デニス・プシーリン

ドネツク人民共和国の政治家 (1981-)

デニス・ウラジミロビッチ・プシーリンロシア語: Дени́с Влади́мирович Пуши́лин 発音 [dʲɪˈnʲis vlɐˈdʲimʲɪrəvʲɪtɕ pʊˈʂɨlʲɪn]ウクライナ語: Дени́с Володи́мирович Пуши́лін1981年5月9日[2] – )は、ウクライナドネツク地方出身の政治家である。現在、ロシア連邦ドネツク人民共和国首長代行。自称独立国家時代のドネツク人民共和国の首長も務めた。

デニス・プシーリン
Дени́с Влади́мирович Пуши́лин
Denis Pushilin (cropped, 2022-02-21).jpg
プシーリン(2022年)
ドネツク人民共和国首長
代行
就任
2022年10月4日
首相ヴィタリー・ホツェンコウクライナ語版英語版
ドネツク人民共和国首長
任期
2018年11月20日 – 2022年10月4日
代行: 2018年9月7日 – 2018年11月20日
首相彼自身 (代行)
アレクサンドル・アナンチェンコウクライナ語版英語版
ヴィタリー・ホツェンコウクライナ語版英語版
前任者アレクサンドル・ザハルチェンコ
ドミトリー・トラペズニコフウクライナ語版ロシア語版英語版 (代行)
ドネツク人民共和国首相
代行
任期
2018年9月7日 – 2018年10月18日
前任者ドミトリー・トラペズニコフ (代行)
後任者アレクサンドル・アナンチェンコ
ドネツク人民共和国人民評議会議長
任期
2015年9月4日 – 2018年9月14日
前任者アンドレイ・プルギンウクライナ語版英語版
後任者オリガ・マケエヴァウクライナ語版英語版
ドネツク人民共和国人民評議会副議長
任期
2014年11月14日 – 2015年9月4日
ミンスクでの三者接触グループ交渉における人民民主共和国常駐代表
任期
2014年11月9日 – 2018年9月12日
前任者役職創設
後任者ナタリア・ニコノロヴァロシア語版英語版
ドネツク人民共和国人民評議会議長
任期
2014年5月15日 – 2014年7月18日
前任者役職創設
後任者ウラジミール・マコビッチウクライナ語版英語版 (代行)
個人情報
生誕 (1981-05-09) 1981年5月9日(41歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の旗 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国 マキイフカ[1]
政党MMM (2011–2013)
ドネツク共和国 (2014–現在)
統一ロシア (2021–現在)
配偶者エレナ・プシーリナ
子供3
署名
公式サイトhttps://denis-pushilin.ru/

2018年8月31日に当時のDPR首長アレクサンドル・ザハルチェンコが暗殺されたため、DPRの人民評議会議長であったプシーリンが9月7日より首長代行に任ぜられ[3][4][5]、同年11月の選挙で当選し正式に首長に就任した[6]

若年期編集

1981年5月9日、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の鉱業都市マキイフカに生まれた[7][2]。両親はマキイフカ冶金工場の労働者であった[2]。幼少期から青年期をマキイフカで過ごし[8]、1998年に第1マキイフカ・リケウム(中等教育と専門教育を組み合わせた学校)を卒業した。

プシーリンは1999年から2000年にかけて、ウクライナ国家親衛隊のクリミア半島特別任務大隊に所属した[2]。除隊後、2000年代になってからはドンバス国立土木建築アカデミー英語版で企業経済学を学んだが[2]、卒業はしなかった。2002年から2006年にかけて、貿易企業で働いた[2]

MMMへの関与編集

1989年にセルゲイ・マブロジ英語版によって設立されたロシアの企業MMM英語版は、1990年代にポンジ・スキームと呼ばれる出資金詐欺を行うようになり問題となった[9]。1994年にこの企業は事業停止に追い込まれた[9][10]

2011年、マブロジは新たなポンジ・スキーム商法「МММグローバルロシア語版英語版」を始めた。プシーリンは2011年から2013年まで、この新詐欺商法のウクライナにおけるリーダーの一人として活躍した[11][12]。プシーリンはMMMグローバルがピラミッドスキーム(無限連鎖講)であることを公に認め、同社との関わりを喧伝した[13][14][15]

2012年、マブロジを党首とする政党MMMが結成された[16]МММは「ウクライナ語: Ми Маємо Мету」(我らの目標は一つ)の頭字語であると解釈される。

政治活動編集

2012年、プシーリンは新党МММに加わった[11]

2013年12月15日に実施された2012年ウクライナ最高議会選挙の再選挙において、キーウ州の単純多数決選挙区94番から出馬したプシーリンは、わずか0.08%の得票率にとどまり落選した[17][18]。プシーリンの(わずか1ページの)選挙プログラムには、ウクライナの現在の国境線の変更を望む声明は含まれていなかった[1]。また、この際の選挙活動ではロシア人やロシア語話者の保護を訴えるような活動は特段みられなかった[17]。のちにこの出馬に関して「実験のようなものだった。ヴィクトル・ヤヌコーヴィチには反対の立場で、平和的な方法で彼を排除したかった」と語っている[19]

ドネツク人民共和国編集

2014年2月以降、クリミアドネツィク州ルハンシク州の行政庁舎が親ロシア派の武装勢力によって占拠される事件が相次いで発生した。

ドネツィクでは4月7日に州政府の庁舎が占拠され、同日デモ隊らがドネツク人民共和国(DPR)の建国を宣言した[20]。プシーリンは親ロシア派からも「名前を聞いたことがない」と言われるほど無名の存在であったが、この混乱の際に指導者として頭角を現した[17]

占拠勢力は5月11日に行われた住民投票でウクライナからの独立が支持されたと発表した[21]

5月13日、プシーリンは「われわれは『ドネツク人民共和国』のロシア連邦への編入を検討するよう、ロシア連邦に要請する」と、ロシアへの併合を求めた[22]

 
ドネツクでの対独戦勝記念パレードで演説するプシーリン。2014年5月9日

2014年5月19日、プシーリンは人民評議会の議長に就任した[23][24]。プシーリンはドネツク人民共和国が独立国家になることは考えておらず、むしろ新たな「ロシア帝国」に加わることを望んでいると述べた[19]

2014年6月7日、側近1名がプシーリンと取り違えられ殺害されたと報じられる[25][26]

2014年6月13日、プシーリンはDPRへの納税を拒否する企業を接収すると発表した[27]

2014年7月18日、プシーリンは人民評議会議長を辞任した[28]。11月に人民評議会議員に選出され、11月14日から副議長を務めた[2]。2015年9月4日、再び評議会の議長に就任した[29]

2018年8月31日、DPR首長アレクサンドル・ザハルチェンコがドネツィクのカフェで爆弾の爆発に巻き込まれ死亡した[4]。9月7日、プシーリンはDPRの首長代行に任命され[5]、同年11月の選挙で当選し正式に首長に就任した[6]

2021年12月6日、プシーリンはロシアの与党「統一ロシア」の党員となった[30]。モスクワで行われた統一ロシアの年次総会において統一ロシア党首で前大統領のドミートリー・メドヴェージェフ自らプシーリンに党員証を手渡した[30]

 
ロシア・ドネツク人民共和国間の友好協力相互支援協定に署名するプシーリン。2022年2月21日

2022年2月19日、プシーリンはルガンスク人民共和国レオニード・パセチニクと共に総動員令を発令した。背景にウクライナ軍との武力衝突が多発しており、戦争への懸念の高まりを受けたと説明している。プシーリンは、ウクライナ軍による攻撃を防いでいるが、今も攻撃が続いていると主張した[31]

2022年2月21日、プシーリンはロシア連邦との友好協力相互支援協定に署名した[32]ルガンスク人民共和国(LPR)とロシアとの協定も同時に締結され、プーチン大統領はDPRとLPRの独立を正式承認する大統領令にも署名した[33]

ウクライナ侵攻編集

2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻は、一時的にロシア軍がウクライナ東部に占領地域を広げた。7月28日、プシーリンはロシア軍に対して「ロシア人が建設したロシアの都市を解放」するよう求めた[34]

2022年3月25日にプシーリンは人道支援センターを視察するため、ロシア軍包囲下のマリウポリを訪れた。このセンターにはパンや水などの食料や日用品、医療支援、野外炊事場などさらには携帯電話を充電するための発電機も民間人に渡している。また、ロシア議会上院第1副議長であるアンドレイ・トゥルチャクとドミトリー・サブリンも同行した[35]

 
プシーリンとバシコルトスタン共和国首長のラディ・カビロフ。2022年3月20日

ウクライナ軍は9月の東部地域での反攻によりロシア軍が占領した地域を奪還し、さらに2014年以降DPRが支配する領域にも迫っており[36]、相次いで砲撃を受け、ミサイル攻撃により破壊された建物も増加している[37]。これに対し、プシーリンは、「破壊されたインフラの再建にロシアからの援助を受けている。建物にしても、部分的な交換ですむのか、完全に撤去して建て直した方が良いのか、個々の物件を専門家に判断してもらうだけでも時間がかかる」「マリウポリアゾフスタリ製鉄所をはじめとする公害により町も海も汚れていた。がん発生率が高いのもその理由による。私とマリウポリ住民との対話では工場再建を希望しない人ばかりだった」と話し、町の再建には多くの時間がかかりつつも公害対策を推進させて町を復興させたい心情を表した[38]。こうした動きの中、9月19日、プシーリンはDPRがロシアに編入するための住民投票を急ぐ意向を示した[39][40][41]。そして2022年9月23~27日にかけて住民投票が実施され、ドネツク州での賛成票は99.23%という非常に高い数字となった[42]。プシーリンは「素晴らしい結果」と評価し、「われわれは偉大な祖国に再統合される。長きにわたってこの結果を待ち望んでいた」と喜びの念を表明した[43]。そして9月30日にロシアがドネツク人民共和国を併合する条約に調印、そして10月4日にプシーリンが首長代行に任命された[44]

10月7日、ウラジーミル・プーチン大統領が70歳の誕生日を迎え、プシーリンは「ドンバス地方の住民にとって、わが国の指導者の名前は、近代史上最も重要な出来事であるロシア復帰と永遠に結び付いている」と祝辞の言葉を述べた[45]

10月18日にプシーリンはウクライナと捕虜交換について合意した。これによりウクライナ人女性108人が解放され、同年2月からウクライナに拘束されていた72人のロシア民間船乗組員がロシアに帰還した[46][47]

脚注編集

  1. ^ a b “[Denis Pushylin: Majority districts Kyiv oblast District №94]” (ウクライナ語). nbnews.com.ua. (2013年). オリジナルの2015年7月6日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150706012925/http://nbnews.com.ua/ru/kyiv-2013/candidat/4875/ 2015年9月11日閲覧。 
  2. ^ a b c d e f g Пушилин, Денис Владимирович”. ТАСС. 2022年9月21日閲覧。
  3. ^ 「DPR」の「暫定首長」はプシーリンに:露メディア” (日本語). ウクルインフォルム. 2022年9月23日閲覧。
  4. ^ a b “Pro-Russian rebel leader killed in eastern Ukraine blast”. The Washington Post. (2018年8月31日). https://www.washingtonpost.com/world/europe/pro-russian-rebel-leader-killed-in-eastern-ukraine-blast/2018/08/31/12a18336-ad37-11e8-b1da-ff7faa680710_story.html 
  5. ^ a b Парламент ДНР сменил исполняющего обязанности главы республики” (ロシア語). Meduza (2018年9月7日). 2022年9月21日閲覧。
  6. ^ a b Pushilin sworn in as DPR head”. Interfax (2018年11月20日). 2022年9月23日閲覧。
  7. ^ Биография Дениса Пушилина”. РИА Новости. 2014年9月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年9月27日閲覧。
  8. ^ МММ ВОЛОНТЕР: Автобиография. Пушилин Денис. (Округ 94 г Обухов и Обуховский район, г. Васильков и Васильковский район)”. МММ ВОЛОНТЕР (понедельник, 25 ноября 2013 г.). 2022年10月14日閲覧。
  9. ^ a b Sergei Mavrodi, 90s Ponzi scheme mastermind, dies in Moscow hospital”. TASS (2018年3月26日). 2022年9月23日閲覧。
  10. ^ “Firm Offers Public Huge Returns, But Government Calls it Illegal”. Christian Science Monitor. (1994年7月28日). ISSN 0882-7729. https://www.csmonitor.com/1994/0728/28091.html 2022年9月23日閲覧。 
  11. ^ a b Пушилин Денис Владимирович | Компромат та Біографія. Новини, фото і публікації” (ウクライナ語). www.facenews.ua (2014年5月29日). 2022年9月23日閲覧。
  12. ^ Новый лидер донецких сепаратистов оказался функционером МММ”. Зеркало недели | Дзеркало тижня | Mirror Weekly (2014年4月6日). 2022年9月23日閲覧。
  13. ^ МММ ВОЛОНТЕР: Ответы на вопросы избирателей”. МММ ВОЛОНТЕР (2013年11月12日). 2022年9月23日閲覧。
  14. ^ Глава уряду самопроголошеної Донецької народної республіки: “Зараз мені ніколи займатися МММ”” (ウクライナ語). Українська правда (2014年4月15日). 2022年9月21日閲覧。
  15. ^ Почему Пушилин покинул ряды сепаратистов на Украине?” (ロシア語). BBC News Русская служба (2014年7月22日). 2022年9月21日閲覧。
  16. ^ Krainova, Natalya (2012年9月17日). “MMM Founder Mavrodi Creates Political Party” (英語). The Moscow Times. 2022年9月23日閲覧。
  17. ^ a b c Stephanie Höppner (2014年4月20日). “Unknown takes separatist spotlight in Ukraine”. Deutsche Welle. 2015年9月11日閲覧。
  18. ^ Мажоритарні округи Київська область Округ №94”. web.archive.org. Независимое Бюро Новостей (2014年7月4日). 2014年7月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月21日閲覧。
  19. ^ a b "We want to join a Russian Empire:" Discussion with the Leader of the Donetsk People's Republic”. Center on Global Interests. 2014年8月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月15日閲覧。
  20. ^ ウクライナ東部でデモ拡大 親ロ派が「共和国」宣言” (日本語). テレ朝news. テレビ朝日 (2014年4月8日). 2022年9月23日閲覧。
  21. ^ ウクライナ東部の親露派、ロシア編入を要請” (日本語). AFP (2014年5月13日). 2022年9月23日閲覧。
  22. ^ ウクライナ東部の親露派、ロシア編入を要請” (日本語). www.afpbb.com. 2022年10月18日閲覧。
  23. ^ Новая жизнь. ДНР формирует власть, собирает армию и открывает границы” (ロシア語). korrespondent.net (2014年5月16日). 2022年9月23日閲覧。
  24. ^ Денис Пушилин избран спикером Верховного совета «Донецкой народной республики»” (ロシア語). Коммерсантъ (2014年5月15日). 2022年9月23日閲覧。
  25. ^ “В Донецке совершено покушение на председателя "Верховного совета ДНР" Пушилина, его помощник убит [Assassination attempt in Donetsk on the chairman of the "Supreme Council of the DPR" Pushilin, his assistant killed]” (ロシア語). RBK Ukraine. (2014年6月7日). http://www.rbc.ua/rus/news/v-donetske-soversheno-pokushenie-na-predsedatelya-verhovnogo-07062014161000 
  26. ^ Dmitry Tymchuk (2014年6月14日). “Dmitry Tymchuk's military blog: No end to Kremlin cynicism”. Kyiv Post. http://www.kyivpost.com/opinion/op-ed/dmitry-tymchuks-military-blog-no-end-to-kremlin-cynicism-351844.html 2015年9月11日閲覧。 
  27. ^ “Pushilin: Donetsk enterprises refusing to pay taxes to budget of Donetsk People's Republic will be nationalized”. Kyiv Post. Interfax. (2014年6月14日). http://www.kyivpost.com/content/ukraine/pushilin-donetsk-enterprises-refusing-to-pay-taxes-to-budget-of-donetsk-peoples-republic-will-be-nationalized-351852.html 2015年9月11日閲覧。 
  28. ^ “Денис Пушилин ушел в отставку”. Газета.Ru. (2014年7月18日). http://www.gazeta.ru/politics/news/2014/07/18/n_6322453.shtml 2014年7月18日閲覧。 
  29. ^ Пушилин возглавил парламент ДНР” (ロシア語). Interfax.ru. 2015年11月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月23日閲覧。
  30. ^ a b Bennetts, Marc (2021年12月6日). “Ukraine conflict: Putin invites separatist leaders into his party” (英語). The Times. ISSN 0140-0460. https://www.thetimes.co.uk/article/ukraine-conflict-putin-invites-separatist-leaders-into-his-party-5wstpsw3h 2022年9月23日閲覧。 
  31. ^ 親ロ派指導者、「総動員令」発動 ウクライナ東部” (日本語). www.afpbb.com. 2022年11月5日閲覧。
  32. ^ DPR head signs law ratifying treaty on friendship, cooperation with Russia”. TASS (2022年2月22日). 2022年9月23日閲覧。
  33. ^ Signing of documents recognising Donetsk and Lugansk People’s Republics” (英語). President of Russia. 2022年9月23日閲覧。
  34. ^ ロシアはウクライナ全土の征服を 親ロ派指導者” (日本語). AFP. 2022年9月23日閲覧。
  35. ^ 親ロ派指導者、マリウポリ入り 「人道支援センター」視察” (日本語). www.afpbb.com. 2022年11月5日閲覧。
  36. ^ ウクライナ軍東進、大統領「占領者パニック」 ドンバスで反攻へ」『Reuters』、2022年9月19日。2022年9月23日閲覧。
  37. ^ 日本人が見た「ドネツク人民共和国」 ロシア併合を目指す親露派首長の肉声、故郷の再建を望む青年の苦悩” (日本語). デイリー新潮. 2022年10月16日閲覧。
  38. ^ 日本人が見た「ドネツク人民共和国」 ロシア併合を目指す親露派首長の肉声、故郷の再建を望む青年の苦悩” (日本語). デイリー新潮. 2022年10月16日閲覧。
  39. ^ “Donbas separatist leader urges referendum on joining Russia” (英語). Reuters. (2022年9月19日). https://www.reuters.com/world/europe/donbas-separatist-leader-urges-referendum-joining-russia-2022-09-19/ 2022年9月23日閲覧。 
  40. ^ ロシア、ウクライナ占領地域の併合目指す 住民投票実施へ” (日本語). WSJ Japan (2022年9月21日). 2022年9月23日閲覧。
  41. ^ 日本人が見た「ドネツク人民共和国」 ロシア併合を目指す親露派首長の肉声、故郷の再建を望む青年の苦悩” (日本語). デイリー新潮. 2022年10月16日閲覧。
  42. ^ ウクライナの親ロシア派が「勝利」宣言 4州の編入賛成9割前後” (日本語). www.afpbb.com. 2022年11月5日閲覧。
  43. ^ ウクライナの親ロシア派が「勝利」宣言 4州の編入賛成9割前後” (日本語). www.afpbb.com. 2022年11月5日閲覧。
  44. ^ Указ об исполняющем обязанности главы Донецкой Народной Республики”. ロシア大統領府 (2022年10月4日). 2022年10月13日閲覧。
  45. ^ 「プーチン氏あってのロシア」70歳誕生日に祝辞続々” (日本語). www.afpbb.com. 2022年10月18日閲覧。
  46. ^ ウクライナ女性108人解放 ロシアとの捕虜交換” (日本語). www.afpbb.com. 2022年10月18日閲覧。
  47. ^ 動画:ウクライナ女性108人解放 ロシアとの捕虜交換” (日本語). www.afpbb.com. 2022年12月25日閲覧。

外部リンク編集

公職
先代
創設 
  ドネツク人民共和国 首長代行(ロシア連邦内)
2022年10月4日 -
次代
(現職)
先代
ドミトリー・トラペズニコフウクライナ語版ロシア語版英語版
代行
  ドネツク人民共和国 首長
2018年11月20日までは代行
2018年9月7日 - 2022年10月4日
次代
創設
先代
ドミトリー・トラペズニコフウクライナ語版ロシア語版英語版
代行
  ドネツク人民共和国 首相代行
2018年9月7日 – 2018年10月18日
次代
アレクサンドル・アナンチェンコウクライナ語版英語版