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ドミトリー・パラマルチュク

ドミトリー・パラマルチュク(Dmitri Palamarchuk, 1979年12月17日 - )は、ウクライナ出身の男性フィギュアスケート選手。2002年ソルトレイクシティオリンピックペアウクライナ代表。1998年、1999年世界ジュニア選手権ペアチャンピオン。パートナーはタチアナ・チュバエワユリア・オベルタス、アレクサンドラ・テテンコ。

Pix.gif ドミトリー・パラマルチュク
Dmitri Palamarchuk
Figure skating pictogram.svg
基本情報
代表国:  ウクライナ
生年月日: (1979-12-17) 1979年12月17日(39歳)
出生地: ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の旗 ウクライナ・ソビエト社会主義共和国ドニエプロペトロフスク
身長: 175 cm
元パートナー: タチアナ・チュバエワ
ユリア・オベルタス
アレクサンドラ・テテンコ
元コーチ: Dmitri Shkidchenko
元振付師: Alexander Tumanovski
 
獲得メダル
フィギュアスケート
世界ジュニア選手権
1998 セントジョン ペア
1999 ザグレブ ペア
2000 オーベルストドルフ ペア
ジュニアグランプリファイナル
1997 ローザンヌ ペア
1998 デトロイト ペア

目次

経歴編集

ウクライナのドニプロペトロウシクに生まれ、4歳のころにスケートを始めた。当初はユリア・オベルタスとペアを結成し、1997-1998年シーズンより創設されたばかりのISUジュニアシリーズ(現在のISUジュニアグランプリ)に参戦。JGPファイナルでは初代優勝ペアとなり、世界ジュニアフィギュアスケート選手権を制した。翌1998-1999年シーズンもJGPファイナルと世界ジュニア選手権の2冠を達成する。

1999-2000年シーズンにはシニアクラスのISUグランプリシリーズにも参戦。ISUグランプリシリーズではメダルこそ無かったものの、ネーベルホルン杯では3位と健闘した。3連覇の懸かった世界ジュニアでは、同じウクライナのアリオナ・サフチェンコ&スタニスラフ・モロゾフ組に敗れ2位となる。2度目の出場となった2000年世界選手権ではフリースケーティングのリフトで転倒し棄権。直後にユリア・オベルタスとのペアを解消し、新たにタチアナ・チュバエワとペアを結成。

2001-2002年シーズン、ソルトレイクシティオリンピックに出場したが16位と振るわなかった。翌2002-2003年シーズンをもってチュバエワとのペアも解散する。2005-2006年シーズンにアレクサンドラ・テテンコとペアを組み2006年トリノオリンピックを目指したが、ウクライナ選手権で3位に終わりオリンピック出場は叶わなかった。

主な戦績編集

大会/年 1997-98 1998-99 1999-00 2000-01 2001-02 2002-03 2005-06
オリンピック 16
世界選手権 16
欧州選手権 棄権 6 10
ウクライナ選手権 1 2 3 1 1 3
GPスケートアメリカ 8
GPスケートカナダ 5 9
GPネイションズ杯 6
GPエリック杯 7 9
スケートイスラエル 1
フィンランディア杯 1
ネーベルホルン杯 3 5
世界Jr.選手権 1 1 2 12
JGPファイナル 1 1
JGPサン・ジェルヴェ 1
JGPブラオエン・シュベルター杯 2
JGPウクライナ記念 1

詳細編集

2002-2003 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2003年1月20日-26日 2003年ヨーロッパフィギュアスケート選手権マルメ 10 10 10
2002年11月14日-17日 ISUグランプリシリーズ ラリック杯パリ 10 9 9
2002年10月31日-11月3日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダケベックシティ 7 9 9
2002年10月23日-27日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカスポケーン 8 8 8
2002年10月4日-6日 フィンランディア杯ヘルシンキ 1 2 1

外部リンク編集