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チャン・シャルケン(Sjeng Schalken, 1976年9月8日 - )は、オランダリンブルフ州ヴェールト出身の元男子プロテニス選手。世界屈指の速度を誇る、強力な弾丸サーブを最大の武器にする“ビッグ・サーバー”タイプの選手である。自己最高ランキングはシングルス11位、ダブルス21位。ATPツアーでシングルス9勝、ダブルス6勝を挙げた。身長193cm、体重82kgの長身選手。右利き、バックハンド・ストロークは片手打ち。

チャン・シャルケン
Sjeng Schalken
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Sjeng Schalken.jpg
チャン・シャルケン
基本情報
国籍 オランダの旗 オランダ
出身地 同・リンブルフ州ヴェールト
生年月日 (1976-09-08) 1976年9月8日(43歳)
身長 193cm
体重 82kg
利き手
バックハンド 片手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1994年
引退年 2007年
ツアー通算 15勝
シングルス 9勝
ダブルス 6勝
生涯通算成績 420勝400敗
シングルス 292勝267敗
ダブルス 128勝133敗
生涯獲得賞金 $5,192,798
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2004)
全仏 3回戦(1999・2002・03)
全英 ベスト8(2002-2004)
全米 ベスト4(2002)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 3回戦(2002)
全仏 2回戦(1996・2001)
全英 ベスト8(2001)
全米 ベスト4(2001)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 11位(2003年4月21日)
ダブルス 21位(2002年5月20日)

来歴編集

チャン・シャルケンは4人兄弟の2番目の子供として生まれたが、一番上の兄はダウン症候群を患い、下の弟は15歳の時に癌で亡くなっている。そんな家庭環境の中で育った彼は、子供の頃から壁打ちでテニスを覚え、1994年全米オープンでジュニア男子シングルス部門を制し、この年に18歳でプロ入りした。1995年にツアー初優勝を記録し、1996年から男子テニス国別対抗戦・デビスカップオランダ代表選手に選ばれる。

シャルケンは、2000年ウィンブルドン選手権3回戦でマーク・フィリプーシスと対戦し、最終第5セットではタイブレークを行わないため(すなわち、どちらかが2ゲーム勝ち越すまで試合を続行する)、当時の大会史上最多ゲーム記録となる「83ゲーム」と試合時間5時間5分の末にフィリプーシスが 4-6, 6-3, 6-7, 7-6, 20-18で勝利をもぎ取った。この試合が行われたウィンブルドンの2番コートは満席になり、入場できない多数の観客に取り囲まれ、場外からも見えるスコアボードの数字にどよめくほどの盛り上がりだったという。その3ヶ月後、シャルケンはジャパン・オープン・テニス選手権で初優勝を飾った。

シャルケンの4大大会シングルス自己最高成績は、2002年全米オープン準決勝進出である。この1回戦で、シャルケンはフィリプーシスと対戦していたが、フィリプーシスが第4セット終了の時点で試合を途中棄権した。勢いづいたシャルケンは一気に自己最高のベスト4まで勝ち進んだが、準決勝でピート・サンプラスに6-7, 6-7, 2-6のストレートで敗れた。(サンプラスは続く決勝戦でアンドレ・アガシを破り、現役最後の試合を4大大会通算「14勝」の優勝で飾った。)2002年から2004年まで、シャルケンはウィンブルドン選手権で3年連続のベスト8進出を記録した。ダブルスでは、2001年全米オープン男子ダブルスでポール・ハーフース(同じオランダの選手)と組んでベスト4に入ったことがある。

チャン・シャルケンは2005年春から右アキレス腱の故障を抱え、2006年2月にベルガモで行われたチャレンジャー大会準決勝でシモーネ・ボレッリに4-6, 6-4, 5-7のスコアで敗れたのを最後に、翌2007年3月に30歳で現役引退を発表した。

オランダのプロテニス界には“ビッグ・サーバー”タイプが多く、1996年ウィンブルドン選手権優勝者リカルト・クライチェクや、2003年全仏オープン準優勝者マルティン・フェルカークもビッグ・サーバーである。

ATPツアー決勝進出結果編集

シングルス: 12回 (9勝3敗)編集

大会グレード
グランドスラム (0-0)
テニス・マスターズ・カップ (0-0)
ATPマスターズシリーズ (0-0)
ATPインターナショナルシリーズ・ゴールド (1-1)
ATPインターナショナルシリーズ (8–2)
サーフェス別タイトル
ハード (6–2)
クレー (1-0)
芝 (2-0)
カーペット (0-1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1995年10月2日   バレンシア クレー   ギルベルト・シャーラー 6–4, 6–2
優勝 2. 1996年1月8日   ジャカルタ ハード   ユーネス・エル・アイナウイ 6–3, 6–2
優勝 3. 1997年8月18日   ボストン ハード   マルセロ・リオス 7–5, 6–3
優勝 4. 1999年1月11日   オークランド ハード   トミー・ハース 6–4, 6–4
優勝 5. 2000年10月9日   東京 ハード   ニコラス・ラペンティ 6–4, 3–6, 6–1
準優勝 1. 2000年10月22日   上海 ハード   マグヌス・ノーマン 4–6, 6–4, 3–6
準優勝 2. 2001年8月13日   ワシントンD.C. ハード   アンディ・ロディック 2–6, 3–6
優勝 6. 2001年10月22日   ストックホルム ハード   ヤルコ・ニエミネン 3–6, 6–3, 6–3, 4–6, 6–3
優勝 7. 2002年6月17日   スヘルトーヘンボス   アルノー・クレマン 3–6, 6–3, 6–2
準優勝 3. 2002年10月6日   モスクワ カーペット (室内)   ポール=アンリ・マチュー 6–4, 2–6, 0–6
優勝 8. 2003年6月16日   スヘルトーヘンボス   アルノー・クレマン 6–3, 6–4
優勝 9. 2003年9月8日   コスタ・ド・サイペ ハード   ライナー・シュットラー 6–2, 6–4

ダブルス: 9回 (6勝3敗)編集

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
優勝 1. 1995年7月30日   アムステルダム クレー   マルセロ・リオス   ウェイン・アーサーズ
  ニール・ブロード
7–6, 6–2
準優勝 1. 1998年9月20日   タシュケント ハード   ケネス・カールセン   ステファノ・ペスコソリド
  ローレンス・ティレメン
5–7, 6–4, 5–7
優勝 2. 1999年8月8日   アムステルダム クレー   ポール・ハーフース   デビン・ボウエン
  イヤル・ラン
6–3, 6–2
優勝 3. 2000年10月16日   上海 ハード   ポール・ハーフース   ペトル・パラ
  パベル・ビズネル
6–2, 3–6, 6–4
優勝 4. 2001年2月4日   ミラノ カーペット (室内)   ポール・ハーフース   ヨハン・ランツベルク
  トム・ファンハウト
7–6(5), 7–6(4)
準優勝 2. 2001年3月11日   スコッツデール ハード   マルセロ・リオス   ドナルド・ジョンソン
  ジャレッド・パーマー
6–7(3), 2–6
優勝 5. 2001年6月24日   スヘルトーヘンボス   ポール・ハーフース   マルティン・ダム
  シリル・スーク
6–4, 6–4
優勝 6. 2001年7月22日   アムステルダム クレー   ポール・ハーフース   アレックス・コレチャ
  ルイス・ロボ
6–4, 6–2
準優勝 3. 2003年8月3日   ロサンゼルス ハード   ジョシュア・イーグル   ジャン=マイケル・ギャンビル
  トラビス・パロット
4–6, 6–3, 5–7

4大大会シングルス成績編集

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 通算成績
全豪オープン A A 1R 1R 1R 2R 2R 1R 1R 2R 4R 1R 6–10
全仏オープン LQ LQ 2R 1R 1R 3R 1R 2R 3R 3R A A 8–8
ウィンブルドン LQ 1R 1R 1R 1R 3R 3R 3R QF QF QF A 18–10
全米オープン LQ 1R 3R 2R 1R 1R 3R 3R SF QF A A 16–9

外部リンク編集