タツタ電線株式会社(タツタでんせん、英文社名 Tatsuta Electric Wire Cable Co,.LTD)は、大阪府東大阪市に本社を置く、電線光ファイバー電子材料などを製造する企業である。

タツタ電線株式会社
Tatsuta Electric Wire Cable Co,.LTD
本社社屋・大阪工場
本社社屋・大阪工場
種類 株式会社
機関設計 監査等委員会設置会社
市場情報
略称 タツタ
本店所在地 日本の旗 日本
578-8585
大阪府東大阪市岩田町2丁目3番1号
設立 1945年昭和20年)9月28日
(株式会社豆陽金属工業所)
創業 1943年昭和18年)8月1日
(有限会社豆陽金属工業所)
業種 非鉄金属
法人番号 4122001004781 ウィキデータを編集
事業内容 電線・ケーブル事業、電子材料事業、関連製品事業
代表者 代表取締役会長 外池廉太郎
代表取締役社長兼社長執行役員 宮下博仁
資本金 66億7600万円
発行済株式総数 70,156,394株
売上高 連結511億79百万円
純資産 連結315億21百万円
総資産 連結421億74百万円
従業員数 連結:852人、単独:521人
決算期 3月31日
会計監査人 新日本有限責任監査法人  
主要株主 JX金属 36.80%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 3.47%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 3.40%
住友金属鉱山 3.10%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口4) 2.46%
(2018年9月30日現在[1]
主要子会社 関連会社の項を参照
外部リンク http://www.tatsuta.co.jp/ (日本語)
特記事項:経営指標は2014年3月期のもの
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概要編集

  • 電線・ケーブルが事業の中心であり、設備用電線・ケーブル、配電用電線、車両用電線、鉄道信号用ケーブル、機器用電線、原子力発電所用電線・ケーブル、及び耐屈曲性を強化したファクトリーオートメーションロボット用ケーブル等を製造している。
  • エレクトロニクス部品分野では、光ファイバカプラコネクタ等の配線部品の他、電子回路用の材料を製造している。また、情報通信用ケーブルとして、光ケーブル、メタル通信ケーブル等の製品を製造している。
  • これらの他、応用システムとして、温水検知、入退室管理、侵入監視の各システムを取り扱っている。また、環境分析事業も展開している。

沿革編集

  •  1943年(昭和18年)8月1日 - 大阪府布施市(東大阪市)に有限会社豆陽金属工業所として、非鉄金属の溶解精錬加工を開始
  • 1945年(昭和20年)9月28日 - 東洋伸銅株式会社と合併して株式会社豆陽金属工業所を設立
  • 1945年(昭和20年)11月 - 鍋、釜、電気器具、バルブ等家庭・民生品の製造開始
  • 1946年(昭和21年)2月28日 - 商号をタツタ産業株式会社に変更
  • 1946年(昭和21年)12月26日 - 商号をタツタ伸銅株式会社に変更
  • 1946年(昭和21年)12月26日 - 裸銅線の製造開始
  • 1947年(昭和22年)8月11日 - 反射炉、初回の湯出し成功
  • 1947年(昭和22年)10月25日 - 熱間圧延設備稼働開始(この日を創立記念日に制定)
  • 1948年(昭和23年)7月21日 - 商号をタツタ電線株式会社に変更
  • 1949年(昭和24年)10月 - 大阪電線工業株式会社を合併し、熔銅より被覆線に至る一貫生産体制を確立(同社工場を高井田工場と呼称)
  • 1950年(昭和25年)4月 - タツタバルブ株式会社を設立(現 中国電線工業株式会社)
  • 1951年(昭和26年)9月 – ビニル押出機導入、ビニル絶縁電線開発着手
  • 1951年(昭和26年)12月 - 株式会社第二久保田鉄工と大阪府中河内郡若江村に工場売買契約締結(若江工場と呼称、現 大阪工場)
  • 1952年(昭和27年)2月 – ビニル絶縁電線初出荷
  • 1952年(昭和27年)4月 - 大阪府中河内郡若江村(現 東大阪市)に若江工場建設(現 大阪工場)開始
  • 1952年(昭和27年)7月 - 高井田工場設備を若江工場(現 大阪工場)に移転開始
  • 1952年(昭和27年)9月 - 大阪府中河内郡若江村(現 東大阪市)に若江工場(現 大阪工場)に移転操業本格化
  • 1953年(昭和28年)6月 - 通信ケーブル開発着手
  • 1953年(昭和28年)6月 - 丸豊電線株式会社に資本参加
  • 1954年(昭和29年)2月11日 - 大阪証券取引所に上場
  • 1954年(昭和29年)4月 - タツタバルブ株式会社、営業内容を一新し、商号を近畿伸銅株式会社に変更
  • 1955年(昭和30年)1月15日 - 河内市市制実施に伴い、若江工場を河内工場と改称
  • 1955年(昭和30年)9月 - 本社機構を小坂工場から河内工場内に移転
  • 1955年(昭和30年)10月1日 - 通信ケーブルの製造開始
  • 1956年(昭和31年)8月1日 - 近畿伸銅株式会社、株式会社三宅電線製造所を買収し、商号を株式会社三宅電線製造所に変更
  • 1956年(昭和31年)8月 - 船用電線量産体制確立
  • 1959年(昭和34年)5月1日 - 株式会社三宅電線製造所、中国電線工業株式会社を吸収合併し、商号を中国電線工業株式会社に変更
  • 1961年(昭和36年)9月2日 - 通信ケーブル・ゴム線工場全焼
  • 1961年(昭和36年)10月2日 - 東京証券取引所に上場
  • 1962年(昭和37年)1月25日 - 電力ケーブル工場新設に着手(同年9月に完成)
  • 1963年(昭和38年)12月28日 - 昭和電線電纜株式会社との業務提携覚書に調印(現 昭和電線ホールディングス株式会社)
  • 1965年(昭和40年)9月 - 通信ケーブル・CCPケーブル工場完成
  • 1966年(昭和41年)9月 - アルミ線工場完成
  • 1967年(昭和42年)12月7日 - 株式会社タツタ不動産設立
  • 1968年(昭和43年)6月25日 - 米国GE社とディプフォーミングプロセスに関し、技術導入契約締結
  • 1968年(昭和43年)10月 - ディプ建設班を設置し、建設に着手
  • 1969年(昭和44年)12月 - ディプ工場主要機械設備据付完了
  • 1970年(昭和45年)7月 - 電力ケーブル・竪型連続硫化工場完成
  • 1970年(昭和45年)11月 - 超高圧試験研究設備完成
  • 1970年(昭和45年)11月 - ディプ工場、12.7㎜径の荒引線連続生産開始
  • 1970年(昭和45年)11月 - 奈良県天理市福住町に工場用地購入(計画変更により48年1月売却)
  • 1972年(昭和47年)2月 - ディプ工場、8㎜径の荒引線連続生産確立
  • 1972年(昭和47年)8月12日 - 小坂工場反射炉閉炉
  • 1972年(昭和47年)9月12日 - 三笠宮殿下、河内工場見学
  • 1972年(昭和47年)11月21日 - 福知山工場建設用地、京都府と購入売買契約締結
  • 1973年(昭和48年)1月22日 - 福知山工場建設計画委員会発足
  • 1973年(昭和48年)1月 - 小坂工場荒引線生産終了
  • 1973年(昭和48年)10月3日 - 福知山工場建設起工式挙工
  • 1974年(昭和49年)3月 - 小坂工場を小坂倉庫に改称
  • 1974年(昭和49年)11月 - 福知山工場一部試運転
  • 1975年(昭和50年)3月26日 - 大東資材株式会社設立
  • 1975年(昭和50年)11月1日 - 株式会社スリーティー・サービスを設立(株式会社タツタトレーディング)
  • 1976年(昭和51年)4月 - 福知山工場(現 京都工場)完成
  • 1976年(昭和51年)7月14日 - 小坂倉庫用地(小坂工場跡地)売却
  • 1977年(昭和52年)5月1日 - 技術開発本部に分析センター設置(株式会社タツタ電線分析センターの前身)
  • 1979年(昭和54年)12月1日 - 株式会社タツタ電線分析センター設立(現 株式会社タツタ環境分析センター)
  • 1979年(昭和54年)12月1日 - 株式会社タツタ電線特品加工設立
  • 1982年(昭和57年)6月1日 - 河内工場を大阪工場に改称
  • 1984年(昭和59年)3月 - ディプ工場操業休止
  • 1984年(昭和59年)4月1日 - 住友電気工業株式会社と銅荒引線加工委託契約
  • 1984年(昭和59年)4月 - 光ファイバケーブルの製造・販売開始
  • 2000年(平成12年)4月 - 電磁波シールドフィルムの販売開始
  • 2002年(平成14年)7月 - 建設・電販向け電線事業を住電日立ケーブル株式会社に営業譲渡
  • 2003年(平成15年)10月 - 株式交換により、丸豊電線株式会社を完全子会社化
  • 2004年(平成16年)10月 - 株式交換により、中国電線工業株式会社を完全子会社化
  • 2007年(平成19年)4月 - 中国電線工業株式会社、丸豊電線株式会社を吸収合併
  • 2007年(平成19年)3月31日 - 大東資材株式会社解散
  • 2007年(平成19年)9月20日 - 大東資材株式会社清算完了
  • 2008年(平成20年)4月 - 福知山工場の名称を京都工場へ変更
  • 2009年(平成21年)7月 - 株式会社タツタトレーディングをタツタ物流株式会社に商号変更し営業開始(現、タツタ ウェルフェアサービス株式会社)
  • 2011年(平成23年)3月 - 中国江蘇省、常州に常州拓自達恰依納電線有限公司を設立
  • 2012年(平成24年)11月 - マレーシアに、TATSUTA ELECTRONIC MATERIALS MALAYSIA SDN.BHD.を設立
  • 2013年(平成24年)7月 - 東京証券取引所への現物市場統合に伴い大阪証券取引所について上場廃止
  • 2014年(平成26年)1月 - 株式取得により、立井電線株式会社(現 連結子会社)を子会社化
  • 2015年(平成27年)3月 - 株式取得により、常州に常州拓自達恰依納電線有限公司を直接連結子会社化(現 連結子会社)
  • 2016年(平成28年)11月 - 仙台工場完成
  • 2017年(平成29年)6月 - 株式追加取得により、立井電線株式会社を完全子会社化
  • 2018年(平成30年)6月 - 筆頭株主のJXTGホールディングスが、保有株式を同社の子会社であるJX金属に譲渡
  • 2019年(平成31年)1月 - 立井電線株式会社、商号をタツタ立井電線株式会社に変更

主要事業所編集

社名の由来編集

有限会社豆陽金属工業所の創業者、辰巳卯三郎の『タツ』と多屋良三の『タ』を組み合わせたものである。

特徴編集

総合電線メーカーの中堅である他、電子材料への注力が特徴となっている。2011年5月20日の経営説明会において、電子材料事業を第二の柱として開発・育成を急ぎ、従来からのメタル・光通信ケーブル事業を縮小していく方針を示している[2]。なお、電子材料事業の主力商品であるスマートフォン向け電磁波シールドフィルムでは、世界シェア8~9割を有している[3][4]

また、実業団の強豪スポーツチームとしてバスケットボールチームを擁しており、近畿地区実業団としてはトップレベルであり、地区代表として全国大会出場経験がある[5]

大輪会の会員企業である[6]

関連会社編集

  • 中国電線工業株式会社
  • タツタ立井電線株式会社
  • タツタ ウェルフェアサービス株式会社
  • 株式会社タツタ環境分析センター

脚注編集

[脚注の使い方]

外部リンク編集