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チーム郷(チーム ゴウ、TEAM GOH )は、日本のレーシングチーム。2004年アウディ・R8ル・マン24時間レースを制覇したことで知られる。チーム代表は郷和道

過去のレース成績編集

1996年編集

当時マクラーレン・グループのCEOであったロン・デニスとの共同プロジェクト「チーム ラーク・マクラーレンGTR」として全日本GT選手権(JGTC)に参戦。ドライバーは、ジョン・ニールセン/デビッド・ブラバムラルフ・シューマッハ/服部尚貴の2組4名。マクラーレンF1 GTRの2台体制で全6戦中優勝4回を挙げ、シリーズ1、2位を獲得。ドライバーズおよびチームズチャンピオンのダブルタイトルも獲得した。

ただマクラーレンのあまりの強さに、JGTCの運営母体であるGTアソシエイション(GTA)とチームが対立し、シーズン途中でチーム郷はGTAを退会してしまう。このため通常全車両に掲げられるシリーズ共通ロゴも、マクラーレンの2台だけは非掲載という状態になった[1]。シリーズ外で行われていたオールスター戦にも不参加となったほか、シリーズチャンピオンであるにも関わらずシーズン終了後に行われた表彰式に呼ばれないという異例の事態となった。

1997年編集

第65回ル・マン24時間レースに「Team Lark McLaren」としてLMGT1クラスに参戦(日本チームとしてのエントリー)。マシンはマクラーレンF1 GTR LM。ドライバーは中谷明彦土屋圭市、ガリー・アイルス。決勝では88周目にリタイア。

また、国際GT選手権シリーズの1つである鈴鹿1000kmに出場し、総合9位となる。

1999年編集

「TEAM GOH」として第67回ル・マン24時間レース、LMP900クラスに参戦。マシンはBMW製S70 6.0 L V12を搭載するワークスカー、BMW・V12 LM。ドライバーにはヒロ松下加藤寛規、中谷明彦を起用。決勝223周目にリタイア。

同年の鈴鹿1000kmでは総合8位、ル・マン富士1000KmにはBMW V12 LM、ダッジ・バイパーGTSの2台体制で参戦し、BMWが総合3位に入賞。

2000年編集

テレビ朝日レーシング・プロジェクト「TV Asahi Team Dragon」として第68回ル・マン24時間レースに参戦。マシンはパノス LMP-1 Roadster-SとÉlan 6L8 6.0 L V8の二台体制(LMP900クラス)で臨む。鈴木利男影山正美、ピエール-アンリ・ラファネル組がクラス6位。土屋圭市、飯田章近藤真彦組が8位となる。

2001年編集

デンマークのチーム、デン・ブラ・エイビス(Den Bla Avis)とのジョイント・プロジェクト「Team Den Blå Avis-Goh」として第69回ル・マン24時間レースに前年同様LMP900クラスに参戦。マシンはジャッドGV4 4.0L V10を搭載する童夢S101。ドライバーにはジョン・ニールセン、加藤寛規、キャスパー・エルガードを起用。決勝ではリタイア。同年FIA スポーツカー選手権にも参戦し、シリーズランキング2位となる。

2002年編集

第70回ル・マン24時間レースに「Audi Sport Japan Team Goh」としてアウディ・R8でLMP900クラスに参戦。ドライバーには加藤寛規、ヤニック・ダルマス荒聖治を起用。総合7位となる。

2003年編集

第71回ル・マン24時間レース(LMP900クラス)に再びアウディ・R8で参戦。ドライバーは荒聖治、ヤン・マグヌッセン、マルコ・ヴェルナーを起用し、総合4位。また、FIA スポーツカー選手権、スパ1000kmとル・マン1000kmにも参戦し、両レースともに総合優勝を飾る。

なお同年にはフォーミュラ・ニッポンへの参戦も予定され、同レースの主催者である日本レースプロモーション(JRP)が発表したエントリーリストにも一時は名を連ねたが[2]、実際には参戦は行われなかった。

2004年編集

第72回ル・マン24時間レースLMP1クラスに参戦。マシンはアウディ・R8。ドライバーは荒聖治リナルド・カペッロトム・クリステンセンを起用。総合優勝を果たす。ちなみに荒聖治は1995年の関谷正徳以来、2人目の日本人ル・マン総合優勝ドライバーとなった。

2006年編集

2005年12月11日に開かれた「SUPER GT AWARDS 2005」[注 1]において、SUPER GTを主催するGTアソシエイションの加治次郎事務局長から、2006年シーズンのシリーズ概要が発表された中で、チーム郷がGT500クラスに参戦することが表明された[3]。会場では代表の郷和道監督のビデオレターが紹介された。

それによると、マシンはFIA-GT選手権の2005年シーズンで優勝しているマセラティ・MC12。ドライバーは荒聖治と、元F1ドライバーであるヤン・マグヌッセンのコンビとなる。タイヤはブリヂストン。チーム郷は3大ワークスに負けぬよう、プライベーターとしての意地を見せ「勝てるラインアップ」で参戦する、との意向を示した。チーム名は「スティーレコルセ」(STILE CORSE )を名乗る予定であった。

2006年に入り、イタリアバレルンガサーキットでテスト走行していることが、当時テレビ東京系列で放送していた『激走!GT』で公開された。ドライブした荒聖治は「車の印象としては、見た目がレーシングカーで、凄くサイズも大きくて迫力もある。あとは何といってもV12型エンジンのサウンドですね。その辺がこの車の良い所だと思う。」と高く評価していた。

その後、鈴鹿サーキットで行なわれた合同テストに参加したが、特認パーツ(カーボンブレーキ、FIA GT選手権車両より長いフロントスポイラーと幅広いリアウィング)を用いても、メーカーワークスとの戦闘力の差が大きいことが判明した。チームは「メーカーワークスに追いつくには開発にあと3ヶ月以上必要」だとして、同年3月に鈴鹿サーキットで行われた開幕戦を欠場。以降のレースも欠場を続けたほか、ドライバーの荒聖治も同年の第5戦よりKONDO Racingからエリック・コマスの代役として参戦するなど、チームからの公式な発表はないまま、事実上参戦を断念した。

なお2006年より発足した全日本スポーツカー耐久選手権については、「SUPER GT参戦に集中したい」「年間3戦では、アウディを走らせるための経費が払えない」などの理由から、当面参戦を見送る考えを示し、結局同シリーズへの参戦も行われなかった。

2009年編集

自動車雑誌NAVI』(二玄社)とのタイアップで、5年ぶりにル・マン24時間レースに参戦することを発表。マシンはポルシェ・RSスパイダーを用いLMP2クラスにエントリーし、ドライバーはサッシャ・マーセン、荒聖治、国本京佑の3人を起用する。今回より郷和道はチーム代表に専念し、チーム監督はNAVI編集長の加藤哲也が務める。

2009年は決勝でLMP2クラスの2位を走る好走を見せていたが、レース残り1時間となったところで荒聖治のドライブ中に他の車が撒いたオイルに乗ってしまいクラッシュ、リタイアという結果に終わった[4]

郷代表は、当初インタビューで今回のプロジェクトは長期に渡る計画であり「最低でも4、5年になるのでは」「最初の2年を戦って体制を整え、レギュレーションが大きく変わる2011年に照準を合わせる」と語っていたが[5]、ル・マン終了後の同年8月にはマシンを売却してしまった。一説には「ヒューマントラブルに嫌気がさした」とも言われている[6]。さらに今回のチームの母体であった『NAVI』も売れ行き不振から2010年2月に休刊することが決まり、2010年以降も参戦を継続する可能性は事実上消滅した格好となっている。

2019年編集

2019年1月29日にスペインのモータースポーツサイト「CONPETICION」等複数のメディアがSUPER GT・GT300クラススーパー耐久、鈴鹿10時間耐久レースへの参戦情報を配信。

1月30日チームの公式HPにて正式に参戦発表。エントラント名は『McLaren Customer Racing Japan(マクラーレン・カスタマーレーシング・ジャパン)』、マシンはマクラーレン・720S GT3、タイヤはヨコハマでドライバーはSUPER GTが荒聖治/アレックス・パロウ組、スーパー耐久シリーズはアレックス・パロウ/阪口晴南/木下隆之組、鈴鹿10時間耐久レースに関しては後日の発表となっている。しかしマシンのデリバリーが遅れたこと、パーツ供給に不安を抱えた状態であることなどから、3月11日にスーパー耐久への参戦断念を発表した[7]

レースクイーンTEAM GOH MODELS」は岡山友里愛、高橋菜生、ちはる[注 2]の3人。そのうち高橋は日本レースクイーン大賞2019で新人グランプリを受賞した[注 3]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 『SUPER GT AWARDS 2005』2005年12月11日ヤクルトホール[3]
  2. ^ 第1戦(於:岡山国際サーキット)では留奈が出演していたが[8]、第2戦(於:富士スピードウェイ)から交代した[9]同姓同名のタレントとは別人。
  3. ^ 2019年7月7日、『ギャルパラ七夕祭り』(於:パセラリゾーツakiba)にて発表[10]

出典編集

  1. ^ “JGTCの3年目にやってきた“黒船”。SGTに復活するチームゴウ&マクラーレンの足跡を振り返る”. オートスポーツweb. 株式会社三栄. (2019年2月2日). https://www.as-web.jp/supergt/448900?all 2019年7月8日閲覧。 
  2. ^ 2003年フォーミュラ・ニッポン参戦チーム発表される! - MOTORSPORT FORUM・2003年2月11日
  3. ^ a b “SUPER GT 2005年シリーズ表彰式を開催”. livedoorスポーツ. ライブドア. (2005年12月14日). https://news.livedoor.com/article/detail/1552850/ 2019年7月8日閲覧。 
  4. ^ ル・マン24時間決勝レースでポルシェRSスパイダーがスピードと環境性能を実証 - ポルシェジャパン株式会社・2009年6月14日
  5. ^ 東京中日スポーツ・2009年2月27日付 19面
  6. ^ 既にチームゴウは解散、誰が岡山へ参加するのか? 積極的なアストンマーティン - Sports-Car Racing・2009年8月5日
  7. ^ “マクラーレン・カスタマーレーシング・ジャパン、今季のシリーズ参戦活動は「SUPER GTに集中」…スーパー耐久は見送り”. Response.jp. イード. (2019年3月11日). https://response.jp/article/2019/03/11/320004.html 2019年7月8日閲覧。 
  8. ^ 「2019 TEAM GOH MODELS」『ギャルズ・パラダイス「2019 SUPER GTレースクイーンオフィシャルガイドブック」』、株式会社三栄、2019年5月、 80頁、2019年7月8日閲覧。
  9. ^ 高橋菜生 (2019年4月25日). “新しくメンバー入りした「ちはる」、ギャルパラTVさんにて初お披露目でしたー!”. Twitter. 2019年7月8日閲覧。
  10. ^ “日本レースクイーン大賞2019新人部門受賞者が決定 高橋菜生さんがNo.1レースクイーンに輝く”. オートスポーツweb. 株式会社三栄. (2019年7月8日). https://www.as-web.jp/race-queen/500082 2019年7月8日閲覧。 

外部リンク編集