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トップス広島(トップスひろしま)は、広島県において異なるスポーツ団体が連携し地域密着に取り組むため結成された組織の通称。正式名称は、特定非営利活動法人広島トップスポーツクラブネットワーク

広島トップスポーツクラブネットワーク
Hiroshima Top Sport Club Network
略称 トップス広島 (TOPS Hiroshima)
国籍 日本の旗 日本
格付 NPO法人
専門分野 教育系(スポーツ振興、子どもの健全育成)
まちづくり系
設立日 2000年4月
代表者 理事長 松田 眞二(JT中国支社 副支社長 リレーション推進担当)
活動地域 広島県
主な事業 子どもたちへのスポーツ教室、地域活性化事業
郵便番号 734-0007
事務所 広島市南区皆実町二丁目8番42号猫田記念体育館1F事務所内
予算 約500万円(2018年度)[1]
会費 1口5万円(賛助会員)[1]
主な協力組織 広島県スポーツ推進課、広島市スポーツ振興課等
関係する組織 日本トップリーグ連携機構
外部リンク http://www.tops-h.net/
特記事項 当初任意団体として設立、2004年2月にNPO法人化。事務局はJTサンダーズバレー事務局内に同居。
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日本初の異競技連携組織である[1][2]

概要編集

参加団体は8競技9団体。参加団体の各ユニフォームの袖に「トップス広島ロゴ」が入っている[注 1]

広島県を本拠地とするチームが、「すべての広島の人々が、すべての広島のスポーツを応援する」(オール広島・オールスポーツ)のスローガンのもと、「Jリーグ百年構想」の掲げる地域密着型総合スポーツクラブ作りの実現へ向けた相互交流を実施し、スポーツを見る・する・支える全ての人たちの共感を与えようという趣旨の元に結成された。将来的にはさらに他の競技団体にも参加を呼びかける方針である。

具体的な活動内容は下記参照。財源は、参加チームの分担金や1口5万円で賛助金、主催するスポーツ指導・普及事業の参加料[1]、支援自販機など。

他地域に先駆けて地域密着を具体化した一例ではあるが、一般人への認知度は2009年現在で県内でも低く、活動費の確保などまだまだ問題が残っている。一方で、この活動により他競技選手間で横の繋がりができたのも事実である[1]

参加編集

チーム編集

現在
チーム 競技・性別 リーグ 母体企業(セミプロ・アマ) 加入年
サンフレッチェ広島  サッカー男子 Jリーグ マツダ=東洋工業サッカー部→マツダSC
エディオン
2000年
JTサンダーズ  バレーボール男子 Vリーグ 日本たばこ産業
ワクナガレオリック  ハンドボール男子 JHL 湧永製薬
イズミメイプルレッズ  ハンドボール女子 JHL イズミ
広島ガスバドミントン部  バドミントン女子 日本リーグ 広島ガス 2001年
NTT西日本広島ソフトテニスクラブ  ソフトテニス男子 日本リーグ NTT西日本広島[注 2] 2004年
中国電力陸上競技部  陸上競技男子 - 中国電力 2005年
コカ・コーラレッドスパークス  ホッケー女子 日本リーグ コカ・コーラボトラーズジャパン 2007年
広島東洋カープ  野球男子 セ・リーグ マツダ 2009年
過去

条件編集

  1. トップス広島の趣旨に賛同し加盟意思を示すこと
  2. 広島県内に拠点を置いていること
  3. 全国規模のリーグ戦(またはそれに準ずるクラス)に参加していること
  4. 所属する会社・競技連盟などの了解を得ていること

沿革編集

1993年にサッカーJリーグは社会現象になるほど華々しく開幕したが、1995年以降Jリーグバブルが弾け観客動員に減少傾向が見られるようになった。これに危機感を抱き、更なる企業スポーツからの脱却と地域社会への貢献を目指し、1996年にJリーグ百年構想を発表[4]。時を同じくして、サッカー以外のスポーツにもバブル崩壊の影響から企業スポーツの撤退・廃部・休部が続出していた。

その状況に危機感を持ち1999年12月、サッカー(Jリーグ)・ハンドボール(JHL)・バスケットボール(JBL)・バレーボール(JVL)の4競技における国内リーグ代表者らが異競技チーム連携に向けて集まり、現状打開のテストケースとして広島[注 3]に提案した[2][5]

2000年4月、任意団体として正式に結成。当初は、Jリーグのサンフレッチェ広島VプレミアリーグJTサンダーズ日本ハンドボールリーグ男子の湧永製薬男子ハンドボール部および女子のイズミ女子ハンドボール部、W1リーグ広島銀行ブルーフレイムズ、の4競技5団体で結成した。翌2001年、バドミントン日本リーグ広島ガスバドミントン部が加入した。

創設の理念とは相反して、2002年にはイズミおよび広銀が廃部の危機にさらされる。結果広銀は廃部となり初の脱退となってしまう。しかし、イズミは広島メイプルレッズとしてクラブチーム化し存続することとなった。

2003年、活動を拡大に伴い今後の維持と発展を目指し、totoの収益配分や行政の援助などを受けやすくするため、NPO法人申請を行い、2004年2月9日に認証された[6][7]

同年にはソフトテニス日本リーグNTT西日本広島ソフトテニスクラブ、翌2005年陸上競技中国電力陸上競技部、2007年にはホッケー日本リーグのコカ・コーラウエストレッドスパークス(現:コカ・コーラレッドスパークス)が加盟した。

2007年当時はスポーツ教室の開催以上の展開は見られず、一般への知名度が低いままであった[8]。状況を打開するべく、2008年度から各チームの実務担当者が定期的に集合し広報会議を開いたり、月刊広報紙を新刊している[1]

2009年にはこれまでプロ野球組織・選手による現役高校生・大学生への指導に制限のある日本学生野球憲章との兼ね合いから参加を見合わせていたプロ野球セントラル・リーグ広島東洋カープが加入[注 4]。また同年には10周年を迎え、猫田記念体育館にて祝賀会を行った[1]

2010年12月、新たな財源確保として、コカ・コーラウエストが展開する売上の一部を活動費にあてる支援型自動販売機設置を採用する。その「トップス広島支援自販機」1号機を広島信用金庫本社前に設置した[11]

2011年3月に発生した東日本大震災を受けて、酒井大祐高萩洋次郎など所属9チームの東北出身の選手を含めた72選手で、災害復興支援の街頭募金活動を行った[12][13]

活動編集

目的編集

公式には下記のとおり

  1. スポーツ情報の収集・発信に関すること
  2. スポーツの普及に関すること
  3. スポーツの競技力向上に関すること
  4. スポーツ環境の向上に関すること
  5. 県民・市民及びクラブの相互の交流に関すること
  6. その他目的達成のために必要なこと

活動例編集

広報活動編集

  • シンボルマークを参加団体ユニフォームへの供出 - 右袖または左袖に広島県の木・県花である紅葉をモチーフとした「トップス広島ロゴ」[注 1]
  • 公式戦に応援横断幕の掲出
  • トップスひろしま応援デー - 公式戦に別競技団体選手が応援する
  • 月刊広報紙の発行
  • 各団体実務担当者による広報会議

スポーツ指導普及事業編集

  • トップス広島スポーツクラブ
  • トップス広島バレーボール学校
  • トップス広島沼田フットボール学校

地域活性化事業・各種イベントへの参加編集

 
ひろしまフラワーフェスティバルの準備中の様子で写真はカープの花車。トップス広島の組はこのカープの組の後ろに入る。
  • 広島スポーツフェスタ
  • スポーツレクリエーションフェスティバル
  • ふれあいマラソン
  • ジュニア育成事業
  • Doスポーツ事業
  • ひろしまフラワーフェスティバル
    • 総合パレードに参加
    • 選手とふれ合えるトップス広島ひろば

理事会編集

協賛会員編集

脚注編集

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脚注
  1. ^ a b ただし日本野球機構及びセントラル・リーグの規定で、ホーム用のヘルメットとユニフォームの左袖・右袖のいずれかにしか掲示できない事に加え既に右袖・ヘルメット共マツダの広告としているため、広島東洋カープは掲示を見合わせている。
  2. ^ 広島支社のスポーツサークル。ここに所属する日本代表選手のみ「個別認定選手」としてNTT西日本本体からサポートされている[3]。2015年女子全員がクラブチーム「どんぐり北広島」に移籍し、男子のみとなる。
  3. ^ それぞれの協会内関係者に広島出身者がいたため、かつそれぞれの国内リーグのトップチームが広島にそろっていたため提案しやすかった[2]
  4. ^ 野球憲章の他にも、当時球団としての直接のスポーツ普及事業に消極的な姿勢をとっていたことから(野球教室などの普及活動は主に外部組織であるOB会が行っていた)[1]、当初カープは参加には消極的であった。一方トップス側は設立当初からカープの加入を熱望していた[2] が具体的に参加オファーを出していない状況だった[9]。そこで加藤喜作の甥である加藤義明・広島県体育協会会長が仲介した形でカープ加入となった[10]。ちなみにカープとサンフレッチェの2チームは2007年から広島交響楽団も加えてP3 HIROSHIMAというプロ3団体共同プロジェクトを発足させている。
出典
  1. ^ a b c d e f g h “地域貢献、道半ば トップス広島が活動10年”. 中国新聞 (中国新聞社). (2009年8月29日). http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/Sp200908290201.html 2014年3月7日閲覧。 
  2. ^ a b c d “アマスポーツNOW 企業 11 異競技連携”. 中国新聞 (中国新聞社). (2000年9月1日). http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/now/611now.html 2014年3月7日閲覧。 
  3. ^ 個別認定選手」”. NTT西日本. 2014年3月7日閲覧。
  4. ^ Jリーグ百年構想と「地域スポーツ」”. 情報誌「岐阜を考える」 (1999年). 2014年3月7日閲覧。
  5. ^ “アマスポーツ 企業 看板チーム相次ぐ休廃部”. 中国新聞 (中国新聞社). (2000年2月4日). http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/now/special/t000204k.html 2014年3月7日閲覧。 
  6. ^ “トップス広島が設立総会”. 中国新聞 (中国新聞社). (2003年10月24日). オリジナルの2003年12月11日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20031211190559/http://www.chugoku-np.co.jp/sports/Sp03102401.html 2014年3月7日閲覧。 
  7. ^ 広島県知事が認証したNPO法人”. 広島県. 2014年3月7日閲覧。
  8. ^ 広島の異競技連携「トップス広島」”. 日本トップリーグ連携機構 (2007年). 2014年3月7日閲覧。
  9. ^ “松田オーナーに直言「双方向」がキーワード”. 中国新聞 (中国新聞社). (2006年1月3日). オリジナルの2006年4月30日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20060430234937/http://www.chugoku-np.co.jp/baseballdome/toku060103.html 2014年3月7日閲覧。 
  10. ^ “カープ、トップス広島に参入 スポーツ振興に協力”. 中国新聞 (中国新聞社). (2008年12月20日). http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/Sp200812200089.html 2014年3月7日閲覧。 
  11. ^ “自販機で広島のスポーツ支援”. 中国新聞 (中国新聞社). (2010年12月18日). オリジナルの2011年1月28日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20110128053518/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201012180015.html 2014年3月7日閲覧。 
  12. ^ “東北地方太平洋沖地震義援金募金活動”. トップス広島. (2011年4月4日). http://www14.ocn.ne.jp/~tops/topic/event/event23.html 2014年3月7日閲覧。 
  13. ^ “トップス広島選手が震災募金”. 中国新聞 (中国新聞社). (2011年4月5日). オリジナルの2011年4月11日時点によるアーカイブ。. https://archive.is/20110411034239/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201104050078.html 2014年3月7日閲覧。 

参考資料編集

関連項目編集

外部リンク編集