ディー・ゴードン

ディバリス・ゴードンDevaris "Dee" Gordon, 1988年4月22日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州ウィンダミア出身のプロ野球選手内野手)。右投左打。現在はMLBマイアミ・マーリンズに所属している。愛称はバリス・ストレンジ[2]

ディー・ゴードン
Dee Gordon
マイアミ・マーリンズ #9
Dee Gordon 2015.jpg
2015年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州ウィンダミア
生年月日 (1988-04-22) 1988年4月22日(29歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
170 lb =約77.1 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 二塁手
プロ入り 2008年 ドラフト4巡目(全体127位)でロサンゼルス・ドジャースから指名
初出場 2011年6月6日 フィラデルフィア・フィリーズ
年俸 $3,000,000 (2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

父は「フラッシュ」の愛称で知られた元メジャーリーガーのトム・ゴードン[3]。弟はミネソタ・ツインズ傘下のニック・ゴードン

目次

経歴編集

プロ入り前編集

1988年4月、両親が婚姻関係にない非嫡出子として生まれる。6歳の時に母親が元交際相手に殺害され、その後は親権を獲得した父トムと父方の祖母によって育てられた。少年時代は「野球はスピード感に欠けて退屈」だと考え、周囲の友人と共にバスケットボールに熱中した。しかし、高校に進学した頃には自分の小柄な体格ではNBAを目指すのは難しいと考えるようになり、2005年になって野球を始める。本格的にプレーし始めたのは2006年だったが、すぐに才能を発揮し、バスケットボールをやめて野球一本で勝負することを決意する[3][4]

高校時代にはフィラデルフィア・フィリーズに所属していた父の同僚ジミー・ロリンズに球場で指導を受ける機会があり、「凄い強肩の持ち主だ。将来は素晴らしい選手になるよ」と絶賛された[4]。最終学年時の2007年には打率.373に加えてチーム最多の10盗塁をマークして頭角を現す。卒業後はNCAA2部のサウスイースタン大学に進学。浅い野球経験を補う抜群の身体能力でスカウトの注目を集める存在になった。

ドジャース時代編集

2008年、セミノール短大を経てMLBドラフトロサンゼルス・ドジャースから4巡目(全体127位)で指名され、6月9日に契約[5]。同年はルーキーリーグで60試合に出場し、打率.331・18盗塁を記録[6]

2009年はA級グレートレイクス・ルーンズでフルシーズンを過ごし、打率.301・73盗塁の活躍でミッドウェストリーグのMVPに選出された[7]

2010年はA+級を飛び級する形でAA級チャタヌーガ・ルックアウツでプレーし、2年連続の50盗塁を記録[6]。7月にはオールスターフューチャーズゲームの米国選抜にも選ばれ、シーズン終了後には「ベースボール・アメリカ」誌選定の有望株ランキングにおいて球団内で最高の評価を受けた[8]

2011年はAAA級アルバカーキ・アイソトープスで開幕を迎え、6月6日にドジャースとメジャー契約を結んだ[9]。同日のフィリーズ戦でメジャーデビュー[3]。3点ビハインドの9回表無死一塁の場面で代走として出場し、得点を記録した[10]。その後は遊撃手として先発起用されていたが、22試合で打率.243と結果を残せず、7月4日にAAA級アルバカーキへ降格[11]7月31日に再昇格したが、8月11日に右肩の故障で15日間の故障者リスト入りした。9月1日に復帰し、復帰後は遊撃手として先発起用され、26試合に出場。9月だけで14度のマルチヒットや12盗塁を記録し、打率は.372の大活躍を見せ、同月のルーキー・オブ・ザ・マンスに選出された[12]。この年は56試合に出場し、打率.304・11打点・24盗塁だった。

2012年は開幕ロースター入りし、正遊撃手として出場していたが、7月5日に右手親指の怪我で15日間の故障者リスト入りし[13]8月31日に60日間の故障者リストへ異動。9月11日に復帰した[14]が、主に代走としての起用となった。この年は87試合に出場し、打率.228・1本塁打・17打点・32盗塁だった。

2013年3月26日にAAA級アルバカーキへ配属され、開幕を迎えた。開幕から遊撃手のポジションを奪っていたジャスティン・セラーズが打撃不振のため先発から外され、その後正遊撃手を務めていたハンリー・ラミレス5月4日に故障者リスト入りしたため、代役として昇格[15]。しかしゴードンも19試合で打率.175と結果を残せず、5月27日にAAA級アルバカーキへ降格[16]8月5日に再昇格した[17]が、ラミレスに正遊撃手の座を奪われ、たった6試合の出場のみに終わり、8月16日にAAA級アルバカーキへ降格[18]。登録枠が拡大された9月1日に再昇格した[19]。この年は38試合の出場にとどまり、1本塁打6打点・10盗塁・打率.234だった。

2014年は前年正二塁手だったマーク・エリスが移籍したため二塁手に転向。前半戦では91試合に出場し、打率.292・2本塁打・25打点・43盗塁と活躍。オールスターゲームのファン投票では、ナショナルリーグの二塁手部門でチェイス・アトリーに次ぐ2位だったが、監督推薦で初選出された。この年は148試合に出場し、打率.289・2本塁打・34打点だった。12本の三塁打はリーグトップを記録。盗塁は両リーグ最多の64個を記録し、最多盗塁のタイトルを獲得した。

マーリンズ時代編集

2014年12月10日ダン・ヘイレンミゲル・ロハスと共にアンドリュー・ヒーニークリス・ハッチャーエンリケ・ヘルナンデスオースティン・バーンズとのトレードマイアミ・マーリンズへ移籍した[20]

2015年は序盤から好調を維持し、オールスターゲームのメンバーに選出されたが、試合には出場しなかった[21]。後半戦でも調子を落とす事なく、最終的には145試合に出場して打率.333ナ・リーグ首位打者58盗塁で同リーグ盗塁王のタイトルを獲得。更には205安打 (及び20盗塁死) もリーグトップ。守備面でも、145試合の二塁守備で6失策守備率.992・DRS + 13という見事な成績を記録。シーズンオフにはゴールドグラブ賞シルバースラッガー賞の同時受賞も果たし、2015年のMLB全体でも指折りの大活躍を見せた。

2016年1月18日にマーリンズと総額5000万ドルの5年契約[22](2021年・1400万ドルのベスティング・オプション付き[23])を結んだ[24][25]。4月29日に禁止薬物である外因性のテストステロンクロステボルに陽性反応を示したことが発覚し、80試合の出場停止処分を受けた[26]。直後にゴードンはMLB選手会を通じて「私は間違いを犯したし、その結果は受け入れる。禁止薬物に気をつけてきたことは、これまで20回以上のテストをパスしてきたことが証明している。チームメートや球団、ファンを失望させてしまったことが一番つらい」と声明を出した[27]。出場停止処分が明けて7月28日に復帰した。9月26日の試合ではホセ・フェルナンデスの追悼セレモニーの後、初回の打席でフェルナンデスのヘルメットを被り右打席に入った。2球目から自分のヘルメット、左打席に戻り、3球目でシーズン1号となる先頭打者本塁打を放った。ホームインする頃には目に大粒の涙を浮かべていた。その後の3打席でも連続でヒットを記録した。試合後のインタビューでこの日の活躍について「神様の存在は信じていないけど、あんなに遠くにボールを飛ばしたことはない。誰かが力を貸してくれたんだと思う」と語った[28]。この年は、シーズンの約半数に当たる79試合の出場で、打率.268・1本塁打・14打点・30盗塁を記録。盗塁はリーグ8位の好成績であり、スピードが屈指のレベルである事を改めて証明した。守備面では78試合でセカンドに入り、7失策・守備率.980・DRS + 1・UZR + 2.9という成績で、前年ほどではないものの平均以上の数字をキープした。 2017年はシーズンを通してリードオフマンの地位を守り、158試合の出場で打率.308、2本塁打、33打点、OPS.716という成績だった。2年ぶりの打率.300、200安打を達成し、60盗塁を記録。59盗塁を記録したビリー・ハミルトンをかわして2年ぶり3回目の盗塁王となった。盗塁に関しては8月終了時点でハミルトンに7つの差を付けられていたが、9月にハミルトンが故障により記録を伸ばすことが叶わない間に猛追、シーズン161試合目に一気に2盗塁を決め逆転をしての受賞だった。また、すべての月で月間打率.280以上を記録するなどシーズンを通じて安定した成績を残した。

選手としての特徴編集

抜群の身体能力を持つアスリートで、マイナー374試合で166盗塁を記録した走力が最大の武器[29]。体重150lb(約68kg)はメジャー最軽量の部類に入り、パワーには欠けるがバットコントロールには定評があり、しばしばフアン・ピエール遊撃手版とも評される[30]

遊撃手としては広い守備範囲と強肩を併せ持つものの、まだ粗削りな部分が多く、マイナーでは通算106失策(守備率.937)を記録している[29][6]

マーリンズに移籍してからは二塁手として定着し、飛躍的に守備が向上した。

選球眼に難があり、2016年までの通算でIsoDは.036に留まっている。首位打者のタイトルを獲得した2015年シーズンでは僅か.026だった。シーズンを通して出た場合はおよそ100の三振に対して四球は僅かに30程度しか選べておらず、リードオフマンとして改善が期待される。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
2011 LAD 56 233 224 34 68 9 2 0 81 11 24 7 2 0 7 0 0 27 1 .304 .325 .362 .687
2012 87 330 303 38 69 9 2 1 85 17 32 10 2 2 20 0 3 62 5 .228 .280 .281 .561
2013 38 106 94 9 22 1 1 1 28 6 10 2 1 0 10 2 1 21 0 .234 .314 .298 .612
2014 148 650 609 92 176 24 12 2 230 34 64 19 3 3 31 0 4 107 3 .289 .326 .378 .704
2015 MIA 145 653 615 88 205 24 8 4 257 46 58 20 6 5 25 2 2 91 6 .333 .359 .418 .776
2016 79 346 325 47 87 7 6 1 109 14 30 7 1 1 18 1 0 55 4 .268 .305 .335 .641
2017 158 695 653 114 201 20 9 2 245 33 60 16 2 4 25 0 10 93 7 .308 .341 .375 .716
通算:7年 711 3013 2823 422 828 94 40 11 1035 161 278 81 17 15 136 5 20 456 26 .293 .329 .367 .695
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル編集

表彰編集

記録編集

背番号編集

  • 9 (2011年 - )

脚注編集

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  1. ^ Dee Gordon Contract, Salary Cap Details & Breakdowns”. spotrac. 2016年3月13日閲覧。
  2. ^ Breakdown of Marlins' Players Weekend names MiLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年9月27日閲覧
  3. ^ a b c Gurnick Ken(2011-06-12). Dad's advice changed Gordon's path in flash. dodgers.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  4. ^ a b Hale, David(2008-05-30). May 30 — FLASH: THE NEXT GENERATION. delaware online(英語). 2011年7月2日閲覧
  5. ^ Hoffman, Christopher(2008-06-06). Dodgers Take Strange-Gordon In MLB Draft. TBO.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  6. ^ a b c Dee Gordon Minor League Statistics & History. Baseball-Reference.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  7. ^ Wild, Danny(2009-08-25). Gordon named MVP, top prospect. dodgers.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  8. ^ Perrotto, John(2009-12-04). Organization Top 10 Prospects: Los Angeles Dodgers: Top 10 Prospects. Baseball America.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  9. ^ Ken Gurnick, Mike Radano (2011年6月7日). “Dodgers call up Gordon, activate Uribe”. MLB.com. 2014年12月12日閲覧。
  10. ^ Scores for Jun 6, 2011”. ESPN MLB (2011年6月6日). 2014年12月12日閲覧。
  11. ^ Dodgers call up Velez to replace Gordon”. MLB.com (2011年7月5日). 2014年12月12日閲覧。
  12. ^ Paul Casella (2011年9月30日). “Gordon picks up Rookie of the Month honors”. MLB.com. 2014年12月12日閲覧。
  13. ^ Dodgers place Dee Gordon on disabled list, reinstate Javy Guerra”. MLB.com Dodgers Press Release (2012年7月5日). 2014年12月12日閲覧。
  14. ^ Dodgers Reinstate Gordon; Recall Fife and Herrera”. MLB.com Dodgers Press Release (2012年9月12日). 2014年12月12日閲覧。
  15. ^ Dodgers place Hanley Ramirez on the disabled list, recall Dee Gordon”. MLB.com Dodgers Press Release (2013年5月4日). 2014年12月12日閲覧。
  16. ^ Dodgers reinstate Jerry Hairston Jr. from the Disabled List; Option Dee Gordon”. MLB.com Dodgers Press Release (2013年5月27日). 2014年12月12日閲覧。
  17. ^ Dodgers recall Gordon, option Fife”. MLB.com Dodgers Press Release (2013年8月5日). 2014年12月12日閲覧。
  18. ^ Dodgers recall Scott Van Slyke; option Dee Gordon to Triple-A Albuquerque”. MLB.com Dodgers Press Release (2013年8月17日). 2014年12月12日閲覧。
  19. ^ Dodgers roster additions”. MLB.com Dodgers Press Release (2013年9月1日). 2014年12月12日閲覧。
  20. ^ Seven-player deal also sends RHP Dan Haren, INF Miguel Rojas & cash to Miami”. MLB.com Marlins Press Release (2014年12月11日). 2014年12月12日閲覧。
  21. ^ July 14, 2015 All-Star Game Play-By-Play and Box Score - Baseball-Reference.com (英語) . 2016年1月24日閲覧。
  22. ^ 2016年は300万ドル、2017年は750万ドル、2018年は1050万ドル、2019年は1300万ドル、2020年は1350万ドルで、契約金は150万ドル。
  23. ^ 違約金は100万ドル。
  24. ^ Marlins sign Dee Gordon to five-year contract extension”. MLB.com Marlins Press Release (2016年1月18日). 2016年3月13日閲覧。
  25. ^ Steve Adams (2016年1月18日). “Marlins Extend Dee Gordon”. MLB Trade Rumors. 2016年3月13日閲覧。
  26. ^ Andre Vergara (2016年4月29日). “Dee Gordon suspended 80 games for testing positive for PEDs”. FOX Sports. 2016年4月29日閲覧。
  27. ^ ゴードン声明「間違い犯した」禁止薬物で出場停止”. 日刊スポーツ (2016年4月29日). 2016年4月30日閲覧。
  28. ^ After honoring Jose Fernandez, Dee Gordon hits home run” (英語). USAトゥデイ (2016年9月27日). 2016年11月19日閲覧。
  29. ^ a b Top 50 Prospects: No. 36 - Dee Gordon, SS, LAD - Video . MLB.com(英語). 2011年7月2日閲覧
  30. ^ Weisman, Jon(2011-01-10). Dee Gordon: How close is he?. ESPN Los Angeles(英語). 2011年7月2日閲覧

関連項目編集

外部リンク編集