トロツコ

日本の小説作品

トロツコ』(新仮名: トロッコ)は、芥川龍之介短編小説掌編小説)。『大観』(実業之日本社1922年大正11年)3月号に発表された。幼い少年が大人の世界を垣間見る体験を綴った物語で、一部の中学校教科書などにも採用されている。

トロツコ
作者 芥川龍之介
日本の旗 日本
言語 日本語
ジャンル 短編小説掌編小説
発表形態 雑誌掲載
初出情報
初出 『大観』1922年3月号
刊本情報
収録 『春服』
出版元 春陽堂
出版年月日 1923年5月
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2009年、本作をモチーフにした映画『トロッコ』が公開された。

あらすじ編集

小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まった。8歳の良平が、その工事現場で使う土砂運搬用のトロッコに非常に興味をもっていた。ある日、トロッコを運搬している土工と一緒に、トロッコを押すことになった。良平は最初は有頂天だが、だんだん帰りが不安になった。途中で土工に、遅くなったから帰るようにいわれて、良平は一人暗い坂道を「命さえ助かれば」と思いながら駆け抜けた。家に着いたとたん、良平は泣き出してしまう。

この時の体験を、大人になり東京に出てきた良平が回想している。塵労に疲れた良平の前には、全然何の理由も無いのに、そのときの薄暗い坂の路が一筋断続しているのであった。

解説編集

瀧井孝作によると、本作は、湯河原出身のジャーナリスト(雑誌記者)力石平三が、幼年時代に熱海軽便鉄道人車鉄道から軽便鉄道への切り替えを行っている工事を見物したときの回想を記した手記を、芥川が潤色したものである。力石は当時、金星堂の校正係をつとめており、「百合」や「一塊の土」の題材をも芥川に提供したという。

吉田精一は、事実に基づく話であるが故に、最後の数行はフィクションや落ちではない、作品のテーマが描かれているといい、暮れかかる線路を一心不乱に走り続けた幼時の記憶が、そのまま雑誌の校正という、末の見込みさえ覚束ない仕事の中によみがっていると評している。文章は簡潔であり、とりわけ、工夫の無造作な最後の一言を聞くことによる主人公の心理の変転が見事であり、まさかこういうことはないだろうという主人公のひとり合点が、深みにはまってゆき、気がついた時には引き返せないものになっているという実人生の象徴が現れていると述べている[1]

三島由紀夫は、芥川の作の中で、日本独特の作文的な短篇であり、「トロッコといふ物象にまつはる記憶を描いて、それを徐々に人生の象徴へもつてゆき、最後に現在の心境に假託させる」という型の作として、もっとも佳良なものの一つであるとして評価している。芥川龍之介は私小説の現実性に捕らわれず、それを一つの型として意識的に採択した作家であり、ジャンルとしての一つの型を意識せずには作品の質をあげることができなかった作家であったと述べ、この作品の長所として、途中でトロッコがなにを象徴しているのか見通しがついてしまうにも関わらず、そのトロッコの行方についてどこまでも不可測な感じがつきまとっており、遠くまで行った後で、突き放されて無理矢理帰らされるところに、作者の計算があり、志賀直哉の短篇とは異なる人工性がある、と評している[2]

三好行雄は、主人公と芥川の距離がないことをあげ、少年のせつなさは芥川の追憶でもあり、芥川も息を切らして駆けており、終章で遠い思い出に二重写しされた娑婆の苦労の哀感は、芥川自身の肉声を聞くような感傷を受けると述べており、のちに芥川の描く保吉物の先蹤であり、それよりもはるかに優れていると述べている[3]

脚注編集

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  1. ^ 吉田精一「解説」(芥川龍之介著『蜘蛛の糸・杜子春』)(新潮文庫、1968年)
  2. ^ 三島由紀夫「解説」(芥川龍之介著『南京の基督』)(角川文庫、1956年)
  3. ^ 三好行雄「解説」(芥川龍之介著『トロッコ・一塊の土』)(角川ソフィア文庫、1958年)

外部リンク編集