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ノワジー=ル=ロワ(Noisy-le-Roi)はフランス北中部のイル=ド=フランス地域圏イヴリーヌコミューンである。

ノワジー=ル=ロワ
Blason ville fr Noisy-le-Roi (Yvelines).svg
Noisy-le-Roi Mairie.JPG
行政
フランスの旗 フランス
地域圏 (Région) イル=ド=フランス地域圏
(département) イヴリーヌ県
(arrondissement) サン=ジェルマン=アン=レー郡
小郡 (canton) サン=ノム=ラ=ブレテシュ小郡
INSEEコード 78455
郵便番号 78590
市長任期 ミシェル・コラン
(1995–2014)
人口動態
人口 8344人
(2006)
人口密度 1537人/km2
住民の呼称 Noiséens
地理
座標 北緯48度50分49秒 東経2度03分39秒 / 北緯48.8469444444度 東経2.06083333333度 / 48.8469444444; 2.06083333333座標: 北緯48度50分49秒 東経2度03分39秒 / 北緯48.8469444444度 東経2.06083333333度 / 48.8469444444; 2.06083333333
標高 平均:133
最低:92
最高:182
面積 5.43km2 (543ha)
ノワジー=ル=ロワの位置(フランス内)
ノワジー=ル=ロワ
ノワジー=ル=ロワ
公式サイト Noisy-le-Roi
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地理編集

ノワジー=ル=ロワの領域はヴェルサイユ平野にある。北はマルリーの森、南はリュ・ド・ガリー川で、標高はおよそ130mである。都市化された区域は面積の約1/4で、残りは南部を占める農地、そして北のマルリーの森の端である。

由来編集

Noisy-le-Roiとは、この地で収穫されたクルミ(noyers)に由来する。

歴史編集

ノワジー=ル=ロワとバリーで発見された火打石は、先史時代の人の定住を証明するものである。この地は長い間イヴリーヌの森で覆われ、ガリア時代にはカルニュート族とパリシイ族の定住地の境界線上にあった。そしておそらく祖先たちはこの平原で狩りをしていた。

ノワジーの村が初めて文献に登場するのは1136年、ポルロワの特許状台帳においてである。13世紀後半、ラ・ヴィルヌーヴ家がノワジー領主となった。14世紀、ノワジーは百年戦争の略奪にあった。まちには要塞があったため、1346年と1431年の2度火災が起きている。1438年の黒死病流行で地方は荒廃し、住民の大半が死亡した。

1526年、ノワジーは高等法院における王の代理人ギヨーム・ポイエに売却された。1545年にポイエが横領の罪で断罪されると、土地は王家のものとなった。より正確にはフランソワ1世の愛妾エタンプ公爵夫人、アンヌの没後はアンリ2世の愛妾ディアーヌ・ド・ポワチエの領地にされた。1568年、ディアーヌはアルベール・ド・ゴンディにノワジーの土地を相続させた。フィレンツェ出身の銀行家一族であるゴンディ家に属したアルベールは、同郷のカトリーヌ・ド・メディシスの信頼が厚く、シャルル9世の最も近い重臣であった。彼はコリニー提督暗殺を王に熱心に説いた1人であった。アルペールはサン=ジェルマンの王宮近くの土地を買収し、ノワジーの城を建てた。

1675年、ノワジー城をルイ14世が購入し、1676年の勅令によってノワジーは王領に組み込まれた。よって、「王のノワジー」と呼ばれるようになった。1680年代、ルイ14世は城と庭園を自分の子供達が利用できるようにした。1684年よりマントノン夫人がノワジーの城を(没落した者も含め)貴族階級の少女の学校とした。

ノワジー=ル=ロワがコミューンとなったのは1789年である。

人口統計編集

1962年 1968年 1975年 1982年 1990年 1999年 2006年
1035 2564 5587 5572 8095 7711 8087

参照元:1962年までEHESS[1], 1968年以降INSEE[2] · [3]

交通編集

  • 道路 - 県道307号線はサン=クルーとモールとを結ぶ主要道である。またコミューン北部をA13が横切る。
  • 鉄道 - サン=ジェルマン=アン=レー=グランド=サンチュール駅とノワジー=ル=ロワ駅の区間を結ぶ、グランド・サンチュール・ウエストの路線が通る

姉妹都市編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ « Des villages de Cassini aux communes d'aujourd'hui », sur site de l'École des hautes études en sciences sociales (consulté le 1er mai 2011)
  2. ^ « Évolution et structure de la population (de 1968 à 2007) », sur Insee (consulté le 1er mai 2011)
  3. ^ « Recensement de la population au 1er janvier 2008 », sur Insee (consulté le 1er mai 2011)

参考文献編集

  • INSEE”. 2009年9月24日閲覧。