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2019/10/28/kiji/20191028s00043000170000c.html 2019年10月28日閲覧。 
  10. ^ デビューした1994年には743位を記録しており、この順位よりは下がっていない。
  11. ^ Adjusted scoring average
  12. ^ Susan Donaldson James (2009年11月27日). “Golf Superstar Tiger Woods in Car Accident”. ABC News. https://abcnews.go.com/Entertainment/tiger-woods-hurt-car-crash/story?id=9191395 2018年8月6日閲覧。 
  13. ^ ゴルフ=ウッズがホームページに掲載した声明 ロイター 2009年12月1日発信
  14. ^ ウッズ謝罪会見 13分間に語った全内容 スポニチ 2010年2月21日発信
  15. ^ ウッズ謝罪会見も…米メディア「ただのコマーシャル」 スポニチ 2010年2月21日発信
  16. ^ http://jp.reuters.com/article/woods-idJPKBN18Q02N ゴルフのウッズ選手を逮捕
  17. ^ http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-13151720091230?rpc=122 ウッズ不倫騒動、スポンサー株主価値に最大120億ドルの損失=調査 - Reuters
  18. ^ a b c d e f “ウッズのマスターズVで契約社に恩恵-ナイキやブリヂストンなど”. ブルームバーグ. (2019年4月15日). https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-04-14/PPZ3HS6JTSE901 2019年11月2日閲覧。 
  19. ^ “アクセンチュア、ウッズとのスポンサー契約解除”. ロイター通信. (2009年12月14日). https://jp.reuters.com/article/idJPJAPAN-12927420091214 2019年11月2日閲覧。 
  20. ^ “ゲータレード、タイガー・ウッズとの契約を解除”. AFP通信. (2010年2月27日). https://www.afpbb.com/articles/-/2702886 2019年11月2日閲覧。 

外部リンク編集