ノコギリエイ

ノコギリエイ科の魚の一種

ノコギリエイ(鋸鱏、鋸鱝、英名:Sawfishソーフィッシュ)とは、ノコギリエイ目ノコギリエイ科 Pristidae に属するエイの総称。稀種。最大の特徴は、頭部から長く突き出たノコギリ状の吻である。Pristis はラテン語で、「ノコギリエイ」を意味する。

ノコギリエイ
Pristis pectinata
分類
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
: 軟骨魚綱 Chondrichthyes
: ノコギリエイ目 Rhinopristiformes
: ノコギリエイ科 Pristidae
体(外面)のスケッチ

なお、外見こそよく似ているが、ノコギリザメ(ノコギリザメ目ノコギリザメ科)とは別種である。

生態 編集

 
バハマアトランティス・パラダイス・アイランドにて撮影

頭部にノコギリ状のを持つという際立った特徴を有しており、一目でそれと分かる。ノコギリの歯は皮歯楯鱗)と呼ばれるが大きくなったものである。元来脊椎動物のと魚類の相同器官であり、機能の上からだけでなく由来からもこれを歯ということは、あながち間違いではない。皮歯はノコギリの歯に限らず全身の体表を覆っており、ザラザラしたいわゆるサメ肌を形成する。吻の下側にはロレンチニ瓶と呼ばれる電気受容器が多数存在しており、吻を金属探知機のように振りかざすことにより、砂の中に生息する餌の甲殻類や小魚などの生物を探り当てる。吻は砂を掘り起こすために使われるほか、小魚を叩き殺すのに使われる。捕食の際には吻を振り回し、小魚を気絶させて致命傷を負わせた後、ゆっくりと捕食していく。また、サメなどの捕食者を追い払うのにも使われる。

インド洋から太平洋の熱帯・亜熱帯海域に広く分布し、さらに河川などの淡水域にも生息する。特に、砂泥質の沿岸域や汽水域を好むが、これは淡水・海水の両方に適応できる浸透圧調節能力が備わっているためと考えられる。このように海水と淡水を行き来できる軟骨魚類はノコギリエイのほか、オオメジロザメ Carcharhinus leucasガンジスメジロザメ属 Glyphisに属する数種類、Dasyatis garouaensisなどアカエイ科の数種類が知られている程度であり[1]、さらにサメ類は淡水域で繁殖まではしないのに対してノコギリエイの仲間はニカラグア湖での出産例が報告されていることなど、このグループの中では特異な性質であると言える。

多くのエイ類と同様に、ノコギリエイもまた底生性である。夜行性で、昼間は底にじっとしており、夜間は活発に餌を探す。泥で濁ったような視界の悪い場所に好んで生息するため、野生での観察は極めて難しく、発見されることもまれである。また、自然界における個体数もかなり少なくなっていると考えられている。

体長が非常に大型化し、最大で7メートルに達する種もいる。最も小型のドワーフ・ソーフィッシュでも、3メートル程度に達する。体は縦扁するが、やや厚みがある。体色は茶色がかった灰色や緑色などをしており、あまり目立たない。

25-30年の寿命を持ち、10年で成熟する。卵胎生であり、出産される前の子の吻は母親の体を傷つけないよう、柔らかな膜に包まれている。この膜は出産された後に脱落する。出産周期は2年に1度で、8尾前後の子を出産すると考えられている。

詳細な生態については、野生での観察の難しさゆえまだよく分かっていない。

ノコギリザメとの相違点 編集

ノコギリザメノコギリザメ目ノコギリザメ科に属する魚で、本種とは分類上全く異なる。以下、外見上の相違点を挙げる。

 
ノコギリザメ
  • ノコギリザメの吻には2 本のヒゲが生えているのに対し、本種ではヒゲが見られない。
  • ノコギリザメの吻の歯は大きさがまちまちだが、本種では全てほぼ同じ大きさである。
  • ノコギリザメの吻の歯は抜け落ちても生え替わるが、本種のものは脱落しても生え替わらない。
  • ノコギリザメの鰓は体側面に開いているのに対し、本種では体下面に開く。
  • 胸鰭に関して、ノコギリザメより本種の方が相対的に大きい。
  • ノコギリエイは最大8メートルにも達する巨大な種もいるが、ノコギリザメは小さく、最大でも2メートル位にしかならない。

水族館での飼育 編集

ノコギリエイの多くは大型化し大きな水槽が必要とされ、また生態的にも不明な点が多く人工飼育が難しい種である。また個体数の減少から個体が見つかる事も少なくノコギリエイの殆どの種がワシントン条約の附属書1にランク付けされている為学術研究以外での取り引きが禁止されているので、日本の水族館に新たに個体を入荷されることは滅多にないと思われる。[2]

 
グリーン・ソーフィッシュ

現在、ノコギリエイは全国で4つの水族館施設で飼育されている。 マクセル アクアパーク品川でドワーフ・ソーフィッシュPristis clavataとロングコウム・ソーフィッシュ(グリーン・ソーフィッシュ)Pristis zijsronとラージトゥース・ソーフィッシュPristis pristis、登別マリンパークニクスでラージトゥース・ソーフィッシュPristis pristis、伊勢シーパラダイスでラージトゥース・ソーフィッシュPristis pristisがそれぞれ飼育、また展示されている。

過去には海遊館志摩マリンランドしながわ水族館マリンワールド海の中道で飼育されていて、その殆どがラージトゥース・ソーフィッシュであった[3] [4]京急油壺マリンパークでもかつてロングコウム・ソーフィッシュ(グリーン・ソーフィッシュ)とラージトゥース・ソーフィッシュを複数匹飼育しており、閉館時にアクアパーク品川へ継承された。


マクセルアクアパーク品川は最小種のノコギリエイであるドワーフ・ソーフィッシュを世界で唯一飼育している施設である。ドワーフ・ソーフィッシュはオスとメスのペアが飼育されており同水槽には全長が4m近いロングコウム・ソーフィッシュ(グリーン・ソーフィッシュ)、ラージトゥース・ソーフィッシュも飼育されており、大きさや吻の長さ、形状などから比較的簡単に見分けることが可能である[5]。ロングコウム・ソーフィッシュ(グリーン・ソーフィッシュ)は2020年9月現在は日本唯一の展示となっており3尾とも開館当初の2005年から長期飼育されている[6]

二見シーパラダイス(現:伊勢シーパラダイス)では1987年9月18日にラージトゥース・ソーフィッシュのオスとメスの幼体が搬入されペアでの飼育を開始しそれまで長期飼育が難しかった国内でのノコギリエイの飼育方法を確立した。オスは10年以上前に死亡したがメスは来館30年を超えた現在でも飼育し続けられ国内最長寿とされており、伊勢シーパラダイスでは毎年9月18日に周年イベントを開催している[7]

人との関わり 編集

恐ろしい外見とは裏腹に、積極的に人に危害を加えることはない。ただし、ノコギリ状の吻は非常に危険なので、むやみに刺激したりしないよう注意が必要である。おとなしくても餌を見つけたときなどは攻撃的になることもある。大型のノコギリエイは1m 以上もある巨大な吻をもつので、それだけでも十分危険である。

吻や鰭、肝臓脂肪を採集するため、多くのノコギリエイが乱獲された。肝臓脂肪は医薬品に、鰭はフカヒレのスープの材料に、吻は単なるコレクションや魔除けなどに使われる。また生息地の環境変化もノコギリエイの生存に大きな影響を与えている。以前は太平洋大西洋インド洋地中海などに広く分布していたが、現在、ほとんどの種が数を減らし、あるものは絶滅の危機に瀕しているという。現在、ノコギリエイはほぼ全種がワシントン条約の附属書1にランク付けされており、多くの国で保護の対象となっており商取引は禁じられている。大西洋産のスモールトゥース・ソーフィッシュ Pristis pectinataIUCN国際自然保護連合)のレッドリストに記載されており、(CR、絶滅寸前)に指定されている[8]

分類 編集

ノコギリエイ科 Pristidae には2 属5 種が属する。

Anoxypristis

Pristis

  • Largetooth sawfish ノコギリエイラージトゥース・ソーフィッシュPristis pristis (Linnaeus, 1758)
    • 太平洋東部、カリブ海、大西洋の西部および東部、インド洋、北オーストラリアにかけて広い海域に分布している[9] Pristis microdon がシノニムにされて以降、ノコギリエイという和名は本種のことを指す。地中海で採取された標本もあるが、これは本来の生息域ではなく、迷い込んだ個体と考えられている[10]

これらは、以前は別種とされていたが、2013年に、形態的、遺伝的にPristis pristisと同一種であることが示され、同種のシノニムとして扱われている[9]

  • Smalltooth sawfishスモールトゥース・ソーフィッシュPristis pectinata Latham, 1794
  • Longcomb sawfishロングコウム・ソーフィッシュ / グリーン・ソーフィッシュPristis zijsron Bleeker, 1851
  • Dwarf sawfishドワーフ・ソーフィッシュPristis clavata Garman, 1906
    • Dwarf (ドワーフ)は「小さい」の意。ノコギリエイの中では最も小型の種。オーストラリア産。

日本では狭義の「ノコギリエイ」という和名を永らく山陰沖で採取されAnoxypristis cuspidata として報告された魚に対して与えていた。しかし最近になってこれは実体がなく非常に疑わしいという研究結果が出され、あらためて八重山諸島で採取されたという報告が確実であるPristis microdon に対してノコギリエイという和名(狭義)が与え直されている。一方で最も古くリンネによって記載されたPristis pristis に対してノコギリエイという和名を使用している例もある。単純に種の和名として「ノコギリエイ」とされている場合は、文献の種類や時期によってこの3種を含んでいる可能性がある。ただし、2013年以降、Pristis microdonPristis pristisシノニムとされている[9]

脚注 編集

  1. ^ 谷内透 (1997). サメの自然史. 東京大学出版会. pp. 180-189 
  2. ^ 「日本のノコギリエイ・完全? 版」
  3. ^ [ https://aquarium-mistral.blog.ss-blog.jp/2011-06-11「ノコギリエイ」]
  4. ^ [ https://www.odd.jp/zooaq-nokoei.htm?newwindow=true「日本のノコギリエイ・完全? 版」]
  5. ^ [https://manyamou02.exblog.jp/29765875/「アクアパーク品川「ワンダーチューブ」~世界唯一のノコギリエイ「ドワーフソーフィッシュ」
  6. ^ [ https://kids.rurubu.jp/article/35213/「“裏の顔”が人気!ノコギリエイの展示は3水族館のみ。性格・特徴、世界唯一展示も」]
  7. ^ https://spice.eplus.jp/articles/143962「“日本一長生きのノコギリエイ”の来館30周年イベントを開催――三重・伊勢シーパラダイス」
  8. ^ http://www.iucnredlist.org/details/18175/0
  9. ^ a b c Vicente V. Faria, Matthew T. McDavitt, Patricia Charvet, Tonya R. Wiley, Colin A. Simpfendorfer, Gavin J. P. Naylor (2013). “Species delineation and global population structure of Critically Endangered sawfishes (Pristidae)”. Zoological Journal of the Linnean Society 167 (1): 136–164. doi:10.1111/j.1096-3642.2012.00872.x. 
  10. ^ Nicholas K. Dulvy, Lindsay N. K. Davidson, Peter M. Kyne, Colin A. Simpfendorfer, Lucy R. Harrison, John K. Carlson, Sonja V. Fordham (2014). “Ghosts of the coast: global extinction risk and conservation of sawfishes”. Aquatic Conservation : Marine and Freshwater Ecosysts 26 (1): 134–153. doi:10.1002/aqc.2525. 

関連項目 編集