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ダイナマイト関西(ダイナマイトかんさい、1969年12月4日 - )は、日本の元女子プロレスラー。本名:鈴木 智江子(すずき ちえこ)。

ダイナマイト関西
ダイナマイト関西の画像
プロフィール
リングネーム ダイナマイト関西
ミスA
本名 鈴木 智江子
身長 173cm
体重 77kg
誕生日 (1969-12-04) 1969年12月4日(49歳)
出身地 京都府京都市
スポーツ歴 バレーボール
デビュー 1986年8月17日
引退 2016年12月11日
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所属編集

来歴編集

全日本女子プロレスオーディションを受けるが不合格となり、ジャパン女子プロレス第一期生となった。1986年8月17日に後楽園ホール大会クッキー・ズラ戦でデビュー。当時のリングネームはミスA。このリングネームでWCWへも参戦している。そのほか1986年当時、ミスAの名前で映画『ビー・バップ・ハイスクール 高校与太郎哀歌』に「マンモスのお妙」役で出演している。

ジャパン女子解散後はJWP女子プロレスに旗揚げから参加。1991年8月、リングネームをダイナマイト関西に改名。JWP時代には、当時全日本女子プロレス所属のアジャ・コングライバル視し、数度の挑戦の末に全女以外の所属選手としては初めてWWWA世界シングル王座を獲得した。

JWP退団後はフリーとしてGAEA JAPANを主戦場とし、同団体解散後の2006年にユニットOZアカデミー入りを表明した。

2008年8月10日、OZ後楽園大会でのOZアカデミー認定タッグ選手権試合・敗者髪切りマッチに敗れ、丸坊主になる。その後、精神的な理由で長期欠場していたが、12月14日新宿大会で復帰。欠場中に体重を93kgから77kgまで落とした。2009年2月、OZアカデミー後楽園ホール大会にて、尾崎魔弓の持つOZアカデミー認定無差別級王座に挑戦し勝利、タイトル奪還に成功した。

2016年3月20日、年内での引退を表明。十数年前より膠原病を患い、また2012年には肺がんで左肺の半分を摘出していたことを明かした[1]

5月22日、ダイナマイト関西30周年記念主催興行を開催。

12月11日、引退興行を開催し尾崎と一騎討ちを行いスプラッシュマウンテンを決めて勝利。以降はOZアカデミーの解説に不定期で登場。

獲得タイトル編集

人物編集

  • 本名の「鈴木」と言う名字で呼ばれることは非常に少なくGAMIのみが「鈴木さん」と呼んでいる。一方でGAMIのことは、「二上」とこちらも本名の名字で呼んでいる。
  • 実は180cmはあるとOZアカデミーの実況で明かしている。しかし、コミカル&セクシー プロレスリングWAVE内でGAMIから、流石に180cmはないと否定されている。
  • お笑いマッチに登場すると必ずノリがいいとGAMIに評され、フェアリー日本橋とのタッグも結成していた。

得意技編集

スプラッシュ・マウンテン
代名詞的なフィニッシュ・ホールド。命名者は長与千種。引退後は山下りなが継承している。
パワーボムの体制で持ち上げるのが困難な大型選手相手には、抱え式バックドロップの要領で担ぎ上げてコーナーポストへ座らせてから仕掛けていた。
ダイハード関西
雪崩式で放つスプラッシュ・マウンテン。
通常型とは異なり両膝着地式で仕掛ける。
通天閣スペシャル
スプラッシュ・マウンテンの原型技。同技を開発以降は、ほぼ使用されていない。
スコット・ホールレイザーズ・エッジ新崎人生高野落としに近い。
グリーン・フォール
奥の手的なフィニッシュ・ホールド。スプラッシュ・マウンテンで試合が決まらない場合や、大一番で繰り出す。
ロウ・キーキー・クラッシャー'99とほぼ同型だが、足のクラッチがやや異なる。
バックドロップ
急角度で放つ捻り式の形で使用。
アジャ・コングの使用する同タイプのバックドロップとはクラッチの左右が異なる。
ダイビング・フット・スタンプ
関西が使用する数少ない飛び技の一つ。
アイアン・クロー
主にロープカウンターで使用した。
ナルシストキック
関西が繰り出す蹴りの総称。長与千種による命名。

入場テーマ曲編集

関連項目編集

出典編集

外部リンク編集