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トヨタ・パブリカ > ダイハツ・コンソルテ
トヨタ・スターレット > ダイハツ・コンソルテ

コンソルテ(CONSORTE)とは、ダイハツ工業がかつて販売していた乗用車である。

ダイハツ・コンソルテ
EP30/31/47型
販売期間 1969年 - 1977年
乗車定員 5人
ボディタイプ 2ドア/4ドアセダン
2ドアクーペ
エンジン FE型 1.0L 直4 OHV
3K型 1.2L 直4 OHV
駆動方式 FR
変速機 4速MT
サスペンション 前:マクファーソンストラット
後:リーフリジッド
全長 3,695mm-3,790mm
全幅 1,450mm-1,530mm
全高 1,310mm-1,380mm
ホイールベース 2,160mm-2,260mm
車両重量 730kg-755kg
製造事業者 トヨタ自動車
姉妹車/OEM トヨタ・パブリカ(2代目)
トヨタ・スターレット(初代)
先代 ダイハツ・コンパーノ
後継 4ドアセダン:
ダイハツ・シャルマン
4ドアセダン以外:
ダイハツ・シャレード
-自動車のスペック表-
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概要編集

ダイハツ工業は1967年11月にトヨタ自動車と業務提携を交わし、日野自動車とともにトヨタグループとなった第一作品として登場。パブリカと共通のボディだが、エンジンはダイハツ製のFE型1000ccに換装されていた(後にトヨタ製の1200ccを追加)。フロントグリルとリアエンドは独特のデザインだった。ただし、パブリカに設定していたツインキャブ搭載モデルやバン/ピックアップといった商用車などは設定されなかった。車名の由来は“伴侶、提携”のイタリア語で、ダイハツとトヨタ、およびユーザーとの関係を意味している。

初代 EP型(1969年-1977年)編集

  • 1969年4月 新発売。当初はコンソルテベルリーナと称し、デラックスとスタンダードの2種の展開。型式名EP30。サスペンションは前輪ストラット/コイルで後輪はリジッド/リーフ。
  • 1970年9月 マイナーチェンジでインパネのデザインを変更し、スピードメーターが扇型から丸型に変更。3分割グリルを採用。フロントディスクブレーキを装備したスーパーデラックスを追加し、ミッションも1~3速をクロスレシオに改良した。
  • 1971年6月 トヨタ製3K型エンジンを搭載したスポーティモデル、1200Sを追加。最高出力68PS/6000rpm、最大トルク9.5kgm/3800rpmで最高速度150km/hとなった。
  • 1972年1月 ビッグマイナーチェンジ。ベルリーナの呼称が外れる。1200Sは1200GSに名称変更、1000PSを追加。全長を50mm延長し、リアデザインをファストバックに近い形状にした。このモデルではパブリカとの部品共用は約75%となった。
  • 1973年5月 パブリカ・スターレットOEMであるクーペ追加。型式名EP40。グレード展開は68馬力の1200ccモデル(トヨタ製3K型エンジン使用)がGHLとGL。58馬力の1000ccモデル(ダイハツ製FE型エンジン使用)はHLとTL。パブリカ・スターレットのフリーチョイスシステムは採用されなかった。GHLはレザートップを標準装備。CMキャラクターはケーシー高峰
  • 1973年10月 スターレット4ドアセダン追加と同時にコンパーノ・ベルリーナ以来の4ドアを追加。グレード展開は1200がハイカスタムとカスタムの2種、1000はスーパーデラックス、デラックス、スタンダードの3種。同時に2ドアセダンがマイナーチェンジ、1000PSがカタログ落ちする。
  • 1974年11月 シャルマンの発売に伴い、4ドアが廃止。コンソルテ4ドアの販売期間は1年間のみであった。
  • 1975年12月 1000ccモデルが50年排出ガス規制適合。この時点で国産1000cc乗用車はコンソルテのみとなる。
  • 1976年2月 1200ccモデルが51年排出ガス規制適合。エンジンが3K型から3K-U型(OHV)となる。
  • 1977年2月 マイナーチェンジ。1000ccモデルが廃止される(理由は51年排出ガス規制をクリアする事が出来なかった為)1200ccへ変更となった。
  • 1977年11月 販売終了。その後継車として再び1000ccエンジンを搭載したシャレードが発売される。

開発編集

  • クーペ/4ドアはパブリカ・スターレットのOEMだが、デザインはジウジアーロが手がけており、このモデルも一応彼の作品といえる。

関連項目編集