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ニューはまなすは、新日本海フェリーが運航していたフェリー

ニューはまなす
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本(1987-2002)
パナマの旗 パナマ(2002-)
所有者 新日本海フェリー(1987-2002)
オリエントフェリー(2002-)
運用者 新日本海フェリー(1987-2002)
オリエントフェリー(2002-)
建造所 石川島播磨重工業相生工場
母港 小樽港
姉妹船 ニューしらゆり
信号符字 HOLS(ゆうとぴあ)
IMO番号 8604266
MMSI番号 355342000(ゆうとぴあ)
改名 ニューはまなす(1987-2002)
ゆうとぴあ(2002-)
経歴
起工 1986年
進水 1986年
竣工 1987年
就航 1987年3月
最後 インドにて解体
要目
総トン数 17,261トン(竣工時)[1]
17,393トン(改造後)[1]
載貨重量 6,473トン
全長 184.5m
型幅 26.5m
深さ 6.7 m
型深さ 14.2m
デッキ数 8層
機関方式 ディーゼル
主機関 2基
推進器 2軸
出力 14,850PS×2
航海速力 22.6ノット
旅客定員 929名
車両搭載数 トラック150台、乗用車103台
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概要編集

フェリーはまなすフェリーしらゆりの代船として、僚船のニューしらゆりとともに石川島播磨重工業相生工場で建造され、1987年3月に新潟小樽航路に就航した[2]

1990年2月には石川島播磨重工業相生工場にてキャビン増設工事を実施、2名定員の特等洋室6室の増設、定員4名の乗員室2室増設、スポーツデッキを船橋甲板後方から1層下のA甲板煙突後部に移すなどの改装を施し定員を12名増の932名、乗員数8名増の66名、総トン数を17,393トンとした[1]

2002年4月、ゆうかりの就航により引退、オリエントフェリーに売却され、ゆうとぴあと改名して、2002年10月より下関青島航路に週2便で就航した。

下関 - 青島航路の貨物は主に中国で生産される衣料品の輸入コンテナで、ピーク時の2006年の輸送量は18,000TEUだった。その後、ベトナムミャンマーへの生産移転により、2014年の輸送量は9,000TEUとなり、半減した。旅客は、2008年は13,500人が利用したが、リーマン・ショック東日本大震災の影響などで減少、2014年は9,200人となった。貨物、旅客の減少により、2015年12月末で航路休止となり、12月24日青島発の便が最終運航となった[3]

本船はその後神田造船所川尻工場で係船ののち、2018年にインドのアランにて解体された。

設備編集

船室編集

従来船と比較して旅客設備が強化されており、その後の新日本海フェリーの新造船の基礎となる設計となった。内装はニューはまなすはモダン、ニューしらゆりはクラシックをテーマにしたものとなっていた。1990年に船室の増設工事を実施、総トン数が増加した。

  • スイートルーム(2名×2室)
  • 特等洋室(2名×8室)
  • 特等和室(3名×2室)
  • 1等洋室(2名×8室、4名×10室、5名×16室)
  • 2等寝台(302名)
  • 2等(396名)
  • ドライバー室(60名)

事故編集

漁船との衝突編集

1997年6月16日、1時20分ごろ、新潟港の西突堤灯台の西方1.8海里で錨泊中、新潟港へ向かっていた漁船眞能丸に衝突された。衝突により本船は左舷中央部外板に亀裂および凹損を生じ、眞能丸は船首部が圧壊した。事故原因は眞能丸の居眠り航行であった[4]

脚注編集

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  1. ^ a b c キャビンを増設した「ニューはまなす」と「フェリーらいらっく」 - 世界の艦船1990年9月号
  2. ^ 新日本海フェリー 会社案内 沿革”. 新日本海フェリー. 2015年10月31日閲覧。
  3. ^ “オリエントフェリー、下関-中国・青島を休止”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2015年11月3日). http://www.nikkei.com/article/DGXLZO93567970S5A101C1LC0000/ 2016年2月14日閲覧。 
  4. ^ 仙台地方海難審判庁 (1999-03-16) (PDF). 平成10年仙審第48号 旅客船ニューはまなす漁船眞能丸衝突事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. http://www.maia.or.jp/pdf/10sd048.pdf 2016年2月14日閲覧。. 

外部リンク編集