ノスタルジア

懐かしみ、しみじみと思い馳せる心境を指す語
ノスタルジーから転送)

ノスタルジア: nostalgia)またはノスタルジー: nostalgie)とは、

  • 異郷から故郷を懐かしむこと、またその懐かしさ。同義語に郷愁(きょうしゅう)・望郷(ぼうきょう)など。
  • 過ぎ去った時代を懐かしむこと、またその懐かしさ。同義語に懐古(かいこ)・追憶(ついおく)など。
  • また上記の2つの意味から派生して、懐かしさに伴う儚さ、哀しさ、或いは寂しさ、しみじみ想いを馳せる心境のこと。→エモーショナル(若者言葉の「エモい」と同義)、センチメンタルメランコリックな感情をもたらす。

と定義される。

日本的なノスタルジアが表現された作品の一例。 和田英作『少女新聞を読む』(1897年)
ヨーロッパ的なノスタルジアが表現された作品の一例。 ジャン=バティスト・カミーユ・コロー『Sin Pres de Douai, Rue du Village, Le Martin』(1872年)
ラテン的なノスタルジア(サウダージ)が表現された作品の一例。アルメイダ・ジュニア『Saudade(Longing)』(1899年)

概要編集

人が現在いるところから、時間的に遡って過去の特定の時期、あるいは空間的に離れた場所を想像し、その特定の時間や空間を対象として、「懐かしい」という感情で価値づけることをいう。

通常は、時間的に未来がその対象とされることはなく、また対象のの部分は除外され、都合よくイメージが再構成される場合が多い。過去の事物を肯定し、相対的に現代を否定する「懐古主義(nostalgism)」はこの感情に起因する。なお、本人がその時間や空間を実体験したかどうかは必ずしも問われず、第三者からの情報にもとづいて想起し、さらに自己の創作した想像を加え拡大しこの感情を持つことも可能である。

 
生産終了したことで徐々に見られなくなった、タクシー専用車種『日産・セドリック営業車(Y31型系)』(1987年-2014年)。かつての日常が、時代の変化によりノスタルジアの対象となっていく。

過去や異空間からもたらされた特定のものや人物に即し、これを媒介としてこの感情を持つこともある。たとえば流行(ブーム)から生まれた一連の事物は、一時代を象徴するとともに新たな流行の到来によって現実世界から分離されるため、「懐かしさ」を感じやすい[1]。通常はファッション音楽自動車字体CMなど、デザインや表現に一定の自由を有し、常に変革が求められる物に適用される。建築物は、歳月を感じさせる現象が物理的劣化として如実に顕在化するため、これもまた「懐かしさ」を誘起させる(→廃墟マニア)。

ノスタルジアの精神的な影響としては、ノスタルジアが「心理的なリソース」として心理的なwell-beingや精神的健康にもたらす効果があるという研究結果が発表されている[2][3]。それによればノスタルジアは、自己評価の向上や、心理的脅威への対抗手段として役立ち、また人生の意味を見つけたり、将来を楽観視できる場合があるという。

歴史編集

この言葉は1688年にスイスの医学生、ヨハネス・ホーファー (Johannes Hofer:1669-1752) によって新しくつくられた概念である。2つのギリシャ語(「nostos」:帰郷、および「algos」:心の痛み)を基にして造った合成語で、「故郷へ戻りたいと願うが、二度と目にすることが叶わないかも知れないという恐れを伴う病人の心の痛み」とされた。精神科医となった彼は、「ノスタルジア」という心の病気について、その症例を多く取り扱い、診断した結果を発表した。17世紀末から19世紀末にかけて、この病気には「mal du pays(国の痛み:仏)」、「Heimweh(家の痛み:独)」、「hiraeth(ウェールズ語)」、「mal de corazón(心の痛み:スペイン語)」など、様々な言語で名称が付けられて、医学的な研究の対象とされた。

とくに18世紀から19世紀にかけて、前線の兵士達に蔓延するノスタルジアの現象は重大な精神病理学の研究対象とされ、その原因や病としての症状が分析された。故郷への想いに満ちたこの現象は、しばしば兵士達の間に伝染するが、隊が優勢な時にはそうでもなく、戦況が不利な場合に多く現れる。軍事的な観点からは、生死を前にして勇気を鼓舞せねばならないときに、故郷を想い見る兵士達のノスタルジアは、後ろ向きのネガティブなものとして戦意の喪失と見なされ、排除されねばならない感情とされた。

19世紀末までには、精神医学のカテゴリとしての「ノスタルジア」への関心はほとんど消え失せる。当初の「深刻な医学的疾患」の意味合いはなくなり、一般の日常会話にも「ノスタルジア」という言葉が現れるようになった。今では、通常それほど昔ではない過去の失われた時間や場所を懐かしむ慣用句である。しかし、現代においても「ノスタルジア」が「ホームシック」と同じような意味で扱われたり、未来への展望が明るく勢いの良い時には、過去や故郷を振り返ることについて、しばしばこれを咎めるような論調が現れることもある。

ノスタルジア(ノスタルジー)を想起する理由編集

 
ノスタルジアの代表格とも言える夕焼け。当然の如く、夕焼けそのものに対して「懐かしさ」を感じるのではなく、それに関連した個人的思い出や想像 (マスメディアによる印象操作の影響が多大にある) 、或いは一日の終わりを視覚的に評価できるという意味での論理的思考の容易さによって、夕焼けに対して無機的な事物から有機的な事物へと無意識下での変換がなされ、「懐かしさ」が生まれている。

ノスタルジアの感情は人間の五感(視覚聴覚触覚味覚嗅覚)全てから得ることができる。嗅覚は嗅細胞嗅球を介して大脳辺縁系に接続されているため、記憶や感情を呼び起こしやすいと言われている(プルースト効果)[4]。視覚は既視感(デジャブ)から想起される可能性もある[1]。また前項で述べたように想像や推測によってこの感情が誘起されることもあり得るため、言語・文化の相違が影響することはない。

自伝的記憶によって引き起こされるノスタルジアの感情は、過去のある時期における情報への接触頻度の高さと、接触時期から現在までの長い時間経過が考えられる。過去における事物との頻繁な接触があり、その後全く接触がない長い空白期間、そして現在において過去に接触した事物または類似した事物に再び接触することである。その事物が手がかりになって、強い懐かしさの感情とともに、その当時の個人的思い出や社会的出来事などが連鎖的に思い出され、過去へのタイムスリップが起こると考えられる[1]

想像や推測から得られるノスタルジアの感情は、その一見理解し難い生起機序から「前世の記憶」、「人類共通の記憶」といったオカルト的な要素に結びつけられることがある。しかしながらその多くは自己投影・感情移入の容易さに関連していることは周知の通りである。一般的に想像や推測から得られるノスタルジアの感情は視覚からの情報が主であり、また完全な自然物よりも、人工物とそれに付随する自然物や空間によって想起される。それは事物に関わる人々や空間に対して自己投影・感情移入がしやすいことで、推測によって体験が擬似的に行われるためである。それがあたかも過去に経験したかのような錯覚を生じるのである。所謂人間本位の無機的な事物から有機的[注釈 1]な事物への変換である(メタファーの作用にも関連する[5][6][7])。この過程は無意識下に行われるため、感情を自らコントロールすることは難しい。またその変換は視覚情報から聴覚、嗅覚情報へと拡大するため、空白期間の後に聴覚や嗅覚の情報のみ与えたとしても以前に得た視覚情報と同様の反応を示す。

前述の例として里山の風景が挙げられる。里山を単にとして捉えた場合はあくまで自然物であり人間の存在を感じさせない事物である。山に無機的な印象が生まれるため、ノスタルジアの感情は想起されにくい。しかし山の麓に民家田畑神社といった人工物が存在することで、そこに住む/住んでいたであろう人々に対し自己投影が働く。必然的に山に対しても身近で有機的な印象を受けるため、(そこで実際に生活したことがなくとも)その風景に「懐かしい」という感情が生じるのである。その反応はセミの鳴き声や田畑の匂いといった聴覚、嗅覚情報にまで拡大していく。

 
映画『となりのトトロ』の舞台を再現したパビリオン、『サツキとメイの家』の書斎。至る所に「意図的なアナクロニズム」が施されている[注釈 2]

スタジオ・ジブリ作品では、建物や街並みをその映画舞台以前の古い様式に変更したり(意図的なアナクロニズム)、或いは住む人々の生活様式を詳細に建物や背景に描写する(質感表現)などの工夫がなされており、登場人物の劇的な人間模様も加味されることで観客にノスタルジアを感じさせやすい作品になっている[8]。また『男はつらいよ』シリーズや『ALWAYS 三丁目の夕日』などは、人情という人間本来の情感とそれに付随するように存在している古めかしい人工物(日本らしさを連想させ、かつ生活様式が色濃く現れている古い木造建築群)が観客を感情移入しやすくし、またその要素を現代の無機的な要素と対比させることで、観客に「懐かしさ」を想起させている[9]。また季節の「」は、外出・レジャーの機会が多いことや夏休みお盆休みという大型連休があることも相まって、個人的思い出が形成されやすくなり、自伝的記憶によるノスタルジアが誘起されやすくなる。また他の季節に比べ、草木の色や匂い、昆虫の鳴き声などの視覚、嗅覚、聴覚を刺激する現象が多いことも個人的思い出が形成されやすい一因と考えられる。

ただしいずれの事例も想起には個人差があるため、感情移入の容易さと感情想起の間に完全な相関関係があると断定することはできない。交絡因子も自伝的記憶との交錯(過去に推測によって得たノスタルジア感そのものが、自伝的記憶となっている場合など)やマスメディアによる印象操作の影響など、未知数である。あるいは集合的無意識との関連性も考えられるなど、解明されていない点が多くある。

ノスタルジア(ノスタルジー)を基調とした作品など編集

古今東西を問わず、個人的な郷愁や故郷へのメランコリックな心理や感情の昂ぶりを文学や歌舞音曲などの作品へ昇華させた例も多く、古典の名作にも見られる。

楽曲に関しては、恋人や家族、知人との「懐かしい思い出」、またそれらから派生して「別れ」や「後悔」、「未練」などをテーマにした楽曲がかつての日本では絶大な人気を博していたため、ノスタルジアの表現が1970年代から1980年代における作詞作曲の核となっている一面がある[10]。あるいは昨今の音楽事情においても題材としてノスタルジアは重要な意味を持っており、聴き手にエモーショナル、センチメンタルな感情を想起させることがある[11][12]

作品の制作プロセス・内容は主に以下が挙げられる。一つは、第三者が「ノスタルジア」を想起し、その第三者の感情表現を作品として描出する場合である。この場合、客観的な視点から見ても早期に理解しやすく[13](言語的思考の補助が認められる)、歌曲映画小説にその表現が多く見られる。これらには、単に視聴者の自伝的記憶を対象として、懐古的なイメージを前面に表現した作品も含まれることがある[14]。二つ目は、作品内容に関してはあくまでも事象・音階の羅列に過ぎないが、作品の視聴者に対して「ノスタルジック」な感情を抱かせるような工夫や構成がなされている場合である。これらには、言語的思考の介入が少ないため、主観的な面も大きくなり、一概には判断しづらい要素を持っている。しかし一定数以上の共感が一般視聴者の批評から見られ、またそれらは言語的思考を伴わないため人種や文化の相違も影響していない[15][16]インストゥルメンタルや一部の漫画、映画に見られる(特にスタジオジブリ映画やその関連音楽において顕著に見られる[17])。ただし、当時の流行などがその過去の時点での日常として、”その当時に”制作された作品については、現在の視点から見た場合「ノスタルジア」を感じやすいものであることは事実であるが、上記の作品群には該当しないため混同しないよう注意が必要である(トレンディドラマシティ・ポップなどはその典型例である[18] [19])。

以下は、「郷愁」、「故郷への想い」、「思い出」、「懐かしさ」をテーマとした作品の一例である(選考の基準については上記の文を参考にされたい)。

和歌・俳句・格言編集

  • 「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に 出でし月かも」(阿倍仲麻呂, 『古今集』より, 平安時代初期)
  • 「夕されば 野辺の秋風 身にしみて 鶉なくなり 深草の里」(藤原俊成, 『千載集』より, 平安時代末期)
  • 「駒とめて 袖打ち払ふ 陰もなし 佐野のわたりの 雪の夕暮れ」(藤原定家, 『新古今集』より, 鎌倉時代)
  • 「旧里や 臍の緒に泣く 年の暮」(松尾芭蕉, 1687年)
  • 「われわれが追い出されずにすむ唯一の楽園は思い出である。」(ジャン・パウル, 『見えないロッジ』より, 1793年)
  • 「愛する事を教えてくれたあなた。今度は忘れる事を教えて下さい。」(ジョージ・W・メイヤー, 歌曲のタイトル, 1909年)[注釈 3]
  • 「忘れるにまかせるということが、結局最も美しく思い出すということなんだな。」(川端康成, 『散りぬるを』より, 1933年)
  • 「思い出が悲しいのではない。思い出を美化するから悲しいのだ。」(秋元康, 『失恋おりがみ』より, 2005年)

など

映画編集

など

歌曲(洋楽)編集

など

歌曲(邦楽)編集

など

インストゥルメンタル編集

などが挙げられる。

脚注編集

[脚注の使い方]

参考文献編集

  • 中島義道『明るいニヒリズム』(PHP研究所,2011年)
  • 安井泉『ことばから文化へ-文化がことばの中で息を潜めている』(開拓社, 2010年)

注釈編集

  1. ^ ここでいう「無機的」とは、"自身 (または人類) の介入がない、あるいは人知を超越した超自然"、また「有機的」とは、「因果性 (因縁) をもたせる」、つまり"自身 (または人類) にあたかも直接的な関連性があるかのように空想する"、といった意味で使用している。
  2. ^ 舞台が1950年代から1960年代であるにもかかわらず、大正時代以前を思わせる装飾がなされた家具がみられる
  3. ^ 詩人、アイリス・マードックが自身の著書で引用したことで有名になった

出典編集

  1. ^ a b c 楠見孝・松田憲・杉森絵里子「TVコマーシャルにおける懐かしさ感情の生起要因 」(2007年)
  2. ^ 心理的なwell-beingに対するノスタルジアの機能に関する研究の動向 三宅幹子, 2018年, 岡山大学
  3. ^ 「懐かしい気持ち」がもたらす、意外なメリット 2015年2月17日, ライフハッカー日本版
  4. ^ においと記憶 日本医師会
  5. ^ 田邊敏明,「ドラマを構成するメタファーに関する一研究 : 「冬のソナタ」を例にして」『教育実践総合センター研究紀要』 第21号 2006年 p.79-94(p.80), 山口大学教育学部附属教育実践総合センター, ISSN 1346-8294
  6. ^ 酒谷粋将, 門内輝行,「メタファーによる思考における発散と収束のプロセス」「日本建築学会計画系論文集』 80巻 707号 2015 p.54, 日本建築学会, doi:10.3130/aija.80.53
  7. ^ 一橋大学イノベーション研究センター編『一橋ビジネスレビュー2015Spring62巻4号 デザインエンジニアリング』(東洋経済新報社, 2015) 91頁。
  8. ^ スタジオジブリ『スタジオジブリ・レイアウト展 高畑・宮崎アニメの秘密がわかる。』(スタジオジブリ, 2009)
  9. ^ 寅さんにハマる理由は?初めて見る人必見!『男はつらいよ』入門ガイド”. 和楽. 小学館 (2019年12月26日). 2020年7月2日閲覧。
  10. ^ 別れの曲『贈る言葉』『なごり雪』等の秘話と著名人の思い出”. Yahoo!ニュース. Yahoo! JAPAN (2020年3月27日). 2020年7月2日閲覧。
  11. ^ 歌詞トピックのトレンド変化を探る~2017年と2019年上半期JAPAN HOT 100の歌詞トピックを比較”. billboad JAPAN. 阪神コンテンツリンク (2017年5月14日). 2020年7月2日閲覧。
  12. ^ 音楽における「歌詞」の重要性が低下? メロディとの親和性や語感を重要視”. ORICON MUSIC. オリコン株式会社 (2015年4月24日). 2020年7月2日閲覧。
  13. ^ GAROの「学生街の喫茶店」からはじまったものと受け継いだもの”. WHAT’s IN? tokyo. 株式会社ソニー・ミュージックエンタテインメント (2017年5月14日). 2020年7月1日閲覧。
  14. ^ 本音のエッセイ:長続きする昭和30年代ブーム”. Wendy-Net. 合人社. 2020年7月1日閲覧。
  15. ^ ジブリ人気が根強いフランスで「君の名は。」はどう受け止められたか フランス人編集者・ジャーナリストに聞いてみた”. ねとらぼエンタ. ITmedia (2017年4月22日). 2020年7月1日閲覧。
  16. ^ ポーランド人が描いた「ノスタルジックな横浜」が泣ける”. TRiP EDiTOR. まぐまぐ. 2020年7月1日閲覧。
  17. ^ 仏映画サイトユーザーが選ぶ、ジブリ作品ランキング”. 映画.com. エイガ・ドット・コム (2020年5月5日). 2020年7月1日閲覧。
  18. ^ トレンディドラマ、さとり世代どう見る?”. Lmaga.jp. 京阪神エルマガジン社 (2016年10月4日). 2020年7月2日閲覧。
  19. ^ 【2020年 最新】なぜいまシティポップが注目されているのかを再検証”. ARBAN. ヴィジュアルノーツ (2020年5月22日). 2020年7月2日閲覧。

関連項目編集