トール・グスタフ・テオドール・マン(Tor Gustaf Teodor Mann, 1894年2月25日ストックホルム - 1974年3月29日ストックホルム[1][2]は、スウェーデン指揮者[3]、音楽教師。

トール・マン
Tor Mann
トール・マン(右)とルネ・ラーソン(左)
基本情報
出生名 トール・グスタフ・テオドール・マン
Tor Gustaf Teodor Mann
生誕 1894年2月25日
出身地 スウェーデンの旗 スウェーデン ストックホルム
死没 (1972-03-29) 1972年3月29日(78歳没)
 スウェーデン ストックホルム
ジャンル クラシック音楽
職業 指揮者
音楽教師
チェリスト
担当楽器 チェロ

経歴

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1894年、ストックホルム生まれ。6歳で地元の音楽院に入学し、アントン・アンデルセンとカール・リンデの各氏にチェロ、コンラート・ノルドクヴィスト、イェオリ・シュネーヴォイクトとオラロ・モラレスの各氏に室内楽、エルンスト・エルベルクに音楽理論を学んだ。在学中の1915年からストックホルム・フィルハーモニー協会のチェリストとなり、1918年にはスウェーデン王立歌劇場チェロ奏者も兼任した。1919年に同音楽院を卒業。同じ1919年にストックホルムで指揮者としてデビューを果たし、その後ヨーロッパ各地を巡った。1922年にイェーテボリ交響楽団の第二指揮者となり、1925年に首席指揮者に昇格して1939年まで務めた。この間、1924年から翌年にかけてマルメ交響楽団、1930年から1937年までイェーテボリ室内管弦楽団の指揮者を兼任した。イェーテボリ交響楽団の任期を終えた後は、ニルス・グレヴィリウスの後をついでスウェーデン放送管弦楽団(スウェーデン放送交響楽団の前身)の首席指揮者を務め、1959年に演奏活動から手を引いた。

音楽教師としては1939年には母校である音楽院講師となり、1945年に教授に昇格した。1961年に母校を退官後はアルビカの音楽学校で指揮法を教えた。

1974年、ストックホルムにて死去。

脚注

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  1. ^ [1]
  2. ^ [2]
  3. ^ Naxos