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人頭有翼牡牛像、ルーヴル美術館

ドゥル・シャルキンは、アッシリアの王サルゴン2世が建設した都市の名前。「サルゴンの砦」の意。現イラク領のコルサバード (アラビア語: خورساباد‎)。

概略編集

紀元前713年からアッシリア王サルゴン2世によって建設がはじめられ、紀元前707年から同王の死までアッシリアの首都とされた。

町全体が7つの城門を持つ周囲約7kmの城壁で囲まれており、更に市の北西部にある行政区を2つの城門を持った城壁が囲んでいた。面積は2.7km2あまり。

同市に作られたサルゴン2世の宮殿は200以上の部屋から構成され、大半が浮き彫り彫刻で装飾を施されていた。その他、ナブー神を祭る神殿が建設された。

センナケリブ王によってアッシリアの首都がニネヴェに移されたため、この町が首都であった期間は極めて短いが、町自体はアッシリアの滅亡まで存続した。

発掘調査編集

1843年フランスボッタによって発見され発掘調査が行われた。その後1852年1855年1927年1935年1957年と、あわせて4回の発掘調査がなされた。 コルサバード出土の楔形文字刻文は、アッシリア語の初期の解読上重要な役割を果たした[1]

2015年3月にイスラム国が遺跡を破壊したと伝えられた。詳細はわかっていない[2][3]


脚注編集

  1. ^ 関根 (1964) pp.126-127
  2. ^ Dominic Evans (2015年3月11日). “Islamic State ransacks Assyrian capital as Iraq appeals for help”. Reuters. http://www.reuters.com/article/2015/03/12/us-mideast-crisis-iraq-destruction-idUSKBN0M726Q20150312 2015年8月16日閲覧。 
  3. ^ Andrew Curry (2015年3月17日). “「イスラム国」が破壊した文化遺産”. National Geographic 日本版. http://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/20150316/439311/ 2015年8月16日閲覧。 

参考文献編集

  • 関根正雄「楔形文字の解読」『古代文字の解読』高津春繁; 関根正雄、岩波書店、99-149頁。