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トヨタ・モータースポーツ有限会社 (Toyota Motorsport GmbH) は、トヨタ自動車の完全子会社。略称はTMG。本社所在地はドイツケルン。敷地の広さは30,000㎡で、従業員は日本人を含めた約300名が働いている[1]

トヨタ・モータースポーツ
(旧トヨタ・チーム・ヨーロッパ)
Toyota Motorsport GmbH logo.jpg
国籍 日本の旗 日本
本拠地 ドイツケルン
創設者 オベ・アンダーソン
チーム代表 村田久武
活動期間 1975年 -
カテゴリ WRCF1WECル・マン24h
チームズ
タイトル
WRC 31993,1994,1999
WEC 22014,2018-19
ドライバーズ
タイトル
WRC 41990,1992,1993,1994)
WEC 1(2014)
公式サイト TOYOTA Motorsport GmbH
2018-19年のFIA 世界耐久選手権
エントリー名 トヨタ・ガズー・レーシング
レーサー 7.イギリスの旗 マイク・コンウェイ
日本の旗 小林可夢偉
アルゼンチンの旗 ホセ・マリア・ロペス
8.スイスの旗 セバスチャン・ブエミ
日本の旗 中嶋一貴
スペインの旗 フェルナンド・アロンソ
マシン 7 & 8. トヨタ・TS050 HYBRID
タイヤ ミシュラン
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目次

概要編集

1993年に、それまでトヨタ・チーム・ヨーロッパとしてWRC活動をオペレーションしていたオベ・アンダーソン・モータースポーツGmbHを買収して誕生。それ以降もトヨタの欧州におけるモータースポーツ活動を担い、世界ラリー選手権(WRC)、ル・マン24時間フォーミュラ1(F1)などに参戦した。これまでにWRCとFIA 世界耐久選手権(WEC)でドライバーズ・マニュファクチャラーズ王者を達成し、ル・マン24時間を制覇した実績がある。

2019年現在はTOYOTA GAZOO Racingの名でWECのLMP1クラスにチームとして参戦し、WRCのエンジン開発と風洞実験も担当している。

また世界選手権カテゴリで培った技術や最先端設備を活かして外部企業向けのエンジニアリングサービスを行い、その利益をレース活動資金に回している。

企業理念は“Creating excitement through team spirit and advanced technology”(チーム精神と技術進歩による興奮の創造)[2]

業務内容編集

公式ホームページ[3]では、自動車以外の業種も含む6つの部門による幅広い業務が紹介されている。求人、インターンシップも随時募集されている。

モータースポーツ部門編集

  • レーシングチーム(TOYOTA GAZOO Racing)
TMGのメインであり最も有名な業務。トヨタの欧州におけるレース活動の実働部隊として活動する。WRC、F1等を経て現在はWECのLMP1クラスに参戦。またニュルブルクリンク24時間レースやWRC3などにも参戦することがある。
  • レーシングカーの販売
2012年8月、トヨタ・86をベースにしたプライベーター用耐久マシン「GT86 CS-V3」と、入門用ラリーマシンであるグループR1A規定のトヨタ・ヤリスの販売を開始[4][5]。またVLN(ニュル耐久シリーズ)では2013年以降、このCS-V3を対象とした「GT86カップ」をTMGが独自に設定し、優勝者に賞金を出している[6]。CS-V3は2016年にモデルチェンジされ、名称も「CSカップ」へと変更された[7]
2015年にはグループR3規定初となる後輪駆動のラリーカー、「GT86 CS-R3」をプライベーターに向けて発売した[8]
また2018年からはCS-V3・CSカップ・CS-R3で参戦できるワンメイクレースの「TOYOTA GAZOO Racingトロフィー」を開催する[9]

シャーシ設計部門編集

レーシングカーなどのシャーシサスペンションなどの設計、数値流体力学(CFD)と計算による空力開発、テスト、解析、油圧システムの開発などを行う。
F1参戦中は機密保持のためトヨタ社内の他部門との交流は少なかったが、F1撤退後は日本の研究開発機関と連携して車台実験などの機能を補完することになった[10]。F1撤退直後のTMGのシミュレーション・計算技術はトヨタ本社のそれを遥かに凌いでおり、当時社長だった木下美明は「作ったことのない人が計算だけに基づいて作ったのに、そこそこ走ります」と述べている[11]
市販車では、2012年にエッセンモーターショーにてレクサス・LSをチューニングしたコンセプトカーの「TMG Sports 650」を発表したものの、市販化には至らなかった[12][13]
2018年にはジュネーブモーターショーで発表されたGRスープラ・レーシングコンセプトの制作を担当した[14]

エンジン設計部門編集

シャーシと同様設計から解析の他、熱摩擦分析、排気ガス分析、潤滑油テストなども含めてエンジンの開発を行う。2014年にF1にエンジンコンストラクターとして参入する計画を進めていたP.U.R.E.は、TMG施設においてV6ターボエンジンを開発する契約を結んだ[15]。2017年からはヤリスWRCのGREエンジンの開発も行う。ただしLMP1マシンのエンジンはTMG製ではなく、日本の東富士研究所の開発によるものである[16]

R&D部門編集

  • ドライビングシミュレータ
F1、LMP1、SUPER GTGP2、市販車など様々なマシンで、現実の各種データと合わせたシミュレーションドライブができる。
  • セブンポストリグ
正確な剛性やプッシュロッドと垂直荷重比の測定、摩擦調査、ダンパートーションバースプリングなどのリアルな動きを測定できる。
  • コンポーネントテストリグ
サスペンションステアリングブレーキエンジンドライブシャフト国際自動車連盟(FIA)のホモロゲ―ションテストなどあらゆる自動車部品や構造体についてのテスト・解析を行うことができる。
  • トランスミッション潤滑油テストシステム
あらゆる路面状況における、トランスミッション内の潤滑油の流れと動きをシミュレーションし測定・解析する。この施設は燃料噴射装置、オイルポンプオイルクーラーなどの実験にも使える。
  • 風洞設備
F1時代の大規模な投資により、TMGの施設内には優れたエアロダイナミクス用の大型風洞設備やCFDコンピュータなどが存在している。フェラーリウィリアムズは自社の風洞以外にTMGの風洞をレンタルして2011年用マシンを開発した[17]。また2014年のケータハム[18]や2014~現在のフォースインディア[19]、2018年現在はマクラーレン[20]トロ・ロッソもTMGの風洞でシャーシを開発しており、F1界では「業界標準」との声もある[21]。ヤリスWRCの一部のパーツの風洞実験もここで行う。

EV部門編集

F1では投入されなかった運動エネルギー回生システム (KERS) の小型バッテリー技術を応用し、電動パワートレインの設計から統合、バッテリー管理、車両制御、エネルギー管理システムなどの個々のコンポーネントに至るまでを行うことができる。これまでにガソリン車のエンジンを電動化するコンバートEV英語版を、外部企業より「e-WOLF」というブランドで市販した他[10][22]、急速EV充電器の販売なども行った。

製造部門編集

自動車に限らず医療建築などの幅広い分野に応用できる素材・技術の研究や、それを生かした製造業にも力を入れている。2017年には化学企業のDSM社と、従来の付加製造技術に加えてエンジニアリングプラスチック超高分子量ポリエチレン繊維などの分野で技術提携を結んだ[23]
  • 付加製造(AM)
2013年からDSM社とともに力を入れてきた分野[24]。8台のステレオリソグラフィーと2台の大型レーザー焼結機を駆使し、3D CADモデルからの迅速かつ精密な製造を行う。TMGスタッフは自動車以外の業種を経験してきている者が揃っており、業種を問わずあらゆる分野の部品を製造可能としている。
  • コンポジット
ケブラーガラスカーボンあるいは複合繊維などの化学素材及び製品の開発・製造を行う。製品は小さな部品から一台の車まで、あらゆる大きさのものが可能。この分野の技術を利用して開発されたハンドサイクルシットスキーで、ドイツのアンドレア・エズカウ選手がパラリンピックの金メダルを獲得した実績がある[25]
  • CNC
5軸フライス盤15台、CNCターニングマシン2台、ターンミルセンター1台を用意し、各項目1ミクロン単位の正確さのCNC(コンピュータ数値制御)システムの開発及び製造を行う。

WRC編集

 
オベ・アンダーソンは自身もWRCドライバーとして優勝を挙げている

1970年代に国際ラリー活動を模索していたトヨタ第七技術部企画部長の難波江延治は、毎戦日本からチームを出すのはコストが大きすぎることや、安易に上層部が撤退を決めてしまわないよう、欧州チームと契約し支援するかたち(セミワークス)で参戦することに決めた[26]。そこでスウェーデン出身のラリードライバー、オベ・アンダーソンのプライベートチームである「アンダーソン・モータースポーツ」の活躍に目をつけ、1972年より資金・技術支援を開始。「チーム・トヨタ・アンダーソン」と名乗り、1973年に開幕したWRC(世界ラリー選手権)に参戦した[27]

しかし翌1974年にオイル・ショックの影響でトヨタはモータースポーツ活動を休止。第七技術部は解散の憂き目に遭い、アンダーソンも最後通告を受けるため日本に招致された。しかし面会直前、欧州でトヨタのラリー活動を推進してきた福井敏雄の必死の説得で社長の豊田英二は翻意し、アンダーソンにトヨタ自工の資材を託し、自販が資金提供するというかたちで参戦を継続することになった。さらにベルギーからドイツ・トヨタのお膝元に工場用地を用意し、より手厚い支援を行った。結果的に、難波江の読みが意外にも早く当たった形になった。

1975年より正式にトヨタの公認を受け、チーム名を「トヨタ・チーム・ヨーロッパ (TTE) 」と名乗る[28]カローラレビンで参戦し、同年の1000湖ラリーでトヨタワークスとしてのWRC初優勝を獲得した(トヨタ車自体の初優勝は1973年アメリカで、プライベーターのウォルター・ボイスが記録)。

1979年、チームの拠点をベルギーブリュッセルからドイツのケルンに移転し、「アンダーソン・モータースポーツGmbH」を設立する。レビンの後はセリカを使用し、年数戦のWRC参戦を続ける。

1983年、トヨタのモータースポーツ活動再開により、本格的にワークス活動を開始する。当時のWRCのグループB規定車両では苦戦したが、サファリラリーでは1984年から3連覇を達成する。1987年グループA規定が導入されると、翌1988年より4輪駆動のセリカGT-Fourを投入する。またこの頃TTEは活動範囲を広げ、MERC(中東ラリー選手権)でモハメド・ビン・スレイヤンを四度のタイトルに導いている[29]。しかし1987年、トヨタが香港-北京ラリーを制した数日後にアイボリーコーストで起きた飛行機墜落事故により、ラリーコーディネーターとして辣腕を振るっていたヘンリー・リドンが事故死。この事故はTTEの体質を大きく変貌させたといわれている。

1990年代に入るとその活動は黄金期を迎える。1990年カルロス・サインツが宿敵ランチアを打ち破り、FIA世界選手権で日本車メーカーとして初めてドライバーズチャンピオンとなった。なおサインツとセリカは同年アジアパシフィックラリー選手権 (APRC) でもドライバーズタイトルを獲得している。

1992年にもサインツがWRCのドライバーズタイトルを獲得。1993年にはユハ・カンクネンのドライバーズタイトルに加え、FIA世界選手権で日本車メーカーとして初のマニュファクチャラーズタイトルを獲得して、さらにWRCでのダブルタイトルも達成。翌1994年もドライバーズ(ディディエ・オリオール)とメイクスの2冠を達成した。王者ランチアの牙城を崩したチームは、TTEの拠点にちなんでケルン・コマンドの異名をとった。

1993年7月にはトヨタがアンダーソン・モータースポーツGmbHを買収し、ここに 「トヨタ・モータースポーツ有限会社 (TMG) 」が誕生した(チーム名はTTEを継続)。

しかし1995年、TTEはシーズン中にリストリクターに関するレギュレーション違反が発覚し、シーズン全ポイントの剥奪、および翌1996年シーズンの1年間参戦禁止という処分を受ける。トヨタ本社ではTMGの存続やアンダーソンの責任問題が議論されたが、1997年もWRC参戦を自粛するかたちで決着した。TTEは2年間の休止期間中に新規定の「ワールドラリーカー」(WRカー)としてカローラWRCを開発した(1997年には非公式でテスト参戦)。また1996年にST205はヨーロッパラリー選手権(ERC)のアルミン・シュバルツに供給され、総合チャンピオンを獲得している。

1998年よりWRCに正式に復活し、1999年には3度目のメイクスタイトルを獲得する。しかし、トヨタがF1への参戦を決定するとその役割に集中するため、同年限りで27年間のWRC活動に終止符を打った。

F1参戦~撤退を経験した後、世界選手権に再度参戦することを夢見たTMGの有志たちが業務時間外に集まって、スーパー2000規定のヤリスの開発を行った。このヤリスはエンジンに3年、シャシーに2年をかけて開発されたが、スーパー2000規定は2013年を持って廃止になることがアナウンスされたため世に出ることは叶わなかった。しかし彼らは諦めず、WRカーの開発も細々と続けていた[30][31]

2015年にトヨタは、2017年からTOYOTA GAZOO Racing WRT(トヨタ・ガズー・レーシング・ワールド・ラリー・チーム)として18年ぶりにWRCへ復帰することを表明。ただしトミ・マキネン・レーシングがフィンランドを拠点にチーム運営を行うため、TMGはヤリスWRCのGREエンジン開発と一部のパーツの風洞実験を担当することとなった[32]マキネンの要求により24時間体制でエンジンを4回も作り直す執念で、2017年は復帰2戦目優勝、2018年には早くもマニュファクチャラーズタイトルを獲得している。

また2017年にはERC王者のルカ・ロセッティとGT86 CS-R3を擁して、ERC3にワークス参戦体制でスポット参戦している。

WEC/ル・マン編集

 
木下美明元社長(2014年)
 
TS050 HYBRIDと共に立つTMGの役員とドライバー(2016年)

1990年代後半TTEはWRC活動のかたわら、ル・マン24時間レース等の耐久レースへ参戦するため、トヨタ・GT-One TS020の開発を行った[33]。1998年と1999年にはル・マン24時間レースに出場し、1999年には土屋圭市/片山右京/鈴木利男の日本人トリオが総合2位(LMGTPクラス優勝)に入ったものの、目標とした総合優勝には届かなかった。

F1撤退後、トヨタは市販ハイブリッド技術の活用を含め新たな活動を模索していた。そして2011年、ル・マン24時間レースに参戦するレベリオン・レーシングに対しエンジン供給を行い[34]、耐久レースへの復帰路線が濃厚になる。なおこのエンジンはフォーミュラ・ニッポンやSUPER GT (GT500) 用のRV8KをLMP1規定にチューニングしたもので、新規開発ではない[10]

2012年、新たにLMP1クラス用のハイブリッドマシンであるTS030 HYBRIDを開発。オレカとジョイントし「トヨタ・レーシング」としてWECに参戦することを表明した[35]。デビュー3戦目となる第5戦サンパウロ6時間レースでは、トヨタとしては1992年以来となる優勝を果たした。

2014年にはLMP1クラスのレギュレーション変更に伴い新型車のTS040 HYBRIDをデビューさせた。ル・マンこそ勝てなかったものの、シリーズではアウディポルシェを破り、日系メーカーとして初めてスポーツカーレースの世界選手権を制覇した。

2016年にトヨタのモータースポーツ事業再編により、チーム名をTOYOTA GAZOO Racingに改めた。ル・マンではサルト・サーキットに特化して開発したTS050 HYBRIDで最終盤まで有利に進めていたが、小林のスピンに加えて残り6分で異常が発生し、3分でストップするというスポーツ史に残る歴史的な悲劇で敗北を喫した。

2017年のル・マンは復帰以来初の3台体制で挑んだが、オペレーションのミスに加えて「偽マーシャル」事件というこれまた類い希な不運により、夜明け前に全車が勝負権を失った。選手権ではポルシェを上回る5勝をあげたものの、ル・マンでの大敗が大きく響いて最終戦前にタイトルを奪われた。

2018年は現役F1王者のフェルナンド・アロンソを加え、トラブルシミュレーションを徹底して万全の準備で2台体制で参戦。ポルシェの撤退によりワークスチームがトヨタのみという状況ではあったが、トヨタの30年越しの悲願であるル・マン制覇を果たした。

F1編集

1999年を持ってトヨタはル・マンとWRCから撤退し、2000年にはトヨタ常務取締役の冨田務がTMG会長、オベ・アンダーソンがTMG社長に就任した[36]。ケルンのファクトリーは140億円を投じて床面積を約3倍(37,000平方メートル)に拡張し[36]、日本のトヨタ東富士研究所と連携してF1マシンの開発を行うことになる。TS020はテストカーTF101が完成するまでの間、エンジンテスト等に利用された。

1年のテスト期間を経て、2002年より「パナソニック・トヨタ・レーシング」としてF1に参戦を開始する。2003年にはジョン・ハウェットがTMG新社長に就任。創始者のアンダーソンは2004年にチーム代表も辞して第一線を退く(2008年に事故死)。2007年には冨田に代わり、山科忠がTMG会長兼チーム代表に就任する。

2009年シーズン終了後、トヨタ本社がリーマン・ショックによる業績不振を理由にF1撤退を発表。8年間のF1活動で3度のポールポジションと13の表彰台を獲得し、コンストラクターズ最高成績は4位(2005年)。潤沢な運営資金と最新鋭の設備を誇りながら優勝は果たせなかった。

F1撤退後、TMGは他チームへの売却やMBOも噂されたが、再びヨーロッパにおけるトヨタのレース活動の拠点として、事業転換を進めることになる[37]。シャシー部門責任者のパスカル・バセロンらは残留したが、スタッフ500名を解雇し、ファクトリーの規模を150名体制に縮小した[38]

F1撤退決定後も、2010年用マシンとして準備していたTF110の開発を継続。2010年にF1参入を目指すステファンGPとの間でマシンの譲渡、人員の移籍、施設の利用などの提携交渉を進めたが、ステファンGPのエントリーが認められず契約は終了した[39]。その後、新規参戦するヒスパニアとの交渉も不調に終わった[40]

2009年に使用したTF109は、2011年からF1のタイヤサプライヤーとなるピレリにテストカーとしてレンタルされた。

ニュルブルクリンク24時間レース編集

2013年から、TMGの開発・販売するGT86 CS-V3がニュルブルクリンク24時間レースのV3クラスに参戦。2013〜2015年までトヨタ・スイス・レーシングがクラス優勝を飾っている。

2018年にはTMG自ら『TMG United』名義でSP3クラスに参戦。マシンは市販車の86で、総合81位・クラス3位で完走した[41]

EVレース編集

2011年にTMGの開発したパワートレインを搭載するマシン「TMG EV P001」が、公道用タイヤでニュルブルクリンクにおいて7分47秒794というラップタイムを記録。それまでのEVの記録であった9分1秒338を1分以上縮めた[42]。また2012年のパイクスピーク・ヒルクライムにはP001を改良したP002[43]を用いて哀川翔の「Team SHOW」が参戦。奴田原文雄がステアリングを握り、EVクラスで優勝(総合6位)を果たし、さらにEVのコースレコードも樹立した[44]

余談編集

  • 旧TTEのファクトリーで制作されたトヨタのWRCマシンには、『K-AM』(K=ケルン、AM=アンダーソン・モータースポーツ)が入っているナンバープレートが装着されており、欧州のラリー愛好家からの人気が高い。またWRCプロジェクト最初期にTMGで作られたヤリスのWRCテストカーにもK-AMで始まるナンバープレートが装着されている[45]
  • ファクトリー内部にはTTE時代から現在に至るまでTMGが製造したレーシングカーとコンセプトカー全てが保管されているが、一般には公開されていない。[46]
  • 2017年ニュルブルクリンク24時間に参戦した日本のGAZOO Racingは、レクサス・RCのあるパーツに不安を抱えていたが、日本人スタッフたちはそれを作り直すのに月単位で時間がかかると見ていた。しかし現場にいた専務の嵯峨宏英がTMGに頼んだところ、たった一晩で対策パーツを開発・製造して届け、日本人スタッフたちに強い衝撃を与えた[47][48]。決勝でもトラブルなくクラス2位で完走を果たした。

脚注編集

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  1. ^ TOYOTA MOTORSPORT GmbH about us
  2. ^ TOYOTA MOTORSPORT GmbH about us vision
  3. ^ TOYOTA MOTORSPORT GmbH
  4. ^ 森脇稔 (2012年8月22日). “トヨタ 86 に入門耐久レーサー、ドイツで発売”. レスポンス. http://response.jp/article/2012/08/22/180047.html 2012年9月17日閲覧。 
  5. ^ TOYOTA MOTORSPORT GmbH TMG LAUNCHES YARIS R1A
  6. ^ http://autoprove.net/2012/12/27276.html AutoProve 【トヨタ】ニュルブルクリンクVLNレースを舞台にトヨタGT86カップがスタート レース仕様の販売も開始
  7. ^ CS-Cup: The Better Package
  8. ^ トヨタ、「86」のラリー仕様車「GT86 CS-R3」の最終スペックを発表!
  9. ^ トヨタ 86、欧州で新たなレース開催へ!レーサーとラリーが同ステージで参戦
  10. ^ a b c 『オートスポーツ 2011年8月4日号』(通号1309) イデア、2011年、pp.31 - 33。
  11. ^ 研究開発を「フィクション」でやりがちな日本車メーカー、「ノンフィクション」にする欧州【連載:世良耕太⑲】
  12. ^ [1]
  13. ^ TMG Unlikely To Build Hotter Toyota And Lexus Road Cars
  14. ^ トヨタ、ジュネーブショーで『GRスープラ・レーシングコンセプト』を発表。市販車の発表はなし
  15. ^ “ピュア、TMGにファクトリーを移転”. ESPN F1. (2012年3月8日). http://ja.espnf1.com/f1/motorsport/story/72391.html 2012年3月16日閲覧。 
  16. ^ TOYOTA GAZOO RACING 2017年WEC車両の解説
  17. ^ “ウィリアムズもトヨタの風洞を利用”. F1-Gate.com. (2011年2月1日). http://f1-gate.com/williams/f1_10574.html 2012年3月16日閲覧。 
  18. ^ ケータハムF1、トヨタの風洞を使用
  19. ^ フォース・インディアがトヨタの風洞に切り替え
  20. ^ マクラーレン、マシンの弱点を風洞で特定できず、トラックで"実験"? - motorsport.com・2018年6月24日
  21. ^ フェラーリなど複数のチームが利用している風洞実験室は、日本の自動車メーカーの施設だった!【F1速報×F1女子~F1メカニズム最前線2018~】 - ニコニコニュース・2018年2月23日
  22. ^ e-WOLF 2012年3月27日閲覧
  23. ^ DSM signs technology partnership agreement with Toyota Motorsport GmbH
  24. ^ DSM joins Toyota Motorsport GmbH to feature Somos capabilities at 2013 Le Mans
  25. ^ トヨタのレースカー技術がソチパラリンピックの金メダルに貢献
  26. ^ [トヨタWRCのすべて 2018年4月15日 三栄書房刊]
  27. ^ ラリープラス 2017年ラリーモンテカルロ速報号 2017年3月12日刊 三栄書房
  28. ^ 『F1 トヨタの挑戦』、p.101。
  29. ^ TOYOTA MOTORSPORT GmbH HERITAGE
  30. ^ 『トヨタWRCのすべて 世界の道に刻まれた栄光と苦闘』三栄書房刊行 2018年4月15日
  31. ^ “トヨタ、WRC復帰へ? ドイツで新エンジンを開発中”. RALLY+.net. (2012年3月26日). http://as-web.jp/rallyplus/news/info.php?no=25149 2012年3月27日閲覧。 
  32. ^ "トヨタWRCチームの主要メンバーが明らかに". RALLYPLUS.NET. (2015年12月4日) 2016年2月3日閲覧。
  33. ^ アンダーソンの説明によると、1996年末にカローラWRCの開発を中止し、ル・マンプロジェクトに取り組むようトヨタ本社から通達されたという。しかし、海外営業の猛反対により、WRC復帰とル・マン参戦を並行して進めることになった(「F1 トヨタの挑戦」、p.108)。
  34. ^ TMG、レベリオンとの提携を発表 トヨタエンジンがル・マンへ - オートスポーツ・2010年12月3日
  35. ^ “トヨタ、2012年のWEC参戦計画を発表” (日本語) (プレスリリース), トヨタ自動車, (2012年1月25日), http://ms.toyota.co.jp/jp/news/other/120125_news.html 2012年3月16日閲覧。 
  36. ^ a b 『F1 トヨタの挑戦』、pp.110-111。
  37. ^ “TMG、今後はヨーロッパにおけるトヨタの活動拠点に F1チームへの売却は無し”. オートスポーツweb. (2009年11月4日). http://www.as-web.jp/news/info.php?c_id=1&no=23201 2012年3月16日閲覧。 
  38. ^ “トヨタ、500名のスタッフを解雇へ”. ESPN F1. (2009年12月6日). http://ja.espnf1.com/f1/motorsport/story/4616.html 2012年3月16日閲覧。 
  39. ^ “ステファンGP、トヨタとの提携終了を正式発表”. F1-Gate.com. (2010年3月22日). http://f1-gate.com/stefangp/f1_6901.html 2012年3月16日閲覧。 
  40. ^ “トヨタ、ヒスパニア・レーシングとの提携を打ち切り”. F1-Gate.com. (2010年11月16日). http://f1-gate.com/toyota/f1_10023.html 2012年3月16日閲覧。 
  41. ^ Official Result Race by class46. ADAC Zurich 24h-Rennen
  42. ^ 【トヨタ】トヨタモータースポーツ社(TMG)が製作したEVがニュルで7分47秒794を記録
  43. ^ TMG@ポール・リカール マシン紹介編”. TEAM SHOW (2012年5月31日). 2012年9月17日閲覧。
  44. ^ “「パイクスピーク」で、トヨタのEVレースカーに乗る奴田原文雄選手が、EVクラス優勝!”. autoblog 日本語版. (2012年8月14日). http://jp.autoblog.com/2012/08/13/2012-pikes-peak-hill-climb/ 2012年9月17日閲覧。 
  45. ^ TMGからERC参戦のロセッティ「ナンバーK-AMのトヨタからWRCへの夢が始まった」
  46. ^ Toyota’s incredible motorsport secret stash
  47. ^ DAY1-3 Yaris WRCエンジン開発秘話
  48. ^ 「TGR ニュルブルクリンク24時間耐久レースでの経験がトヨタ自動車に新たな風を吹き込む」 脇阪寿一の走らなアカン! 2017年6月7日

参考資料編集

  • 赤井邦彦 『F1 トヨタの挑戦』 文藝春秋、2003年、ISBN 4163595201
  • 「徹底解剖 パナソニック・トヨタ・レーシング」『レーシング・オン 2005年8月号』 イデア、2005年
  • 大阪オートメッセ Day1-3 Yaris WRCエンジン開発秘話

関連項目編集

外部リンク編集