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鄭守一(チョン・スイル、정수일、1934年11月 - )は、朝鮮労働党対外情報調査部スパイ韓国檀国大学校教授。韓国系フィリピン人ムハンマド・カンス(Muhammad Kansu、무하마드 깐수)という経歴で送り出した。

チョン・スイル
各種表記
ハングル 정수일
漢字 鄭守一
発音 チョン・スイル
英語表記: Chung, Soo-il
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出自編集

1934年11月、中国延辺の朝鮮人家庭に生まれた。1963年6月、妻子と共に北朝鮮に移住し、平壌外国語大学教授を務めたが、1974年、対南工作員に選抜され、スパイ教育を受けた。1979年1月、イェ・ジョプス名義でレバノンに出国し、同年2月、レバノン朝鮮親善協会の助けによりムハンマド・カンス名義でレバノン国籍を獲得。1980年8月、国籍変更目的で社会経済研究所研究員として就業したが、国籍獲得に失敗した。1982年7月、マレーシアに入国し、マレー大学講師として就業、韓国語講座を受講。1983年4月、フィリピンに入国し、イスラム宣教会の推薦により、1984年2月、フィリピン国籍を獲得した。

対南工作編集

1984年4月、延世大学韓国語学堂入学を口実に韓国への潜入に成功した。チョンは韓国内で偽装結婚した後、継続してフィリピン人のふりをし、政界・学界・マスコミ界各界の専門家と交流しつつ、高級情報を探知・収集、暗号・隠語を使用した国際郵便とFAX等を利用、80余回にわたり中国の工作拠点を通して、北朝鮮に高級政治・軍事情報を報告した。

1987年7月~1995年2月の間、4回にわたり中国・オーストリア等を経由して入北し、対南工作の功労により祖国統一賞を受賞、韓国情勢を報告して、金父子に対する忠誠宣誓文の作成と革命遺跡地等を踏査した後、短波ラジオ、暗号表、毒薬アンプル等のスパイ装備の交換及び工作金(19,000ドル)を授受、韓国に再び潜入して活動する等、専門性と知的能力を具備し、外国人の身分を利用して疑われることなく、長期埋伏、高級情報収集を主任務としてきた典型的なインテリ・スパイだった。

発覚編集

1996年7月3日、プラザホテルのビジネスセンターから北京所在の北朝鮮工作拠点にFAXを送信したことから発覚、逮捕された。

外部リンク編集