TBSブリタニカ

ティービーエス・ブリタニカから転送)
株式会社ティビーエス・ブリタニカ
TBS-BRITANNICA Co.,Ltd.
種類 株式会社
本社所在地 153-8940
東京都目黒区目黒一丁目24番12号
(伊藤忠エネクスビル)
設立 1969年9月10日
業種 情報・通信業
代表者 浜中進一(代表取締役社長
資本金 10億円
従業員数 120名(2001年4月1日現在)
主要株主 サントリー株式会社
株式会社東京放送
凸版印刷株式会社
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TBSブリタニカ(登記上の商号は株式会社ティビーエス・ブリタニカ、英字表記:TBS-BRITANNICA Co.,Ltd.)は、かつて存在した日本出版社である。東京都目黒区目黒1丁目に本社を置いていた。2003年阪急電鉄(現:阪急阪神ホールディングス)に買収され、阪急コミュニケーションズとなった後、現在はCCCメディアハウスとなっている。(後述参照)。

目次

概要と沿革編集

1968年アメリカのエンサイクロペディア・ブリタニカ(EB)社から東京放送(TBS)に、ブリタニカ百科事典の日本語版出版提携の打診があった。これを受け、1969年9月設立。当初の資本金は2億5000万円。出資比率はEB社55%、TBS40%、凸版印刷5%。社長にはTBS取締役の分部芳雄、代表権のない取締役会長には旗振り役だったTBS社長の今道潤三が就任した。

ブリタニカ百科事典日本語版は、翻訳、書き換えなどに手間取り、第1回配本の発刊は1972年5月、全巻完結したのは1975年12月だったが、売れ行きは好調で、1981年には販売数が50万セットを超えた。販売方法は全国を網羅する訪問販売を主とした。TBS・毎日系のため大手マスコミによる表立った批判はなされなかったが、初期の頃ほど居座り・泣き落としなどの手法がとられた。

その後、教育教養総合出版社を目指し、ジョン・ケネス・ガルブレイス『不確実性の時代』、エズラ・ヴォーゲルジャパン・アズ・ナンバーワン』などのヒット作を出した。TBSでもこれら出版物に連動した番組を放映するなど、メディアミックス展開を行っていたが、百科辞典の販売方法への風当たりの方が強く、社内から「本業である放送事業に資本を集中すべし」との声が上がる。

1981年、TBSは持ち株をサントリー株式会社に売却。この結果比率はサントリー51%、EB社25%、TBS13%、凸版5%などとなり、TBSブリタニカの経営はサントリーの手に移った。ただし、社名はTBSブリタニカを引き継ぎ、百科辞典の販売も継続した。

1986年1月に「ニューズウィーク日本版」、同年6月に「アステイオン」、1990年に「フィガロジャポン」を創刊。1992年には、前年死去した作家開高健の名を冠した「開高健賞」を創設した。この賞は2001年まで続けられる。

2000年には、エンサイクロペディア・ブリタニカ社が日本国内に「ブリタニカ・ジャパン(日本ブリタニカ)」を設立して[1]、ブリタニカ百科事典の事業を傘下に置いた(2002年に百科事典の紙ベースの出版・販売事業からは撤退)。

一方、2003年7月1日、阪急電鉄は百科事典以外のTBSブリタニカの事業を20億円で買収することで、サントリーと合意。これにより、宝塚歌劇関連の雑誌などの出版事業を行っていた阪急電鉄の「創遊事業本部コミュニケーション事業部」とTBSブリタニカとを、阪急が持っていた休眠会社(1990年設立)に吸収させる形で、新しい出版社「阪急コミュニケーションズ」を発足させた。2014年10月の事業再編で、出版部門はカルチュア・コンビニエンス・クラブ傘下のCCCメディアハウスに承継された。

参考文献編集

  • 『TBS50年史』(東京放送)

関連項目編集

脚注編集

外部リンク編集