ティズナウ (Tiznow) は、アメリカ合衆国競走馬種牡馬である。2000・2001年にはブリーダーズカップ・クラシックを史上初めて連覇し、競走馬として高い能力を示した。2000年にはエクリプス賞年度代表馬に選出されている。同年の3歳牡馬チャンピオン、2001年の古牡馬チャンピオンでもある。

ティズナウ
ティズナウ(Winstar Farms, Kentucky)
欧字表記 Tiznow
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1997年3月12日
死没 (現種牡馬)
Cee's Tizzy
Cee's Song
母の父 Seattle Song
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国カリフォルニア州
生産者 Cecilia Straub Rubens
馬主 Michael L. Cooper
Cecilia Straub Rubens
調教師 Jay M.Robbins(アメリカ)
競走成績
生涯成績 15戦8勝
獲得賞金 6,828,356ドル
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競走馬時代 編集

3歳時代 編集

2000年にサンタアニタ競馬場の未勝利戦でデビュー。このレースでは6着に敗れるが、その後3戦目で初勝利を果たす。次走のG3のアファームドハンデキャップを勝利すると、G1のスワップスステークスへと駒を進める。しかし、ここではキャプテンスティーヴの2着と敗れ、続くパシフィッククラシックステークスでも2着となるなど、なかなかG1には手が届かなかった。しかし、スーパーダービーでは6馬身差で圧勝し、初めてのG1タイトルを手にする。その後G2勝ちを挟み、そのまま勢いに乗ってブリーダーズカップ・クラシックに出走する。このレースでは積極的に先手を取り、最後の直線では欧州からの刺客ジャイアンツコーズウェイとの壮絶な叩き合いをクビ差凌いで優勝する。この競走には他にも、キャプテンスティーヴやフサイチペガサスキャットシーフレモンドロップキッドなどの強豪が名を連ねていたため勝利した同馬の評価を高め、同年のエクリプス賞年度代表馬の選出に繋がった。カリフォルニア産馬、3歳クラシック未出走馬のブリーダーズカップ・クラシックの勝利という点でも、稀有なレースであった。また、この前年には全兄バドロワイヤルがキャットシーフの2着に敗れており、その雪辱も果たす形となった。

4歳時代 編集

2001年も現役を続行した。G2競走を2戦使った後、サンタアニタハンデキャップを5馬身差で圧勝。しかし、その後は腰を痛めた影響もあったか、3着が続く。引退レースとなったブリーダーズカップ・クラシックでは、前走までやや精彩を欠いていたことや、サキーガリレオといった欧州の有力馬も出走したことから、4番人気にとどまった。レースは前年と同様に、最後の直線で壮絶な叩き合いとなったがサキーとの競り合いを制し、同レース史上初の連覇(2022年現在で唯一)を達成した。

エピソード 編集

  • 共同馬主であるセシリア・ストラブ・ルーベンスは、ティズナウのブリーダーズカップ・クラシック勝利を見届けた直後、84歳でこの世を去った[1]。セシリアが調教師に残した最期の言葉は“Take care of my boy.” だったという[2]。翌年も同レースを連覇した際、関係者の間ではセシリアが後押ししてくれたという声も聞かれた[3]
  • 2001年のブリーダーズカップの開催地は、グラウンドゼロからわずか12マイルほどのところにあるベルモント競馬場であった。ティズナウが欧州勢を退けて連覇した姿は、9.11の傷が残るアメリカ国民に感動を与えた。勝利の瞬間の"Tiznow wins it for America!"という実況は有名である。[4]
  • NFLのコーチが、チームの士気を上げるためにティズナウのレース映像を選手たちに見せたというエピソードがある[5]。2001年、ニューイングランド・ペイトリオッツのヘッドコーチであったビル・ベリチックは、不振が続くチームの選手たちに、その年のティズナウが勝利したブリーダーズカップ・クラシックの映像を見せて奮起を促した。その後ペイトリオッツは、12試合のうち11試合に勝利し、更にスーパーボウルをも制すこととなった。

成績詳細 編集

出走日 競馬場 競走名 距離 着順 騎手 着差 1着(2着)馬
2000年04月23日 サンタアニタ 未勝利 D6f 6着 A・ソリス 3馬身 Mr.Wonderful
2000年05月11日 ハリウッド 未勝利 D8・5f 2着 A・ソリス クビ Spicy Stuff
2000年05月31日 ハリウッド 未勝利 D8・5f 1着 A・ソリス 8 1/2馬身 (Coldwater Canyon)
2000年07月01日 ハリウッド アファームドH G3 D8・5f 1着 V・エスピノーザ クビ (Dixie Union)
2000年07月23日 ハリウッド スワップスS G1 D9f 2着 V・エスピノーザ 2 1/2馬身 Captain Steve
2000年08月26日 デルマー パシフィッククラシックS G1 D10f 2着 C・マッキャロン 2馬身 Skimming
2000年09月30日 ルイジアナダウンズ スーパーダービー G1 D10f 1着 C・マッキャロン 6馬身 (Commendable)
2000年10月15日 サンタアニタ グッドウッドBCH G2 D9f 1着 C・マッキャロン 1/2馬身 (Captain Steve)
2000年11月04日 チャーチルダウンズ BCクラシック G1 D10f 1着 C・マッキャロン クビ (GIant's Causeway)
2001年01月13日 サンタアニタ サンフェルナンドBCS G2 D8・5f 1着 C・マッキャロン 1 1/4馬身 (Walkslikeaduck)
2001年02月03日 サンタアニタ ストラブS G2 D9f 2着 C・マッキャロン 2馬身 Wooden Phone
2001年03月04日 サンタアニタ サンタアニタH G1 D10f 1着 C・マッキャロン 5馬身 (Wooden Phone)
2001年09月08日 ベルモント ウッドワードS G1 D9f 3着 C・マッキャロン 1 1/2馬身 Lido Palace
2001年10月07日 サンタアニタ グッドウッドBCH G2 D9f 3着 C・マッキャロン 1 1/2馬身 Freedom Crest
2001年10月27日 ベルモント BCクラシック G1 D10f 1着 C・マッキャロン ハナ (Sakhee)

種牡馬成績 編集

競走馬引退後はケンタッキー州ウインスターファームで種牡馬となった。マンノウォー系種牡馬の貴重な繋ぎ手として初年度産駒からエクリプス賞最優秀2歳牝馬フォークロアを送り出した。以後も安定して活躍馬を出している。産駒の特徴として、フォークロアやティズワンダフルのように仕上がりが早い馬、カーネルジョンダタラのようにクラシック三冠戦線で活躍する馬がいる一方、ティズウェイ英語版ウェルアームドのように古馬となってから大成する馬も多い。2013年の種付け料は75,000ドルと高い評価を受けている[6]。また、孫世代も多くの重賞競走を制しており、サイアーラインの継続が危惧されていたゴドルフィンアラビアンマンノウォー系もティズナウを中心に広まりつつあった。

しかし、2010年代後半に入ると、韓国に輸出された同系のオフィサーが成功したことから、ティズワンダフル、カーネルジョン、ティズウェイ(加えてアイアムユアファーザー、モダウンカウボーイ)と後継種牡馬が立て続けに韓国に輸出された。北米に残留したジェモロジストツーリスト英語版ストロングマンデート、モーニングライン(2018年死亡)らは当初種付け数を非常に多く集めたものの成功できず、2021年には種付け数をそれぞれ35頭、17頭、0頭まで減らした。2022年には、ジェモロジストが韓国へ輸出、ツーリストの種付け数は4頭に減少するなどさらに情勢は悪化した。プレザントコロニー没後のリボー系と同様に速い速度で壊滅しつつある。

2020年シーズンを最後に種牡馬を引退することが発表された[7]

主な産駒 編集

G1競走優勝馬

種牡馬

  • 2004年産
    • Tiz Wonderful

母方の祖父馬(ブルードメアサイアー)としての主な孫馬 編集

血統表 編集

ティズナウ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 インリアリティー系 (インテント系
[§ 2]

Cee's Tizzy
1987 芦毛
父の父
Relaunch
1976 芦毛
In Reality Intentionally
My Dear Girl
Foggy Note The Axe
Silver Song
父の母
*ティズリー
Tizly
1981 鹿毛
Lyphard Northern Dancer
Goofed
Tizna Trevieres
Noris

Cee's Song
1986 黒鹿毛
Seattle Song
1981 黒鹿毛
Seattle Slew Bold Reasoning
My Charmer
Incantation Prince Blessed
Magic Spell
母の母
Lonely Dancer
1975 鹿毛
*ナイスダンサー
Nice Dancer
Northern Dancer
Nice Princess
Sleep Lonely Pia Star
Sulenan F-No.
母系(F-No.) (FN:26) [§ 3]
5代内の近親交配 Northern Dancer4×4=12.50% [§ 4]
出典
  1. ^ [10][11]
  2. ^ [11]
  3. ^ [10][11]
  4. ^ [10][11]

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ Cecilia Straub-Rubens, co-owner of Tiznow, Dies” (英語). Blood horse. 2012年12月9日閲覧。
  2. ^ Tiznow chapter2” (英語). Blood horse. 2012年12月26日閲覧。
  3. ^ Tiznow chapter2” (英語). Blood horse. 2012年12月26日閲覧。
  4. ^ Tiznow chapter2” (英語). Blood horse. 2012年12月26日閲覧。
  5. ^ Tiznow - Patriots Redux” (英語). Blood horse. 2012年12月9日閲覧。
  6. ^ WinStar Farm sets 2013 stud fees” (英語). WinStar Farm. 2012年12月9日閲覧。
  7. ^ WinStar announces 2021 stallion roster and fees” (英語). WinStar Farm. 2020年10月22日閲覧。
  8. ^ a b c d e 種牡馬情報:BMS成績|Tiznow(USA)|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2021年6月7日閲覧。
  9. ^ ティズザロー(Tiz the Law) | 競馬データベース”. JRA-VAN ver.World. 2021年11月5日閲覧。
  10. ^ a b c 血統情報:5代血統表|Tiznow(USA)|JBISサーチ(JBIS-Search)”. JBISサーチ. 公益社団法人日本軽種馬協会. 2021年6月7日閲覧。
  11. ^ a b c d Tiznowの血統表”. netkeiba.com. 株式会社ネットドリーマーズ. 2021年6月7日閲覧。

外部リンク 編集