ノート:吉里吉里2/過去ログ1

作品リストについて編集

初期提案編集

作品リストの削除が行われたため、私が差し戻しました。議論の依頼があったので説明します。作品リストは、長期間において皆の査読に耐えてきたリストであり、記事の理解には不可欠であると判断しております。「吉里吉里」という意味不明な名称も伴い、もし作品リストがなかったら、いったい何をする物なのか、一般人には想像もつきにくいと思われます。

また、私自身、NScripterとどちらを選択しようか迷った際に、それぞれを使用したゲームを見ていくことで違いを知ることができたなど、非常に有用であった記憶があります。あと、多くの作品への内部リンクが貼られており、それも有用であることを後押ししております。逆に、削除された方に聞きたいのですが、どの辺りが有用でないと感じられたのでしょうか?

なお、Wikipediaでは、大規模な改変・削除の前には、あらかじめ議論することを推奨しています。でなければ今回のように、差し戻される結果になりますので、今後は気をつけてください。--アイバー 2010年9月8日 (水) 02:37 (UTC)Reply[返信]

私はあなたの編集に納得しておりません。が、無言で差し戻したりも致しません。
吉里吉里という名称が変わっていたとしても冒頭文を読めばこの項目が何を説明しているかは分かります。作品一覧があったところで、列挙されている作品に使われていることは分かりますがそれだけです。吉里吉里についての理解にはつながりません。それに、そういう記述はそれぞれの項目にすべきではないですか?
もう一つ。節タイトルに著名なとありますが、これはどういった基準で選ばれているのでしょうか?他の編集者が納得のできる基準が示されておらず、編集者の主観で記述されているのは問題です。特別:リンク元/吉里吉里2を見ると80近くの作品からリンクされています。リンクされていないものやWikipediaに記事の無いものを考えると、「吉里吉里が使われている作品はもっととあるんだろうな」というごとが容易に想像できます。それらすべてを記述するには数が多すぎ、選択しようとしても明確な基準が無い。これは除去すべきでしょう。
…と、ここまで書いておきながらちょっと気が変わりました。全記述には多すぎ、明確な選択基準は無い。そこで、『使われている作品についてはこちらを参照。』と書き換えるか、カテゴリ化するのもいいかもしれません。一覧化は防げ、情報も残せますし。--119.228.88.61 2010年9月8日 (水) 15:06 (UTC)Reply[返信]
誤解があるようですが、要約コメントを記入したからといって、ただちに大規模な削除が認められる訳ではありません。要約コメントは、編集内容の記載でしかありません。全削除がおかしいと思う者がいれば、ただちに差し戻されますし、そこで判断が分かれれば議論になるだけです。全削除は、それまでの先人の労力や査読を、全否定する行為ことである事をご理解くださいませ。それゆえに、一人で全てを決めることなく、あらかじめ議論をするなどして、慎重を期すべきではないでしょうか?
あと、全か一かという極端な傾向が見受けられます。明確な選択基準はなくとも、皆の査読により、ある程度の正しい判断は結果として得られるはずです。もし問題があれば、議論で解決することは可能でしょう。もっと議論中心に考えたほうが、よろしいのではないでしょうか?--アイバー 2010年9月8日 (水) 18:22 (UTC)Reply[返信]
Wikipediaは書いたもの勝ちではありませんWikipedia:独自研究は載せないWikipedia:出典を明記するという方針/ガイドラインを御存じないのでしょうか?出典も明確な基準も無い編集者の主観で並べられた一覧は除去されてもしかたがありません。Wikipediaは、記述を書き加える/残そうとする編集者に責任があります。
私が言っているのは『一か全か』ではありません。明確な基準が無いから、どんなタイトルが追加されても除去できず、その上特筆性の無い2ch発のゲームすら列挙されてしまってます。あなたの著名の基準と、私の著名の基準、他の編集者の著名の基準はすべて違います。だから、著名という節タイトルを使っている時点で今のまま残すのは認められません。かといって節名を変えたところで上記の方針/ガイドラインに反したままなのは変わりありません。どうしても例示したいのであれば、解説誌などの出典を示した上で記述してください。--119.228.88.61 2010年9月8日 (水) 20:27 (UTC)Reply[返信]
  コメント 死舞草の削除依頼を提出した経緯から「『著名な』を定義できない限りリストは不要」と個人的には思います。
が、それ以前に質問なのですが、「ゲームエンジンに『吉里吉里2』を使用している」というのは検証可能なのでしょうか? リストに挙げられているいくつかのゲームの公式サイトを見てみましたが、その類の記述は見つからなかったのですが(サイトに無くてもゲームのスタッフロール等に記されている?)。これはNScripterでも同様です。--ラッキースター・キッド ◆Luck.w.AEQ 2010年9月8日 (水) 21:25 (UTC)Reply[返信]
  コメントTemplate:美少女ゲーム系/doc/ゲームエンジン#吉里吉里」にまとめておいてありますが、ライセンス上、吉里吉里であることを隠すような形で配布することはできませんので、現物にあたることができるもの(フリーのゲームで書籍に収録されているような形で現物にあたることが保証されているもの)や、作者ページで使用ゲームエンジンが公開されているもの(あるサークルのものなど)については、検証可能かと思います。1次情報源にあたる際に、左記まとめに書かれている確認行為が解析に抵触するかどうかはなんとも言えませんが。
NScripterは、ライセンス上の制約もなく、独自ライブラリに署名が入っているわけでもなさそうですので、吉里吉里よりはやや困難度が増します。--NISYAN 2010年9月8日 (水) 23:41 (UTC)Reply[返信]
  コメント 商業ゲームはすぐ手元にはほとんどないので、同人ゲームを中心にですが、簡単に調べて出典補完できるものは補完しておきましたので報告しておきます。公式サイトに明示、作者公式ブログに明示、公式サイトに言及あり(使っているといった表現ではなく、使っていること前提で≪ゲーム製作ツール「吉里吉里」のテストも兼ねて≫といった表現)、ゲームに同梱のReadme、ゲームの実行ファイルのプロパティ、ゲームの動作環境設定プログラムのプロパティ、といった感じで、リストに挙げられているゲームの半数は出典補完したつもりです。≪ゲームのスタッフロール等に記されている≫といった、現物にあたる必要のあることが前提の出典でもOKとするのであれば、ゲームの動作環境設定プログラムのプロパティに「TVP(kirikiri) configuration tool」とでも書いてあるものが大半ではないでしょうか(わざわざ消すような手間を掛ける人もそんなにいないでしょう)。それで最低限の検証可能性を満たせると思います。--NISYAN 2010年9月11日 (土) 23:25 (UTC)Reply[返信]

  コメント 別のところに書いたことと同じことを書きますが、「ある事柄に対してその事例を調べたい」という読者に対して、現状のWikipediaはことごとく弱いと感じています。この記事で言えば、「吉里吉里が使われている作品」を調べたいと考える読者に対して、この一覧を除去するのは、そういった情報を求める読者を切り捨てることになるだろうと思います。なお、IPさんがおっしゃっているカテゴリ化には賛成しておきます(同じ提案を別の記事で聞いたことを思い出しました)。検証可能性については個々の記事で担保できればよいと思いますし、著名性についてもその個々のゲーム記事あるいはゲーム作者記事で担保すればよいと思います。著名だが存在しないゲーム記事はいずれ誰かが作るだろうし、著名性を担保できる情報なしに存在するゲーム記事は、いずれ削除されるか著名性担保の出典が加筆されるでしょう。--NISYAN 2010年9月8日 (水) 23:41 (UTC) 補記 --NISYAN 2010年9月8日 (水) 23:59 (UTC)Reply[返信]

話を進めようと思います。私は一覧は不要だと考えていましたが、アイバーさんやNISYANさんが情報の有用性を示されましたので、
  1. この項目では一覧として作品名を並べず、カテゴリで代用する。
  2. 作品を例示する際は、例示されている出典を示す。
これでどうでしょう。情報は残せ、主観も入らず、特筆性の無い項目が並ぶこともなくなります。--119.228.88.61 2010年9月12日 (日) 09:11 (UTC)Reply[返信]
そもそも、ウィキペディアに記事化された作品自体、有用かつ著名であると認められているのでは? それに対する内部リンクを貼ることも、同じく有用だと思いますが…。なお、本システムが使われている作品を示すのは、独自研究には当たりません。これが独自研究なら、作品の制作者・制作会社・放映日を列挙するのも、独自研究になりますよ。これが「プラグイン一覧」とかになると、ゲームの攻略法・裏技に等しいので、独自研究と言われても仕方ないでしょうが…。
また、本システムが使われている事は、リンク先の記事(もしくは作品内のロール等)を見れば容易に確認できるため、出典についても不要と思われます。いまだかつて、リスト内に細かくすべての出典が書かれた記事は見たことがありませんし、そんな事をしていたらwikipediaは成り立ちません。あと、たとえリンクが100作品くらいになったとしても、他の記事では「たかだか100」と言われると思いますが…。なんでそんなに目くじら立てるのか理解不能です。
当面は、赤リンクの記事を削除するだけで十分と思われます。--アイバー 2010年9月12日 (日) 10:36 (UTC)Reply[返信]
アイバーさんは、一覧と例示が違うことはお分かりですよね。私は、この項目では出典を元に数タイトルだけ記述し、Category:2010年のアダルトゲームなどと同じように吉里吉里が使われた作品が並ぶカテゴリを一覧の代わりにしようと提案しているのです。
私が上で求めた出典は、『使われていることを示す出典』ではなく『例示されている出典』です。ここに出典を求めているのは、例示されている/されていない作品の違いから主観を排除するためです。ここに出典が無いと、「なぜAという作品は載っているのにBは載ってないんだ」「私はCという作品が好きだから追加しちゃお」ということが起こってしまいます。吉里吉里の公式サイトを見ると、解説誌が何冊か発行されていることが確認できます。その中にはもしかしたら特定の作品名を挙げて例示している本があるかもしれません。アダルトゲーム雑誌で吉里吉里について特集が組まれ、作品名が例示されている本があるかもしれません。そういう出典を元に記述すれば主観も入らず、Wikipedia:検証可能性にも合致した理想的な記述になります。
あと最後に。議論している最中に編集を強行しないでください。私に対して「あらかじめ議論をしろ」と言っているのですから、御自身もそれをお守りください。--119.228.88.61 2010年9月12日 (日) 13:10 (UTC)Reply[返信]
◆ご提示の案について、一覧のカテゴリ化に積極的賛成、例示に消極的反対の意を表明しておきます。
カテゴリ化する場合、「吉里吉里を使用した作品は多数存在する。{{Main|……}}」のようなそれなりに読者視点で目立つ形でカテゴリへの誘導があるのがよいと思っていますし、そういった誘導があること前提で賛成します。記事の下部に単にカテゴリリンクを設けるだけであれば、反対です。カテゴリ化の利点は、執筆済み記事を対象とする限り、現状の一覧と比較して情報の欠落がないことなどをIPさんが挙げています。他の観点ではメンテナンスの容易さ(個々の記事でカテゴリ付与するだけで良い)が挙げられます。デメリットとしては、カテゴリが構造化された表示を苦手とすることで、今回のケースで言えば、商業作品と同人作品の切り分けをどう考えましょう?といったところでしょうか。私自身は商業作品と同人作品を強く区別しませんが、強く区別したい読者が多いのであれば、カテゴリを2分化するなど、両者をどのように区別して表現するかを、考える必要があると思います。
≪例示に消極的反対≫と書きましたが、カテゴリ化が否定されるなら、一覧を例示に縮小することには反対です。理由は既に上で提示済みですので省略。以下、カテゴリ化される前提での話です。消極的反対のニュアンスは、「例示があるほうがよいという人が多数いるなら積極的に除去しようとは思わないが、積極的に代表となる作品を取り上げる必要を感じない」というものです。分野が大きく変わりますが、声優記事分野では代表作品が何かということでよく議論になります。過去には「Template‐ノート:声優#代表作欄の撤廃」という議論もありましたし、その上の節にもそこに至る経緯が書かれています。そのような揉め事は避けたいと思うところです。他に例を挙げるなら、「1999ChristmasEve」は余談節に書いてあるように、「吉里吉里/KAGではじめるゲーム制作」(ISBN 4-87593-426-2)という、吉里吉里開発者とゲーム作品作者の共著による書籍が出ており、それに左記ゲーム作品の別バージョンが入っているようです。IPさんの提示されている条件はおそらく満たしているでしょう。しかし、同人作品だからという理由だけで(例示の選定の際に)商業作品寄りも低位に置くという人が現れる可能性は充分考えられます。(検証可能性を満たす形の)例示の数が増えてきたから減らそう、選定にあたっては同人を除去しよう、などのように。そういう類の揉め事の火種にしかならないのでは?という観点で、カテゴリ化が成立するなら例示については除去するのがよいのではと思う次第です。--NISYAN 2010年9月12日 (日) 23:10 (UTC)Reply[返信]
現状のリストを削除することには、やはり反対です。集団による査読と編集により、高いレベルでの品質は保たれます。現状においても、すべての作品が列挙されるなどの乱立はなされておりません。単なる一覧では、どれが優れた作品なのかが判別できません。受賞歴・販売数・アニメ化などのメディアミックス…などの条件を設けることで、十分に対応可能でしょう。その上で一覧へのリンクを設けるのは、問題ありません。
あと、こちらは明らかに不要と思われる、記事になっていない有用性のない赤リンクを削除したに過ぎません。いきなり全削除した貴方とは異なります。他人の編集にとやかく言うなら、せめてログインしてから議論参加してはどうでしょうか? ハッキリ言って、気分悪いですし、IPユーザーとの議論は相手をしていて馬鹿馬鹿しいです。ルールはご存じのようなので、おそらくIDはお持ちなのでしょう。非ログインでも一言二言のコメントをするのは結構ですが、相手と対等に、より積極的に議論のやり取りをされるのであれば、ログインしてコメントすべきでしょう。非ログインユーザーは都合が悪くなれば逃げれば済むわけだし、そもそも議決権もなく、公平な議論にはなりえません。あくまで現状は、簡易的に「コメント」しているに過ぎないことを自覚してください。それに納得できなければ、議決権のあるIDでログインしてください。--アイバー 2010年9月13日 (月) 08:28 (UTC)Reply[返信]
私は利用者さんかIPさんかは区別するつもりはありません。IPさんが「IP変わってますが、xxx.xxx.xxx.xxxと同じです」などのような他者配慮がある限り、別段気にはしません(今回は固定のようなのでそういう配慮は不要に思います)。アイバーさんが気にするのは構いませんが、そういったログインの勧めのような話や、一覧除去行為自体の話といった、行動に関する話は、記事のノートではなく会話ページで行っていただけるとありがたいです。
さて、最初に確認ですが、アイバーさんの方向性が判らないのですが、「1.作品を網羅した一覧を作る(厳選された一覧を作らない)」「2.厳選された一覧を作る(網羅した一覧を作らない)」「3.網羅した一覧と厳選した一覧の両方を作る」「4.どちらも作らない」のいずれでしょう?IPさんは3、(意見を明示していないのに名前出して申し訳ありませんが)ラッキースター・キッドさんは4、私は1(3でも許容)という感じです。アイバーさんは4ではないと思えるのですが、1のように見える意見もあれば2のように見える意見もあるので、方向性がはっきりと見えません。そのあたりのスタンスがはっきり見えていると、話をしやすいのですが、お教えいただけますか?
IPさんの提案1(カテゴリ化)は、一覧部分の分割とほとんど同等の話だと思えます。読者視点での違いは、赤リンクが含まれないこと、50音順に自動的に並ぶこと、構造的表現が苦手なので例えば同じメーカーやサークルの作品をまとめることができない、くらいです。もし「1.作品を網羅した一覧を作る」や「3.両方を作る」に賛成の場合、情報量を保ったままで一覧部分を分割することになる、IPさんのカテゴリ化の提案はそれなりに魅力を感じるのではと思うのですが、いかがでしょう。
「2.厳選された一覧を作る」については再度反対しておきます。火種にしかならないのでは?と感じます。
確かに≪集団による査読と編集により、高いレベルでの品質は保たれます≫が、吉里吉里に注目している執筆者が多数のゲーム作品に目を光らせるよりは、個々のゲーム作品に注目している執筆者(もちろんそのゲームには詳しいでしょう)が個々のゲーム作品に目を光らせるほうが、執筆者の負担は少なく済むと考えます。それが≪メンテナンスの容易さ≫にも繋がることだと思います。もちろん、吉里吉里に注目している執筆者がカテゴリに収録されている多数のゲーム作品に目を光らせることを否定するものではありません。カテゴリになったからといって≪集団による査読と編集≫が行えなくなるわけでも困難になるわけでもありません。--NISYAN 2010年9月13日 (月) 20:22 (UTC)Reply[返信]
アイバーさんへ
あなたのおっしゃる「単なる一覧では、どれが優れた作品なのかが判別できません。」というのは、私がこの項目から排除しようとしている記述そのものです。何をもってして優れているのか、何をもってして有名なのか、というのが示されてないのでいろんな人が好き勝手に追加してしまっています。Wikipedia:一覧記事『掲載の基準はわかりやすいか?』『価値観の衝突を招かないか?』というのも参考になります。それに、出典の無い項目はどれだけの期間放置されていたとしても出典の無い信頼できない項目のままです。そんな項目にはあなたの言う査読など何の意味もありません。公式な方針のWikipedia:検証可能性にもこうあります。出典が明示されていない編集は、誰でも取り除くことができます(出典のない記述は除去されても文句は言えません)。
NISYANさんへ
私も例示する必要は無いと思っています。しかし、「作品名を例示するほうが理解しやすい」という人に対して、「無いほうが理解しやすい」と説得できる根拠がありません。だから、出典を付けた上での記述ならば方針上許されるのではないか、と譲歩案として出しています。
今のWikipediaを編集している人の多くが出典を付けずに編集してしまっています。サブカルチャー関係は特に顕著です。現にこの項目にも出典はありません。そんな中で、出典をつけてまで例示しようとする人はそんなに出てこないんじゃないかと思っています。また、きちんと出典を付けて編集するような方針を理解している人は、複数の出典が示された場合、編集合戦など起こさずにノートで例示について新たな議論を始めるんじゃないでしょうか。それと、出典無く例示しようとする人のことも考えましたが、そんな人は例示あり/無しの合意など無視して書き加えちゃうでしょうから今回は考慮に入れていません。--119.228.88.61 2010年9月15日 (水) 10:44 (UTC)Reply[返信]
(コメント)私は、≪作品名を例示するほうが理解しやすい≫という人が多数いらっしゃるのであれば、積極的に例示に反対するつもりはありません。ただ、トラブルが予測される(他分野では実際に発生している)ことが気掛かりなだけです。
あと≪この項目にも出典はありません≫とありますが、吉里吉里を使用している作品の一覧に挙がっていた作品のうち8作品について、個々のゲーム作品記事側に吉里吉里を使用している旨の出典を9月11日に付与してあります。今なら、標準名前空間に対する私の投稿履歴を見ていただくのが判りやすいと思います(要約記入していますのですぐに判るでしょう)。少なくとも現状の「吉里吉里が使用されている作品」という節タイトルに相当する条件を満たす出典にはなっていると思います。こちらの記事に出典を挙げなかったのは、一覧の方向性によって出典の状況が変わる(編集が無駄になる可能性がある)からです。「一覧の分割やカテゴリ化を行わない」「有名などの基準による厳選した例示にはせず、網羅性のある一覧を目指す」ことに決まれば、こちらの記事にも出典補完しておくつもりです。「こちらの記事の中では、厳選した例示を目指す」のであれば、私が出典補完したものは第3者言及ではないものばかりですから、「厳選した例示」に対するものとしては出典足り得ません。……と書いたのは、≪現にこの項目にも出典はありません≫と書かれたのがちょっと悲しかったからです。少なくとも8作品に対しては出典付与されている、ただ編集を保留しているだけ、とお考えいただければと思います。--NISYAN 2010年9月15日 (水) 23:58 (UTC)Reply[返信]
私が言いたかったのは、「この項目が作成されてから6年以上経つが、その間に編集した数十人の内誰一人として出典を伴った編集をしてない。一覧どころか項目全体についてもだ。そんな項目に、わざわざ出典を探してまで例示しようという人が何人も現れるとは思えない」ということです。
NISYANさんのおっしゃるトラブルとは具体的にどの様なことが起こるとお考えなのでしょうか?方針に則った(出典に基づいた)加筆を排除しようとするにはそれなりに合理的な理由が必要です。私は、「積極的に例示すべきとは思わないが、出典に基づいた例示は除去しない」というスタンスです。例示といっても今のような箇条書きではなく、文章中で2~3作品あればいいと思っています。
アイバーさんからの返答が無いことには議論が進みません。あと数日待っても無ければ、コメント依頼に出して他の方の意見を待とうと思います。--119.228.88.61 2010年9月18日 (土) 16:58 (UTC)Reply[返信]
1つ目は本題から外れた話なので、この辺で。
2つ目は
A : 書籍Aに「作品Aなどで使われている」と書かれている。代表的作品として有意な出典だ。
B : 書籍Bには作品Bと書かれているぞ。こちらも追加しておく。
C : おいおい。出典付きだからといって10作品は多過ぎだろ。削るべきだ。
A : 出典ついているものを削るなよ。
C : あくまで例示だ。全作品群は一覧にあるんだから、例示は≪文章中で2~3作品あれば≫充分。
B : 数を減らすなら、作品Aなんて代表作じゃないから、Bを残すべきだ。
A : Bこそ邪道。一般読者でB知っている奴なんか少ないだろ。Aを残すべきだ。
てな話。「Template‐ノート:声優#代表作」に挙がっている声優群の履歴やノートを見れば、それなりにトラブルの例は見つかるかと。代表作であることを示すことができる出典が複数用意でき、その代表作が出典によって異なる可能性があるなら、あり得る話です。この記事においては杞憂でしょうかねえ。杞憂であればいいのですが、という程度のニュアンスなので積極的な反対はしないです。
3つ目は同意です。投稿履歴から考えて、もう数日待つという感じでいいと思います。--NISYAN 2010年9月19日 (日) 00:26 (UTC)Reply[返信]
そんなに出典・出典と声高に叫ぶなら、全ての記事・全ての文章に、出典を付けるのなら納得いきます。本記事だけではなく、ウィキペディア全体への影響を考えれば、全てに出典を付けるのは、馬鹿げています。現実的に考えて、そんなことは不可能ですし、賛同する方は少数でしょう。「この項目が作成されてから6年以上経つが、その間に編集した数十人の内誰一人として出典を伴った編集をしてない。一覧どころか項目全体についてもだ。そんな項目に、わざわざ出典を探してまで例示しようという人が何人も現れるとは思えない」とありますが、逆に言えば何人もの査読に耐えてきた証拠でしょう。本記事の一覧だけを取り上げて、削除だ撤去だという話になるのは、どうにも納得しかねます。あと、勝手に私の意見を、決め付けないでください。とりあえず、私はあくまで反対派ということで、よろしくお願いします。--アイバー 2010年9月19日 (日) 13:49 (UTC)Reply[返信]
意見を誤解していたことについてお詫び申し上げます。
私は、現状の一覧が中途半端なものであると思っています。Wikipediaに存在する、吉里吉里を使用しているゲーム作品を網羅しているようには思えない、さりとて、吉里吉里を代表する作品ばかりが厳選されているとも思えない、という意味です。私のよく知っているところで例を挙げるなら、網羅されているわけではないことの例として『おれなつ2』以降のさく小作品が含まれていないこと、厳選されているわけではないことの例として『おれなつ2』が入っていることを挙げます。後者を補足するなら、最近の名称競合問題で一般にも有名になったものの、それがなければおそらくはその手の趣味の人か、同人分野という限られた範囲でのみ有名なサークルおよび作品と考えますし、吉里吉里を調べにきた読者の大多数から見て「何その作品?知らん」というところだろうと思います。そしてそれは、厳選された作品、読者理解に有用な誘導リンクという形からは遠いと思います。
上に書いたことは単に1例に過ぎませんが、私は現状の一覧の不完全さを「網羅」か「厳選」か、あるいは両方か、何らかの方向で改善するのがよいと考えています。まずはその点、「現状の一覧」「網羅された一覧」「厳選された一覧」(他の方向性があれば提示してください)のうち、「現状の一覧」が一番よいと考えるか、もしそうなら何故他よりも優れていると考えるか、についてお聞かせください。--NISYAN 2010年9月19日 (日) 20:10 (UTC)Reply[返信]
それから、IPさんの提案の1は「一覧部分の分割提案」相当の話だろうと思うのです。分割先が一覧形式ではなくカテゴリ形式になるという違いはありますが。その提案を≪削除だ撤去だ≫とお考えのようですが、左記のように私の認識はそうではありません。少なくともアイバーさんが赤リンクを除去した現状の内容から、作品名を削ることなく分割されることになります。もちろん前記の点(改善の方向性)について、「現状の一覧」が一番よいのだとするなら分割の必要性はないだろうと思うのですが、私は「現状の一覧」が中途半端なもので、「網羅した一覧」に成長させるのがよいと考えていますし、その前段として現状のWikipediaに存在する約80作品へのリンクを付与することも有用と考えますし、まだまだ成長する見込みのある一覧だから分割するほうがよいとも判断しています。アイバーさんのこの意見からは、現状の約80作品にリンクを付与することを有用とお考えのようですし、それであれば(カテゴリ形式か一覧形式かはともかく)「網羅した一覧」に成長させるのがよいという意見と思ったのですが、私の誤読でしょうか?--NISYAN 2010年9月19日 (日) 20:10 (UTC)Reply[返信]
アイバーさんへ
今すぐにすべての項目に出典を付けるのは無理でしょうが、いずれはすべての項目に出典を付けなければなりません。Wikipediaの参加条件として、『基本方針に賛同していただけるなら』とメインページに明記されています。『Wikipedia:検証可能性』や『Wikipedia:独自研究は載せない』もその方針の一つです。これに賛同しない人/できない人はWikipediaを編集してはいけません。繰り返しになりますが、出典の無い項目に査読など何の意味もありません。
嫌だ駄目だ反対だだけではなく、「なぜ反対なのか」「この一覧をどのようにしようと考えているのか」「私の提案と比べてどちらがより百科事典としてふさわしいか」、NISYANさんからの2010年9月19日 (日) 20:10 (UTC)の質問と合わせて答えていただけませんか?--119.228.88.61 2010年9月22日 (水) 16:31 (UTC)Reply[返信]
アイバーさんからの返答がありませんが、答えられないのか答える気がないのか…。Wikipedia:合意形成、特にWikipedia:合意形成#合意に向けた作業を読んでいただけるといいのですが。会話ページで議論の継続をお願いするとともにコメント依頼に出しました。他の方からの意見を待とうと思います。--119.228.88.61 2010年9月29日 (水) 14:48 (UTC)Reply[返信]

  コメントコメント依頼を見て参りました。厳選した一覧というのは編集者個人の価値観に依存した非常に独自研究的なもので問題があると言わざるを得ないでしょう。ソフトウェアの使用作品一覧というのも少々ウィキペディアらしからぬ記事と思いますが、議論を尊重した上で気になる点をば。厳選した一覧では問題があるから網羅した一覧を、という議論の流れは分かりますが、同人作品まで網羅となるとかなりの分量になってしまうのではないでしょうか。商業、同人であろうと使用されている事には変わらず貴賎はない、という風には思うのですが、極論を申せば私が吉里吉里2を使った簡単なゲームを作って発表してもそれは網羅するのであれば使用されている以上一覧に加えねばならない、という理屈になるわけです。膨大かつ把握も難しく、さらにそういった話になってくるとウィキペディアには非常にそぐわない物となってはこないでしょうか?網羅した一覧を作る、という方向性になるのであれば同人は記述から排除するべきではないでしょうか。--はぬまん 2010年9月29日 (水) 16:25 (UTC)Reply[返信]

ノートにコメント依頼がありましたが、とりあえず現在、クリスマス前で仕事が非常に忙しいので、他の方のコメントを見る時間はとてもありません。本来なら返事をする時間も惜しいのですが、対話拒否とか言われたくないので、おそらく最後になるかと思いますがコメントしておきます。
著名団体による制作であったり、コンテスト受賞暦・アニメ化・コンシューマー化・年間ランキングに入るような売り上げ……など主観の入らない出典があり、そのどれか一つでも満たしていれば一覧に加える価値があるでしょうし、そうでなければ一覧から省けばいいだけの話。判断が微妙なものについては、グーグルでの検索結果数などを参考にして比較し、ノートで議論すればよい。けっして、個人の主観の問題ではありません。
ウィキペディアに単独記事があれば、そもそも有用性があると証明されているのだから、当然一覧に掲載する価値があるといえます。ここの一覧に加える価値がないなら、単独記事のほうを削除・統合することを検討すべき。基本的な方向性として、赤リンク作品は削除、もしくは単独記事の作成を促し、単独記事のある作品は一覧に入れればよい。まぁ現状、同人ゲームでなければ数はそう多くないので、全て掲載しても良いでしょう。
数が増えてくれば、ノートでの議論の上で、過去分(10年以上前の作品)については「非表示テンプレート」を使うことも視野に入れてもいいと思います。もしくは、ローカルルールを設けて条件をきつくすれば良い。全作品一覧は「リンク元」への誘導リンクを設置してもよいでしょう。 以上--アイバー 2010年9月29日 (水) 17:56 (UTC)Reply[返信]
  コメント 連日Wikipediaに参加されている状況で忙しいと言われてもなかなか納得のいくものではありませんが、それは今のところ置いておきます。≪全作品一覧は「リンク元」への誘導リンクを設置してもよいでしょう≫といっても、「リンク元への誘導リンク」は全作品一覧に一致するものではないですから読者にその一覧から作品を読み取っていただく必要があります。そんな不正確な「全作品一覧」よりは、カテゴリを使用するほうが正しい「全作品一覧」へのリンクを作ることができます。それが提案1に相当しますし、そのほうが読者に対して親切であろうと私は思います。現状の一覧をそのまま残して(あるいは現状の一覧の収録基準を検討することと並行して)提案1だけを実施することも可能なわけで、それはアイバーさんの考えに反するものではないと思うのですが、なぜその正しい「全作品一覧」を作ることを否定されるか、その理由の説明は行われていないように思われます。ご説明いただければありがたく存じます。--NISYAN 2010年9月29日 (水) 22:57 (UTC)Reply[返信]
現状約80作品のうち、同人作品がどの程度の比率を占めるのか把握していませんが、それによって網羅した一覧が膨大になるのなら「同人でよく用いられている」ことを示すものでしょうから、調べたいと考える読者に対してその情報を伝える意味はあろうと思いますし、現状の一覧が読者にそういったことを伝える力を持っていないから≪不完全な一覧≫だと書いているつもりです。逆に、同人作品を含めないことが理由で網羅した一覧が膨大とはならない(同人作品を除くことで一覧が1割減としかならない)なら、同人作品を除外するメリットはないかと。
それと、網羅した一覧の数の要素の問題を解決する手段として、カテゴリ化という手法が提案されているものと思っています。≪私が吉里吉里2を使った簡単なゲームを作って発表≫したとして、それが削除されずにWikipediaに残るのであれば、一覧への収録の意味はあろうと思いますし、削除されればカテゴリからは自動的に除去されます。≪膨大かつ把握も難し≫いものに対してのメンテナンスを容易にする手法として、個々の記事の存続に全作品一覧への収録に値するかの判断を委ね、それを自動的に実施する、というのが、カテゴリ機能の一面であり、カテゴリによって解決する問題だと思うのですが、その点についてはどうお考えでしょう?--NISYAN 2010年9月29日 (水) 22:57 (UTC)Reply[返信]
私の仕事は、SOHOのような職場環境なので自由度はありますが、クリスマス前は1日15時間くらい働くような感じです。仕事をしながらテレビ・ネットを見ており、仕事でウィキペディアで調べ物を1日数十回しております。「気になった記事」や「仕事で必要な記事」については、見やすいよう分かりやすいよう、加筆修正してます。たまに大量の記事を書くのはプライベートの時間です。利用頻度から言えば、確かにヘビーユーザーでしょう。
しかし、ここで私が言いたいのは、人ぞれぞれライフスタイルがあること、そして多くの人は「ウィキペディア主体では生きていない」という事です(無駄に議論したくて、ウィキペディアを利用しているわけでもありません)。あなたのライフスタイル・執筆スタイル・それに付随する価値観を、他人に強制しないでください。
また正直、「議論を途中で抜けると対話拒否」だとかいう馬鹿げたルールは、社会人を無視したものだと常々思っています。話し合いを半永久的に続けることを、議論とは言いません。それは、時間と労力の無駄遣いです。私は言いたいことやアイデアは上記に簡潔にまとめ、全て言っているつもりですし、後はそれを尊重して、一人の賛否として扱ってもらえれば良いだけです。同じ人がずっと議論に参加するよりは、多くの人が1~2回程度コメントする形のほうが、より民主主義的で望ましいはずです。同じ人間ばかりで言い争い、堂々巡りに無駄にコメント数が増えるから、読むのもわずらわしいし、相手をするのも段々と馬鹿らしくなってきます。--アイバー 2010年9月30日 (木) 05:17 (UTC)Reply[返信]
Wikipedia以外の時間をどう使おうが、それに対して私は何も言っていません。私の発言が、Wikipedia以外の時間を割いて説明しろという意味だと受け取っているなら、それは誤解です。私はあくまでWikipediaに参加している時間内での話しかしていないつもりです。ですからWikipediaとは無関係のライフスタイルといった話は飛躍しすぎでしょう。そのあたりについての考えはいろいろありますが、前回敢えて詳しく書かないようにしましたし、今回も詳しく書かないようにしています。対話拒否だとか、民主主義的だとか、言い争いという認識だとか、そういった論点で私の行動に疑問を感じるのなら、記事をどう改善していくかを話し合う場である記事のノートではなく、会話ページにお願いします。
いずれにしても、アイバーさんが既に言いたいことをすべて言っているつもりであること、つまり、私が書いたような論点については強い賛成/反対/疑問などの意見を持っていないことを確認できましたので、それが確認できただけでいいです。後は、はぬまんさんからも意見の補足をいただきたいところです。コメント依頼が出ている以上は、お二方の回答だけでなく、さらに一定期間待つほうがよいと考えますが、それでもなお根拠を明示しての積極的な反対意見者がこのまま出てこないようであれば、少なくともカテゴリによる全作品網羅については合意に至っている(理由の提示なき反対は反対とは言えない)と考えてもよいのではないかと思います。厳選/例示については、わたしは消極的反対の立場ですから私主導で進めることはありませんが、IPさんにて進めていただければ、これ以上の反対はしないつもりです。--NISYAN 2010年10月1日 (金) 13:55 (UTC)Reply[返信]

W.Dee氏がブログにてここの議論について言及されていますがそれも無視でしょうか--以上の署名のないコメントは、133.205.173.208会話/Whois)さんが 2010年10月2日 (土) 03:26 (UTC) に投稿したものです。Reply[返信]

無視して当然でしょう?作者の意見を入れて作者別に記事の取扱いを変える気ですか?--202.212.223.27 2010年10月2日 (土) 04:22 (UTC)Reply[返信]
補足意見を頂きたいということなので少々。「調べたいと考える読者に対してその情報を伝える意味はある」とのことですが、それはウィキペディアの判断の基準としては如何な物でしょうか。カテゴリで対処はまだ分かるのですが、ウィキペディアは百科事典でありどれだけ同人で使われているかなどといった話になると独自研究的で特定の観点を推進するような、発表済みの情報の合成臭く感じられるのですが。つまるところの疑問として、ソフトウェアの使用作品一覧といったようなものを一覧記事なりカテゴリなりでも、ウィキペディアでしなければならないことなのでしょうか?一覧にあるような作品で吉里吉里2が使われているということが、どのように読者に寄与するというのでしょうか?ウィキペディアは名鑑ではありませんにも当たりそうなのですが。--はぬまん 2010年10月3日 (日) 09:08 (UTC)Reply[返信]
既に書いたことですが、同人作品だからという理由だけで商業作品よりも低位に置くという人がやはり現れましたか、という印象です。KAGの基礎固めに大きく関わったと作者が上記のブログで言及している「1999ChristmasEve」は記事に書かれているように同人作品でありますが、厳選した一覧にしろ網羅した一覧にしろ、一覧を残すなら左記作品を除去するのは、関わり合いを考えれば到底妥当でないと考えます。商業作品と同人作品を区別する根本的な理由は何でしょうか?むしろ商業作品と同人作品を区別することが独自研究的と考えます。
≪アドベンチャーゲーム制作に利用されることが多い≫≪同人ゲーム……の制作者を中心に人気がある≫と記されてあってもそれを裏付けるものが書かれていない現状に対し、出典ないしはそれを事例提示という形で検証できる作品一覧へのリンクを読者に提示することは、読者に寄与するとしか思えません。書籍などに基づいてその文章自体に出典があったとしても、その出典を読まなければどのような事例があるのかという情報に容易に辿り着けないという状況よりは、せっかく既に存在するWikipedia上の個々の作品記事に対して(厳選か網羅かの形で)リンクを設け、さまざまな知識をつなげていくほうがより読者視点で有益と考えます。もちろんそういう情報を欲する読者が皆無であれば記載は不要かもしれませんが、「エンジン名は知らなかったが、使われている作品名を聞いたらその利用範囲の広さを思い知った。」という需要は充分考えられますし(参考の1項目めのような話)、「その情報を伝える意味はある」というのはそういう文脈で書いているつもりです。それ以降はどのような形で読者に提示するかという話になるので、既に提示済みなので省略。--NISYAN 2010年10月3日 (日) 22:22 (UTC)Reply[返信]
作者の意見を積極的に取り入れる必要もなければ、積極的に排除する必要もないかなと思います。記事に有益だと思う人がいて、記事への取り入れを実現できると考える人がいるなら、提案して記事に取り入れればよいと思います。個人的には作者の意見に同意できる部分はかなりありますが、実現困難(厳選2作品化)、私の力量不足(本文充実に注力)、別案に賛同済み(網羅した一覧で記事が埋まる点)などの理由から、私主導で作者意見を取り入れるつもりは現状ありません。--NISYAN 2010年10月3日 (日) 22:22 (UTC)Reply[返信]
「同人だからNG」「商業だから良し」というような論点からは一度も話してはいないと思うのですが…。1回目のコメントでは網羅すれば膨大なものとなった結果ウィキペディアにはそぐわない物となるので、その解決のために同人をのぞいてはどうか、2回目はそもそもこのような一覧をウィキペディアでしなければならないのかという疑問です。
『「エンジン名は知らなかったが、使われている作品名を聞いたらその利用範囲の広さを思い知った。」という需要』ですから、そのような視点で記述されるべきという話になると、需要があるのではないか?という主張を、実際に需要の有無の根拠も示されず記述すべきだというような話なのです。確かにウィキペディアは調べ物をする読者の一助にはなるでしょう。しかし読者にあれやこれやと情報を提供する物ではありません。ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではないのです。どのような需要があるかといったことはウィキペディアの編集者が考えねばならないことから逸脱する物です。それこそ週刊誌やらの編集者ではないのですから。--はぬまん 2010年10月4日 (月) 03:57 (UTC)Reply[返信]
≪「同人だからNG」「商業だから良し」というような論点からは一度も話してはいない≫という主張と≪網羅すれば膨大……、その解決のために同人をのぞいてはどうか≫という提案の組合せには非常に疑問を感じます。しかしひとまず置いておきます。はぬまんさんの想定する理想形は、「一覧除去、本文内での作品への言及も除去」でしょうか?私は前記同様、本文からも「1999ChristmasEve」を除去するということであれば、強く反対します。それ以外であれば、本文中での作品言及にしろ「厳選した一覧」か「網羅した一覧」のいずれかに近づくことになるように思いますが、はまぬんさんの想定する理想形がないと、合意点も見出せません。まずはそれをお教えください。--NISYAN 2010年10月4日 (月) 22:55 (UTC)Reply[返信]
「その解決のために同人をのぞいて」というのはあくまで方法論としての提案で、むしろ問題点としては網羅した一覧はウィキペディア的ではないという点なのですが、私もひとまず置いておきます。
そもそも初めに抱いた疑問として、ソフトウェアを使用している一覧というのはそのソフトウェアの説明をする為に必要なのか?ということがあります。「1999ChristmasEve」が吉里吉里2の開発において関わっているから残すべきだと言うのなら、一覧として残すよりどのように関わったかということを出展を示しながら本文でそのような経緯を説明すればよい事でしょう。関わっているから一覧に入れるべき、しかしどのように関わっているかは書かれていない、というような状態は非常にウィキペディアらしからぬ状態ではないでしょうか。厳選した一覧に近づくにしろその作品が吉里吉里2にどのように関わったかを独自研究にならず書かれるのであれば記事として成熟した物になるでしょう。しかし一覧として残されるのでは、それ以上の発展の余地がありません。リストがただ延々と伸びていくだけです。現在書かれているような一覧にある作品が吉里吉里2の説明に欠かせないものであるというのなら何故欠かせないのかを一覧としてではなく本文に書けばよいのです。無論、独自研究ではなく。その方がただ作品を羅列するよりもよほど百科事典的であると私は考えます。--はぬまん 2010年10月5日 (火) 04:53 (UTC)一部加筆--はぬまん 2010年10月5日 (火) 19:19 (UTC)Reply[返信]
私は、作品すべてを一覧に載せるのは数の問題から反対ですが、Wikipedia的でないという反対理由には同意できません。Wikipedia的・百科事典的というのは曖昧なものです。一覧がWikipedia的かどうかというのも編集する人の価値観に左右されてしまいます。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかは一覧を除去すべきという方針ではありませんし、Wikipedia:一覧記事という草案も作られています。あと、本文中で一部作品に触れて解説するのと一覧を記載するのは別の話でしょう。--119.228.88.61 2010年10月7日 (木) 13:52 (UTC)Reply[返信]
Wikipedia:ウィキペディアは何ではないかウィキペディアは名鑑ではありません、「関連性の低い事項の一覧やまとめ」にて一覧記事について触れられております。Wikipedia:一覧記事も読みましたが草案でありますし本案件に当てはめて考えても疑問点が残ります。以前も申しましたが、ソフトウェアの使用一覧というものがどのように読者に寄与するというのでしょうか?それこそ「役に立つか?」と疑問を抱きます。ハードウェア別の一覧と違いソフトウェアでゲームを選ぶという事もないでしょう。--はぬまん 2010年10月7日 (木) 14:34 (UTC)Reply[返信]
1. 本文解説を充実させることで一覧が不要と考えられる部分はあるかもしれません。その旨の本文充実が行われる、あるいは、抽象的な≪本文に書けばよい≫ではなく具体的な改善の提案があれば、私の考えも変わるかもしれません。既に書いていることですが、そういった提案がなく、本文充実も行われていない現状では、それが本格的改善(本文充実による改善)でないとしても、一覧は≪アドベンチャーゲーム制作に利用されることが多い≫≪同人ゲーム……の制作者を中心に人気がある≫といった記述を補完する情報として有用と考えますし、その観点で現状の記事状態よりは改善されることになると判断しています。既に具体的に提案されていること(カテゴリを用いた網羅一覧など)よりもよい具体的改善策があるなら、具体的にご提案いただければありがたいです。具体的改善作はないが、その具体的改善が行われるまで現状に留まるべきだと主張するのであれば、既に出ている具体的改善案に対して現状維持を選択するメリットをご提示ください。
2. この件に関する私の想定読者は「物事(ここでは吉里吉里)についての事例を調べたい」という読者です。役に立つ(例示と照らし合わせれば、何らかの実益がある、というニュアンス?)というより、知的好奇心を満たすというニュアンスが主ですし、百科事典の方向性として、また、紙の百科事典に置き換えて考えても、実益的意味合いの≪役に立つ≫に限定しないことはそれほど間違った方向ではないと判断しています。また、≪ソフトウェアでゲームを選ぶという事もない≫というニュアンスからはゲームプレイヤーを想定読者としているのかもしれませんが、私はゲーム製作者も想定読者に含んで考えていますし、そのような読者に於いては≪ソフトウェアでゲームを選ぶ≫こと(遊ぶために選ぶ、ではなく、調べごとのために選ぶ、という意味)は充分想定内です。ここにいらっしゃる方々の想定読者が人によって大きく異なるのかもしれません。--NISYAN 2010年10月7日 (木) 22:28 (UTC)Reply[返信]
(インデント戻し)どうも議論が噛み合いませんね…。ですから、一定の観点を推進するような記述は問題があると以前申したのですが。客観的にアドベンチャーゲームにて多く使われているのであれば、傾向としての説明であり「アドベンチャーゲーム制作に利用されることが多い」という事に出典が必要な記述であるとも思えないのですが。まあ確かに、「同人ゲームの製作者に人気がある」という記述ではどのように人気があると調べたのか出典が必要となりますが。どちらも記述の仕方に難があるだけで記述内容そのものに問題性があるようには思えません。本文中での記述において、W.Dee氏が「1999ChristmasEveが吉里吉里2の開発において関わった」という発言をした、というような記述をする事は氏のブログを自主公表された情報源:公式サイトとして判断でき、不可能な事ではないと考えております。正直ノートでの議論を受けての発言というのがなかなか難点ではありますが、問題があるというほどでもないでしょう。
「知的好奇心を満たすというニュアンス」ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではないと以前にも申しております。「ソフトウェアでゲームを選ぶという事もない」というのはあくまで例えでありゲームプレイヤーのみを想定している訳ではありません。具体的に具体的にと申されますが、NISYANさんの必要と仰る具体性が、初めに申したような「一定の観点を推進するような記述」以上のものがない為に、それでは問題だと言う他ない訳であります。--はぬまん 2010年10月8日 (金) 12:02 (UTC)Reply[返信]
先週あたりから私事で忙しい状況が続いており、コメントが遅くなりました。
≪一定の観点を推進するような記述≫絡みのところについては判りました。まあそれは本文充実(はまぬんさんの言葉で言えば≪記述の仕方に難がある≫点の改善)という観点で正しく成長させればよい部分ということで、以降は本文改善と一覧改善(除去という選択肢も含めて)を切り離して考えます。
RealLive」や「System3 (アリスソフト)」などのようなメーカー/ブランド依存性の高いゲームエンジン記事においてはメーカー記事やブランド記事がゲームエンジンから作品一覧への案内役、集積所と成り得ます(参考:この1文があれば、この記事自体が採用ゲーム一覧と成り得ます)が、そういう限定要素がない本記事やNScripterのようなケースでは「特定ブランドに依拠しない」という性質から別の一覧となってしまうのは仕方のないことです。そして、数が多いのも、そのような属性を持つ作品が多い以上、仕方のないことです。
Wikipedia:一覧記事も読みましたが……疑問点が残ります≫に対して、その「役に立つか?」節に記されている「どんな人がその一覧を見たいと思うか、を考えてみて下さい」という観点から「ゲーム製作者」という想定読者を提示しているわけで、「Wikipedia:一覧記事」を引き合いに出した人から≪あくまで例え≫などと言われても困ります。「Wikipedia:一覧記事」に照らし合わせて役に立たないという主張であれば、その旨をご説明ください。
その一覧が≪ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではない≫に抵触するとお考えのようですが、何項に該当するとお考えでしょうか?可能性として「3.統計の過剰な記載」「5.事例研究」あたりかと思いますが、本文と切り離して(=≪一定の観点を推進するような記述≫と切り離して)考えた場合に5とは異なると思いますし(情報整理と事例研究とは異なります)、3の観点では、私は「独立執筆されている記事によって著名性を確保し、個々の記事の存続を収録条件とする」というカテゴリ方式で「無差別」「過剰」という観点を本文およびWikipediaから排する旨を説明済みです。左記の項に該当するとお考えであればその詳細理由を、他の項に該当するとお考えであれば提示をお願いします。また、≪名鑑ではありません≫に抵触しているとする詳細理由も合わせてお願いします。--NISYAN 2010年10月13日 (水) 22:43 (UTC)Reply[返信]

現行一覧の一時除去編集

今の一覧がダメだというのは一致してるので、除去します。主観の入った一覧をいつまでも残すわけにはいきませんので。全列挙した一覧については、引き続き議論しましょう。--119.228.88.61 2010年10月12日 (火) 14:54 (UTC)Reply[返信]

  反対 今のように、議論がまったくかみ合っていない状態での削除には断固反対します。(また、私は賛成意見を出してはいません。勝手に一致などと言わないでください)。はっきり言って、傍目で見ていても、まったく中身の伴った議論になっているようには思えません。どんどん脇道にそれていっており、しかもそれぞれが、好き勝手な方向に自論を展開しているだけに見受けられます。このような議論の状態で、納得しろというのは無理というものです。--アイバー 2010年10月12日 (火) 16:38 (UTC)Reply[返信]
これだけ早く反応されたということは、ここを常にチェックされてましたね。ならばなぜ議論に参加されないのですか?このまま議論が進んで合意に至ると今の一覧はなくなってしまいますよ?今の一覧を残せと言っているのはあなただけなのに、そのあなたが議論から抜けてしてしまうと誰も残そうとはしませんよ。「今の一覧は残せ。議論はしない。だが私の意見を無視するな。」これじゃ話になりません。あなたのすべきことは、意見表明でも議論放棄でもなく私たちを説得することです。Wikipedia:合意形成#合意に向けた作業を必ず読んでくださいね。--119.228.88.61 2010年10月13日 (水) 14:51 (UTC)Reply[返信]
要約にコメントがあったからこそ、確認のため見ただけですが…。結局、確認も駄目、意見も駄目と思いこんでいるのは、あなたでしょ? 私は確認したい時には見ますし、言いたい時には意見を言いますし、そうでない時は傍観します。それは私の権利ですから、本格的な議論にログインさえしないIPユーザーに、とやかく言われる筋合いはありません。
議論は説得の場ではありません。互いの意見を出し合い、相手の意見に納得するか、合意を得るための場です。あなたのように「絶対に相手を説得しなければならない」と強迫観念のように思う人間がいるから、無意味に意見の応酬になり、私のように無駄な議論を延々しているように感じる人間が出てくるのです。参加者にこんな長い議論を、一から全部読むことを強いる結果になるのです。ディベートをしたければ、そういった場で行ってください。相手をねじ伏せることを議論と思っている方、いい加減に考え方を改めてください。非常に迷惑です。
私がざっと見たところ、とても意見がまとまっているようには見えませんし、それぞれが自分の言いたい事だけ言っていて、議論の流れさえ一続きになっていないように見受けられます(まぁ、それはそれでもいいのですが、読んでいて非常に理解しづらいだけです)。そのような状態で、理解しろ、納得しろというのは無理というものです。そもそも、この議題自体が矛盾に満ちたものであることに起因するように思います。(本件で仮に一覧削除したとして、他の大量の記事はどうするというのでしょう?)--アイバー 2010年10月13日 (水) 21:53 (UTC)Reply[返信]
とりあえずこのあたりで一度各々の考えを纏めるのが妥当ということでしょう、多分。私は纏める力もあまりありませんが、少なくとも今週は無理です(他のWikipedia内優先事項を含めると10月中は苦しい)。
一覧削除が他の大量の記事に影響を与えるものではないと思います。ここに収録されないから著名性がないわけでもないですし、削除依頼提出の理由ともならないです。検証可能性を満たす限り、個々の記事から吉里吉里へのリンクを除去する理由にもならないです。--NISYAN 2010年10月13日 (水) 22:56 (UTC)Reply[返信]
  コメント除去に積極的反対はしませんが、議論の収束に月単位かかることは珍しくありませんし、そこまで結論(あるいは一時結論)を急ぐ必要はないだろうと思います。なお、除去される場合は、強く有意であろう情報、具体的には「1999ChristmasEve」「Fate/stay night」を本文中に説明を加えていただければありがたいです。
補:議論中の記述に抵触することは基本やるつもりはないので、今のところ私にて本文組み込みを行うつもりはありません。とはいえ、本文から一覧除去するが本文加筆しない、というなら私が組み込むつもりです。ただ、できれば除去者にて、有意な情報が一時的にも失われないように、本文加筆されることを強く希望します。--NISYAN 2010年10月13日 (水) 22:43 (UTC)Reply[返信]
私としては、やはりローカルルールを作るのが、望ましいと考えています。ローカルルールであれば、他記事への影響は最小限に抑えられますし、既存のローカルルールを参考にすることも出来るでしょう。双方の妥協点を探りやすいのも、理由のひとつです。現状、削除vs存続だけでは、議論がまとまるようには思えません。既存の他記事では認められている一覧(関連項目)が、本記事では駄目というのは、やはり納得しかねます。--アイバー 2010年10月13日 (水) 23:32 (UTC)Reply[返信]
ローカルルールを作ろうとも、それがウィキペディア上である以上ウィキペディアの公式方針を覆すものにはなりません。ローカルルールは公式方針を覆す根拠足りえません。議論が分かりにくくなっている原因の一つに、存続派の不在も一つの要因であるように思えます。これだけ除去の意見があるのに対し満足な反論がないのであれば、妥協点を探らねばならないのはどちらでしょうか?IPの方の仰るように、参加する余裕はないが意見を慮れ、というのは無理があるように思います。他記事への影響と仰いますが他記事で問題があれば他記事のノートで話せばよい事です。本懸案で憂慮する事ではないでしょう。
私はコメント依頼からの参加ですし、使用しているゲームをした事はありますが吉里吉里2に対して深く理解している訳ではありません。何より、記述するべきと思われる事はするべきと思われる方が書かれた方が望まれた形となるのではないでしょうか?私が書いたとしてもNISYANさんが望まれるような形になるとも限りません。
各々の考えを纏める、との事ですので改めて。カテゴリ化に関しては、積極的に反対はしませんが賛成もしない、という立場です。あくまでウィキペディアのシステム的なものとしてそういったカテゴリがある事は悪い事ではないでしょうし、さりとて積極的に必要性があるとも思えません。一覧は、不要です。記事のリンクとしてもWikipedia:記事どうしをつなぐには「多すぎるリンクや意味のないリンクはかえって読者に不親切です。」とありますし、望ましくないでしょう。--はぬまん 2010年10月14日 (木) 05:42 (UTC)Reply[返信]
賛成派が少ないという意見は違うと思います。たった4人しかコメントしていない中で、多数派・少数派というのは民主的じゃないでしょう。それを言うなら、IPユーザーには議決権はありませんし、投票で決めるなら最低限の規定数を満たす必要もあるでしょう。また、これまで多数の人間により査読されて、長期間にわたり残ってきた事こそ重視すべきです。リンク数についてもgoogleの推奨する、SEOにおけるリンク数「100未満」をはるかに下回る水準であり、なんら問題ないと思われます。むしろ、適切なリンクは読者に有用です。
またローカルルールは、場合によってはですが、ウィキペディアの基本ルールを無視することも可能です(あくまで、それが記事の特性上、必要であると認められた場合に限られますが…)。そもそも「一覧」というから問題視されるでしょうが、あくまで「関連項目」だと思うんですがね。どの記事にでも、当たり前にある既存記事へのリンクが、なぜにこうまで邪険にされるのか理解不能です。それこそ、ウィキペディアの基本ルールを無視しているように感じます。
私は一覧を整理して縮小したり、ローカルルールを提唱したり、かなり妥協してるんですけどね。そういった妥協なしに削除を推し進めるのであれば、私は全力で反対します。他記事への影響が大きすぎますから…。関係ないと言いつつも、良くも悪くも、必ず「前例」として持ち出すユーザーがいます。他記事のことは他記事で…なんて言うのは、あまりに他人事な意見で無責任だと思います。--アイバー 2010年10月14日 (木) 10:42 (UTC)Reply[返信]
IPユーザーの方が張ってくださったWikipedia:合意形成のリンクをお読みではないのですか?ウィキペディアでは多数決で合意されるべきはありません。意見によってなされるものです。私が申したのは、ただでさえ少ない存続派のあなたが意見を出されない以上議論としては存続は困難になるという事です。少数派であろうと多数派の意見を覆す事は可能です。ですが、その分だけ議論を尽くす労力が必要となります。アイバーさんはこれまで査読され残ってきた事を根拠となさいますが、編集は大胆にすべきであり、これまで残っていたからこれからも残し続けるという理由にはなりません。さらにいえば、今回その査読に晒され問題だと言われている訳です。査読されてきていると言っても残すべきだというノートでの議論がある訳でもなく、取り様によればただ放置されていただけとも言えます。googleの推奨するリンク数といった話はもはや論外で、このサイトはWikipediaです。Wikipediaのルールを尊重してください。
ローカルルールを持ち出すならローカルルールを適用しなければならない理由を適切に述べ、必要性を訴えねばなりません。アイバーさんはローカルルールの内容も仰っておらず、それではとても必要性など感じられません。ローカルルールについて前回の発言の際にウィキペディア内を調べましたが、方針やガイドラインでの位置付けが見つけられませんでした。大変申し訳ないのですが「ウィキペディアの基本ルールを無視することも可能です」という主張の根拠を示していただいてよろしいでしょうか?よろしくお願い致します。前回も申しましたが「関連項目」と仰いますが「多すぎるリンクや意味のないリンクはかえって読者に不親切です」し、吉里吉里2という主題に対しての関連性がどれだけであるかという事も問題です。また、どの基本ルールを無視しているというのか、明確にされなければ判断しかねます。
妥協していると仰いますが、残念ながらこちらから歩み寄れる明確なものはありません。基準な不明瞭な一覧を減らしてもそれはそれでどのような基準か分からず、ローカルルールにしても内容提示もされておりません。他記事への影響ですが、その前例が適切な理由でありその他記事でも同じ様に当てはめられるのではあれば主張として何が問題があると言うのでしょう。また、本懸案での問題を話し合う上で他記事への責任など感じるべきではないでしょう。目の前の問題を粛々と解決するべきです。--はぬまん 2010年10月15日 (金) 05:57 (UTC)Reply[返信]

(大分上の意見に対するコメントなのでインデント戻し)「既存の他記事では認められている一覧(関連項目)が、本記事では駄目というのは、やはり納得しかねます。」とのことですが、他記事ではOKなんだからこの記事でも残しておいてもいいなんて議論は成立しません。確かにNScripterなどにも一覧はありますが、それならそちらの一覧記事に関しても一括して議論するのが筋が通っています。一覧のあるスクリプターの記事を見てきましたが、議論したうえで一覧記事を残すと決定された記事は1つもなく、ただ単に議論が行われていないだけ、つまりここと同様の状態でした。吉里吉里2を紹介するような本や雑誌などの媒体があり、その中で紹介されていた作品を一覧にするのであれば出典ありといえますが、今回は出典があるというわけではなく、作品一覧があってもこのスクリプターそのものの理解にはつながらないことから、一覧を残す必要はないんじゃないかと思います。また、ローカルルールで妥協しているとのことですが、結局ローカルルールを制定しても、「一覧は残す」という内容になるのであれば、ただ単にアイバー氏の意見を後押しするものでしかなく、妥協でもなんでもないと思います。そもそも一覧は不要と考えている人は、一覧に掲載される作品数の大小が問題であるとは考えていないと思うんですが。--五斗米道評定|戦歴|矢文 2010年10月16日 (土) 06:17 (UTC)Reply[返信]

ですから、私は必要なことは全て書いてきたつもりですが…。吉里吉里とNScripterのどちらを採用しようか迷った時に、一覧は非常に有用でしたし、実際の開発においても一覧の作品を参考に、その作品のプログラムを解析するなど、この一覧なしには成り立ちませんでした。あなた方は「吉里吉里2」を使用された事があるのでしょうか? 全く関係のない人間が「要不要」を論じるというのもおかしな話です。
反対派の意見からすると、この記事も、ファミコンというハードを使ったソフト一覧ですから、全削除なんですね? ゲームに興味のない人からすれば、まったく必要のない記事でしょう。これに類似するあらゆる一覧記事は全削除なんですか? そういう判断が全てになされるのであれば、私も納得です。
あと、議論を延々と続けなければならない…と、相手に強いるのは明らかに考え方がおかしいと思います。そんな馬鹿げた考え方がまかり通るから、専門的な知識をもったユーザーがウィキペディアから逃げていくのです。最近もユーザー数が激減しているとのニュースがありましたが、もっと社会人が参加しやすい環境を整えるべきでしょう。--アイバー 2010年10月16日 (土) 06:32 (UTC)Reply[返信]
もはや何度目か分かりませんがWikipedia:ウィキペディアは何ではないかで説明します。ウィキペディアはマニュアル、ガイドブック、教科書、学術雑誌ではありません。吉里吉里2を使う上での解説書としての役割は、ウィキペディアでは求められていません。「全く関係のない人間が」と仰いますが、むしろウィキペディアでは関係のある人間こそが関係のあるものに対し慎重な姿勢で望まなければなりません。Wikipedia:自分自身の記事をつくらないあたりがこういったルールでしょうか。ご自身が開発の際に役に立ったから記事としてあるべきだ、というような考え方はまさしくこのガイドラインにおいて問題とされることでしょう。
ハードウェア一覧に関しては以前触れましたが、そのゲームハードでできるゲームの一覧というのはゲームハード自体に対し関連性の強いものです。それらのゲームはそのゲームハードでなければ出来ないわけですし、そういった意味では十分に「役に立つ」と言えるでしょう。さらに言えば、ハードウェア一覧が問題だというのであればここで話し合う事ではなくそれらの記事のノートでアイバーさんが問題提議なされば良いのです。ここで話さなければならない事ではありません。
議論を続ける事は義務ではありません。やめたければいつおやめになってもよろしいでしょう。ただ、当然ながら参加せず意図した結果になるとは限りません。何かしら望むものがあるのであれば放棄せずに他の参加者と話し合っていくものでしょう。いつまでも「納得」しないのは問題ですが、根拠もなく主張し続ける事こそ問題とされていることをご留意ください。--はぬまん 2010年10月16日 (土) 09:35 (UTC)Reply[返信]
◆まあ、他の一覧記事を引き合いに出すなら、「ファミリーコンピュータのゲームタイトル一覧」のようなものではなく、アーケード基板「Taito Type X」のようなものを出すのが適切であろうとは思います。特定メーカーに依拠(例:NAOMIなど)しない、ゲームのベースシステムという観点で同質のものであろうと思います。こちらが同人作品が入り込む余地があるのに対して、アーケードゲームは同人作品が入り込む余地がない、といったあたりの事情は異なりますが、一覧の妥当性という観点で他の特性はかなり近いものがあるだろうと思います。また、
≪それらのゲームはそのゲームハードでなければ出来ない≫とおっしゃいますが、それらのゲームはそのゲームエンジンがサポートしているOS乃至は互換エンジン(例:Nscripterの記事中にも記載がありますが、Nscripterに対するONScripterなど)が存在するOSでなければできないわけです。吉里吉里の対応Windowsは2000以降ですが、Nscripterは98/Me/2000を対象外とする構想のようであり(参考)、Windows 2000のゲームタイトル一覧などのようなWindowsバージョン別のゲームタイトル一覧記事がない(ですよね)以上、ゲームエンジンから作品への一覧がそういった情報を補助する一覧となり得ます。Windowsの次のバージョン上で動作するかどうかは、ベースとなるゲームエンジンがそのOSに対応している必要があります。吉里吉里3はマルチプラットフォーム対応だそうですが、吉里吉里2は(Wineなどではなく互換エンジンという観点で)Linux上では動かないだろうと思いますし、無理やり動かすならNscripterスクリプトに変換してONScripter上で動かすことになるだろうと思います。そういった意味で、Nscripter/吉里吉里2/吉里吉里3上で動くといった情報は「それらのゲームがそのOS(Windowsの過去/次期バージョンや、Windows以外のOSも視野にいれています)でなければ出来ない」のかどうかという情報を提供する手助けとなります。そして、それははまぬんさんがおっしゃる≪それらのゲームはそのゲームハードでなければ出来ないわけですし、そういった意味では十分に「役に立つ」と言える≫と同質としか思えません。ゲームプレイヤーの想定読者として最新版Windows利用者しか想定していない人にはそうは感じないかもしれませんが、はWindows利用者以外も想定読者として考えていますし、10年後や50年後の読者も想定読者として考えています(参考)。そして、私の観点では、その受け答えは「両者の一覧において本質的に何が異なるか、なぜそれによってこちらの一覧が除去されるべきか」の説明になっていないように感じます。
≪全く関係のない人間≫が参加するのは自由ですが、(Wikify的なものやスタイルレベルのものではなく)内容に踏み込んだ形で案件に参加する際には、その案件の特性を理解するという観点で、記事対象について最低限勉強することは当然のことと考えます。ゲーム製作者がゲーム製作者の観点のみを中心に記事を構成することには疑問を感じますし、それは≪Wikipedia:自分自身の記事をつくらない≫に抵触することでしょうが、だからといってゲーム製作者の観点を記事から排除する理由にはならないと考えます(ゲーム製作者という想定読者、という表現では伝わらなかったのかもしれませんが)。ゲーム製作者としての観点を考えられないということであれば、それは中立的な観点に立てていないということではありませんか?アイバーさんが、案件の特性を理解した上で「ファミリーコンピュータのゲームタイトル一覧」を挙げているのか疑問に感じますし、はまぬんさんが、案件の特性を理解した上で≪それらのゲームはそのゲームハードでなければ出来ないわけですし、そういった意味では十分に「役に立つ」と言える≫と返しているのかも疑問に感じます。
五斗米道さんがおっしゃる≪吉里吉里2を紹介するような本や雑誌などの媒体があり、その中で紹介されていた作品を一覧にする≫といった方向性は、厳選した一覧化に近いものがあるだろうと思いますし、厳選一覧に対して既に表明しているのと同様に「積極的反対はしない。それで合意に至る分には許容。」と意見表明しておきます。なお、出典がある限りにおいて掲載作品数を限定しないなら、前述のような懸念がなくなりますので、私が反対する理由は消滅します。
念のために書いておきますと、「最終形としての除去」と「最終形に至るまでの一時的除去」とが区別されなく議論されているように思えますが、今の一覧を一時的にも除去するというのは、極めて有意な情報(前記2作品)を含めて精査なく除去するという話であり、それは改善ではなく改悪であろうと思っています(どちらがより悪いかという程度問題ですが、私は除去された形をより悪いと思う立場)。その改悪を一時的にも許容するというのが多数派の意見であれば、「最終形に至るまでの一時的除去」に対して改悪と感じつつも積極的に反対はしない、改悪となる部分は本文加筆にて私サイドで補完するつもりと言っているだけであり、基本線、私は「最終形」に対しては何らかの形での一覧/カテゴリについて存続派の立場ですので、その点は誤解なきように。--NISYAN 2010年10月17日 (日) 06:24 (UTC)Reply[返信]
NISYANさん、吉里吉里2を解説する上で『Fate/stay night』と『1999ChristmasEve』が外せないのでしたら、先に本文に書いてみてはどうでしょうか。本文で解説すべきことと一覧化は別なので、出典があれば誰も問題にはしないでしょう。そうすれば、あなたが今の一覧の除去を改悪と判断した理由がなくなるんじゃないでしょうか。--119.228.88.61 2010年10月17日 (日) 09:36 (UTC)Reply[返信]
ええ、確かに「一時的除去」に対してはそうですね。次に余裕のあるタイミングは21日木曜日、それを逃すと翌々週30日の週末11月6日の週末ですが、書店に寄って立ち読みで出典とできる書籍を確認次第、加筆しようと思います(左記、余裕のあるタイミング以外は出張が連続して入っており、出張先とホテルの間に書店はなかったと思うので無理です)。結論を急ぐ必要はないとは思っていますが、IPさんの主張である≪主観の入った一覧をいつまでも残すわけにはいきません≫という話は理解できる理由付けですので「一時的除去」には反対しません。ただ、「最終形」という意味での除去については、私は積極的なカテゴリ存続派ですので、一覧が全くないよりはカテゴリへの誘導があるのが望ましいと思っていますし、「一時的除去」のままとするのが充分な改善とは思っていません。--NISYAN 2010年10月17日 (日) 11:12 (UTC)出張期間延長に伴う日程の変更 --NISYAN 2010年10月31日 (日) 23:04 (UTC)Reply[返信]
NAOMIのようなゲーム基盤ではゲームハードと基本的に同じ話でしょう。そのゲーム基板上で成り立っている物でソフトウェア上で処理されるものと同じ様に語られるのは少々疑問です。「Windows 2000のゲームタイトル一覧などのようなWindowsバージョン別のゲームタイトル一覧記事がない以上」と仰いますが、まさしく本懸案の疑問点はそういったWindowsのソフトウェア一覧というようなソフトウェアの一覧に対しての物なのです。ないから一覧が補助となるではなく、あるべきではないからそういった一覧がないのではないでしょうか?Windowsのバージョンの違いでどれでは出来るどれでは出来ないといったものがありますか?ウィキペディアでそういった記述が必要ですか?ソフトウェアの一覧というものに対し、ある種私がナンセンスとさえ思えるのはそういった点からです。言うなればソフトウェアの互換性とハードウェアの互換性は同質の物とはとても思えません。
Wikipedia:中立的な観点ウィキペディアはマニュアル、ガイドブック、教科書、学術雑誌ではありませんは相反する物ではないでしょう。いかに中立的に開発者からの観点も持たなければならないとしても、それが使用する上でのガイドブック的なものとなってはいけないのです。如何なる読者を想定しても、それは変わりない事です。「作る上で役に立った」というのがそもそもウィキペディアにおいて望まれている使用法ではないのです、結果的にそのような使われ方をする事があったとしても。ですから「役に立ったから残すべきだ」という理由では、残す事は出来ません。--はぬまん 2010年10月17日 (日) 12:11 (UTC)Reply[返信]
Windowsのソフトウェア一覧」に類するものはカテゴリ「Category:Windows用ゲームソフト」(今回はゲームが対象なのでこのカテゴリにしました)(但しアダルトゲームは別カテゴリとなっています)として存在しますので、一覧がないという認識であればそれは間違いでしょうし、あるべきでない(削除依頼提出されるべき、に近いか)という考えもおそらく違うと、私は思います。≪ソフトウェアの一覧というものに対し、ある種私がナンセンスとさえ思える≫という主張に対してWikipediaの現実はそうではないということです。もしかすると一覧とカテゴリの読者視点における関係について、はまぬんさんは私よりも両者をより区別する考えなのかもしれませんが、私の考えでは見せ方(構造的見せ方が可能かという点を含む)以上の違いはないと思っています。
初版執筆者の思惑あるいは加筆者の思惑がWikipedia的でないとしても、その内容がWikipedia的に有用であれば残せばよいでしょう。加筆者の思惑が「作る上で役に立った」かどうかはどうでもよいことで、成果物が有用かどうかというだけです。そして、ガイドブック的であるから有用でないという考えかもしれませんが、「Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアはマニュアル、ガイドブック、教科書、学術雑誌ではありません」を読んでも今回の案件の一覧がガイドブック的とは思えませんでした。網羅した一覧について、それがカテゴリでなく一覧であり、赤リンクを許容する(Wikipedia単独記事作成に満たないような作品ですら掲載可とする)ということであれば、観光ガイド的なニュアンスは感じられますが、既に提案に挙がっているWikipediaに記事が存在するもののみを収録という前提に立てば、それは単に情報整理でしかないと感じます。どのあたりの記述と照らし合わせてガイドブック的であると判断しているのでしょうか?方針系文書を提示していただくのはいいのですが、より具体的にどのあたりに該当していると考えているのかを提示いただけますか?それとも、ガイドブック的である/ないとして想像している一覧像がそもそもはまぬんさんと私とで異なるのでしょうか?--NISYAN 2010年10月17日 (日) 15:51 (UTC)Reply[返信]
何度でも書きますが、「主観の入った一覧」というのは、そもそも間違いです。リンク先に記事がある以上、その有用性は明らかであり、その記事へのリンクは適切なものです。また、どうしても有用性に疑問があり、一部の作品へのリンクが許されないのであれば、受賞暦・販売数・出典…など、客観的な判断ができる作品にのみ掲載すればいいだけの話です。他の記事では当たり前の対応なんですが、いったい何度同じことを書けばいいんでしょうね。--アイバー 2010年10月17日 (日) 14:12 (UTC)Reply[返信]
であれば、五斗米道さんがおっしゃる≪吉里吉里2を紹介するような本や雑誌などの媒体があり、その中で紹介されていた作品を一覧にする≫といった形が一番意見が纏まる方向性だと思うのですが、いかがでしょう?アイバーさんの≪……出典…など、客観的な判断ができる作品にのみ掲載すればいい≫というコメントからは、五斗米道さんの意見に賛成乃至は許容と思えるのですが、私の理解は正しいでしょうか?もし≪どうしても有用性に疑問があり、一部の作品へのリンクが許されない≫の部分で賛成や許容できないということであれば、私がかなり上で挙げたある作品(そしてそれは現時点の版にも含まれている作品)が掲載されていることによって、読者が吉里吉里を理解する上でどのように有用であるかを説明いただけますか?網羅した一覧に含める分には理解できますが、そうでない一覧に左記作品を含める理由、有用性が理解できませんので。--NISYAN 2010年10月17日 (日) 15:51 (UTC)Reply[返信]
長くなってきたのでサブ節を設けました。節タイトルが不適切であれば、各節の提案者にて適宜変更してください。後、上について補足ですが特定作品Aが掲載されており、別の特定作品Bが掲載されていないという状況に対して、Aの掲載が≪どのように有用であるか≫ということですので念のため。これまでアイバーさんが挙げられている≪リンク先に記事がある以上、その有用性は明らか≫では、Bが掲載されていないことを適切に説明できません。その点を考慮の上で、どのように有用であるかをご説明いただきたく存じます。
アイバーさんは、B(を始めとする多数の作品)の加筆には反対意見だったように思います。その点が私の誤読であり、一覧加筆することに反対してはいないが、分割には反対ということであれば、まさしく五斗米道さんの書かれている方法で無尽蔵に作品一覧が膨れ上がることを抑止するほうが、分割させないことに繋がると思うのです。--NISYAN 2010年10月18日 (月) 22:39 (UTC) 誤字訂正--NISYAN 2010年11月1日 (月) 22:23 (UTC)Reply[返信]
アイバーさん、吉里吉里が使われている作品でWikipediaに項目が作られているのは、今の一覧に並んでいる17個だけでなく他にもあります。それらすべてが並んでいるのならば主観は入りませんが、その中から一部だけを抜き出して並べていることが問題なんです。「一覧に載っている作品と載っていない作品の違いは何ですか?」ってことです。基準は何だ?と何度聞いても答えていただけないから除去するしかないんですよ。--119.228.88.61 2010年10月20日 (水) 12:20 (UTC)Reply[返信]
何度、同じこをを書けばいいのでしょうか? ここまで何度も何度も同じことを書かなくてはならないのは、本当に馬鹿馬鹿しさを通り越して、むなしいです。--アイバー 2010年11月1日 (月) 06:10 (UTC)Reply[返信]
はぐらかすのはやめてきちんと答えてください。あなたは一度たりとも出典を示していません。今の一覧が何に基づいているのか出典を示して頂けたら除去はいたしません。ご安心ください。--119.228.88.61 2010年11月1日 (月) 10:32 (UTC)Reply[返信]
◆何度も書いているとのことであれば、そのうち一番短い発言を差分リンクでご提示いただき、「この発言で書いた」とおっしゃっていただくだけで構いません。ただ、アイバーさんが他者に何度も伝えているつもりであっても、現状ではどうも他者に伝わっていなさそうだ、少なくともIPさんと私の2者には伝わっていないということだけは認識いただきたいです。--NISYAN 2010年11月1日 (月) 22:23 (UTC)Reply[返信]
あまりに面倒なので転載します。いい加減にしてください。 リンク先に記事がある以上、その有用性は明らかであり、その記事へのリンクは適切なものです。また、どうしても有用性(や主観)に疑問があり、一部の作品へのリンクが許されないのであれば、受賞暦・販売数・出典…など、客観的な判断ができる作品にのみ掲載すればいいだけの話です。--アイバー 2010年11月2日 (火) 05:00 (UTC)Reply[返信]
ようやく出典が必要だと分かっていただけたようでよかったです。しかし、「リンク先に記事がある以上、その有用性は明らかであり、その記事へのリンクは適切なものです。」だと、「吉里吉里が使われている作品でWikipediaに項目が作られているのは、今の一覧に並んでいる17個だけでなく他にもあります。それらすべてが並んでいるのならば主観は入りませんが、その中から一部だけを抜き出して並べていることが問題なんです。」への答えにはなっていません。リンク先に記事がある=有用ならば、なぜ記事のある作品全てではなく一部だけを並べようとするのですか?今の一覧に主観が入って無い理由が「リンク先に記事があるから」だと説明になってないんですよ。
「また、どうしても有用性(や主観)に疑問があり、一部の作品へのリンクが許されないのであれば、受賞暦・販売数・出典…など、客観的な判断ができる作品にのみ掲載すればいいだけの話です。」については、今の一覧が何に基づいているのか分からないから議論しているのであり、「出典」を示していただけるのなら大歓迎です。今現在どういった「出典として使えそうな本や雑誌」をお持ちなのか(ご存知なのか)教えていただけませんか?--119.228.88.61 2010年11月2日 (火) 13:39 (UTC)Reply[返信]
と言いますか、現状の一覧記載条件はもはや追求しなくともよいのではないでしょうか?有用性や主観が混ざるなどの観点から疑問が出ており、一部あるいは全作品へのリンクが許されない(ニュアンスは異なりますが)という考えの人がいて、じゃあどうするかという提案が出ているというのが現状で、アイバーさんの考えは≪受賞暦・販売数・出典…など、客観的な判断ができる作品にのみ掲載すればいい≫と確認できたわけです。五斗米道さんの提案は、「吉里吉里の代表作あるいは関連の深い作品という第3者評価が行われている作品」を出典記載の上で残すということだろうと思いますし、左記、アイバーさんの意見を考慮すれば、この提案に対して反対という意見の人はいないのではないかと思いますがいかがでしょう?もちろん、はまぬんさんの意見は「少数の作品群となるなら一覧形式ではなく本文に組み込むのが妥当」ということだろう(ニュアンスは異なりますが)と思いますので、それらの作品をどのような形式で残すか(一覧形式か本文組み込みか)という観点では意見はあろうかと思いますが、形式の話は置いておき、五斗米道さんの提案(をベースにちょっと表現を変えたもの)に反対の人はいらっしゃいますか?
もし上記に反対の人がいないなら、後日私が書店に行ったときに「代表作として(作品名)が挙げられる」「(作品名)などで用いられている」「(作品名)などで知られる吉里吉里……」などのような第3者評価を出典として条件を満たす作品を確認し、その第3者評価を出典と共に付記、その作品数がどれほどになるかで本文組み込みか一覧記載かを判断すればいいのではないかと思うのです。そのような作品が10や20あるなら、「代表作としてはA1<ref>{{Cite book}}</ref>、A2<ref>{{Cite book}}</ref>、……、A10<ref>{{Cite book}}</ref>が挙げられる」などのように本文に組み込むよりは一覧のが見やすいだろうと個人的には思うのですが、まあそれは該当作品数を見てからの話ということで。なお、これらはこの記事に含めて記載する作品群の条件であって、別途全作品を含む一覧あるいはカテゴリを設けるかどうかの話とは別ですので、念のため。--NISYAN 2010年11月3日 (水) 00:06 (UTC)Reply[返信]
リンク先に記事がある=Wikipediaに記事のある作品を主観無く並べる方法としてカテゴリ化を上で提案しましたが、それについてはアイバーさんは何もおっしゃってませんのでその確認です。全作品ではなく一部の作品だけを並べようとする考えに変わりが無いか、返答の無い場合は、NISYANさんにお任せします。--119.228.88.61 2010年11月5日 (金) 12:10 (UTC)Reply[返信]
ええ、前段はそうですね。カテゴリを用いたWikipediaに記事がある作品の網羅については、私は積極的賛成なのですが、IPさん以外に賛成者がいらっしゃらない様子/反対者がいらっしゃる様子ですし、その根拠についての認識もすぐには合わせられそうにない様子です。後者については、本記事に全作品一覧が含まれる記事レイアウトに賛成の人は1人もいない(アイバーさんからは考えを明示いただいていない様子ですが、もし全作品一覧を残すという記事レイアウトにしたいとアイバーさんがお考えであれば、このコメントに返信いただけるでしょう)と思うので、そのケースは現状除外でいいだろうと思います。--NISYAN 2010年11月7日 (日) 05:26 (UTC) 編集ミスに伴う再投稿 --NISYAN 2010年11月7日 (日) 07:15 (UTC)Reply[返信]

現行一覧の一時除去(中間報告)編集

報告です。読みが甘かったです。3店舗確認して置いてあった、以下の2書籍(の「吉里吉里って何?」のような、書籍冒頭の章)を見た限り、使用作品は記載されていませんでした(見落としならその旨ご指摘ください)。

  1. 同人ゲーム 制作ガイドブック 応用編(ISBN 4-89627-316-8
  2. 同人ゲーム 制作ガイドブック 基礎編(ISBN 4-89627-315-X

タイトルを見た段階で応用編に記載がないことは仕方がないと思いつつ、基礎編には作品が載っていそうに思っていたのですが、ない様子で残念です。また、以下の3書籍については書店に置いてありませんでした。おそらく以下の書籍3には共著者の作品が載っているのでしょうが、その書籍が見つからなかったので確認はできていません。なお、来週も出張で、本日はその準備予定なので、今週末はこれ以上確認できない旨をご報告申し上げます。

  1. 吉里吉里/KAG ノベルゲーム制作入門(ISBN 978-4-7980-1659-7
  2. 萌えるゲーム制作 吉里吉里/KAGで作る美少女ゲーム(ISBN 4-8443-2264-8
  3. 吉里吉里/KAGではじめるゲーム制作(ISBN 4-87593-426-2

上記5書籍はいずれも吉里吉里作者ページの書籍欄に挙がっているものです。もしかすると、ゲーム制作者を想定読者とするゲーム制作入門書よりは、ゲーム制作者に限定されないパソコン月刊誌の1コーナーのような場所であれば使用作品は載っているのかもしれませんが、逆にそういうところにスクリプトエンジンの話が載るのかは疑問でもあり、結局そこまで詳細に調べることはできませんでした。

まあいずれにしても、上記の状況から考えて第3者言及あるいは吉里吉里作者言及がある作品は2 - 3作品に限られそうですので、結果、先の基準を適用するなら記事内においては一覧除去(前に挙げた2作品については本文内に内部リンク付きで記載)となりそうに思います。先の基準を適用することおよびその結果としての一覧除去に反対の人はいらっしゃいますでしょうか?もし反対の人がいらっしゃいましたら、一覧記載の客観的条件を(≪受賞暦・販売数・出典…など≫という抽象的なものでなく)具体的に提示の上で、その条件に見合うものがどの作品であるかを合わせてご提示いただきたく存じます。ひとまず反対者の意見を1週間ほど(週明けまで)待とうと思います(補:その間に前に挙げた2作品の本文加筆内容を考えておきます)が、反対意見あるいはご意見を待つ期間自体へのご意見があれば、コメントを宜しくお願いいたします(期間へのご意見についての補記:「反対意見だが、私事で忙しいので意見を纏めるのに3週間待ってほしい」とかはありだと思う。「2箇月待ってほしい」とかはなしだと思う)。反対意見がなければ、記事への反映(一覧除去と2作品の本文加筆)の後、記事本文と独立した網羅一覧/網羅カテゴリの話に移りたいと思います。--NISYAN 2010年11月7日 (日) 05:26 (UTC) 編集ミスに伴う再投稿 --NISYAN 2010年11月7日 (日) 07:15 (UTC)Reply[返信]

上記発言に気付いていない人もいるかもしれませんので再度書いておきます。週明け(15日を予定)までに反対意見がなければ、現時点の記事に含まれる「吉里吉里が使用されている作品」節を除去しようと思います。反対意見の詳細は週明けまでになくとも(予定さえ書かれていれば)構いませんが、詳細を記載する際は上記のように代替案(一覧記載条件とその条件を満たす作品群)の提示をお願い致します。--NISYAN 2010年11月14日 (日) 01:06 (UTC)Reply[返信]

  反対 なんで、この議論の流れで削除になるのか理解不能。ただ削除するなら、小学生でもできます。そんな事のために長々と議論したのではないはず…。出典があるのであれば、そこから作品を抽出するなり、販売数の多い作品・受賞暦のある作品を並べるなり、やる事はあるはずです。
あと、文章内で書けば良い…という意見には、疑問を感じます。それこそ主観でしょう。文章も一覧もまったく関係ありません。特筆性があるのかないのか…だけです。--アイバー 2010年11月14日 (日) 07:26 (UTC)Reply[返信]
  コメント コメントに気付かず、既に歴史という枠組みで本文加筆は済ませてしまいました。報告のつもりでノートに来たという状況です。加筆内容が不適切(文章内に示されている作品だけを取り上げる有意性がない、その作品の取捨選択が主観に基づく、という見解)であれば、差し戻しいただいても構いません。その場合は別節で説明します。そこで協議の上で、本文加筆部分の記載の可否を決めましょう。
で、どのような基準で記事内一覧を構成しましょうか?アイバーさん以外はどのような一覧とするかについて具体性を以って提示されているはずです(継続的議論に参加していないラッキースター・キッドさんを除く)。アイバーさんも具体的な案を提示してください、ということを既に示しているはずです。
  • IPさん:全記載、但し、本文に含めるのは妥当でないのでカテゴリに分割、初期は全削除の意見
  • はぬまんさん:全削除
  • 五斗米道さん:積極的とは言わないが全削除、吉里吉里の紹介媒体で紹介されていた作品を一覧にするのであれば出典ありとは言えるので、その条件の基に残してもよいかも(というニュアンスと読み取っています)
  • 私:全記載、但し、本文に含めるのは妥当でないのでカテゴリに分割
一応書いておくと、≪出典があるのであれば≫とおっしゃいますが、現状は個々の作品には単に「吉里吉里が用いられている」という出典が示されているだけです。私の前記案「全作品を記載」という一覧記載条件であれば「吉里吉里が用いられている」という出典さえあれば一覧記載条件を満たします。しかし、アイバーさんはアイバーさんの考える一覧記載条件をここまで具体的に示されていないのですから、「吉里吉里が用いられている」という出典が、その一覧記載条件を満たす出典足り得るかどうか、第3者には判りません。それにはまず、どのような一覧記載条件とお考えかをお教えいただかないと始まりません。比較的存続寄りの立場の私ですら、現状の一覧記載作品を存続させようにも、どのような出典を用意すればアイバーさんの考える一覧記載条件を満たすのか判らないというのが現状です。
再度書いておきますが、私の本意は除去ではなくカテゴリ化であり、その議論に早期に移行するために除去に賛成しているだけです。最終形という意味合いでの除去には賛成していませんので、≪ただ削除する≫などという誤解に基づく発言はご遠慮いただきたく存じます。--NISYAN 2010年11月14日 (日) 10:45 (UTC)Reply[返信]
アイバーさんは出典とこじつけの違いが分かってらっしゃらないようなので説明します。
  • 「Aという作品とBという作品とCという作品は、○○という本で吉里吉里が使われている作品として名前が挙がっていた」こういう出典を私やNISYANさんや五斗米道さんは求めています。
  • 「Dという作品は通販サイトの200x年x月のランキングに載っているから並べてもいいじゃん。Eという作品は○○アワードの××賞を受賞してるから並べてもいいじゃん。Fという作品は3万本以上売れてるから並べてもいいじゃん。」こういったものは出典ではなくこじつけです。自分勝手な基準ではなく、本や雑誌などの信用できる第三者情報源に基いて書いてください。
以前にも示しましたが、『Wikipedia:検証可能性』と『Wikipedia:信頼できる情報源』と『Wikipedia:独自研究は載せない』を必ず読んでください。--119.228.88.61 2010年11月14日 (日) 14:11 (UTC)Reply[返信]
粛々と話を進めましょう。この議論を見ていない人のためにTemplate:出典の明記Template:独自研究を貼って一定期間待ち、本や雑誌などの出典が示されればそれに基づいて修正し、示されななければ除去する。いつまでもゴネて駄々をこねる人の相手をせず、基本方針に従った編集を続ければどちらの言い分に道理があるのかは誰の目にも明らかでしょう。--119.228.88.61 2010年11月14日 (日) 14:11 (UTC)Reply[返信]
反対意見を待つ期間を後1週間(週明けまで)延ばしそうと思います。できればその期間中に、アイバーさんが考えている一覧記載条件の明示をいただいたいところです。
さすがに1週間後に、一覧記載条件がなく、単に「反対」だけのコメントがアイバーさんからあるようなら、行動理由はそのつもりではないのかも知りませんが、結果として議論妨害にしかなっていないように感じますので、利用者のコメント依頼を提出しようと考えています。Wikipediaにコメントできないほどの忙しさのあまりWikipediaでの活動が完全に止まるようでしたらもう少し、2週間期間を延長しようと思いますが、これまでも充分説明して充分待っているわけですから、そのあたりが限界かなと。なお、他の方が1週間や2週間待ってもいいというのが前提です。現段階で待ちきれないということでしたら、その方によって利用者のコメント依頼を提出されることについては否定しません(利用者のコメント依頼を提出するのはあまり得意ではないので、提出をお任せします)。ただ、私のスタンス上、利用者のコメント依頼は予告の上で行おうと思いますので、1週間の猶予を置きたいところです。--NISYAN 2010年11月14日 (日) 15:58 (UTC)Reply[返信]
◆期限が迫っているので、もう一度予告しておきます。今晩あたりまでに有意な異論、つまり「××××という、具体的な(言い換えると、現行記載されている作品、あるいは、Wikipediaに記事がある作品のうち、どれが条件を見たし、どれが条件を満たさないかが明確である)一覧記載条件とするのがよいと考えるので反対」というレベルの異論がないのであれば、今晩あたりの段階で、現行の本文内一覧を除去するつもりです。除去後は、分割一覧記事あるいはカテゴリの作成に話を進めるつもりです。--NISYAN 2010年11月22日 (月) 00:22 (UTC)Reply[返信]
受賞暦、販売数、メディアミックス化などは「実績」であり、こじつけではありません。月間ランキング程度でなく、年間ランキング10~20位以内くらいに入っていれば、どのジャンルであれ有用な実績と言えるでしょう。これを「こじつけ」と言うならば、他の多くの記事もすべて「こじつけ」で削除になりますよ。そういう馬鹿らしい事態を避けるために、私は反対しているのです。--アイバー 2010年11月22日 (月) 06:42 (UTC)Reply[返信]
≪有用な実績≫という基準自体に私は疑問がありますし、おそらく他者が納得するような基準とはならないでしょうが、それは置いておき、その前段の話をします。上に既に書いているように、≪現行記載されている作品、あるいは、Wikipediaに記事がある作品のうち、どれが条件を見たし、どれが条件を満たさないかが明確である≫基準をご提示ください。もし≪有用な実績≫という表現で既にそのような基準をご提示いただいているつもりであれば、少なくとも現行記載されている作品(もちろん、私がノートで挙げたある作品を含みます)それぞれについて、どのような≪有用な実績≫があるかを、「作品Aはこれこれの受賞歴がある」「作品Bはランキング×位を達成している」といった水準でご提示ください。受賞時期、ランキング発表書籍、ランキング集計店舗、順位などについては、多少あやふやでも構いません。個々作品についてその水準の情報を提示できないのであれば、やはり具体的な基準ではないと言うことです。そういう具体的な基準を何度も求めているつもりです。意図的にしろ意図的でないにしろ、具体性に欠ける説明をアイバーさんが続けている以上、やはりアイバーさんのコメント依頼を提出するのが妥当と考えますので、(ちょっと用事を済ませてからその後で)作成開始します。できましたら、私が作成している間に具体的基準についてご回答いただき、それが私を含めて他者を納得させられるものであることを願っております。作成後、コメントがないようでしたら結局は有意な異論はなかったとして一覧を除去します。コメントがあってもやはり具体性に欠けるコメントでしたら、アイバーさんに対するコメント依頼を提出させていただきます。できましたら、上に挙げた≪どれが条件を見たし、どれが条件を満たさないかが明確である≫基準をご提示いただければありがたいです。--NISYAN 2010年11月22日 (月) 15:51 (UTC)Reply[返信]
補足。コメント依頼作成完了時期、つまり、次の期限については予告しません。アイバーさんがいつも期限ギリギリでコメントされる以上、(意図的にしろ意図的でないにしろ)議論の引き延ばしをしていると考えるしかありませんので、アイバーさんを対象として期限を設ける際は、以降、期限を伝えるつもりはありません。--NISYAN 2010年11月22日 (月) 15:58 (UTC)Reply[返信]
◆アイバーさんのコメント依頼をローカルで作成したので、明日の朝25日終了の時点で具体性のある異論がないようでしたら、一覧を除去して次の議論に移ります。もしアイバーさんから具体性のない異論が出てくるようであれば、作成したコメント依頼を読み直したのちに提出します。具体性のある異論がでてくるようでしたら、どうするかはちょっと考えます。なお、待つ時間は従来より短いですが、私の直前の発言「2010年11月22日 (月) 15:58 (UTC)」以降にアイバーさんはWikipediaで活動されていますので、上記のコメントに気づいているものと判断し、このノートで発言する時間がなかったとは判断しません。--NISYAN 2010年11月24日 (水) 16:46 (UTC) 期限の明確化--NISYAN 2010年11月24日 (水) 16:50 (UTC)Reply[返信]
  反対 勝手に要求を突きつけて、それに従わなければ勝手に続行するのは、議論ではないでしょう。こちらはルール作りを提案しているのであって、それを議論することなく、ルールをすっ飛ばして出典要求ってのは、順番が違うでしょう。はっきり言って、私は5年以上Wikipediaに関わってきていますが、このように他の記事での常識が全く通用しないのは、初めての経験です。--アイバー 2010年11月24日 (水) 17:42 (UTC)Reply[返信]
  コメント 残念ながら「Wikipedia:コメント依頼/アイバー 20101125」を提出しました。もし思うところがありましたら、被依頼者としてのコメントをご記入ください。
≪ルール作りを提案≫については、他の方はどなたも具体性のある意見を既に出しています(参考)。具体性のない意見に基づく主張をしているのはアイバーさんだけです。≪それを議論することなく≫とおっしゃいますが、アイバーさんが具体性のあるご意見を提示いただけないがために議論にならないというのが、私の認識です。多分、IPさんの10月13日14時51分の発言≪「今の一覧は残せ。議論はしない。だが私の意見を無視するな。」これじゃ話になりません。≫から考えて、IPさんも同じ認識だと思います(議論が進行しないことの主要因がそこだという認識かどうかは判りませんが)。≪ルール作りを提案≫というなら、具体性のある意見、つまり、一覧掲載がどのような基準に基づくものであるか、あるいはどのような基準に基づくようにしたいかを、第三者でも「これは基準を満たす」「これは基準を満たさない」と判断でき、実際、現行の一覧に記載されている作品群に対しても基準を満たす/満たさないことがはっきり判るような基準を提示してください。≪有用な実績≫だけでは、ある作品が基準を満たすかどうかは第三者には判りません。基準があいまいだから出典要求という回りくどいことをしなければいけない話になるだけで、最初から具体的な基準をアイバーさんが提示していれば、出典要求などする必要はないはずなのです。その点をご認識いただきたいです。できましたら具体的な一覧掲載基準をご提示ください。--NISYAN 2010年11月24日 (水) 22:57 (UTC)Reply[返信]

議論停止から1ヶ月以上経ちますしアイバーさんもウィキブレイクとしてもまもなく最終編集から1ヶ月経とうとしています。一覧除去ということでよろしいでしょうか?--はぬまん 2010年12月29日 (水) 14:27 (UTC)Reply[返信]

他者が待てないのであれば、この節の主題である「一覧ないしはカテゴリのありようが決定するまでの間、独自研究が含まれる現行一覧の一時除去」という意味においての一覧除去には賛成します。前段の≪他者が待てないのあれば≫の意味は、アイバーさんが忙しいと言っていた時期のENDはクリスマス期らしいので、私はクリスマスが空けてから1週間は最低待つつもりだったというところです。クリスマスから1週間、1月1日でしょうか、まで待って、復帰されないか、当初予定を経過しているにもかかわらずなお復帰の目処に関する説明すらできない状況が続くか、復帰するが相変わらず同じ主張を繰り返すのであれば、その段階で一覧除去ということではいかがでしょう?--NISYAN 2010年12月29日 (水) 17:10 (UTC)Reply[返信]
了解しました、異論ありません。--はぬまん 2010年12月30日 (木) 07:29 (UTC)Reply[返信]
期日となったと考えます。私はこれ以上待つ必要はないと考えます。他の、考えを表明していない(アイバーさん以外の)人からとくになければ、除去ということで。--NISYAN 2011年1月2日 (日) 13:38 (UTC)Reply[返信]

  報告少々時間は過ぎましたが発言もありませんでしたので合意が取れたものとして除去を実行しました。--はぬまん 2011年1月12日 (水) 12:39 (UTC)Reply[返信]

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