トウヒ属
トウヒ属(唐檜属、英語: spruce(スプルース)、学名:Picea)は、マツ科トウヒ属の常緑針葉樹の総称。
トウヒ属 | |||||||||||||||||||||
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エゾマツ Picea jezoensis(2006年7月撮影)
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分類 | |||||||||||||||||||||
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学名 | |||||||||||||||||||||
Picea Link | |||||||||||||||||||||
英名 | |||||||||||||||||||||
spruce | |||||||||||||||||||||
種 | |||||||||||||||||||||
本文参照 |
特徴編集
いわゆる「クリスマスツリー」型の典型的な針葉樹である。
樹高は生育環境によって大幅に異なるが、条件の良い場所ではかなりの巨木になる場合がある。北米太平洋岸には樹高95メートルのシトカトウヒがあり、世界最高の巨木の1つである。
和名に「〜バラモミ」、「〜ハリモミ」と付くものが散見されることからも伺えるように、樹形や葉の付き方はモミ属とよく似る。しかし樹皮は茶色で鱗状に割け、葉の先端が尖る、枝に「葉沈」と呼ばれる突起があってそこから葉がのびている点がモミ属と異なっている。葉の断面は横に扁平(トウヒ節)の種類と菱形(バラモミ節とオモリカトウヒ節)な種類がある。
また、モミ類では球果(松ぼっくり)が枝の上に直立して生じるのに対して枝から下に垂れ下がること、丸っこい種子鱗片の下から針状にとがった包鱗片が顔を見せるが、トウヒ属では包鱗片はごく小さくて外から見えないこと、種子の散布後にモミ属では鱗片が脱落するがトウヒ属では残ることなどが大きく異なる。
ツガ属は葉はモミ属に近いが毬果の性質はトウヒ属に近い。ただし毬果は遙かに小さい点で区別できる。トガサワラ属やアブラスギ属はその点ではトウヒ属に近いが包鱗片がよく発達する。
分布編集
北半球の温帯から亜寒帯にかけて広い範囲に30種以上が分布する。分布の北限はシベリア・アラスカ・カナダの北極圏、南限はユーラシアではビルマとヒマラヤ、北米ではメキシコ北部の高山地帯に達する。タイガや中緯度山岳地帯の亜高山帯における重要樹種のひとつである。日本では、北海道と本州中部山岳地帯の山地帯上部から亜高山帯を中心に分布し、一部の種は九州の山地まで分布する。
分類編集
系統分類編集
トウヒ属は5つの系統に分かれる[1][2]。基底的な系統はいずれも北米産で、トウヒ属が北米起源であることを示唆している。旧大陸に産するのは派生的な Clade IV と Clade V に限られる。
Clade I編集
- Picea breweriana ブリュワートウヒ - 北米クラマス山脈。絶滅危惧。
Clade II編集
- Picea sitchensis シトカトウヒ - 北米太平洋岸の重要樹種。高さ95メートルに達するものもあるトウヒ属最大の樹種。
Clade III編集
- Picea engelmannii エンゲルマントウヒ - 北米西部山岳地帯の重要樹種。カナダ・米国のロッキー山脈からメキシコ北部のシエラマドレ山脈まで分布。
- Picea glauca カナダトウヒ(シロトウヒ)- 北米北部の重要樹種。アラスカ・カナダ・米国本土の北部まで分布。
Clade IV編集
- Picea brachytyla サージャントトウヒ - 中国南西部
- Picea chihuahuana チワワトウヒ - メキシコ北西部の西シェラマドレ山脈の海抜2,300 - 3,200メートルに分布。きわめてまれ。
- Picea farreri ビルマトウヒ - ビルマ北東部と中国南西部の山岳
- Picea likiangensis リキアントウヒ - 中国南西部
- Picea martinezii マルチネストウヒ - メキシコ北東部。まれ。絶滅危惧。
- Picea maximowiczii ヒメバラモミ - 日本
- Picea morrisonicola ニイタカトウヒ - 台湾の高山に分布
- Picea neoveitchii ベイッチトウヒ - 中国北西部。まれ。絶滅危惧。
- Picea orientalis コーカサストウヒ - カフカスとトルコ北東部
- Picea purpurea ムラサキトウヒ - 中国西部
- Picea schrenkiana スチェレンストウヒ - 中央アジアの天山山脈・カザフスタン・キルギスタンなどに分布
- Picea smithiana モリンダトウヒ - アフガニスタン北東部からネパールにかけてのヒマラヤ西部、海抜2,400 - 3,600メートルに分布
- Picea spinulosa シッキムトウヒ - ヒマラヤ東部のシッキム・ブータンの海抜2,400 - 3,700メートルに分布
- Picea torano syn. Picea polita バラモミ - 日本
- Picea wilsonii ウィルソントウヒ - 中国西部
Clade V編集
- Picea abies オウシュウトウヒ(ドイツトウヒ)- ヨーロッパ森林の主要樹種
- Picea alcocquiana syn. Picea bicolor マツハダ - 日本中部山岳
- Picea alpestris アルプストウヒ - ヨーロッパアルプス。まれ。ドイツトウヒの変種とされる場合もある。
- Picea asperata ドラゴントウヒ - 中国西部の青海省・甘粛省・陝西省・四川省などに分布
- Picea crassifolia - 中国
- Picea glehnii アカエゾマツ - 日本北部とサハリン
- Picea jezoensis エゾマツ(トウヒ) - アジア北東部・カムチャッカ・日本
- Picea koraiensis チョウセンハリモミ - 朝鮮と中国東北・ウスリーに分布。日本のヤツガタケトウヒと極めて近縁とされる。
- Picea koyamae ヤツガタケトウヒ - 日本
- Picea mariana クロトウヒ(マリアナトウヒ)- 北米北部、アラスカ・カナダ・米国本土北部まで分布。
- Picea meyeri マイヤートウヒ(白杄) 中国北部、内モンゴルと甘粛省
- Picea obovata シベリアトウヒ - スカンジナビア北部とシベリア。ドイツトウヒの変種とされる場合もある。
- Picea omorika オモリカトウヒ - セルビア。絶滅危惧。重要な園芸種。
- Picea pungens コロラドトウヒ - 北米ロッキー山脈に分布。重要な園芸種
- Picea retroflexa - 中国
- Picea rubens アカトウヒ - 北米北東部の主要樹種
旧分類編集
球果と葉に基づく分類である。
オモリカトウヒ節編集
球果は大きく、表面は鱗状、葉の断面はやや平ら
- Clade I
- Clade IV の一部
- Clade V の一部
- Picea alcocquiana syn. Picea bicolor マツハダ
- Picea glehnii アカエゾマツ
- Picea mariana クロトウヒ(マリアナトウヒ)
- Picea omorika オモリカトウヒ
- Picea rubens アカトウヒ
- ?
- Picea balfouriana バルファートウヒ - 中国西部
トウヒ節編集
球果は小さく表面は鱗状、葉の断面は扁平。エゾマツ以外はすべて北米産
- Clade II
- Clade III
- Clade V の一部
バラモミ節編集
球果は大きく表面はなめらか。葉はとがり、断面は四角。
- Clade IV の一部
- Clade V の一部
日本産種編集
日本には以下の7種と1変種または6種と2変種(ヤツガタケトウヒとヒメマツハダは同一種内の変種と扱われる場合がある)が分布する。エゾマツとアカエゾマツ以外は日本の特産種である。
木材編集
スプルース、北洋エゾマツ、ホワイトウッドなどの名称で、シベリアや北米、北欧などから大量に輸入され、建築用材や土木用材として使用され、程度の良いものは弦楽器の表面板や家具などにも使われる。なお、弦楽器の表面板の材料としてしばしば表記される「ドイツ松」は、ドイツトウヒまたはその他のトウヒ属の材のことである。
利用される種編集
エンゲルマントウヒ Picea engelmannii、シトカトウヒ Picea sitchensis、カナダトウヒ Picea glauca など、主に北米やカナダで産出されるトウヒ類がよく利用される。日本ではこれらを総称して、ベイトウヒ(米唐桧)、ホクヨウエゾマツ(北洋蝦夷松)、アラスカヒノキ(アラスカ檜)と呼ぶ。トウヒ属はマツ科であってヒノキ科ではないが、1964年東京オリンピック直前の建築需要急増の際に、ヒノキの代替木材として輸入され、見た目がヒノキに似ていたため、材木業界でこの呼び名が普及した。
用途編集
建築材として使用されるのが一般的であるが、良質なものはピアノ、ギター、ヴァイオリンなどの楽器、家具、木製の競漕用ボートの船殻、まな板などに用いられる。見た目がカヤに似ているので、将棋盤や碁盤に使用されるが、カヤに比べるとかなり柔らかく、耐用年数は低いとされる。
ツーバイフォー住宅の構造材には、いずれも針葉樹であるスプルース (S) とパイン (P) 、ファー (F) からなるSPF材が利用される。
材木はクリーム色から薄黄色である。
フィエンメ渓谷産編集
北イタリアのフィエンメ渓谷産スプルース (ABETE ROSSO) はヴァイオリン、チェロといった弦楽器の表板やピアノの響板として利用される。
フィエンメ渓谷産はコミュニティーメンバーのみに伐採を許されており、楽器用としてはCiresa社が取り扱っている[3]。
脚注編集
- ^ Ran, J.-H.; Wei, X.-X.; Wang, X.-Q. (2006), “Molecular phylogeny and biogeography of Picea (Pinaceae): Implications for phylogeographical studies using cytoplasmic haplotypes”, Mol Phylogenet Evol. 41 (2): 405–419
- ^ Sigurgeirsson, A.; Szmidt, A. E. (1993), “Phylogenetic and biogeographic implications of chloroplast DNA variation in Picea”, Nordic Journal of Botany 13 (3): 233–246
- ^ Opere Sonore(オペレ・ソノーレ)のブログ