ドナウの水の精』(どなうのみずのせい、ドイツ語: Donaunixe)は、ヨーゼフ・バイヤーが作曲したバレエ音楽。ほとんどがヨハン・シュトラウス2世の楽曲で構成されている(全体の77%)。

作曲の経緯 編集

1892年5月7日から10月9日まで、ウィーンプラーターにおいて「国際音楽演劇博覧会」が開催された[1]。この博覧会は、前年に開催されたモーツァルト没後100年記念音楽祭に鼓舞されたパウリーネ・フォン・メッテルニヒ侯爵夫人が企画したものである[1]

メッテルニヒ侯爵夫人は、博覧会の呼び物のひとつとして『ドナウの水の精』と題したバレエ作品を計画し、ヨハン・シュトラウス2世に作曲を依頼した。すでに博覧会のための新作ワルツ『もろびと手をとり』を侯爵夫人から依頼されていたシュトラウス2世は、このさらなる依頼を断った[2]。シュトラウス2世はジムロックに宛てた3月15日付の書簡のなかで次のように語っている。

メッテルニヒ侯爵夫人が博覧会のための1幕もののバレエを書くように迫ってきて、私は困っている。私に供された題材についていえば、第一に、これに私はまったく興味が持てないし、第二に、ほだされて書きなぐるように慌ただしく作曲するつもりもない。私がバレエを書くとすれば、魅力的で詩的な物語に私が心を動かされる以外にはない[2]

シュトラウス2世に断られたメッテルニヒ侯爵夫人のこのバレエ作品を、結局ヨーゼフ・バイヤーが引き受けることとなった。バイヤーは相当な勢いで作曲し、当初の初演予定だった9月よりも大幅に早い、7月13日に初演を迎えるに至った[3]

シュトラウス・モチーフの引用 編集

シュトラウス2世の代わりに引き受けたバイヤーは、全編にシュトラウス2世のメロディーを用いて音楽を構成した。41曲ものシュトラウス音楽のモチーフの引用が確認されており(シュトラウス2世の40曲とシュトラウス1世の『ラデツキー行進曲』)[4]、その比率はバレエ全体の77%にあたる[5]

以下、引用されたシュトラウス2世の楽曲を列挙する。

  • ワルツ『市民の心』(op.295)
  • ワルツ『おとぎ話』(op.312)
  • ワルツ『宣伝ビラ』(op.300)
  • ワルツ『美しく青きドナウ』(op.314)
  • ワルツ『朝の新聞』(op.279)
  • ポルカ『帝都はひとつ、ウィーンはひとつ』(op.291)
  • ポルカ『エピソード』(op.296)
  • ポルカ・マズルカ『遊びごと』(op.310)
  • ポルカ『空気の精』(op.309)
  • ポルカ『サフランの花』(op.302)
  • ポルカ『エレクトロファー』(op.297)
  • ポルカ『狩りの合図』(op.308)
  • ポルカ『とても愉快』(op.301)
  • ポルカ『訴訟』(op.294)
  • ポルカ・マズルカ『蜃気楼』(op.330)
  • ポルカ・シュネル『観光列車』(op.281)
  • ポルカ『子供の遊び』(op.304)
  • ワルツ『ジャーナリスト』(op.321)
  • ワルツ『国王の歌』(op.334)
  • ワルツ『ウィーンのボンボン』(op.307)
  • ワルツ『私を知ってるの』(op.381)
  • ワルツ『南国のバラ』(op.388)
  • 行進曲『ドイツ兵』(op.284)
  • 『ポルカ・マズルカへの招待』(op.277)
  • ワルツ『ウィーンの女たち』(op.423)
  • 行進曲『愉快な戦争』(op.397)
  • 『マタドール行進曲』(op.406)
  • 『ハンカチのカドリーユ』(op.392)
  • 『メトゥザレム・カドリーユ』(op.376)
  • ワルツ『北海の絵』(op.390)
  • ワルツ『市民の歌』(op.306)
  • ワルツ『ミルテの花』(op.395)
  • ワルツ『イラストレーション』(op.331)
  • ポルカ・マズルカ『アンニーナ』(op.415)
  • ワルツ『文芸欄』(op.293)
  • ポルカ・マズルカ『女性への讃歌』(op.315)
  • 『パトロネス・ポルカ』(op.286)
  • ポルカ『よき市民』(op.282)
  • ワルツ『ドナウの乙女』(op.427)

物語 編集

オトン・ブルゴワン男爵が構想を練り、フェリックス・デルマンドイツ語版韻文形式で書き下した[6]。物語は「前景と4つの情景」に区分される[6]

  • 前景「ドナウの帝国(Im Reich des Donaufürsten)」
  • 第1景「フライウンクの市場(Der Markt auf der Freiung)」
  • 第2景「『暗がりの門』の前のグラーシ(Das Glacis vor dem "finstern Thor")」
  • 第3景「ドナウ川の岸辺(Eine Au an der Donau)」
  • 第4景「ヴァルブルク亭での仮面舞踏会(Bal paré masqué im palais Wallburg)」

時は18世紀末のウィーン。「ドナウ水の精」であるIsa(ドナウの王Isoの娘)は、Schwarzenegg伯爵に恋をした。伯爵にはすでに婚約者Heleneがいたが、Isaは父王から24時間だけ休暇をもらい、伯爵の心をつかんで水底の王国に連れて帰るべく奮闘する。

Isaは、花売り娘、上流婦人、漁師の娘などに身を変えながら幾度も伯爵に接近するが、その都度、婚約者の父であるヴァルブルク伯爵に邪魔されてしまう。水の精たちもIsaを応援するが、結局Isaは伯爵令嬢Heleneに勝つことができず、失意のうちに水の国に戻る[6]

出典 編集

  1. ^ a b 若宮 2010, p. 231.
  2. ^ a b 若宮 2010, p. 232.
  3. ^ 若宮 2010, p. 233.
  4. ^ 若宮 2010, p. 236.
  5. ^ 若宮 2010, p. 241.
  6. ^ a b c 若宮 2010, p. 235.

参考文献 編集

  • 若宮由美「ヨーゼフ・バイヤー作曲のバレエ《ドナウの水の精》--ヨハン・シュトラウスとの関連」『埼玉学園大学紀要 人間学部篇』第10号、埼玉学園大学、2010年12月、231-243頁、ISSN 13470515NAID 110008451475