デキムス・ユニウス・ブルトゥス (紀元前77年の執政官)

デキムス・ユニウス・ブルトゥスラテン語: Decimus Iunius Brutus)は、共和政ローマ期の政治家である。

デキムス・ユニウス・ブルトゥス
D. Junius D. f. M. n. Brutus
出生 不明
死没 不明
出身階級 プレブス
氏族 ユニウス氏族
官職 法務官紀元前80年?)
執政官紀元前77年
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ブルトゥスの父は紀元前138年執政官を務めたデキムス・ユニウス・ブルトゥス・カッライクスである。ブルトゥスが最初に史実に名が挙がるのは、ルキウス・アップレイウス・サトゥルニヌス護民官であった紀元前100年である。その後、紀元前77年にマメルクス・アエミリウス・レピドゥス・リウィアヌスと共に執政官へ選出された。ブルトゥスはルキウス・セルギウス・カティリナ一派による国家転覆未遂事件が発覚した紀元前63年まで生存していたことがわかっているが、以降の消息ははっきりしない。

なお、ブルトゥスの息子はデキムス・ユニウス・ブルトゥス・アルビヌスであり、ガイウス・ユリウス・カエサルの部下として活躍し、カエサル暗殺に関与したことで知られている。

関連項目編集

公職
先代:
マルクス・アエミリウス・レピドゥス
クィントゥス・ルタティウス・カトゥルス
執政官
同僚:マメルクス・アエミリウス・レピドゥス・リウィアヌス
紀元前77年
次代:
グナエウス・オクタウィウス
ガイウス・スクリボニウス・クリオ