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ノヴォロシースクロシア語: Новороссийск ナヴァラスィーイスク)は、ロシア連邦南部の都市で、クラスノダール地方にある黒海沿岸の主要港である。ソビエト連邦の時代に英雄都市の称号を授けられた数少ない都市の一つである。名称は「新ロシアの町」という意味。

ノヴォロシースク

Новороссийск
Novoross-title.PNG
ノヴォロシースクの旗
ノヴォロシースクの紋章
紋章
クラスノダール地方における位置
クラスノダール地方における位置
クラスノダール地方のロシア連邦における位置
クラスノダール地方のロシア連邦における位置
ノヴォロシースクの位置(クラスノダール地方内)
ノヴォロシースク
ノヴォロシースク
クラスノダール地方における位置
北緯44度43分0秒 東経37度45分0秒 / 北緯44.71667度 東経37.75000度 / 44.71667; 37.75000
ロシアの旗 ロシア
地方 クラスノダール地方の旗 クラスノダール地方
建設 1838年
市に昇格 1866年
行政
 • 市長 Игорь Алексеевич Дяченко
面積
 • 合計 81.1km2
標高
10m
人口
2016年
 • 合計 266,977人
 • 密度 3,300/km2
等時帯 UTC+3 (モスクワ時間)
 • 夏時間 なし
郵便番号
353900 - 353925
市外局番 +7 8617
ナンバープレート 23、93、123
ウェブサイト http://admnvrsk.ru/

歴史編集

 
英雄都市ノヴォロシースクに捧げられた2ルーブルコイン

ノヴォロシースクは、黒海艦隊の基地として1838年に建設され、1722年以来その地を支配してきたトルコの要塞Sujuk-QaleすなわちSoğucakに取って代わった。1918年8月26日からデニーキン将軍の白軍の重要拠点となったが、1920年3月27日ピョートル・ヴラーンゲリ将軍の指揮によって白軍はクリミアへ撤収した。1942年には、この町はドイツ軍によって占領されたが、1943年9月16日赤軍によって解放されるまで、ソビエト水兵の小部隊が225日にわたって町の一部を死守した。のちに海軍総司令官となるセルゲイ・ゴルシコフの指揮の下、ソビエト水兵が英雄的な防衛を行い、市の湾入部を保持し続けた。そのためドイツ軍は、補給のために港を使用することができなかった。このことから、ノヴォロシースクは1973年に英雄都市の称号を授与された。

経済編集

ノヴォロシースクは、黒海で最も快適な入り江の一つと評価される、凍ることのないツェメス湾に位置する。ノヴォロシースク港は、アジア、中東、アフリカ、地中海、南アメリカといった地域とのロシアの海上貿易に役立っている。

ノヴォロシースクは、産業都市でもあり、鋼鉄、食品そして金属製品その他の製造業に依存している。この都市には、多くの石灰岩の採石場があり、その結果、重要なセメント工場がノヴォロシースクのセメントバレー地域に存在している。

ノヴォロシースク地方は、ロシアの主要なワイン産地の一つである。近辺のアブラウにあるワイン醸造所では、ロシア国内で有名な、高品質のテーブルワインやスパークリングワインが造られている。

教育編集

ノヴォロシースクは、国立ノヴォロシースク海事大学ノヴォロシースク工科大学の所在地である。

交通編集

ノヴォロシースクは、ロシア、ザカフカース、中央アジアの主だった産業および人口の中心地へと続く、重要な鉄道や道路を有する。

ノヴォロシースク内の公共交通は、バス、トロリーバス、マルシュルートカから構成されている。

姉妹都市編集

外部リンク編集