ノート:松江騒擾事件/過去ログ1

最新のコメント:14 年前 | トピック:「無条件降伏」の語の除去に関する議論 | 投稿者:Yasumi

「無条件降伏」の語の除去に関する議論 編集

以下は、2009年3月から9月に渡る期間に為された、「無条件降伏」の語の除去に関する議論についてのログです。--Yasumi 2009年9月25日 (金) 10:32 (UTC)

「無条件降伏」の語の除去に関する問題について 編集

廿粁さんにより、「無条件降伏」の語を除去し「ポツダム宣言受諾と戦争終結」と書き換える編集がなされました[1](理由は未明示です)。これをうけて私は、情報源にしたがいつつ「無条件降伏」「ポツダム宣言」「戦争終結」の語をいずれも含む文脈に調整致しました[2]。しかしながらこのうち「無条件降伏」の語のみを廿粁さんは「玉音放送は大東亜戦争終結ニ関スル詔書に外ならない」として再度除去されました[3]

以上の状況をうけて、以下の理由により、差し戻しました。

理由は複数ありますが、初歩的な問題として、

  • 脚注付きで示しているように、情報源となる竹永氏ははっきりと「無条件降伏」と書いており、ここをむやみに書き換えられる理由はないこと。
    • 廿粁さんは除去の理由として「玉音放送は大東亜戦争終結ニ関スル詔書に外ならない[4]」としていますが、これは情報源となる竹永氏が「無条件降伏」と書いていることを否定する理由にはなりません。

他にも理由はありますが、まずは当該箇所の情報源を確認なさった上での編集をお願い致します。もしその上での編集であるならば、また話し合いに応じます。--ZERO 2009年3月18日 (水) 13:49 (UTC)

玉音放送は閣議決定された大東亞戰爭終結ノ詔書を読み上げたものです。s:大東亞戰爭終結ノ詔書についてはこちらで一読できます。ここには共同宣言を受諾する旨通告せしめたりと明記されています。ZEROさんは「玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた」の出典として竹永氏を挙げていますが、竹永三男「県庁焼打ち」(『島根県の歴史』山川出版社、2005年、322 - 326ページ。)で宜しいのでしょうか。--廿粁 2009年3月19日 (木) 02:04 (UTC)
はい、それです。あえてやや厳しい言い方をしますが、そもそも、「松江騒擾事件」の記事を編集しようとしているのに、脚注付きでその情報源が記されているにもかかわらず当該資料を読まず、特定箇所のみに編集除去を加えたというのは、おかしいことだと思いませんか。
再度申し上げますが、玉音放送の内容や大東亞戰爭終結ノ詔書の文面がいかなるものであったとしても(仮に「無条件降伏ニアラズ」と明文化されていたとしても)、玉音放送によって伝えられたものが「ポツダム宣言の受諾による無条件降伏」だったと竹永氏が書いていることは動かしようがありません。
【以下はは蛇足かも知れませんが・・・】
玉音放送を史的にどのように位置づけるか」という問題、また「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。
しかしながら、当ページにおいて信頼できる情報源として相対的に優先されるべきは、「松江騒擾事件を中心に取り扱っているもの」であって、「玉音放送」や「日本の降伏」を中心に取り扱っているものではありません(「玉音放送」の記事で優先されるべき情報源が「玉音放送を中心に取り扱っているもの」であるのと同様に)。記事の設計思想にはいろいろな考えの幅があるでしょうけれども、少なくとも本ページでは、こうした考えのもとに記事全体を構成しています。このあたりは、一部Wikipedia:秀逸な記事の選考/松江騒擾事件の際にも述べました。
したがって、松江騒擾事件を中心的に述べている情報源のなかで、ことさら「無条件降伏」を否定しているものがない限り、「無条件降伏」の語のみを除去する理由とはなりえません。情報源の誤字であったり、数字の更新であったりといった些細な点を他の情報源で補うならまだわかりますが。
このあたりは、現時点では廿粁さんに納得できないこともあるでしょうが、もし本気で当記事の編集に当たるのであれば、まず当事件に関する情報源を集めてみて下さい。それは当記事にとっても私にとっても幸いなことですから。その上で、段階的にお話ししていくこととします。--ZERO 2009年3月19日 (木) 09:37 (UTC)
併記として編輯しました。--廿粁 2009年3月21日 (土) 01:20 (UTC)
これまでの議論を無視しないでください。記事の全体構造の話、記述の必要性・不必要性の判断基準の話、最終的には廿粁さんの編集姿勢の話、それぞれについて、ここまでの節と私が示したリンク先において示しているはずです。これらの議論を踏まえた上で、本記事に沢山ある語句の中からなぜ「玉音放送」の部分に関してのみ「併記として編輯」することが合理性をもつのか、全く説明がなされていません。これは廿粁さんが「無条件降伏」の語を除去したことと全く同じ形式の無理解を繰り返しています。「併記として編輯しました。」というのは単に廿粁さんの行動を端的に書いただけであって、なんら理論的論拠のある答えではありません(私が「併記を消して編輯しました。」とだけ書いたら納得するでしょうか?)。
ここまでお話しをさせていただきましたが、そもそも、「松江騒擾事件」の記事を編集しようとしているのに、脚注付きでその情報源が記されているにもかかわらず当該資料を読まず、特定箇所のみに編集除去を加えたということだけでもわかるように、ここまでなされてきた選考やノートの議論をも顧みることなく編集を繰り返されると、記事の質を落とす以外の何の効果もありません。
再度申し上げます。もし本気で当記事の編集に当たるのであれば、まず当事件に関する情報源を集めてみて、その上で編集なさって下さい。--ZERO 2009年3月21日 (土) 16:14 (UTC)
私の編輯[5]についてですが、Wikipedia:中立的な観点に拠るものです。ZEROさんの記述はそのまま尊重し手を加えず、これに加筆したものです。例えば、Wikipedia:中立的な観点には「すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければならない」とあります。--廿粁 2009年3月23日 (月) 01:24 (UTC)

(インデントを戻します)

Wikipedia:中立的な観点の話に行ってもいいですけれど(ここまでの節とリンク先で既に述べていることですが)、ちゃんと議論を積み重ねるために確認させていただきたい。廿粁さんの編集は今まで3回あります。「無条件降伏」の語を除去した編集が2回[6][7]と、「無条件降伏であるか否かは論争がある」ことを書き加えた1回[8]。この議論の発端となったのは2度の「無条件降伏」の語を除去した編集ですが、すでに廿粁さんは「無条件降伏」の語を除去したことについて説明をなさらなくなりました。少なくともこの2回については方針にそぐわないものだったとお認めになっているんでしょうか?--ZERO 2009年3月23日 (月) 03:01 (UTC)

方針とは何を示しているのか不明ですが、出典の記述が分り難くかったということです。明確化と共にその上での編輯[9]であるとご理解頂ければと思います。--廿粁 2009年3月24日 (火) 00:45 (UTC)
方針とは、廿粁さん自身が話に持ちだしたWikipedia:中立的な観点のことです。 
廿粁さんは「無条件降伏」の語を除去した編集を2回[10][11]された後に、それをやめて今度は「無条件降伏であるか否かは論争がある」ことを「私の編輯[12]についてですが、Wikipedia:中立的な観点に拠るものです」という理由で書き加えられたのですよね。
その理由付けが妥当ならば、そもそも「無条件降伏」の語を除去して「ポツダム宣言受諾と戦争終結」と書き換える必要などありません。はじめから廿粁さんがWikipedia:中立的な観点を考慮していたのであれば、はじめから「無条件降伏」の語を除去することなく「無条件降伏であるか否かは論争がある」と書いていたはずです。
結局はじめの2回分の「無条件降伏」の除去については、廿粁さん自身の理解においてもWikipedia:中立的な観点にそぐわないものだった、と読み取れますが、これを認められますか?もしそうでないならば、「無条件降伏」の語を除去することがなぜ合理性を持つのか、Wikipedia:中立的な観点に拠って説明して下さい。
それと、「出典の記述が分り難かった」とのことですが、廿粁さん自身が書き換えた「ポツダム宣言受諾と戦争終結」には出典の記述が「分り難い」どころか、なにひとつ情報源の追加記述がありません[13]。「無条件降伏であるか否かは論争がある」ことを書き加えた1回[14]についても、無条件降伏へのリンクを張るだけで済ませてしまっています。他者には「出典の記述が分り難い」と言っておきながら、自分自身がそれに全く配慮しないというのは、説得力のない編集態度であって、責任転嫁以外の何者でもないと思います。
あと、先に言っておきますが、Wikipedia:中立的な観点をもってしてもなお「無条件降伏であるか否かは論争がある」ことを書き加えることに合理性があるとは思えません。しかしながらその話をする前に『「無条件降伏」の語を除去したこと』の是非について合意しておかないと建設的な議論にはなりません。一見もっともな理由をとってつけて、過去の編集をなかったことにすることだけはなさらないようにお願いします。まずは「無条件降伏」の語を除去したことについて、Wikipedia:中立的な観点と照らし合わせて適切だったか不適切だったかについて、お答え頂ければと思います。--ZERO 2009年3月24日 (火) 08:28 (UTC)
出典の明記によりこの百科事典に於ける三つの方針の一つWikipedia:検証可能性が満たされたと判断した為です。ZEROさんは上で「「玉音放送を史的にどのように位置づけるか」という問題、また「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。」と述べています。出典が必要なら必要で要求すれば宜しいのではないでしょうか。--廿粁 2009年3月25日 (水) 01:40 (UTC)

(インデントを戻します)

廿粁さん、しばらく本記事の編集から手を引かれることをおすすめします。これ以上議論を続けても、廿粁さんの執筆者としての評価を下げる以外の何の効果もないと思います。2009年3月25日(水) 01:40 (UTC)へ返答すると同時に、その理由を指摘します。端的には、ウィキペディアの方針に対する根本的無理解がみられるため各種方針の熟読期間が必要と考えられること(1・2)、協調性を伴わない行動と発言があること(3)、当事件に関するリサーチが致命的に欠けているため、当記事の質の向上に資することが期待できないこと(4)、によるものです。

  1. 一体誰が「無条件降伏であるか否かは論争がある」「玉音放送は大東亜戦争終結ニ関スル詔書に外ならない」と述べているのか、廿粁さんの編集にはノートや記事のどこにも全く記されていません(それどころか、読者にとっては竹永氏がそのように述べているかのような誤解を与える書き方になっている)。したがってWikipedia:検証可能性は満たされていない。もし私の「「玉音放送を史的にどのように位置づけるか」という問題、また「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。」という発言だけでそれが情報源になるとお考えなら、Wikipedia:検証可能性に対する無理解です。
    ※いちおう議論をご覧の第三者の方に補足しておきますと、もしかしたら『無条件降伏だったかどうかについて、論争があるなら書き加えたら?』という意見があるかもしれません。しかしながらそれが廿粁さんから情報源付きで示されたとしてもなお、それを書き加えることに合理性を私は見いだせません。その理由については後々述べるつもりでしたが、廿粁さんは出典付きで論争があることを示せる段階に至っていないので、そのことについて私は今だ話せないままです。
  2. 「出典が必要なら必要で要求すれば宜しいのではないでしょうか。」という発言も、Wikipedia:検証可能性(出典を示す義務を負うのは、書き加えようとする側)およびWikipedia:独自研究は載せないに対する廿粁さんの理解不足です。Wikipediaでは記事本文に出典を示すのが必要なのは大前提であって、要求されてはじめて示すものではありません。それが示せない情報は原則独自研究として排除されます。出典が必要ではない場合というのは一部の例外を除いてあり得ません。廿粁さんは自分でWikipedia:検証可能性を話に出しておきながら、実際はその内容を理解できていません。
  3. 『「無条件降伏」の語を除去したことについて、Wikipedia:中立的な観点と照らし合わせて適切だったか不適切だったか』をお伺いしているのに、2009年3月25日 (水) 01:40 (UTC)ではそれに対する回答が全くありません(自身の編集をWikipedia:中立的な観点と照らし合わせていない)。これは対話を無視しているのと同じです。また先にも述べたように、他者には「出典の記述が分り難い」と言っておきながら、自分自身がそれに配慮した編集をしていないというのは責任転嫁をしている証拠です。これらは協調性を伴う行動といえるでしょうか。
  4. そもそも「松江騒擾事件」の記事を編集しようとしているのに、脚注付きでその情報源が記されているにもかかわらず当該資料を読んでいないことからもわかるように、廿粁さんには当事件記事を発展させるだけの情報収集が欠けています。これは、考慮すべきガイドラインであるWikipedia:児童・生徒の方々への「本を読んで調べたことだけを、書いてください」を遵守していません。

以上です。この事件に関して十分に調べた方であれば、実のある議論になったかもしれません。しかしながら廿粁さんはウィキペディアの諸方針について無理解があり、当記事の内容について話し合いをする以前の問題でした。その根拠と理由は上にまとめたとおりですし、実質的な対話の無視をなされていることから(4)、この私の発言の主旨が理解されるかどうかすら危惧しておりますが、少なくとも第三者の方が事情を理解できるだけの理由は提示いたしました。これ以上廿粁さんが、方針の無理解とリサーチ不足に基づく誤謬を繰り返されないよう、自主的に当記事の編集から手を引かれることを期待致します。--ZERO 2009年3月25日 (水) 04:32 (UTC)(書き忘れがあったので同時刻に訂正)

ZEROさんの方こそ「ウィキペディアの方針に対する根本的無理解がみられるため各種方針の熟読期間が必要と考えられること、協調性を伴わない行動と発言があること」に当るのではないでしょうか。ZEROさんは上で「他にも理由はありますが、まずは当該箇所の情報源を確認なさった上での編集をお願い致します。もしその上での編集であるならば、また話し合いに応じます。」などと話合いに条件を付けたりするなど、当初よりご自身のお考えが正当であるかのような言葉が散見されていますね。抑もここで議論すべき事は記事の編輯についてだと思いますので、ZEROさんの姿勢がどうとかは触れないようにしていたですが。売り言葉に買い言葉になるのでここで止め、次に記事について触れます。私の言葉が分り難いようですので噛砕いて述べます。「玉音放送は大東亜戦争終結ニ関スル詔書に外ならない」は[15]の編輯の要約です。Wikipedia:検証可能性が必要な理由をお聞かせ下さい。「無条件降伏であるか否かは論争がある」は[16]の記事の記述ですが、Wikipedia:中立的な観点の「中立的な観点とは何か? 「偏りのない」「中立的な」というのはここでどのような意味で使われているのか?」の記述例に従ったものです。これを取消したZEROさんの編輯[17]はWikipedia:中立的な観点に反する為、取消されるべきと考えます。無条件降伏に関する出典として「東京裁判 日本の弁明 「却下未提出弁護側資料」抜粋 講談社学術文庫」を挙げます。「それどころか、読者にとっては竹永氏がそのように述べているかのような誤解を与える書き方になっている」について、私の編輯[18]で脚註を適切な位置へと変更しましたのでこの批判は当りません。出典がついていない記事は全てWikipedia:検証可能性を理由として原則、ウィキペディアから削除できることになりますね。併し乍ら共通の理解があるものなど出典を必要とするまでもないものには附けられませんね。「また「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。」と言いながら出典やWikipedia:検証可能性を持出したことに疑問を感じます。合理性の如何に関わらず、すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければなりません。これはこの百科事典の三大方針の一つであり「絶対的で交渉の余地のないもの」です。よってZEROさんの差戻し編輯は差戻されるべきであると考えます。--廿粁 2009年3月26日 (木) 01:46 (UTC)
追記します。私の編輯[19]について、「玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。」を残したことを問題としていますが、この部分はWikipedia:検証可能性により、「(然し、玉音放送は大東亞戰爭終結ノ詔書を読み上げたものであるが、これにはポツダム宣言の受諾、国体を護持し得た事などが記されている。無条件降伏であるか否かは論争がある。無条件降伏も参照のこと)」の併記とした部分はWikipedia:中立的な観点によるということです。--廿粁 2009年3月26日 (木) 07:15 (UTC)


(インデント戻します)

依然として前掲3番に関する回答がないので、事実上対話を無視しているのと同じ状態が続いているんですけれども、廿粁さんの情報源が示されたこともあり、話しを進めておきます。そちらのほうがよほど記事本文に対する重要度が高い議論なので。

「すべての記事は特定の観点に偏らずあらゆる観点からの描写を平等に扱い、中立的な観点に沿って書かれていなければなりません。」
これは廿粁さんがWikipedia:中立的な観点から引いてきたものですが、確かにそれはその通りです。ただ、Wikipedia:中立的な観点は、重要な制限事項のもとに適用されることも、当然留意されていますよね?つぎに引用します。

重要な制限事項がひとつあります。複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません。論争を説明する際には、少数の人々が支持する観点が、あたかも非常に広く受け入れられている観点と同じだけ注目に値するかのような書き方をするべきではありません。それは論争の形について誤解を与えかねません。公正に論争を記述するためには、競合する様々な観点を、その主題についての専門化や関係者の勢力に合わせて提示すべきです。

下線と強調は私が記入しました。ようするに、松江騒擾事件に関するかなり多くの情報源を集めて、何が多数派で何が少数派なのかという「松江騒擾事件についての専門家や関係者の勢力」が理解できていないと、その主題に関するWikipedia:中立的な観点を理解することはできないんですよ。

つまり、いくら『先の終戦が無条件降伏だったかどうか』を廿粁さんが図書館で調べてきて出典付きで示せたしても、その情報源が「松江騒擾事件についての専門家や関係者」の手によるものではない限りは、少なくともこの記事本文で書くべき争点かどうかを論議することにすら値しません。日本の降伏とか玉音放送の記事本文でやるべきことであって、当事件の本文に記す価値のある論点とは言えません。だから私は前から「Wikipedia:中立的な観点をもってしてもなお「無条件降伏であるか否かは論争がある」ことを書き加えることに合理性があるとは思えない」と言っています。

廿粁さんがやっと提示した『東京裁判 日本の弁明 「却下未提出弁護側資料」抜粋』だって、『東京裁判』に関する情報源ですよね。だったら『東京裁判』の記事とノートで主張なさってください。これが「松江騒擾事件」に関する資料だったら考え直したんですが・・・・・私はずっと言っていますよね、「まずは当事件に関する情報源を集めてみて、その上で編集なさって下さい」と。

さて、廿粁さんに質問します。(1).松江騒擾事件の専門家や関係者のうちで誰が(2).当事件とどのような関連性において「無条件降伏であるか否か」についての論争をしているでしょうか。廿粁さんがいままでこれだけ、Wikipedia:中立的な観点に拠って編集をなさった、と自分から方針を持ち出して主張なさるのならば、当然この質問に答えられるはずです。ついで前掲3番に関する当初のご自身の当初の編集についてもWikipedia:中立的な観点と照らし合わせて回答をお願いします。

逆に、私が提示している竹永氏は松江騒擾事件について当該資料を書いていますので、当事件の専門家や関係者として、そのなかに含まれます。島根大学で松江騒擾事件に関する授業もされているようですしね。したがって、Wikipedia:中立的な観点の制限事項に基づいて許容範囲です。というわけで、一体誰の主張なのかもわからない記述を除去した私の編集[20]Wikipedia:中立的な観点に反しません。

竹永氏だけで示されるのが不満ならば、さらに『松江騒擾事件』について克明に記した猪瀬直樹「恩赦のいたずら」(『天皇の影法師』朝日新聞社、1983年版)を示します。

  • 「八月十五日の玉音放送で日本が無条件降伏したという事実を十分に受けとめきれなかった日本人は少なくなかった。」(187ページ)
  • 無条件降伏を受け入れてしまえば、「天皇の存在の否定」は時間の問題」(188ページ)
  • 「日本の無条件降伏に反対し徹底抗戦を叫んだ事件としては」(188ページ)

・・・・同著にはまだまだ沢山ありますけど、ついでに事件関係者の方が

  • 「あの時、日本がポツダム宣言を受諾して無条件降伏したということの解説があった後に」(194ページ)

と述べていることも付記してきます。さらにもうひとつ、『島根県大百科事典』(企画・編集 島根県大百科事典編集委員会、山陰中央新報社開発局『島根県大百科事典 上巻』山陰中央新報社、1982年。)の杉谷正執筆「島根県庁焼き打ち事件」から。

  • 「岡崎らは、日本の無条件降伏は」(782ページ)

はい、端的に掲示してみました。以上の通り、この事件に関する専門家や関係者の勢力においては「無条件」をことさら否定する勢力があるようには、私にはとても見えませんが、廿粁さんは一体、この事件に関するどんな情報源を調べて、それを言っているのですか?

【以下はその他の質問について答えておきます】

  • 「玉音放送は大東亜戦争終結ニ関スル詔書に外ならない」は[21]の編輯の要約です。Wikipedia:検証可能性が必要な理由をお聞かせ下さい。
この質問もウィキペディアの方針に対する根本的無理解です。「必要な理由」は、ここがウィキペディアだからです。日本に来て「なんで日本国憲法を守らなきゃいけないのか」と言っているのと同レベルの質問です。またこの質問が出てくるのは、3月19日の私の発言「玉音放送の内容や大東亞戰爭終結ノ詔書の文面がいかなるものであったとしても〜(中略)〜と竹永氏が書いていることは動かしようがありません」をふまえていない証拠です。過去の発言をふまえて発言ができないのは対話の軽視です(協調性を伴わない行動)。
  • 「それどころか、読者にとっては竹永氏がそのように述べているかのような誤解を与える書き方になっている」について、私の編輯[22]で脚註を適切な位置へと変更しましたのでこの批判は当りません。
もしもし?脚註を2つにしているのはわかりますが、[23]の編集のどこに、廿粁さんの参照した情報源が書いてあるのですか?[24]の編集周辺には竹永氏の脚注しかありませんよ。もう一度よく3月25日の(1)を読んで下さい。これも対話の積み重ねの軽視です(協調性を伴わない行動)。

【以下、直接記事内容に関係ない瑣末な点】

  • 当初よりご自身のお考えが正当であるかのような言葉が散見されていますね。
その通りですが、何か問題でも。誰しも自分の考えが「正当だ」と考えているから、意見を述べているのです。それは廿粁さんも同じでしょう。自分が「正当ではない」と思う考えを述べるのはウソツキだけです。
  • (各種情報源を確認した上での議論参加をすすめたことに対して)話合いに条件を付けたりする
これもその通りです。一次関数のわからない人にいきなり二次関数の話をしてもまったく理解が期待できないし時間の無駄なのと同じように、相手の理解度によって段階的に話し方をかえるのは、相手との協調性を重視するための意思疎通の大前提でしょう。そしてここは『執筆者養成講座』ではありません。方針の理解や情報源の収集は「自分自身ですることです」。松江騒擾事件についてある程度書ける見識を身につけてから、記事を編集して下さい。
  • 出典がついていない記事は全てWikipedia:検証可能性を理由として原則、ウィキペディアから削除できることになりますね。
えっ、今頃気づいたのですか。これについてもWikipedia:検証可能性をちゃんと読んでいるなら自明のはずなのに。尋ねなければ確認できないようならば方針に対する無理解を露呈していることになります。ただ記事の発展には段階があり、書きかけの記事もありますから、それをいきなり消すと問題になると思いますからご注意下さい。いずれにせよ、他の記事については他の記事のノートで聞いて下さい。
  • 併し乍ら共通の理解があるものなど出典を必要とするまでもないものには附けられませんね。
廿粁さんの編集は竹永氏の主張と食い違っていたので、「出典を必要とするまでもない共通の理解」ですらありません(そもそも「共通の理解」なんてものはウィキペディアには原則あり得ないと思います。)。
  • 「また「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。」と言いながら出典やWikipedia:検証可能性を持出したことに疑問を感じます。
あのう。。。先にこの議論でWikipedia:検証可能性を持ち出したのは、私ではなくて廿粁さんですよ?お忘れになったのなら引用します、「出典の明記によりこの百科事典に於ける三つの方針の一つWikipedia:検証可能性が満たされたと判断した為です。」。これ以前に私は一言もWikipedia:検証可能性について口にしていません(もちろん知ってはいましたが)。この節を順に上から読んでご確認ください(第三者の方にも確認して頂きたい)。廿粁さんが議論に持ち出したのに、私のせいにされたのではたまったものではありません。もうご自分の発言すら把握できなくなっているのならば、方針や情報源を理解する以前の問題です。また、私はこの事件に関する情報源を自分で調べて、検証可能性と中立的な観点に基づいた結果、書き加える必要は「ない」という立場に結果に半年以上前から身を置いているので、Wikipedia:検証可能性に基づく限り矛盾は生じていません(出典を示す義務を負うのは、書き加えようとする側)。

以上です。再々度言います。まず当事件に関する情報源をたくさん集めてみて、自分で持ち出した点を理解できるようになってから、編集なさって下さい。あと、自分で言ったことをちゃんと覚えておいて下さい。質問に答えるのはそれからで構いませんし、そうしないと答えられないと思います。--ZERO 2009年3月26日 (木) 10:59 (UTC)

Wikipedia:中立的な観点にある「公正に論争を記述するためには、競合する様々な観点を、その主題についての専門化や関係者の勢力に合わせて提示すべきです。」の「主題」をZEROさんはその記事の名称となった題或はその事柄についてであると解釈しているようですね。しかし、私はこれは争点を形成した中心的な問題、事柄であると解釈しています。この解釈のずれが私とZEROさんとの議論の主要な論点を形作っているのではないでしょうか。(先ず解決されるべき点だと思いますので、その他の質問と些末な点は省きました)--廿粁 2009年3月27日 (金) 01:29 (UTC)
もう一点、これに続いて「しかし、これは少数派の観点が、それぞれの記事においても軽い扱いを受けるべきだ、ということではありません。ウィキペディアにはサイズの制限はありません。そのようなページにおいて、その観点が詳細に説明されているかも知れませんが、その観点が真実であるといった形で表現されるべきではありません。」とあります。--廿粁 2009年3月27日 (金) 01:46 (UTC)
あの、すでに半ば回答を放棄されたので薄々お気づきかと思うのですが、廿粁さんにはもう無理です。もし廿粁さんが当初からこうした解釈の持ち主ならば、編集したのが「無条件降伏」だけではすむはずがないんです。あらゆる語句に「〜には争点がある」と書いていたはずです。(この点に関する廿粁さんへの疑念は、3月21日に私が既に書いています。「本記事に沢山ある語句の中からなぜ「玉音放送」の部分に関してのみ「併記として編輯」することが合理性をもつのか」と。2009年3月27日 (金) 04:45 (UTC)に追記。)
仮に、100歩以上譲って「争点を形成した中心的な問題、事柄であると解釈」、すなわち「争点がある事柄には争点があると書く」というこの解釈が正しいものだとしたら、偏りなく記事を書くには、争点が存在する全ての語句に「〜には〜という争点がある」と書かなければならなくなります。まず、本記事のあらゆる語句に争点は潜在的に存在しますよね?わかりやすい例を挙げれば、記事冒頭にある「日本」という語にだって「昭和22年までは大日本帝国と記すのが正式ではないか」という争点が存在するし、「太平洋戦争」だって以前廿粁さんが別な場所で議論を引き起こしたように「太平洋戦争と呼称するのが本当に正しいのかという争点」があるわけですし、「勤皇まことむすび」だって「勤王まことむすびと書くのが正しいのではないか」という争点が存在します。
そして何を『「中心的」な問題』とするかは何らかの制限を掛けない限り、読んでいる人間の知識・関心によってまったく異なるがゆえに、あらゆる読者が想定されるウィキペディアにおいては、そのすべてにおいての争点を書き上げなければ偏りが解消できません。
ようするに、もし廿粁さんが「争点を形成した中心的な問題」だと解釈したら、今から廿粁さんはすぐに「無条件降伏」だけに偏ることなく、記事本文の「日本」だとか「太平洋戦争」だとか「勤王まことむすび」とか「島根県」とか「松江市」とか数百以上のあらゆる語句に対して、それぞれあらゆる情報源を収集し、まず「どんな争点があるか」を洗い出さなくてはならない(これだけで数十年以上かかる)。そして争点があったならば、その一つ一つについて脚注を付けなければならなくなりますよ?もちろんその説明文にも語句があるでしょうから、それについてもさらに同様の作業を繰り返さなければならなくなります。いつ完成するとも知れませんが、いくらサイズの制限はないとはいえ、できあがったものはもはや松江騒擾事件を理解するにはとんでもなくバランスの悪い何かへんなカタマリの文章の完成です。つまり、そのように解釈したとしても、廿粁さんにも誰にも、それを行うだけの能力はない。
そして元に返ると、廿粁さんは「解釈のずれ」だと言っているので、私の解釈が「間違っている」というところまで言及するに至っていません。私は私の解釈の通りに記事を書き上げることが現実的に可能です(現状で「完璧だ」なんてことは口が裂けても言いませんが。ねこぱんださん、誤字の訂正ありがとうございました)。廿粁さんは廿粁さんの解釈で記事を書き上げることができない。どちらがより現実的かはもはや自明でしょう。--ZERO 2009年3月27日 (金) 03:07 (UTC)
この一節の頭に「重要な制限事項がひとつあります。」とあります。この制限とは「複数の観点を比較する記事では、少数派の意見について、より広く普及している観点と同じだけの詳細な説明を加える必要はありません。」でしょう。この節で述べていることは少数派の意見についての制限です。--廿粁 2009年3月28日 (土) 00:43 (UTC)

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もう十分です。3月27日 (金) 01:29 (UTC)の時点で既に私からの質問を無条件放棄された状態になられたので、対話が成立していない(私は全て答えています。3月28日 (土) 00:43 (UTC)の指摘も、それを指摘したところで何ら私の意見が間違っていることにはならない)。廿粁さんの意見と方針の解釈は、理解不足(3月25日第2項)と自家撞着(3月25日第1項)と対話の軽視・責任転嫁(3月25日第3項)と致命的なリサーチ不足(3月25日第4項)だということが、ここまでの経過で第三者の目にも明白だと思います。ご自分でも薄々お気づきでしょう。

最後に、Wikipedia:児童・生徒の方々へより引用して、次の言葉を廿粁さんへ差し上げます。

  • 本を読んで調べたことだけを、書いてください。
  • 調べものをするひとたちのためにウィキペディアへ参加するのでしたら、まず自分から読み調べる姿勢をもちましょう。
  • 注意されたら、まず「自分の行動のどのようなところが注意されたのか」を、最低でも一晩、よく休んで考えてみましょう。注意したひとは、注意したわけをいちいち全部説明してくれないかもしれません。

最低でも以上の3点、これが守られていない限り、行き当たりばったりに方針文書を持ち出したとしても、廿粁さんの発言は誰の目にもまったく説得力を持ち得ません。あと、この事件と関係のない本を読んでもしょうがありませんよ。

また、自分がしたことをスッパリ忘れてなおかつ相手がしたことだと勘違いし、あまつさえ批判の根拠にしながら謝ることもしないなら、誰も信用してくれません。再度お忘れになっているかもしれないので引用します。

  • 「日本の降伏が無条件降伏だったかどうか」等々の問題について、議論があることは周知の通りです。」と言いながら出典やWikipedia:検証可能性を持出したことに疑問を感じます。

はじめにWikipedia:検証可能性を持出したのは廿粁さんなのに。本当にあきれる。

そして、これからのことを書いておきましょう。これから廿粁さんがいくら「『東京裁判 日本の弁明』に書いてあります。検証可能性を守っています」と主張し編集をしたところで、

「その本は当事件と直接の関係はない。関係があると言っているのは当事件について情報収集をしていない廿粁さんの主観のみに過ぎない。当事件と関係のない情報を書き込まれる道理はない。ウィキペディアは単なる情報やデータを無差別に収集する場所ではありません(Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか)。詳しくはノートを。」

という理屈をもって、私がしなくても、この議論を見た人なら誰でもみんな、それを差し戻すことが可能となります。その根拠はこの節全てです。

それでは廿粁さん、お元気で。編集者としての良心が僅かでもあるなら、自分の編集を自分で差し戻して下さい。それができれば、いくらか第三者の心証も回復できるはずです。もしつぎに私が廿粁さんと話をする機会があるなら、それは廿粁さんがこの事件に関するいくばくかの情報収集をしたその後のこの場所か、もしくは廿粁さん自身に関する議論の場でしょう。前者であることを期待します。--ZERO 2009年3月28日 (土) 03:28 (UTC)

蒸し返すようで申し訳ありませんが・・・本件に「無条件降伏」という記述が妥当であるかどうかに関して、論点がズレていると思います。
私も現状の「日本の終戦から事件発生まで--1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。」という文章内にある「無条件降伏」という表現は背景となる事象説明に相応しくない語句と考えます。
本件の記述は『松江騒擾事件』の固有事象ではなく、背景となる「敗戦(あるいは終戦、戦争の終結、日本の降伏)」という事象について述べた物です。これが当事者の認識などであれば別ですが、「敗戦」という事象について「無条件降伏」の評価を与えているのはあくまでも竹永氏や猪瀬氏等のPOVであり、事象の説明には不適と考えます。POVでも引用を踏まえた説明文で後続の文章に繋がるのであれば問題ないでしょうが、本件はあくまでも個別の事件説明に入る前の敗戦という事象説明なので、前後の文章に使用されている「概要」項目の書き出しの「この事件は太平洋戦争終結直後に発生した、日本の降伏に反対する騒擾事件のひとつである[3]。・・・」や、次段落の文頭の「この8月15日の終戦を前後して、・・・」にも使われている「敗戦」などの語句とした方が相応に思えます。
「玉音放送によって」「ポツダム宣言の受諾による無条件降伏が」「国民に伝えられた」 という文章ですが、玉音放送で国民に伝えられたのは無条件降伏なのですか?玉音放送で伝えられたのは「敗戦(または上記)」であり、それに対しての反動が「継戦」を主張する本事件であり、敗戦の評価の一つが「無条件降伏」という言葉で置き換えられているように思います。
私は事件本題についての竹永氏や猪瀬氏の著作を読んでいませんが、事件の前提となる事象説明については事象名のみ書いてリンクを張り(今回の場合は日本の降伏項?)、事象の評価についてはリンク先でやればよいと思います。事件本題に関する著者の記述があるとしても、敗戦評価や敗戦形態についての著者POVを原稿の文章に盛り込む必要を感じません。逆に事件当事者が敗戦を「無条件降伏」と捉えていたというような記録があったり、著者の敗戦への評価を記述する項目ならば「無条件降伏」の語句を使用するのは妥当だと思います。如何でしょうか?
(追伸:厳密に言うと「敗戦」も「終戦」の一種のPOV表現なのでしょうが、文章が「(日本)国民」に続いているので、全体表現としては許容範囲かなと)--yasumi 2009年4月29日 (水) 11:05 (UTC)
yasumiさんこんにちは。まず先に書いておきますと、「事件当事者が敗戦を「無条件降伏」と捉えていたというような記録」があります。戦後に、事件を回想した際ですけれどね。『天皇の影法師』朝日新聞社、1983年版、194ページです。
つぎに、そもそもの全体的な考え方を話しておきます。
  • 竹永氏や猪瀬氏等のPOVであり、事象の説明には不適」「厳密に言うと「敗戦」も「終戦」の一種のPOV表現
POV表現」以外の表現方法が存在するかのような前提でお話しをされているのでひとつハッキリさせておきますと、およそ人間が表現したモノである限り、POVではないものなどあり得ません。「それはPOVだ」という指摘をしても、それだけでは不適かどうかの基準にはなり得ません。あらゆる事象における(「地球は自転している」というような、科学的観測によって導き出されたものも)、「事象説明」は必ず誰かしらのPOVです。yasumiさんのご意見である「当事者の認識などであれば別ですが」すなわち、「当事者のPOVならOKで、竹永氏や猪瀬氏等のPOVは不適」という基準がなぜ記事執筆の上で妥当なんでしょうか。それは「当事者寄りの記事を作れ」ということになりかねず、そういう記事の作り方は賛成しかねますし、また、猪瀬氏のPOVは当事者のインタビューに基づいている部分が多く、当事者のPOVとくっきり分離できるようなものではありません。
  • POVでも引用を踏まえた説明文で後続の文章に繋がるのであれば問題ない」「文章が「(日本)国民」に続いているので、全体表現としては許容範囲
ちょっとこの点について説明を補足していただけますか。具体的にはどういう文章の繋がりを想定していて、なぜその場合に限っては問題ないのですか?
  • 「玉音放送によって」「ポツダム宣言の受諾による無条件降伏が」「国民に伝えられた」 という文章ですが、玉音放送で国民に伝えられたのは無条件降伏なのですか?玉音放送で伝えられたのは「敗戦(または上記)」であり(後略)
私は自分の個人的意見を記事に書いているわけではありませんので、そうした質問や意見は私に向けるのではなくて、情報源をご自分で確認の上、出版社や著者自身にお問い合わせ下さい。そのあたりは、3月19日 (木) 09:37 (UTC)で既に述べております。
  • 事件本題に関する著者の記述があるとしても、敗戦評価や敗戦形態についての著者POVを原稿の文章に盛り込む必要を感じません。
yasumiさん自身が「盛り込む必要を感じません」というだけならば、それなら読み飛ばして下さい、としか申し上げられません。Wikipediaは様々な知識・関心を持った人が読みます。yasumiさんのように「リンク先でやればよい」という人、逆に「ある程度背景に触れておくべき」という人。「事件当日のことだけ書けばいい」という人。「首謀者の生年月日」だけを知りたい人。様々な考え方を持った人がこの記事を読むことが想定されます。そのなかでなぜ、yasumiさんの基準だけに合わせて記事を作らなければならないの?と聞かれたときに、どうお答えになるでしょうか(参考までに、利用者:ZERO#「冗長」と「説明不足」をご覧いただければと思います)。私は「竹永氏がこのような導入文を記入している」ということを記述の根拠にしています。しかし「事象の評価については本文から除いてリンク先でやればよい」というのは何ら根拠がありません。--ZERO 2009年4月30日 (木) 03:01 (UTC)

日本の降伏を無条件降伏と表現する背景説明文について(再提議) 編集

早速論点が逸れていますね。一度、章を区切ります。各論に対する質問が出ていますが、巻戻って確認させて下さい。
(その1)論点は一般的な背景説明の箇所の文章表現についてです。ここで説明したい事象は敗戦であって、無条件降伏と言う語句は竹永氏や猪瀬氏が敗戦という事象を評価した言葉であって説明したい事象そのものではありませんし、無条件降伏は定義無しには観点によって大きく意味の異なる語句です。一般説明文には万人に通じる一般的・客観的な語句を使うべきでしょう。私が「無条件降伏」の代案にあげているのは「敗戦」「終戦」等です。また、この意見は個別記事に於ける当事者の記録や評価の引用を妨げる物ではありません。
(その2)「当事者のPOVならOKで、竹永氏や猪瀬氏等のPOVは不適」という基準 >>誤解されているようですが、私はそのような基準適用を主張していません。一般説明には一般的な言葉を使用すべきであり、個別説明には引用を踏まえてPOV表現も許されるであろうと申しています。Zero氏は論点の文章をこの項目特有の個別説明だと解釈為されているのでしょうか?まずは論点をはっきりさせましょう。--yasumi 2009年4月30日 (木) 10:03 (UTC)
横から失礼します。私もZEROさんの論理展開に対して全面的に意見を同じくするわけではなく、違和感を感じるところもいくつかあるのですが、それ以上にyasumiさんの論理はよくわかりません。ポツダム宣言の受諾が「無条件降伏」であったかどうかは評価が定まっていないから使うべきではない、ということなのでしょうか?それだったら、あれが「敗戦」や「終戦」だったのかだって、同様に議論はありますよね?その時点ではまだ降伏文書に調印したわけでもないのですし。むしろ本事件はポツダム宣言受諾決定・公表後、降伏文書調印前という最も微妙な時期に起きた事件なわけで、かえって「終戦」のほうが不適切だという見方だってできるはずです。それが「無条件降伏」はダメで「終戦」がいいというのは私にはよくわかりません。もっとも、ZEROさんのおっしゃることを見ていても、「無条件降伏」でなければならない理由はよくわからないのですが。--122.29.83.144 2009年4月30日 (木) 11:56 (UTC)
ええ、ですから「終戦」は今回の文章で国民に通告された事象を適切に表現した物だと思っていますよ。国民は当局の目的通りに戦争の終結を知らされたわけです。「終戦」表現には依存ありません。また今回の文章上で、それを伝えられた客体が日本国民であるため「敗戦」でも文章が成り立つと思います。あるいは単なる「降伏」でも当てはまるかも知れません。
しかし「無条件降伏」とは、終戦や敗戦、降伏という国民に伝えられた事象を特定の定義に基づいて特定の人が終戦を評価した言葉です。終戦の意味の一つが無条件降伏なのかも知れませんが、文章を読んで背景の一般説明に使う言葉として通じる言葉なのか?妥当性に疑問があります。何を伝えるための文章であるかを考えれば明確だと思うんですけど?--yasumi 2009年4月30日 (木) 12:15 (UTC)
一般的な語句に置き換えても良いということには賛成しますが、今回の場合だと、その前提となる「無条件降伏と言う語句は竹永氏や猪瀬氏が敗戦という事象を評価した言葉であって説明したい事象そのものではありません」が真かどうかわかりません。当該資料において、この松江騒擾事件を考えるに辺り、あえて「無条件降伏」と言う語を使ったのかもしれませんから。Yasumi氏が当該資料を読んで、あえて「無条件降伏」を用いるほどに強い意味や背景を持っていたわけで無いと判断した上で、今回の提案を発議したというなら、読んでない私は反対はいたしません。そうでないなら、勇み足かと思います。--EULE 2009年4月30日 (木) 12:34 (UTC)
無条件降伏が本文中でどういう意味であるかという解釈が必要な時点で、一般説明文に使われる一般事象用名称として問題があります。終戦・敗戦・降伏の意味や意義を評価・解釈した評者が、意味や意義に付けた題目が無条件降伏と言う言葉ですよ。それに、個別事象の説明として必要ならば終戦の意義や意味を表現する必要があるのでしょうが、本件は背景の一般事象を説明している部分です。国民は玉音放送や終戦の詔書をうけての内閣告諭などで戦争が終わった事を知らされたわけですが、無条件降伏が特定解釈の一つである以上は定義も説明もないまま文章を読んで、終戦・敗戦・降伏ならば通じる文章が、無条件降伏では通じないのです。一日待ってコメント依頼に出してみたいと思います。--yasumi 2009年4月30日 (木) 13:02 (UTC)

(インデント戻します)

ええと、帰ってきたら沢山コメントがついているのでちょっと追い切れていないかも知れませんが、ひとまずyasumiさんに。

「『終戦』なら適切で、『無条件降伏』なら妥当性に疑問がある」とか、「無条件降伏が本文中でどういう意味であるかという解釈が必要」とか、「無条件降伏では通じない」とか、全部yasumiさんのPOVですよね。「妥当性に疑問がある」かどうか、「解釈が必要」かどうか、読んだ人間の知識や立場によっていくらでも変化するなかで、なぜyasumiさんのPOVに合わせて記事を作らないといけないの?という話をしているのですが。私は「竹永氏がこのような導入文を記入している」ということを記述の根拠にしています。しかしyasumiさんのPOVには何ら根拠が示されていません。

つぎに、「一般的な語句」の「一般的」とは何ですか?それは「yasumiさんのPOV」とは具体的にどう違うんですか?これも、読む人の環境によってその語句が「一般的」かどうかは全く異なると思います。「万人に通じる一般的・客観的な語句」はこの世に存在しません(あったら教えて下さい)。たとえば、あの戦いは「敗戦」ではないから認めないという人、いくらでもいます(この時点で万人に通じていない)。「敗戦」も「終戦」も「無条件降伏」も、「万人に通じる一般的・客観的な語句」ではありません。(「一般説明文」と「個別説明文」の違い、「一般事象」と「個別事象」の違いについても、どんな点でyasumiさんが区別をおいているのか、念のため補足をお願いします。2009年5月1日 (金) 04:36 (UTC)追記)

  • ここで説明したい事象は敗戦であって

「〜したい」というのは誰かの願望を指す言葉ですが、いったい誰が「ここで説明したい事象は敗戦」だと言っているのですか?

  • 無条件降伏は定義無しには観点によって大きく意味の異なる語句です。

「無条件降伏」に限らず、「敗戦」であれ「終戦」であれ、いかなる言語のどんな語句も「観点によって大きく意味が異なります」し、定義したとしても「観点によって大きく意味は異なります」。

  • 何を伝えるための文章であるかを考えれば明確

EULEさんの言うこととも重なりますが、厳密に言えば、「何のためか」など書いた本人にしかわかりませんし、読んだ人間が好きに読み取ればいいことです(ある作家のエッセイで、息子が国語のテストを受けたらその作家の文章について「作者は何が言いたいのか」と出題されて、どれが正解かわからなくて作家本人に聞いたら本人が解らなかった、そんな話があったと思います)。

  • Zero氏は論点の文章をこの項目特有の個別説明だと解釈為されているのでしょうか?

「竹永氏が松江騒擾事件を説明するために書いた内容と語句と分量に基づく記述である」という点から考えるならば、この項目特有の個別説明といえるでしょう。あと、私(ZERO)とは別に「Zeroさん」がいらっしゃいますので、表記にはご注意下さい。コメント依頼を出していただくのは構いませんが、コメント依頼というのは、人が集まらなかったり1対1では埒があかなかったりするときに功を奏する場合が多く、もう十分様々な人がコメントをしていただいていると思うのですが。。。。--ZERO 2009年4月30日 (木) 15:43 (UTC)

122.29.83.144さんからの質問「「無条件降伏」でなければならない理由はよくわからない」についても、お答えしておきます。「竹永氏が松江騒擾事件を説明する際に冒頭でそのように書いている」という、とてもシンプルな理由です。それを動かすならそれなりの論拠が必要だ、というだけの話です。--ZERO 2009年4月30日 (木) 15:59 (UTC)

失礼しました。「出典にはそのように書いてあるのだから何が何でもそう書かなければいけない」という主張なのかと私が勝手に誤読をしていただけのようです。「出典にはそのように書いてあるのだからそれを動かすならそれなりの論拠が必要だ」という主張ならば理解します。そのとおりだと思います。--122.29.83.144 2009年5月1日 (金) 16:03 (UTC)

引用元に書いてある表記を、勝手に修正してはいけないと思いますが、どうしてこうもめるのでしょうか。 --ねこぱんだ 2009年4月30日 (木) 23:00 (UTC)

まず、始めに。こういう中立的視点が問われるような件において、「一般事象用名称」などという造語はお控えください。「本質的」などと一緒で、「その一般とは何ぞや」と言う話になりますので。それを踏まえた上で、最終的には、資料を用いてそれを噛み砕いて記述するのがここウィキペディアですから、yasumi氏が当該資料にあたって、あえて無条件降伏という言葉を使うほど強い意味や背景が無いと考えるなら、終戦などに代えても良いでしょう(まあ、こうやって論争になってるからには、最終的にそれを証明する必要がありますが)。逆に言えば、本件については、根拠として出典が提示されている以上、その出典を無視することはできない。その資料を無視した論争や価値観などに何の意味も無いです。--EULE 2009年5月1日 (金) 05:44 (UTC)

ひとつ質問ですが、出典が網羅している文章は「」がないので出典からの引用ではなく出典を元にして編集者が参照再編したものですよね?だとするなら「無条件降伏」については争いがあることを挿入してもよいでしょう。引用であるなら著者の表記を改変もしくは挿入は誤解を招く表記になってしまいますが、現在の本文では「」はなく、あまりに長文なので逆に著者の表記ではなく一般説明文であるかのような誤解を招く編集になっているようです。争いのある文章や語句は客観的中立的にに表現すべきですから、引用「」を付けるか、もしくは脚注挿入可能な参照再編文とするかはっきりした表現にすべきではないでしょうか。また、もし松江騒擾事件について「無条件降伏」を用いるほどに強い意味や背景を持っていたとするなら著書の中で言及されていると思われます。そうであるならその出典と共に記事も充実してゆくものと思います。Seisakudeuon 2009年5月1日 (金) 19:29 (UTC)

(追記)「無条件降伏」を用いるほどに強い意味や背景を持っていなかったとするなら、敢えて争いのある語句を用いることもないし、持っていたとするなら「無条件降伏」の語句が欠かせないと同時に争いのあることの脚注説明も必須と考えます。Seisakudeuon 2009年5月1日 (金) 19:53 (UTC)

コメント依頼を出しました。
またもや各論の質問で議論が拡散とそうすが、だいたいポイントを把握したので纏めます。
  • 提議。松江騒擾事件の記事に於いて「玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。」という文章について、特に無条件降伏という評価の定まらない論争のある語句を採用する妥当性の是非。
  • ZERO氏の主張「(現在の文章は固有事象の説明であるので)(竹永氏が書いた内容に基づくので)この事件を著述した竹本竹永氏の背景説明に従う必要がある。逆に言えば、事件を主体的に記述していない者の記述を採用する根拠はない」(←Yasumiの認識ですので誤解の可能性もあります)(2009年5月5日 (火) 11:37 (UTC)修正、ZERO氏2009年5月4日 (月) 03:52 (UTC)コメントに基づき)
  • Yasumiの主張「この文章は事件固有の説明文ではなく、国民が政府(天皇)から終戦を告知された、という事件に由来しない一般背景説明文である。なぜなら目的語が国民であるから。」
付け加えるなら、この日の放送で国民に伝えられた終戦の詔勅や終戦の詔書をうけての内閣告諭には無条件降伏・敗戦・終戦の語句は出てこないが、今日日本では告知内容について終戦や敗戦という語句を使った説明が通俗的である。(通知内容の名称に終戦が採用されているのは前文の通り)
また、現状は竹本竹永氏が著述した島根県の歴史の近現代史部分の一部とされているが、引用の体裁を取っていないし、文章を直接引用した物でもない。竹本竹永氏が使用している語句という点では、同章の中に敗戦や戦争の終結という語句も使用されている。無条件降伏という定義の仕方でブレの大きい語句を使用するより、一般に敷衍している語を用いるべきである。実際に文章を読んでもどのような定義で無条件降伏の語を使っているのか理解出来ず意味が通じない。
論点は本件が事件固有の記述と評価するか否か?あるいは事件に由来しない一般的な説明文か否か?だと思います。--yasumi 2009年5月1日 (金) 22:00 (UTC)
「背景の説明だから、一般用であるべきだ」という前提には異論があります。例えば「三方ヶ原の戦い」において武田と徳川どっちを主に記述するかで、例えそれが中立的に見える内容であっても、その内容は大きく異なります。背景でもです(まあ、これの場合はそれぞれの視点で併記すれば良いですが)。これは極端な例、わかりやすい例ですが、例え一見すると当該の内容の固有ではない事象であっても、それが全体に意味を持つ可能性は否定される物ではありません。大体、それが一般論的な物であるなら(どこに記述されていても普遍的な物であるなら)、ここで説明せず「詳細は○○を参照」とでも書いて省けば良いんですよ。
それはさておき、私は概念上は「敗戦⊃無条件降伏」であり、しいて言えば、より無難な語に変えると言う意味でなら賛成です。ただ、それを一般語とかそういう観点で用いるべきだと言うなら、それは反対です。具体的な根拠を示さなければ「一般」なんて定義できないですから。ただ、賛成にしろ反対にしろ、出典がある以上は、その資料を前提としない限り、何の意味も無いと考えます。何度もでも言いますが、出典がある以上は、出典を前提としない議論に何も意味は無い。これは、今回の件に関する話題というより、ウィキペディア一般を秩序立たせるためのルールだと考えます。--EULE 2009年5月2日 (土) 02:35 (UTC)
とりあえず私の主張の部分について。「(現在の文章は固有事象の説明であるので)」がちょっと違います。「(竹永氏が書いた内容に基づくので)」です。ノートページの話し合いにおいて、yasumiさんの言う「固有事象」「一般事象」という語の定義や両者の違いがいまだに示されていないし(EULEさんの指摘した『根拠なしに「一般」は定義できない』もその通りだし「通俗的」もそう)、そうしたyasumiさんの基準や区分に従って記述をしているわけではないので、そこが論点だと言われてもお話ししようがないのです。あと些細な点ですが、竹本氏ではなくて竹永氏です。竹永三男氏は島根大学教授で、近現代島根県地域史を教えています。
  • 出典からの引用ではなく出典を元にして編集者が参照再編したものですよね?」(Seisakudeuonさん 2009年5月1日 (金) 19:29 (UTC))
  • 引用の体裁を取っていないし、文章を直接引用した物でもない」(yasumiさん 2009年5月1日 (金) 22:00 (UTC))
私の読み取り方が間違っている可能性を暗に示されるのならば、ご自分で確認なさってください、といわざるを得なくなってしまいます。322ページ本文1行目、天皇の玉音放送によって国民に伝えられたのは、ポツダム宣言の受諾による「何」だったかが、そこに書いてありますので、ご確認下さい。私が出典をもとにしながら妥協案として提示できる最大限は、「『無条件降伏』は別な語句に置き換えたりせずそのままに、すこし後の文章の「政治的激動」の箇所を「こうした敗戦直後の政治的激動」と書き換える」。ここまでが限度です。
yasumiさんがポイントを把握するのはいいですし大事なことでしょうけれども、今までの私の質問にも答えて頂けませんか。--ZERO 2009年5月2日 (土) 05:45 (UTC)
1.何が記事記載に相応の根拠たり得るのか?という点の定義がまちまちで議論になっているわけですが、問題となっている8月15日に玉音放送で国民に伝えられた「」について、通常は「終戦の詔勅」「終戦の詔書をうけての内閣告諭」という名称で呼ばれる物が放送されています。これらはアジア歴史センター等でネット公開もされており、何処で呼ばれているかいちいち提示が必要でしょうか?この一次資料が「」の根拠に成らずして何が根拠になるのでしょうか?皆様、原文読まれて内容も理解されていますよね?竹永氏はその放送された「」の内容をわざわざ評価・細分化して「無条件降伏」と表現しています。
2.何度も言うように何故、終戦の説明語句を松江騒擾事件の著述に依存あるいは制限しなければならないのか理由が分かりません。松江騒擾事件は終戦に由来しますが、終戦は松江騒擾事件に由来しません。特にそれが極めて定義のあやふやな語句であり、文章を読んでも日本語として通じないのでなおさらです。
3.また2項の観点から、仮に松江騒擾事件に関連した固有事象の説明として必要であれば「竹永氏は・・・無条件降伏・・・と述べている」「犯人は・・・無条件降伏・・・と認識」などの引用体裁が必要だと思いますが、現状そのようではないし、引用するほどの記事内容とも思えません。
4.以下、現状記事や関係書物からの引用をしますが、「無条件降伏」の語句を使用しているのは竹永氏の記述のみであり、その竹長氏の著述も含めて全体的に説明に使用されている語句は「終戦」「戦争の終結」「敗戦」「降伏」などの語句が広く使用されています。
  • 現状の説明文 日本の終戦から事件発生まで 1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。同月16日付『島根新聞』社説では、これを「休戦の詔勅」と伝えた。鈴木貫太郎内閣は総辞職し、17日には東久邇宮内閣が発足した。(ウィキペディア日本語版「松江騒擾事件」2009年5月2日 (土) 03:48版からの引用終わり)
  • 『島根県の歴史 県史32』2005年山川出版社(近現代-竹永三男著) 11章過疎地に芽吹くもの 1-戦後島根間出発点  県庁焼討ち● 昭和二十年(一九四五)八月十五日正午、ポツダム宣言の受諾による無条件降伏が、天皇の「玉音放送」によって国民に伝えられた。『島根新聞』は、これを「休戦の詔勅」と伝えた(同紙十六日付「社説」ほか)。十四日付の内閣告諭で「国体の護持」と「承詔必謹、刻苦奮励」を国民に告げた鈴木貫太郎内閣は総辞職し、十七日、皇族の東久邇宮稔彦内閣が発足したが、東久邇首相は、二十八日の記者会見で「国体護持」「一億総懺悔」を論じるとともに九月五日のの貴族院議場でも、「飽く迄も承詔必謹、大詔の御精神、御諭を体し、大御心に副ひ奉書る」ことを「臣子」のつとめであると強調した(『帝国議会貴族院議事速記録』)。 こうした敗戦直後の政治的激動の中で、(以上引用。以下敗戦を受けての島根の状況説明へ移る)
  • 『島根県の歴史 県史シリーズ32』1969年山川出版社(内藤正中著) 4後進性の打破をめざして  敗戦と県庁焼討 (戦争末期の島根の状況を記述のため中略) こうした状況の中で、県民は八月十五日をむかえ、日本の敗戦による戦争終結を知った。同日夜島根県知事は、松江放送局のマイクを通じて『戦争の責任は国民みんなで分けあおう、戦後の難局は戦争中以上にきびしいものであるが、お互いに食糧の増産と職域の完遂をめざして、祖国の再建に努力しよう』とよびかけた。(以上引用、段落終わり。以下騒擾の状況説明へ移る)
  • 『島根県の百年 県民百年史32』1982年山川出版社(内藤正中著) 1戦後復興と民主化運動  皇国義勇軍の武装蜂起 終戦は八月十五日であった。しかし十七日から十九日にかけて松江上空に飛来してきた美保海軍航空隊の戦闘機は、海軍航空司令部の名前で、「終戦は天皇の御真意ではなく、一部の反戦分子、親米派の陰謀である。われわれは君側の奸を一掃し、断乎抗戦を続ける。国民諸君も奮起されたい」という趣旨ののビラを巻いたという。 県民のなかにも抗戦派がいた。(以上引用、以下騒擾の状況説明へ移る)
  • 参考までに『『新修 島根県史』通史篇(三)現代』1967年臨川書店(島根県編)についても、戦後史として「終戦」「敗戦」「降伏」等の用語を使って終戦の背景説明をし、焼き討ち事件の記述へ繋げています。
5.ZERO氏よりのご質問についてですが、各論多岐多数に渡っているので、再度重要な質問をピックアップして頂きたいと思います。--yasumi 2009年5月3日 (日) 09:22 (UTC)
もっぱらZERO氏に対しての反論ですが、私の観点から1と2に関して一応反論。
1に関して言えば「通常」も一般とさして代わらないです。2に関して言えば、「終戦の説明語句を松江騒擾事件の著述に依存あるいは制限しなければならない」理由は、それは、ここで説明しているのが松江騒擾事件だからでしょう。終戦を説明しているページなら別ですが。--EULE 2009年5月4日 (月) 00:34 (UTC)
1について、公文書として「御署名原本・昭和二十年・詔書八月十四日・大東亜戦争終結ニ関スル詔書」とタイトルされていると言えば良いのでしょうか?まさに玉音放送の原稿そのものです。2について、終戦を説明している箇所ですよ、それ以外の何なのです?かつ文意上は次段落の「こうした敗戦直後の政治的激動の中で、」で受けている詳細です。他の提示資料も「無条件降伏」に依存しない終戦説明をしております。
ある時は、引用文は松江騒擾事件を説明した物である、と評価し。またある時は、引用語句の選択を評価する必要がないと評価する。文章を読んだり読まなかったりと矛盾しているのではありませんか?そもそも引用書については島根県の通史を書いた文章ですよ。また「引用書は松江騒擾事件を竹永氏が書いた物と認識する」「何故なら竹永氏が書いた文は松江騒擾事件であるから」循環論法ですよね?他の提示書の書き方とも違いますし。--yasumi 2009年5月4日 (月) 01:28 (UTC)
対立する概念(例としてID論と進化論)としてなら良いが、包括する概念としては、そういうのは根拠足りえない。その論拠が正しいなら、何故、竹永氏はあえて「無条件降伏」の語を用いたのか?あえて、その中の1つに限定した理由は、当該資料を読まなければわからない(読んでない私には当然わからない)。だから、引用元の資料を読む必要があり、それを元に議論する必要がある。それが始めから私の論旨の全てです。だから、資料を読む読まないという前提を抜きにすれば、包括する概念と言う点において、より次元の大きな区分に代えて無難な語として用いるという意味でなら、少なくとも私は反対しないと言ってるでしょう。あと最後に関しては、しいて言うなら「竹永氏の資料を用いた結果、竹永氏の観点に沿った物になること」と、「松江騒擾事件には松江騒擾事件(ないしそれに類する物)の資料を前提にすべきだ」であり、これは別に言うまでも無く循環論法ではありません。ニュアンス的に終戦の箇所には終戦の資料を用いるべきだと言っているようなので反論したまでで、そうで無いなら、先に謝っておきます。--EULE 2009年5月4日 (月) 01:47 (UTC)
まず先に。5月2日 (土) 05:45 (UTC)で述べたとおり、yasumiさんの言う「固有事象」「一般事象」という語の定義や両者の違いがいまだに示されていないため、私の主張だとされた「(現在の文章は固有事象の説明であるので)」に対して肯定も否定もできません。双方の違いを定義できるまでは、私の主張の部分を「(竹永氏が書いた内容に基づくので)」に直していただけませんか。ついで「一般説明文」と「個別説明文」の違いについても説明をお願いします(ここまでが【質問1】)。あと、現状記事や関係書物のうち「無条件降伏」が竹永氏の記述のみだと言われましたが、「yasumiさんが掲示した範囲内に限って」ですよね?すでに私が別な情報源からのものを3月26日に書いています。以下、EULEさんの指摘とも重なる部分があるかも知れないですし、追い切れていない部分があるかも知れませんが、ご了承下さい。
4について。お調べになった通り、竹永氏は玉音放送によって日本国民に伝えられたものがポツダム宣言の受諾による「無条件降伏」だと間違いなく書いています。したがって、ここを「敗戦」「終戦」と置き換える道理はなく、意図的に「実際には書かれていない内容」に書き換えるわけにはいきません。資料を調べてこられたように、いずれもそれが「無条件降伏」を否定するものではありません。なぜか『玉音放送で伝えられた「何か」』ではない部分で、「終戦」「戦争の終結」「敗戦」「降伏」の語が広く使われていることを指摘されていますが、なぜその指摘が、当該箇所の「無条件降伏」が書き換え可能になる理由になるのですか?【質問2】。
yasumiさんがご自分の目で確認されたとおり竹永氏は、日本国民に伝えられたものがポツダム宣言の受諾による「無条件降伏」だと書いています。第三者の方にも確認して頂きたい。これで「出典と見比べて誤解を招く表現だから正確にしろ」「出典に基づいて情報を増やせ」「別な情報源も使って両論併記しろ」といわれるなら、こちらならまだわかります。しかし、せっかく廿粁さんの意見に近づけるよう出典に基づく情報を増やしたのに、いまさら「あえて出典と乖離した不正確なものにしろ」といわれても応じられません。竹永氏の記述に基づく「無条件降伏」を、勝手に別な語へ書き換えてよいのかどうか。基本的に、話はこれで終わりのはずです。
【以下は質問に対して答えておきます】
  • (1について)」「この一次資料が「何」の根拠に成らずして何が根拠になるのでしょうか?
廿粁さんに言ったことと同じですが、いくら表現を大仰にされても同意できません。執筆時に使用した情報源そのものを根拠とすべきです。この箇所は「一次資料でどう書かれているか」「今日日本では通常どう言われているか」を執筆したのではなく、「竹永氏がどう述べたのか」に基づいて執筆したのですから、当然根拠は竹永氏の記述です。同形式のことはすでに3月19日 (木) 09:37 (UTC)に書いておりますのでご確認下さい。また「一次資料でどう書かれているか」「今日日本で通常どう言われているか」といった類、前者は二次資料で示されている見解を曲げるようなことはしてはいけないし、後者を出典なしにウィキペディアに書いていいはずがないでしょう。もしそれが許されるなら、はじめから竹永氏の情報源など使う必要はないはずで、自分で一次資料を読んで(勝手に「通常」を判断して)記事を書けばいいという理屈が通ってしまう。私はそういうやり方には賛成しかねます(自分の読解力が正しいという証拠を、第三者に示せない)。
  • (2について)「終戦の説明語句を松江騒擾事件の著述に依存あるいは制限しなければならないのか理由が分かりません。
文章を書いたときの出典に基づくべき、というそれだけの話です(情報源に書かれていないことは書けない)。読んだ人がいかに「あやふやな語句」「中立的ではない」と感じようとも、本文にそう書かれている以上は仕方のないことです。また、松江騒擾事件との関係が不明確な情報源をこの記事に持ち込む道理はないでしょう。それをもって記入したとしても「この事件に関係ない、だから削りなさい」といわれたら、削らざるを得なくなる。
3について。その書き方でも構いませんが、脚注で示すこととどう違いをつけているのですか?【質問3】私は「脚注だけでなく本文に出すかどうか」をまだ100%突き詰めて考えているわけではないのですが、「皇国義勇軍の人数」のような、誰から見ても相違として示せる事例以外は、「誰々は「〜」と書いている。」と本文に書く必要はあまりないと考えます。Wikipediaは「〜」内の寄せ集めで本文が出来ているのですから、もしそれを許せば、Wikipediaのあらゆる本文に「誰々は「〜」と書いている。」と書かなければならなくなります。また、調べてこられた例をもってしても、『玉音放送で伝えられた「何か」』が「無条件降伏」であることを否定するものはなかった。もし今後そうしたものが見つかったのなら、まずは両論併記でしょう。少なくとも、竹永氏の名の下に書き換えて良いはずがない。
  • 引用文は松江騒擾事件を説明した物である、と評価し。またある時は、引用語句の選択を評価する必要がないと評価する。文章を読んだり読まなかったりと矛盾しているのではありませんか?そもそも引用書については島根県の通史を書いた文章ですよ。
そう、たったいま指摘されたように、いかなる場合であっても情報源からウィキペディア上へと「情報をまとめ、百科事典としての体裁にする」という行為の際に、文章を「評価する」ことから逃れることはできません。それなら出典に基づいて、なるべく正確にできるのだったらそうすべき、という話なのです。あと確かに、他の箇所を含めると「島根県の通史」ですが、当該箇所の節のタイトルは何ですか?と聞けば、納得していただけるのでしょうか。--ZERO 2009年5月4日 (月) 03:52 (UTC)

・・・・いっぺん議論から離れてPOV全開で話をします。「松江騒擾事件の周辺で有条件降伏が語られるようになってからにしてもらう」というところではどうしても納得できませんか。お調べになったとおり、なかなか体系的にこの事件を書くというのは難しく、情報源自体を探すのも結構大変です。そこで最近、ようやく紀要レベルで話をされるようになってきた、質はともかくとして。色んなブログを見ても、当事件に関心を持ってくれる人も増え始めました。だから今後、松江騒擾事件と無条件降伏かどうかとの議論が、世間の俎上にあがってくるはずなんです。そのときを待っても遅くはないと思うのですけれど。--ZERO 2009年5月4日 (月) 04:33 (UTC)

出典からの「引用」ではなく出典を元にして編集者が参照再編したもののようですから、文章の属性は著者ではなく編集者(ZEROさん)による一般的な説明文ですよね。「引用」の場合は「『無条件降伏』は別な語句に置き換えたりせずそのままに」しなければなりませんし、出典を参照再編したZEROさんによる一般的な説明文でもそのほうがよいのですが、「無条件降伏であるかどうかには議論がある」等の脚注挿入を「引用」時の感覚で拒否できないと思いますよ。

「引用」の場合はその発言者がわかるように明示すべきだし、たとえ出典を参照再編したものであっても「引用」ではないZEROさんに属性のある文章では脚注は排除できないでしょう。また著者が松江騒擾事件について「無条件降伏」に強い意味や背景を持たせているならその文章をそのまま「引用」すべきで、読者のZEROさんがそう読み取ったとして脚注を許容しない編集をしてしまうのは独自研究になってしまいます。Seisakudeuon 2009年5月4日 (月) 17:40 (UTC)

  • ZERO氏の2009年5月4日 (月) 03:52 (UTC)の質問を受けて。
【質問1の回答】私が文中の記述について「固有事象」「一般事象」と言い分けた事についての言葉の定義。一般事象の表現が難しければ非固有事象と言い換えます。固有事象とは松江騒擾事件に由来する記事固有の事象です。犯行・被害・影響の説明や関係者の心証などの記述を想定していました。一般事象(非固有事象)とは事件の前提となる社会情勢・時代背景など松江騒擾事件に限らず当時の状況説明などを想定していました。今回の議論ではの目的語が「国民」と松江騒擾事件に固有しない対象であるので後者と認識しています。松江騒擾事件は終戦に由来しますが、終戦は松江騒擾事件に由来しません。
【質問2の回答】文章を読んだ上で現行理解が難しい説明文を理解可能にするためです。
【質問2の逆質問y1】そもそも今回の提議に至る根本的疑問点であり、現行記事中の「1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。」を読んだ上で、文中に使われている無条件降伏はどのような意味で使われて居るんですか?(つまり、記事の著者は読者にどのような理解を与えることを目的として無条件降伏をを選んだのか?) 既に回答済みと認識していると思いますが、再度文章を読んでも無条件降伏の意味が分からないと言う質問に対しての見解をお願いします。
【質問3の回答】この件については、現状の文章箇所への適用を考えていないので質問が成立しません。あくまでも当事者認識等の引用として固有事象を説明するための表現で許されるであろうケースを書いたまでです。
【質問y2】ZERO氏の論調は、竹永氏の著述は全て松江騒擾事件を説明した物であり、そこに書いてあることは必要な語句であることを起点にしているように理解しています。しかし独自解釈を用いないと言う主張とは裏腹に、独自解釈で出典元・出典範囲を選別し、出典文を変容させている時点で独自記事であることを免れません。POVについて十把一絡げに括られた発言がありましたが、書くにしろ読むにしろ常識や論理に於いて軽重があり、我々は百科事典を編集する上で読者が読んで理解される記事を目指さねばならないし、出典元の取捨選択にしても内容を良く吟味比較して妥協点を見つけ出さねばならない物だと思います。これは「自分で一次資料を読んで(勝手に「通常」を判断して)記事を書けばいいという理屈が通ってしまう。私はそういうやり方には賛成しかねます(自分の読解力が正しいという証拠を、第三者に示せない)。」に反しているのではないのですか?
【Yasumi3についての返信について】後半についてですが、私が確認した竹永氏、内藤氏、県史の記述の内容を吟味しても、日本の全体説明から松江の地域説明、続いて松江騒擾事件の個別説明という記述の流れを取っており、それらは当然読者への理解を深めるため、事件を語る前に大から小へ説明を進めているという常識に則った記述でありましょう。かつて私か書いた「ここで書きたいのは・・・」に対してZERO氏が「願望を指す言葉」と理解されたようですが、これは文章の説明目的について書いた物であって「読者の理解を深めたい」という願望と言えなくもありませんが、だからといって著述者がPOVを避けたいという願望から文章の目的も内容も理解もせずに出典元に特定の信仰を持つのは如何な物でしょうか?
【POV全開についてのコメント】終戦を説明するのに於いて、それを評価したに貼ったレッテルである無条件降伏や有条件降伏などという定義に書ける語句を使うことはナンセンスだと思います。
  • EULE氏2009年5月4日 (月) 01:47 (UTC)を受けて。
「敗戦⊃無条件降伏」については私も同感です。単文では目的語が国民である以上、松江騒擾事件に固有しない表現であると認識しています。後続文に与える効果については、少なくとも私が読んだ出典とされる『島根県の歴史』2005年版、その前の版の1969年版、内藤氏の著述、県史の該当箇所を読んで「無条件降伏」が終戦などの無難な語以上に特筆すべき表現であるとの認識を受けず、かつ無条件降伏自体の定義を理解出来ませんでした。--yasumi 2009年5月5日 (火) 11:37 (UTC)
前にも述べたように、yasumi氏が当該資料を読んで出した結論であるなら、資料を読んでない私は例え賛成であっても、これ以上は何も言えません(言っても意味が無いですし)。あとは資料を読んでいるZERO氏とすり合わせをお願いします。
ただ、提示された資料を元にしない議論に意味は無いと言う点については、有用な反論を頂いておりません。もっとも今回については、資料を元にしていただいたので、既にこの論点は今回の議論に何の意味も成しません。なので、私はこれで退席させていただきます。もし、この論点がウィキペディアで活動する上で重要な論点になりうるとお考えでしたら、次は井戸端辺りですかね。それでは。--EULE 2009年5月5日 (火) 14:18 (UTC)
おつきあい頂きありがとう御座いました。そろそろ次のステップかと思っているのですが、どうも対立点を上手く表現出来ないので今後もご善導頂ければ幸いです。
【提示された資料を元にしない議論に意味は無いと言う点について】議論に意味はないとは思いませんが、引用形態を取らずに独自に編集を行った筆者が無条件降伏の定義に踏み込まない以上は議論未満、あるいは議論を避けられている状況ではないかと思います。--yasumi 2009年5月5日 (火) 23:15 (UTC)
  • 出典元の取捨選択にしても内容を良く吟味比較して
と言われましたけど・・・・yasumiさん、「出典元の取捨選択にしても内容を良く吟味比較」するのが大事なら、なぜ「事件本題についての竹永氏や猪瀬氏の著作を読んでいない」という箸にも棒にもかからない態度で議論をはじめたんですか?4月29日から5月3日までの議論、いったい何のために行われたんでしょうか。ひとつの情報源も集めていないyasumiさんの発議に対して、誰も無視したりせず何人もが意見を寄せてくれたわけですよね。IPの方、ねこぱんださん、Seisakudeuonさん、EULEさん。私も何度「資料を集めてからにしてください」と言いたかったことか。でも、それでも何か汲み取れる部分があるんじゃないかと思って質問にも答えたんです。それが、自分がいくばくかの情報源を集めたとたんに「出典元の取捨選択にしても内容を良く吟味比較して」?それを言うなら、はじめから情報源を集めておいてしかるべきなのに。
「出典元の取捨選択」の点から口を挟みたいなら、そもそも「文章表現」云々の話などする必要なんか全くなく、ましてや「脚注で示されている著作を読んでいない」というお寒い状態で議論を立ち上げるなど最も慎むべきことだったはずです。・・・・・本当にあきれるというほかない。「情報源の取捨選択の話」に行くなら行くでいいですが、本当にその話をしたいならお調べになったものだけじゃ足りないし、この記事で一番難しくてめんどくさい部分がそこなんですよ。今回の件に関して「情報源の取捨選択」なんてことを口にしたいなら、3月26日に指摘した分に追加して、まず
  • 堀幸雄「島根県庁焼打ち事件」(『右翼辞典』三嶺書房株式会社、1991年、273ページ。)
つぎに、表のページには書いていないんですが、同書の最新版であるほぼ同文の
  • 堀幸雄「島根県庁焼打ち事件」(『最新 右翼辞典』柏書房、2006年、264ページ。)
そして、これも今後使う予定ですが、今のところ余り使っていない
  • 「島根県庁焼打ち事件」(社会問題研究会「右翼・民族派事典編纂委員会」相田浩・猪野健治・永田哲朗『右翼・民族派事典』国書刊行会、1976年、92ページ。)
それと同書の解説編である、
  • 「四 よみがえる右翼・民族派運動(昭和後期)1壊滅した国家主義団体」(社会問題研究会「右翼・民族派事典編纂委員会」相田浩・猪野健治・永田哲朗『右翼・民族派事典』国書刊行会、1976年、60ページ。)
さらに、「恩赦のいたずら」の前段階である
  • 猪瀬直樹「大日本帝国最後の決起」(『潮』1982年1月号、1982年、173ページ。)
全部「無条件降伏」と書いてあるので、読んでからにして下さい。これらは全て公立図書館にあります(一番下も含む)。そして、今掲示したものだって、『私が発見した範囲内』にすぎません。「出典元の取捨選択にしても内容を良く吟味比較して」なんてことは、私ですらなかなか怖くて口にできないです。誰ですかいったい、ひとつの情報源すら読んでいなかったのは。する必要のない議論につきあわされた側の気にもなっていただきたい。
【以下、瑣末な点】
【質問1の回答】について:なぜその「固有事象」と「一般事象」で記事の作り方を変えなければならないかが不明。「固有事象」であろうが「一般事象」であろうが、松江騒擾事件を説明するのに適切な事象かどうかは、各情報源の著者が抽出することに変わりはない、という風にこの記事の作成においては考えます。それを再度組み立てるのがWikipediaの執筆者です。
【質問2の逆質問y1】および【質問2の回答】について:もはや議論上、何ら意味をなさない質問です。すでにyasumiさんは情報源を直接確認なさったわけですよね。それを読んで、他の情報源とも読み比べて「現行理解が難しい」と言われるならもうしょうがないでしょう。どうぞ自由に理解できたりできなかったりしてください。いち読者の感想文で記事本文を振り回されたらたまったものではない。
【質問y2】:「独自解釈で出典元・出典範囲を選別し、出典文を変容させている時点で独自記事であることを免れません。
はいその通りです。yasumiさんも全く同じですけれどね。だから今まで、その「出典文の変容」のさせかたが妥当かどうかの議論をみんなでしていたのではないのですか?情報源で「無条件降伏」と書かれている部分を意図的に「敗戦」「終戦」と書き換えるのが妥当かどうかを。あと「一般的な語句」の意味がわからなかったので、お返事がない間にヒントがないものかとyasumiさんの直近の編集をいくつか見ました。出典を明示してないものが多いですよね。他のページの「出典元の取捨選択」を気にする前に、ご自身の執筆したページで使った出典元をまず明示する方がまず先なんじゃないですか。私の心配することではないですけれど。
  • これは「自分で一次資料を読んで(勝手に「通常」を判断して)記事を書けばいいという理屈が通ってしまう。私はそういうやり方には賛成しかねます(自分の読解力が正しいという証拠を、第三者に示せない)。」に反しているのではないのですか?
もしもし?Wikipedia:独自研究は載せないWikipedia:信頼できる情報源を読んでいますか?当然読んできているものだと思ったけど、これも疑わざるを得ない。簡単に言うと、何ら専門知識のない者が「一次資料を読んでそれに基づいて記事を書く」のと、「二次資料(一次資料を専門家が解釈したもの)に基づいて記事を書く」のとでは、どちらが誤りが少ないか。ちょっと考えてみれば自明でしょう。
  • 出典元に特定の信仰を持つのは如何な物でしょうか
「今日の日本」「一般的」なるナンセンスな信仰に基づくよりよほどマシです。それではごきげんよう。--ZERO 2009年5月5日 (火) 19:56 (UTC)
【何故出典元を確認する前に議論がスタートしたのか?について】先に述べていますが、ZERO氏がアウトプットされている記事の文章に於いて「無条件降伏」の定義が不明で文章そのものの理解が進まないためです。そもそも竹永氏が使用した「無条件降伏」とZERO氏が任意に選抜して記事に使用した「無条件降伏」の定義は同じなのでしょうか?どのような意味と理解して使用している無条件降伏なのか【質問2の逆質問y1】に答えて下さい。新たな出典を引用していますが、それが今回使われている無条件降伏という語句の定義と何か関連するか確定していない以上同じことですよ。ZERO氏は全ての語がPOVと矮小化した言われ方をしますが、政府による戦争状態の宣言(開戦の宣言)と戦争終結の宣言(終戦の宣言)と言う事象は非常に客観的な事実であり一次史料として引用可能な状態です。一方、今回使われている無条件降伏の語句はどのような定義で使われているのですか?出典元が一次史料でも二次以降の資料にしても読者に読まれる日本語として捉えていないのであれば議論にならないと思いますが?--yasumi 2009年5月5日 (火) 23:15 (UTC)
単純にこの「松江騒擾事件」において無条件降伏と終戦どっちを用いるかが適切か?と言う話なら降りましたが、資料の適切な使用法で議論を続けるなら、口出しさせてもらいます。
その論理が正しいなら、それこそyasumi氏のおっしゃる「終戦」も同じでしょう?最も端的なところで言えば、実際に終戦になった日はいつかと言う定義は曖昧だ。玉音放送の日か、ポツダム宣言受諾日か?yasumi氏の言う一般論として終戦と、各種の資料にある終戦は同じ定義の物なんですか?あと、何度も無条件降伏は曖昧な語だから不適切だ、といわれてますが、それ自体がナンセンスです。そのような観点で認められるには、万人、誰もが見ても統一見解を持つ、はっきりと確定した語句でなければ使用してはならないと言う話になります。そんなの無理です。それは先に述べたように「終戦」と言う語句ですら適応できません。もし、基準の強さ(このくらいの数の人が思ってるなら一般として良い)を設けるというなら、その基準の強さを判断するのはいったい誰ですか?完璧に公平な価値観を持つ賢人に尋ねるのですか?
ある説明の際に「92は少数じゃない」と言う記述がある。ある人が「整数は少数じゃない」と変えるべきだと主張する(包括する概念)。確かに一理あるし、それ自体は間違いは無いだろう。しかし、相手が資料を根拠にしているなら、「92は少数じゃない」を用いるべきだ。整数ではなくわざわざ92と限定した理由があると考えるべきだからだ。実際に、大きな意味(極めて妥当な意味)があるのかもしれないし、普通には気付かないような意味があるかもしれない。あるいは著者の気まぐれかもしれないし、実質何の意味も無いかもしれない。でも、少なくともそれがわかるのは資料を読んだ人間だけであり、資料を読んでない人間が「整数は少数じゃない」と書かれた外部資料を根拠に抗議しても、それこそ意味が無い。もし、「92は少数である」と言う記述があれば別であるが(対立する概念)。
もっとも今回の場合は「92」にあたる物が確実完璧な真ではないから、例としては不適切とおっしゃられるかもしれない(「整数」にあたる物もまた確実完璧な真ではないが)。が、私が言いたいことは、資料が前提とされている以上、その資料を前提としない外野の人間が色々言おうと、例えそれが正しかろうと、何の意味も持たないということです。2009年5月2日 (土)で述べたように、これはウィキペディア一般を秩序立たせるためのルールだと考えます。こんなの認めれば、不要な解釈がまかり通って、資料を用いる意味が消失しますから。--EULE 2009年5月6日 (水) 02:03 (UTC)
【EULE氏 2009年5月6日 (水) 02:03 (UTC) を受けて】何故か問題が卑小化されていく印象を感じます。今回提議の根本にあるのは百科事典の記述として問題の文章を読み、理解出来なかったことが起点です。文章を読んで分からず、リンク先を読んでも分からずに提議、出典元の資料を確認しても認識は同じです。主執筆者より一読者の読解力の是非など問題にならぬとの切り捨てられているようですが・・・百科事典の機能として、項目を理解するために適した説明文を編集するという目的については参加者に一致したものと思っていました。執筆者はどのような理解を与えるためにこの文章を書いたのか?もう一つは、どのような理解の元に文章を書いたのか?無謬性の保持を理由にその文章の持つ意義、語句の定義は放棄したとしても、出典を任意に選択して並べ替えたり省略している以上は何を目的とした文章であるのか認識表明しないのは、大きな目的を失っているようにしか思えません。今回の件では今のところ、主筆者の認識する無条件降伏という語句の持つ意味や必要性がサッパリ理解出来ません。EULE氏は今の文章を見て無条件降伏とはどういう意味として受け取るべきであるのか、どのように理解しているのでしょうか?
何故か「終戦の成立」が例示されていますが、今回の文を「終戦」に置き換えた時に「終戦の成立」定義まで考える必要もなく、例えば「1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による終戦が国民に伝えられた。」であれば、終戦とは「政府が国民に終戦を伝えた」ことを意味することは日本語として明快であり、連合軍との終戦が何時成立したという命題はあまり関係ないような気がします。(もちろんラジオを聞いていなかった国民もいるとかも聞いても理解出来なかった国民もいるでしょうが、まあそんな言葉遊びをしているとは思っていません)
なお数字の比喩については今回の問題とどう関連しているのか今一理解出来ませんでした。「資料が前提とされている以上」について、現状前提が提示されているだけで結論を聞いていないと認識しています。今回、私は問題の文を読んで「終戦伝達の状況説明」と認識しているのですが、そもそもそうでないのか?それ以外の何かを伝えたい必要性や目的を持った語である場合は目的達成のために無条件降伏の使用も問題ないと思っているのですが、それらの説明を聞くことが出来ていません。--yasumi 2009年5月7日 (木) 11:49 (UTC)

(インデント戻します)

  • 問題の文章を読み、理解出来なかったことが起点です

嘘です。気付いていないかも知れないが、実はyasumiさんは自分なりに文章の意味を理解し、定義をしています。yasumiさんの発言がそれを証明してくれます。以下に説明します。

  • 無条件降伏自体の定義を理解出来ませんでした」「無条件降伏の語句はどのような定義で使われているのですか?

これらの言葉、yasumiさんは本来、絶対に口にしてはいけなかった。絶対言えないはずなんです。yasumiさんは記事の「無条件降伏」を「終戦」「敗戦」と置き換えるべき旨、主張しています。この「他の語に置き換える」という行為がいったい何を指すのか、考えてみたことがありますか。程度の差はあるにしろ、それこそが『意味づけして定義するという行為』そのものです。もしyasumiさんが本当に意味もわからず定義できなければ、置き換えを求める「終戦」「敗戦」という言葉すら浮かばないはずです。たとえば、「トマト」という言葉を「野菜」に置き換えろという主張は、『トマトは野菜のひとつである』という定義を確信しているからこそ言えるのです。

よって、「意味がわからず定義できないから置き換えろ」という提案は、「置き換えられないから置き換えろ」と主張するのと全く同じであり、yasumiさんの主張自体が詭弁だったことになります。だから私は【質問2の逆質問y1】には「もはや議論上、何ら意味をなさない」と言っていたんです。そういう視点でこの議論をもう一度、いちから見直してみて下さい。誤謬だらけです。「無条件降伏の意味が分からない」「実際に文章を読んでもどのような定義で無条件降伏の語を使っているのか理解出来ず意味が通じない」「無条件降伏自体の定義を理解出来ませんでした」・・・・まだ続けますか?以下にまとめます。

  1. 「無条件降伏」を「終戦」「敗戦」と置き換えるという提案は、yasumiさんが「この文脈上の無条件降伏とは、終戦もしくは敗戦のことだな」とyasumiさんなりに意味づけして定義していたからこそ言えることなので、記事をみても情報源をみても「無条件降伏自体の意味をサッパリ理解出来ない」というのはとんでもない詭弁です。「サッパリ理解出来ない」とまで言い切ってしまった以上、もはや言い逃れは不可能です。証拠はyasumiさんの発言の各所にあります。
  2. 逆に「無条件降伏自体の意味を理解出来ませんでした」が本当なら、「終戦」「敗戦」と置き換えるのは不可能、「動かしようのない表現」だとyasumiさんが太鼓判を押したことになる。

もしyasumiさんが議論を続けるなら、どちらでも好きな方をお選び下さい。1なら(情報源を読まず議論を始めたことも含む)度重なる議論攪乱で、2なら議論は終了です。--ZERO 2009年5月7日 (木) 15:36 (UTC)

まあ、ZERO氏が言うこととも被りますけど。一読者の読解力が、といわれてますが、万人が読んでその意味を理解できる文章を書くなんて無理です。当然、理解できない人もいる。理解できない人ができることは、自分で調べるか、どう理解ができないかを書いた人に説明して、理解できるように改めてもらうしか無いです。つまり、今回のyasumi氏ですね。でも、書いた人が「こうとしか書けない」と言っているなら、それで終わりです。何もしようがないです。こうとしか書けない物を勝手に推測を交えて説明したら、それは資料の改変です。まして、理解できないはずの人間が、原資料も読まずに「こうに違いない」といって、改めるように言ってきたら論外です。その意見に何の意味がありますか?結局、最初に「勇み足だ」と言ったり、それを認めたら資料を用いる必要性が消失すると言ったことに帰るわけですね。万人が理解できるような説明文を書こうとする方向性は大事だと思いますよ。でも、そのために、勝手な推測を交えて良いかといえば、それは言うまでも無いことです。

あと数字の例は言葉足らずでした。対立している場合は、当然、その内容がその原資料にあるわけがないので(もしあったら、矛盾ですから)、その原資料にあたらずとも、内容を記述するのは良いでしょう(もっとも、その場合は両論併記でしょうけど)。しかし、包括する時には、原資料にあたらなければ、それが妥当かどうかの判断はできないと言いたかったんです。--EULE 2009年5月7日 (木) 16:33 (UTC)

【ZERO氏2009年5月7日 (木) 15:36 (UTC)の特に奇妙なまとめについて】なにやら奇妙な論理でZERO氏が私の言葉を代弁されているようですが、かなり的を外しており実に感銘を受けない文章でしたがお返事致します。本項を読んで文面文意を考えて無条件降伏の意味が分からず、前後関係から玉音放送で国民に伝えられた内容である「終戦の詔勅」「終戦の詔書をうけての内閣告諭」について当然一次史料を見ていたので再確認した結果、無条件降伏の位置にあるのは終戦なのかなと類推している訳ですが・・・内容を見られるように引用するまでもないと思っていましたが、アジ歴のレファレンスコードを記しますとA04017702300とA03010220100であり、後者は(案)ですが閣議に供されて添削された物です。これらは文中で示された玉音放送の内容であり、端的に言って「終戦」細かく言えば「政府の終戦の決定」などになり、もしくは通知を受けた国民や現代読者にとっも敵の条件を飲んだ「敗戦」という共通認識で日本語として通じる事象だと思います。つまり今回であれば無条件降伏が有条件降伏でも戦勝でも、たとえ●●という伏せ字であったとしても結論は同じことなのです。お分かりでしょうか?
次に類推で終戦の代名詞として、あるいは特定の定義に基づいた別の意味が無条件降伏にあるのか、また無条件降伏を使用する特筆性について、リンク先の無条件降伏のリンクも見たしのですが特筆性も定義も良く理解出来ませんでした。ついては主筆者へのノート質問に至ったのですが、どのような意味の無条件降伏であるのか、特筆性は何なのか?任意に選んだ出典に書いてあるから(意味も理解していないが?)任意に選択しくなったというよく分からない動機のみ表明されて語句選択の理由も必要性も説明されていません。追って出典元や出典の旧版を確認しても無条件降伏を文中に採用する意義については理解出来ていない状態です。そもそも私の想定した文意上の終戦を出典元の著者が使用しているのかどうかも不明です。読者に読ませるために作文した語句選択者への説明を求めます。私は無条件降伏を無条件に削除城などとは主張していません。終戦を意味して使用しているならば、無用な誤解や誤認識・不理解を避けるために終戦などの意味のブレない言葉を選ぶべきだし。私に見つけられなかった特筆性があるのであればそのような定義や引用が分かる形の表現に直して欲しいと言っているだけです。
【EULE氏2009年5月7日 (木) 16:33 (UTC)について】「こうとしか書けない」というのはどのような妥当性を元に言っているのですか?現状ZERO氏は御自身で任意に選択した無条件降伏について定義出来ていない状態であり、ただ部分引用する必要を感じたという結論部分のみで妥当性についての説明を放棄しているようです。結果として、万人が理解出来ないとしても、万人理解に向けた文章を作るのが我々の努めじゃないのでしょうか?類推といいますが、語句の必要性や理由を書けないで「こうとしか書けない」発言を妥当と結論付けるのは類推ではないんですか?前段落に書いてある通り、少なくとも文中に出ている語から、私もある程度の一次史料に当たったうえで、語句選択の必要性・理由・目的など質問しているわけですが、避けられているわけです。該当文については、同書1969年版(別著者)があるわけで、そちらでは「県民は八月十五日をむかえ、日本の敗戦による戦争終結を知った。」なる表現が使われており、私の類推する所では大意の終戦説明文には変わりないと思います。2005年版の説明文だけを妥当な表現とする根拠があるのですか?それと、一読者としてそして議論に加わった一編集者として問題の文章で意味する無条件降伏の意味や意義をどのように捉えているのか表明をお願いします。
EULE氏の言葉で言いますと、現状では無条件降伏の定義説明も後続文への効果説明も拒否されているため「無条件降伏」と「終戦(案)」が「対立する概念」とも「包括する概念」とも判明していません。私やELLE氏は自身の読解力で包括的概念として使用されているのではないかと類推していますが、文中での定義も・出典元での定義も・筆者の説明も無い状態ですので議論がスタートに至っていない所です。私はこの一文が完結していないあやふやな背景説明であり、より容易に改善出来ると考えたのですが・・・あるいは背景説明でなく事件に関わる特筆性のある独特の言葉なのかも知れませんが、それは記事で読みとることも出来ず・筆者からの説明もなく・出典を確認をしても認識出来ませんでした。すべて編集者は百科事典の記事を作るために自己読解力で出典を読み、自己筆力で取捨選択した記事を書いているわけですがね。--yasumi 2009年5月8日 (金) 21:09 (UTC)
まず、私の意見の前提として「前提とされている資料を読まずに、抗議するのは無意味」です。よって今回の件に関して、前提とされた資料を読んだ視点から色々言われても反論にはなりません。私の論旨は、内容の是非は別として、提示された資料を読んだ上で抗議することを推奨しているわけですから。
それで、万人が理解できるような説明文を書こうとする方向性は大事だが、それを大義名分にして、読んでもいない資料の内容を勝手に推測してはいけないと言ってるのに、「万人理解に向けた文章を作るのが我々の努めじゃないのでしょうか?」なんて返してこられても正直困る。全然、言葉のキャッチボールになってません。そして、類推であろうが何だろうが、資料を読んでない人間が、そこに登場した語句の妥当性を何で評価できるのか?と言っているのに、何でそこまで自分の推測を絶対化できるのか不思議です。ああ、確かに今回の件に限れば、あるいはyasumi氏の直感は、いつも100%正しいのかも知れない。しかし、それを認めれば、資料を用いる必要性が消失するし、そのような行動を起こす人間はyasumi氏だけじゃないから、常に正しいとは限らず間違ったことが起こるかもしれないわけです。正しい(かもしれない)からと言ってyasumi氏にだけ例外、特権を与えるわけにもいかない。だから、これはウィキペディア一般を秩序立たせるルールだと言ってるわけですよ。
それに(特に今回は、ほとんどが間接的な関係に過ぎない)他の資料の活用によってその推測を担保することは、「92は整数である」で述べたように、対立する概念としては良いが、包括する概念としてはダメだと言ったことそのままです。「トマトはアンデス地方原産で太陽のシンボルとしても見られた」と言うような文章があって、それをトマトは野菜と書かれた(あるいはそう言う定義変換が可能な)資料が見つけて(たくさんあるでしょうね)「野菜はアンデス地方原産で太陽のシンボルとしても見られた」なんて書き換えたら問題だってわかるでしょ?
あと、包括する概念かどうかとわからないとのことですが、それは実はあまり意味が無い。少なくともyasumi氏は包括する概念と考えている。その前提で抗議をしているのだから、包括する概念と考えて論拠を進めたって問題は無いです。--EULE 2009年5月9日 (土) 01:09 (UTC)
前提とする出典を読む前に、まず記事本文を読む方が先ですよね?私は単に「書き換えろ」なんて言っていませんよ。記事を読んだ読者にとってより役に立つ表現でありさえすれば、それで良いと言っているのです。また、私の無理解の方に問題があって、実は世間で通用する言葉として使われているのであればそれで良いわけです。私は該当記事を読んで、無条件降伏の意味を受け取れずに惑っているわけで、「この文章は、どのような意味として書かれているのですか?どう理解すればよろしいのか?」と質問しているわけです。百科事典としての機能を発揮しないのでは存在意義がありませんしね。それを踏まえて、文章内にもある出典の玉音放送やポツダム宣言から「終戦の詔書」「終戦の詔書を受けての内閣告諭」を再確認した上で類推した一番手の想定である「終戦の意」なのか?を問うているわけです。どうも、特定の人が選んだ出典以外は出典と認めないルールで話されているようですが文章内に提示されている語句は出典にはならないのでしょうか?日本人なので日本語を解して出典を読んだら内容は終戦であった。しかし文章には事実を受けて示す言葉が無条件降伏と書いてある、これは読者としてどのように理解すればよいのか?
比喩を使って議論のスタートへ薦めるのかは疑問ですが、お好みのトマトの例で言えば文中の出典より「母が娘にトマトを食べさせた」という事実に対し、記事が「母が娘に酸っぱいビタミン食品を食べさせた」となっていれば何故事実で説明されていない「甘い」や「甘酸っぱい」で無く「酸っぱい」「酸っぱいビタミン食品」をどのように理解したらよいか戸惑うでしょう?自己知識の不足で酸っぱいと確認された別の事実があるのか、そもそも誰が酸っぱいと判定したのか?母か?娘か?第三者機関か?何かで任意に設定された基準を元に判定されたのか?出典著述者の評価か?執筆者の評価か?世間一般ではトマトのことを酸っぱいビタミン食品と言い換えるのが通俗なのか?事実を知らない物には事実以上に細分化された評価を事実名称として誤解誤認識されたるであろうし、事実を知っている者には余計な困惑を与え文章が目的とした理解の促進に寄与しないでしょう。事実が確認出来るのに特定者の味覚に依存した表現を行うとは、この物語はフィクションであり・・・ではありませんが、記事が内容だけでなく表現まで出典に依存している以上「この記事は特定の出典を元にしており、文中に使用された語句には出典独特の定義や解釈をされた物があります」などの注意書きが必要な記事なんでしょうかね?
結局、ZERO氏もEULE氏も言わんとしていることは、ウィキの記事本文は「○○の引用先を読んで自分で考えろ。理解出来ないなら読み飛ばして出典を調べろ。」で充分であり、だったら現状の本文など全て消してしまえ、ということになるんじゃないですか?だて、どういう意図で書いた記事なのか?に対する回答が俺や俺の信じる出典先を信じろ、なのですから。誤解ですか?--yasumi 2009年5月9日 (土) 11:53 (UTC)

合意形成をはかるべきかどうかの審議 編集

(インデント戻します)

「自分で一次資料を見た結果からの『類推』」とは!yasumiさん、的を射たご説明ありがとうございました。『類推』に基づいて書きかえを提案しているなら、そちらのほうがよほど重症です。奇妙な論理に見えるのは、あなたが私の論理を追えていないからです(議論をご覧の方ヘ補足:日本語において「読者が文脈上にある特定の語句の意味をいかに判断し理解しているか」ということをちょっとでも考えたことがあれば、「意味を理解したんじゃなく『類推』だ」というのがいかに詭弁まみれかわかるはずなんですが、とりあえず当議論の問題点がわかりやすい方で話を進めます)。「今回であれば無条件降伏が有条件降伏でも戦勝でも、たとえ●●という伏せ字であったとしても結論は同じこと」なのに、伏せ字の内容が「評価の定まらない論争のある語句」 「竹永氏や猪瀬氏が敗戦という事象を評価した言葉」「終戦や敗戦、降伏という国民に伝えられた事象を特定の定義に基づいて特定の人が終戦を評価した言葉」ということだけはわかるのですね。実に感銘を受けました、齟齬が多すぎて。

  • 私は単に「書き換えろ」なんて言っていませんよ。

書き換えを前提とした質問に対して何の疑問も呈さず答えているので無理です。確認してみましょう。【質問2】の質疑応答より:「(ZERO:5月4日)なぜその指摘が、当該箇所の「無条件降伏」が書き換え可能になる理由になるのですか?→(yasumiさん:5月5日)文章を読んだ上で現行理解が難しい説明文を理解可能にするためです。」。

  • 結局、ZERO氏もEULE氏も言わんとしていることは、ウィキの記事本文は「○○の引用先を読んで自分で考えろ。理解出来ないなら読み飛ばして出典を調べろ。」で充分であり、だったら現状の本文など全て消してしまえ、ということになるんじゃないですか?

EULEさんがどう言うかはわからないが、全て消してしまえ、ということに「全然ならない」(読みとばせと言っているのに、それを消す必要はない)。あと、瑣末な点を色々質問されてますが、相手に聞かなければ正誤を判断できないレベルなら、提案なんかするもんじゃないですよ。何度も言いますが「自分がいかに理解できないか」を垂れ流さなくて結構です(しかも自分の都合の良いときだけ理解できるようになっている。たとえば「無条件降伏」)。そういう話は問題外であることを、この議論の上で私は一貫して述べています。いまさら形式の浅い議論に引き戻さないでいただきたい。

  • サッパリ理解できていない言葉なのに別な言葉への置きかえを提案し、
  • 情報源を調べずに議論を開始したのに「情報源の吟味比較」等と言い出し、
  • あらゆる人の読む可能性がある文章なのに「自分が理解できない」と言い出し、
  • 「伏せ字と同じ」なのに都合の良い箇所だけ理解できて、
  • ついには「単に「書き換えろ」なんて言っていません」と言い出す。

一貫性のまったくない、まわりを振り回すだけのどうしようもない提案です。「論点は本件が事件固有の記述と評価するか否か?あるいは事件に由来しない一般的な説明文か否か?だと思います。」(5月1日)とかいったいどこへ行ったんでしょうか。いかに言い逃れを試みようとも、すでにこのことはコメント依頼によって衆目に晒された上、履歴に残りました。よもやyasumiさんに賛同する人が出てくるとは思えませんが、たくさんの方にyasumiさんの主張を見ていただきましょう。自分の都合でしょっちゅう意見を変えていると、賛同している人すら出てきてこれなくなりますよ。

ではそろそろ、「これまでのyasumiさんの指摘に対して、『無条件降伏』を書き換える必要はない」という合意形成をはかる頃かと思いますが、議論をご覧のみなさまは、いかが思われるでしょうか。--ZERO 2009年5月9日 (土) 23:56 (UTC)

ZEROさんご提案の合意形成に進んでも構わないと思っていますし、対応の必要なしに票を投じるつもりでいます。しかし、そんな大げさなことをするほどの重要な議論がここには存在したのでしょうか。

失礼ながら、yasumiさんの次の発言が本気でなされたものであるならば、(これまでの発言を含めて)いくつかの意味で百科事典編纂に参加する上で必要とされる理解や知識が欠けておられると判断せざるを得ません。

ウィキの記事本文は「○○の引用先を読んで自分で考えろ。理解出来ないなら読み飛ばして出典を調べろ。」で充分であり、だったら現状の本文など全て消してしまえ、ということになるんじゃないですか?だて、どういう意図で書いた記事なのか?に対する回答が俺や俺の信じる出典先を信じろ、なのですから。 — yasumi 2009年5月9日 (土) 11:53 (UTC)

第1にこの発言は私見では方針不理解と見なさざるを得ません。

ご存知のようにウィキペディアはWikiの仕組みによって構築されており、技術的にはウィキペディアにアクセスできる限り誰でも編集できてしまいます(“基本方針に同意できる人のみが参加できます”という「べき論」はさておき)。それゆえ、記事の品質や信頼性は、ひとえに記事の記述に裏付けがあることを示せているかどうか、言い換えれば私やyasumiさんやZEROさんや…その他諸々のウィキペディアの書き手の“勝手に考えたこと”“自論”“思いつき”“妄想”etc.etc.…ではなく社会の中に・任意にアクセス可能な場所に既に存在する説であることを証することができているかにかかっています。

以上の根本的な原則論から言えば、ただ単に「俺を信じろ」と発言するのは論外として、「出典先を」挙げて「信じろ」という発言は、ある記事に品質や信頼性が備わっているとウィキペディアの書き手が主張する際に、唯一することができるし、してよいものです(逆にそれ以外のことは出来ません)。逆に、他の人(書き手・読み手)が記事の品質や信頼性を検証する手段としてとることができる/とってよい唯一の手段もやはり出典をあたる以外にありません。

さて、それではyasumiさんの場合はどうでしょうか。記事の品質や信頼性に疑問が呈されること自体は、品質を高めてゆく上で必要なプロセスではあります。しかし、その際に、疑問に対して(当該の記事の主題について専門的に扱った)出典にあたるよう回答が寄せられているときに、それを「現状の本文など全て消して」しまうための理由として引き合いに出すのであれば、それはもはや単に最も基本的な方針とウィキペディアの品質保証の唯一のよりどころに重大な意味で対立していると見なさざるを得ません。

また指摘された出典にあたることなく、ただ自分の主張に固執することは書き手の“勝手に考えたこと”“自論”“思いつき”“妄想”etc.etc.…で記事を書き換え、つまるところ意図して記事の品質を低下させることを試みる行為だとしか見なしえません。

第2に百科事典というものの性質について誤解があるといわざるを得ません。

百科事典とは過去の人類の知識の蓄積を集成する(簡単に言えば「まとめ」)ために編纂されます。過去の知識に対するポインタとして編纂されるものです。したがって、紙の百科事典にも各項目に出典(参考文献)が記されており、ウィキペディアもまた(前記のような事情から、より厳格に)出典を記します。

さて、ウィキペディアはさておき、紙の百科事典の記事は権威者が書きます。それゆえ、信頼性には問題がないはずのに、なぜ出典(参考文献)を付けるのか? 「過去の人類の知識の蓄積を集成する」という目的上、敢えて言いますが、百科事典記事は全ての人を分かったと満足させる程度ように書くことはできません。そのためにこそ、分からなかった人・満足できなかった人が、さらに自力で知り・学ぶことが出来るように付いているのです。

その意味で言えば、百科事典記事を読んで分からなかったときの対応として正しいのは、“この百科事典(記事)はダメだ”と喧伝することではなく、“さらに自力で知り・学ぶこと”(「前提とされている資料を読」〈EULEさん、2009年5月9日 (土) 01:09 (UTC) 〉むこと)です。

小中高の教科書には必ず“正解”があって、教科書の範囲で知識は閉じています。教科書のどこかにはかならず“正解”がある。しかし、百科事典は教科書ではなく、分かること/分かっていないこと含めて、閉じられていない知識へのポインタなのです。「分かるように書く」べきなのは確かですが、教科書的な“コレ読めば全部OK、正解がある”という類のものではない。そういう意味で百科事典や百科事典記事について理解されていないと指摘せざるを得ません。

最後に。自然科学・理工学系の記事を読んで「わからない」から、自分には専門知識がないけれど「わかるように書き換えろ」などと主張する人はなかなかいません。しかし人文社会系のことになった途端、専門知識が無いのに、そうしたことが出来ると思い込む人が多いのは、私などには非常に理解に苦しむ事です。本項目は歴史に関する記事であって、主題たる松江騒擾事件に関する歴史科学的な専門性が必要です。本項目に大して寄せられた疑問に対し、それを解消するためのステップとして「出典にあたること」が提示されているにもかかわらず、それすら辿らない、という行動は一体何をしたいのか疑問を感じざるを得ません。--ikedat76 2009年5月10日 (日) 01:29 (UTC)

堂々巡りですね。『万人が理解できるような説明文を書こうとする方向性は大事だが、それを大義名分にして、読んでもいない資料の内容を勝手に推測してはいけないと言ってるのに、「万人理解に向けた文章を作るのが我々の努めじゃないのでしょうか?」なんて返してこられても正直困る。』って言ってる側から、理解が云々言われても困るわけで。その上で、あとZERO氏が言うように、自分が理解できないことを、ことさら強調されても何の意味・意義もありません。あるいはikedat76氏が言うように、普通なら、まず無視される。小学生が、ポアンカレ予想の説明を読んでもわからないから、自分にもわかるように書き換えろと主張してるのとさして変わらないです。

あと「酸っぱいビタミン食品」とあるなら、そう書かなければダメでしょう。確かにそれだけでは意味がわからないが、なんで出典を読まずして、それがトマトだと同定できるんですか?結局そこなんですよ。何度も言ってることですから、簡略して言いますが、yasumi氏のプロセスでは結論の正しさを保証できないから、ダメだと言ってるんです。氏の主張の正しさが保証されるには、出典の内容が間違っていること(と同時に、その推測が正しい)を証明しないといけない(出典その物を否定するのも良いでしょう)。しかし、氏の主張する論理展開(プロセス)ではそれらを証明できない。全てはそこに帰結する。確かに「酸っぱいビタミン食品」は不親切だ。だからって、個人の勝手な推測で置き換えても良いのか?と言ってるんですよ。出典がある以上、それは正しさを保証している。しかし、ただの推測・類推に過ぎないあなたの主張は、「出典にある」という事実以上の正しさを保証してくれない。だからダメ。何度も言ってることです。--EULE 2009年5月10日 (日) 06:15 (UTC)

【ZERO 2009年5月9日 (土) 23:56 (UTC)より】やれやれ、全然私の書き込みを読解されていないようで残念です。終戦への書き換え提案はあくまでも「現行文が松江騒擾事件に非固有の背景説明(前述では一般文)であり単純に終戦を意味する語であれば」という前提に立てばこその類推であり、現状主筆者のZERO氏が執筆文中の無条件降伏の意義や意味について解説を拒否しているため未判明ですよね?逆に記事に固有する特筆性のある表現であればそれも結構、それも説明済みですが、その説明もまたされず終いです。ここまでは共通認識だと思っていますが?既に私の類推がZERO氏の表現理由と一致して確定しており、知らぬ間に前提が成立して議論が始まっていたのでしょうか?「終戦の詔書」にしたって日本語であるからZERO氏にも読めましょうに。
だいたい、今後の本文についての編集があった場合、何を基準に許可されるのですか?今後誰かによって「8月15日終戦が国民に伝えられた。(詳細は日本の降伏を参照のこと)」なんてありふれた編集もありえようし、ZERO氏が出典より任意に削除した「天皇」のように「無条件降伏」自体を削除して「玉音放送によってポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」でも文章は成立するように思われますが、それでも編集の必要性を表明せずにそれを差し戻されるのですか?はたまた、別出典で同じ『島根県の歴史』の旧版より「県民は八月十五日をむかえ、日本の敗戦による戦争終結を知った。」やその編集型を持ってきたとして現状の優位性はどのあたりにあるのですか?まあ、それ以前に、引き続き当初質問のどういう意味で無条件降伏を使っているのか聞きたいわけですが。
【ikedat76 2009年5月10日 (日) 01:29 (UTC)より】仰られるとおり、「そんな大げさなことをするほどの重要な議論がここには存在したのでしょうか。」について同意致します。論点確認中で、対立するような議論まで至っていないと認識しています。仮に出典を読んだが理解せずに編集したなどの前提が表明されて次のステップに移れば別でしょうけど。
【第1について】それと、どうも誤読されているように思われます。「俺を信じろ」とはZERO氏の主張を代弁した表現です。私の質問した語句の選択理由へのは回答無しであり、「「竹永氏が松江騒擾事件を説明する際に冒頭でそのように書いている」という、とてもシンプルな理由です。それを動かすならそれなりの論拠が必要だ」、つまり編集理由については「出典を読め」理解できなければ読み飛ばせと御主張ですし、ZERO氏は「出典元に特定の信仰を持つのは如何な物でしょうか」への回答に「「今日の日本」「一般的」なるナンセンスな信仰に基づくよりよほどマシです。」と出典を特定するのに信仰を利用されていることを表明されています。一方、私の「一般的」は問題点を松江騒擾事件に固有しない一般説明(背景説明)ではないか?との私の認識であり、共通認識を引き出すために表明しましたが、世間が違えばそれで引き下がるだけです。私以外にも本文を読んでとまどう人はいるんじゃないかと思いますし。今回のケースでいうとZERO氏は出典を読んで読解した結果を纏めて本文を書いており、必要性を考慮して出典文章から順序を入れ替えたり語句を省略したり加筆しているはずです。その目的は記事の説明を充実させ、読者の理解を進める為であると思いたいものですが、そのアウトプットした文章に使われている語句についての質問に対し、出典に書いてあるので説明は不要、意味を知りたければ出典を読んでくれ、理由は言わないが置き換えの必要は無しと言われています。つまり語句選択の理由に対し、出典先の権威の元に使った語句の妥当性を信じてくれ、と執筆理由の説明を放棄されていると認識しています。数ある出典から任意に選抜したひとの責任で記事が作成されたのですから。従って、引用された文章に於いて、私が「信じろ」なんて一言も言っていませんよ。むしろ疑って頂いた方がよろしい。前段落の通り「自分の主張に固執すること」これも全然固執していませんよ。執筆理由を聞いて拒否、それが現状です。
【第2ついて】【本項目に大して寄せられた疑問に対し、それを解消するためのステップとして「出典にあたること」が提示されているにもかかわらず、それすら辿らない、という行動は一体何をしたいのか疑問を感じざるを得ません。】それすら辿らないと言われますが、語句説明を拒否されて出典を当たれと言われたステップの後に辿っておるので御指摘は該当しかねると考えますが、違いますか?
【EULE 2009年5月10日 (日) 06:15 (UTC)より】当初は本文を読んだ限りで出典範囲か否かが判明していない状態でしたけどね。それと本文中に明記されている玉音放送なりが出典にならず、出典適応か否か不明な表記をされている出典のみ適用なのは何故なんでしょうか?(比喩での説明は気が進まなかったのですが・・・)トマトの例で言えば出典(玉音放送による終戦の詔勅・ポツダム宣言)を読んだが故に次の質問ステップへ進んでいるわけです。また、私だけが理解出来ないのであれば良いのでしょうが、諸兄は本文を読んで良く理解したか出典を辿って解決して理解したのでしょうか?
長いですし、このノート固有の問題でないのでしたら井戸端へ移動しても良いですよ。一般的な議題では、そうですね「記事に固有しない背景説明文に使用する語句は記事固有の出典に限られるのか?」小題としては「その出典自体を記事固有か否かに判定する基準や必要性」「背景説明文か否かの判定する基準や必要性」ぐらいで。--yasumi 2009年5月10日 (日) 11:39 (UTC)
当初は本文を読んだ限りで出典範囲か否かが判明していない状態
それが何ですか?ZERO氏に出典範囲を教えてもらった時点で何の意味も無いですよ。
それと本文中に明記されている玉音放送なりが出典にならず、出典適応か否か不明な表記をされている出典のみ適用なのは何故なんでしょうか?
それはZERO氏との論点でしょうに。私はyasumi氏に「出典にならない」なんて言った覚えはないし、そもそも、そこは私の論点とは関係が無い(あくまで「前提とされる資料を読んだか、読んでないか」)。しいて言うなら「提示された情報源を否定する材料にはならない」と言うところでしょうか(包括する概念において)。2人相手にしているから仕方ないとは言え、混同しないで下さいな。
それらを踏まえた上で、井戸端へのお誘いについてですが、先にも言ったように「前提とされる資料を読んだか、読んでないか」が論点です。実にシンプルです。そこに御自身に都合の良い前提、固有事象とやらを端から当然のように入れられるのは、さすがに虫が良すぎますよ(苦笑)。自論の根拠として持ち出すならともかく。まして、現段階では、私との論点に、固有なんて言葉は出てきておらず、理解できる/できない語とおっしゃっているのに、それらの言葉がまるで無かったかのようなご提案には納得しかねますね。まあ、井戸端に行くにしろ何にしろ、もうここでするつもりがないならば、ZERO氏がおっしゃられるように、ここで合意形成図った方が宜しいみたいで。--EULE 2009年5月10日 (日) 13:21 (UTC)
重要ではない議論の引き金を引き・ここまで長引かせたご当人に同意いただけて幸いです(ああ…念のため申しておくと皮肉ですので誤解されませんよう…)。
出典を特定するのに信仰を利用されていることを表明されていますなどという読解が何故可能なのでしょうか。信仰云々という発言は、yasumiさんがZERO氏の執筆を信仰呼ばわりしたことに対する“売り言葉に買い言葉”であることは文脈上明らかです。やり取りをしていた当人がこれでは読解力に問題ありといわざるを得ません。
「「竹永氏が松江騒擾事件を説明する際に冒頭でそのように書いている」という、とてもシンプルな理由です。それを動かすならそれなりの論拠が必要だ」。まさにその通りだと思います。「執筆理由」としてこれ以外何を挙げられるというのでしょうか。それ以外のことをウィキペディアの編集者はすることはできないし、してはならない。それがWikipedia:検証可能性およびWikipedia:独自研究は載せないによって要請されているところです。編集者がどれほど自身の言葉で説明を尽くそうとしたとしても、それが最終的に出典のあるものでなければアウトです。説明を尽くして納得しない相手には出典を読んでもらう以外、対応する手段などありえません。これが不満であるならば、ウィキペディアへのこれ以上の参加はあきらめられた方がよろしいでしょう。ウィキペディアの(少なくとも)質的発展に貢献し得ないということですから。--ikedat76 2009年5月10日 (日) 13:58 (UTC)
素朴な疑問。「敗戦」「終戦」等々と書いてある文献はずいぶん見つけてこられたようですが、それらで背景説明を書き換えた場合、その書き換えられた説明が独自研究ではないことの根拠は何でしょうか?--ikedat76 2009年5月10日 (日) 14:13 (UTC)
不可解な疑問 多くの文献が挙げられているにもかかわらず疑問が出るということはそれらの文献を参照する気はないとの声明でしょうか?--以上の署名のないコメントは、211.13.140.49会話/Whois)さんが 2009-05-10 14:31:49 (UTC) に投稿したものです。
【何故、信仰であると思ったのか?】ZERO氏は数点の出典を読んで読解し、その中から任意に竹永著を選択し、任意に天皇などの語句を削除し、任意に語順を入れ替えて原稿の文章を作文されています。つまり、出典や語句の評価をして妥当と思われる作文を行っているのです。何故無条件降伏でなければならないのか?に対してZERO氏は「「竹永氏が松江騒擾事件を説明する際に冒頭でそのように書いている」という、とてもシンプルな理由です。それを動かすならそれなりの論拠が必要だ」と言われています。先に書いたように出典と同様には書いていないにもかかわらず「そのように」書いたと言われるので文意を損なわない意訳をされたとの意味なのでしょうけど、そこを「どのようなのか?」と聞かれても「出典にあるとおり」とループです。出典に選ばれた語句であるという神聖さのみ主張しておるように思います。
百科事典の記事を作文する過程で必須の、比較に於ける出典選択の妥当性も意義を捉えた上での語句選択の妥当性も基準も証していません。故に信仰と述べたまでです。売り言葉に買い言葉なのかは分かりませんが、現状は否定されるどころか肯定されているようです。もちろん私は即座に「「今日の日本」「一般的」なるナンセンスな信仰」を否定しましたよ、極端な言い方をすればPOVの集合で成立した日本語なり常識で会話や議論をしており、程度の差はあれ記事もそのような日本語を解する人々を対象としていることは自明ですから、無論未成立の可能性もあるので認識や見解の照らし合わせのために何を意味する無条件降伏なのかという疑問を述べているのです。その程度をどのレベルに於くのかというのが議論のスタートだと思うのですけど、書いてある語句の解釈を放棄して出典の示す語句の神聖さや信仰に従えるわけがありません。
【ikedat76 2009年5月10日 (日) 14:13 (UTC) より】終戦と書き換えた場合・・・それは、本文の意義が終戦説明であると合意し、「終戦をより理解しやすい表現で編集しよう」という共通認識が生まれて議論がスタートすることを意味するのですが、現状主筆者を尊重して真意が何処にあるのか質問中であり、かつ同意が取れていないので停滞していると認識しています。ikedat76氏は本件の文章や無条件降伏という語句が終戦説明以上に特筆性のない文章であるとの認識に立っているのでしょうか?未出典かわかりませんが、章題は「日本の終戦から事件発生まで 」と名付けられています。もちろん前提に立った上での議論ではテクニカルな表現方法は色々あるでしょうけどね。--yasumi 2009年5月12日 (火) 12:31 (UTC)

コメントを受けて 編集

わたくしの「これまでのyasumiさんの指摘に対して、『無条件降伏』を書き換える必要はない」という合意形成をはかる頃かと思いますが、議論をご覧のみなさまは、いかが思われるでしょうか。」という質問から3日間経過致しました。これに対して、以下のコメントを頂きました。

  • (ikedat76さん)ZEROさんご提案の合意形成に進んでも構わないと思っていますし、対応の必要なしに票を投じるつもりでいます。しかし、そんな大げさなことをするほどの重要な議論がここには存在したのでしょうか。/ 重要ではない議論の引き金を引き・ここまで長引かせたご当人に同意いただけて幸いです
  • (EULEさん)堂々巡りですね。 / もうここでするつもりがないならば、ZERO氏がおっしゃられるように、ここで合意形成図った方が宜しいみたいで。

EULEさんは以前から議論にご参加いただいていますし、またikedat76さんは、呼びかけに応じてコメントをしていただきました。・・・たしかにikedat76さんのいわれるとおり「(重要ではない)議論の引き金を引」いたのはyasumiさんです。また、当議論の開始時からyasumiさんによってコメント依頼が提出されております。

  1. これをうけて、まず1点めをコミュニティに問います。開始から1週間以上経過しても「yasumiさんの書き換え提案にだれひとり賛成するひとがいない」という時点で、合意形成をはかるまでもなく「「無条件降伏」を「終戦」「敗戦」と書き換える提案は、コミュニティに受け入れられなかった」と私は判断するに至りましたが、みなさまはいかが思われますでしょうか。
  2. 2点めとして、提案を行ったyasumiさんの議論形式自体についても私は問題視しておりますので、このことについてもご意見をお願い致します。自力で問題点を十分に把握している段階ならともかくとして、「問題点があるかないかの判定を他者の回答に依存しなければわからない段階で(問題点の有無が不明確な段階で)、コメント依頼を提出し書き換えの提議を行う」という行為自体、「自分の目的を先に設定しておいて、その根拠となる問題点を後から探す」という本末転倒なものです。またその質問の内容も、場当たり的に問題点になりそうなものを繰り出しているようにしか、私には見えません。このまま私はyasumiさんの質問に延々と答え続けなければならないのでしょうか。たとえば同様のことはすでに5月5日に述べましたが、「比較に於ける出典選択の妥当性」といったことを口にするならなおのこと、自分で情報源にあたり比較してより優位なものを確認できた上で、問題点を確固たるものにしてから提議を始めるべきだったのではないかと考えますが、議論をご覧の方はどのように思われるでしょうか。この点についてもコメントを募集します。

上記2点をコミュニティに問いたいと思います。よろしくお願い申し上げます。--ZERO 2009年5月13日 (水) 12:36 (UTC)

私の編集提案は現状の文章を読んだ上で「無条件降伏」が「終戦」以上の意味や意義を持たないであろうという前提に立っています。またその後のノートの展開から出典元を読んだ上で同様の見解を更に深めましたがあくまで1POVに終わる可能性もあります。「無条件降伏」が記事を理解する上で「終戦」以上の意味や意義を持つものである可能性を排除を留保し、記事を書いたZERO氏の見解を待ち、それを聞いた上で議論なり合意成りへの展開する物だと思っていました。初めから質問している「どういうつもりで、どういう意味で無条件降伏と書いたのか?」つまり、何のためのどういう意味の作文であったのかを知る唯一の人物の見解を待っているのです。--yasumi 2009年5月13日 (水) 13:04 (UTC)
認識や用語定義の照らし合わせから議論が始まると思うのですが・・・それともZERO氏が筆者文責に対して意図説明を放棄して、合意形成に移るのですか?まさか出典を読んで意味を理解せずに編集したとは思えませんし、タイトルに「日本の終戦から事件発生まで」と「終戦」を付けられていますし。私は提案に対して、下記ぐらいに考えていたんですけどね。また、2についてはここでやらずにコメント依頼にでも出したら如何でしょうか?無条件降伏を含むことでZERO氏の書いた文章単体が完結していないからこそ何度も改善を求められていると思いますけど。
  • 表記の妥当性について。筆者の選んだ「無条件降伏」の意味する物とは?
a-1.終戦の意味で使用したつもりの場合「妥当性の是非の議論」
 b-1.妥当性有り「理解できる文章であり何ら問題ない」
 b-2.妥当性無し「新規表現(出典)の議論」
  c-1.単に終戦と書き換えて通じるのか?
  c-2.(詳細は終戦の日日本の降伏を参照のこと)などにするか?
  c-3.別出典から記述する?その出典や語句の妥当性は?
a-2.特筆性のある○○の定義で使用したつもりの場合「特筆性の是非は妥当かの議論」
 b-3.「特筆性がある場合の議論」
  c-4.現表記で妥当か?
  c-5.現表記では補足や体裁が不足?
 b-4.「特筆性がない場合の議論」
  c-7.a-1.a-2などへ。
それと図書館に行く時間がなかなか取れなかったのですが、ようやく「右翼辞典」他についてもある程度追跡しました。まだ纏め中ですがZERO氏が「無条件降伏」の用語が使われていると言われた同出典にも「終戦」その他の用語は多々使われていますよね?むしろ背景説明では多いぐらい。全点について「終戦」状況を各著者が評した代名詞として「無条件降伏」が使われているという念を更に強くしましたし、現在論点になっているのは国民に伝えられた●●だと思うんですが、それを逸脱した只の用例を提示されても戸惑うばかりです。
上で122.29.83.144氏が何故納得出来たのか分かりませんが、ZERO氏の発言「厳密に言えば、「何のためか」など書いた本人にしかわかりませんし、読んだ人間が好きに読み取ればいいことです」とはまさに「出典にはそのように書いてあるのだから何が何でもそう書かなければいけない」がまさに当て嵌まっているように思えます。--yasumi 2009年5月17日 (日) 06:57 (UTC)

Wikipedia:合意形成あるいはWikipedia:ウィキペディアは何でないか#ウィキペディアは民主主義の実験ではありませんにあるように、ウィキペディアにおける合意形成は最後の一人まで納得させることを必要としません(また、ウェブ上に設定された場である以上「最後の一人」は原理的に確定し得ません)。

ZEROさんより提起された2点について意見を表明します。

  1. yasumiさんの提案は受け入れられなかったと判断します。
  2. 議論の仕方に問題があると考えます。一つの例として、2009年5月10日 (日) 13:58 (UTC)の私の発言に対する答え(2009年5月12日 (火) 12:31 (UTC)付)を見る限り、他人の発言を文脈に即して理解する能力に欠けているか、さもなければ自説を通すために他者の発言を曲解しているか、どちらかでしかありえません。「ZEROさんは信仰にもとづいて執筆している」という命題をyasumi氏が主張することと、ZEROさんご自身が同意することはまったく別のことですし、yasumi氏がひきあいにだすZEROさんの発言にしても相手の発言の一部をとらえて反論するという・通常の議論のテクニックの域を何ら出るものではないことは文脈上明らかで、「ZEROさんは信仰にもとづいて執筆している」とZEROさんが認めたなどという読解は悪意を以ってするか、あるいは読解力が不足しているかでないかぎり不可能なことです。

意図的な曲解であれば議論の意図的な妨害・撹乱に該当し、Wikipedia:投稿ブロックの方針の8.1項(議論の拒否や妨害)もしくは、Wikipedia:投稿ブロックの方針/改定案にいう(議論の妨害により)「コミュニティを消耗させる利用者」に該当します。そうでなく文脈に即して文意を読み取る能力に欠けるところがあるとするなら、(yasumi氏の利用者ページの記述を信じるならば)「政治的に何度も偏向されてきた評価の歴史があり難渋」するような「秀吉の朝鮮出兵」の関連分野のような主題を扱う能力に欠けるといわざるを得ず、いち執筆者としても能力的に問題があるとみなさざるを得ません。

そのほか、ZEROさんやEULEさんご指摘の件だけでなく、yasumi氏が自説を本気で主張しているのであればそれは方針不理解に該当する可能性もありますが、既に指摘済みの事項に関しては繰り返しません。yasumi氏のトークページの一部を拝見しましたが、廿粕さんに同じく(前近代含む)戦前の日本に対する批判的な見方に抵抗感のある方のようですが、そうした個人的な信念の発露はウィキペディアですることではありません。ましてそれによって記事の質の劣化を図ろうとするのであれば、ウィキペディアへの参加はご遠慮いただきたく思います。--ikedat76 2009年5月17日 (日) 10:26 (UTC)

私の意見には何の反論も無いようなので、まあ、氏は自身の主張を取り下げたと見て、

  1. 書き換え案は不可
  2. 特に最後、見解の相違ならともかく、明らかにこちらの意見を理解しないでの反論(万人が理解できるような~のくだり)をしたり、自分で例えをだして、私は気が進まなかったんだとか言われても困るなあと。それで後、ZERO氏が言うように場当たり的で、論点が変わって行ってるのはいただけないと。自分で非難の主旨を変えておいて、それが否定・批判されたら、私の論点はこれだみたいなことを繰り返し、繰り返し、されて、議論の相手として疲れる。

最後に。私はあとこれで何か特別なことが起きない限りはROMに回りたいと思います。お疲れ様でした。--EULE 2009年5月17日 (日) 16:30 (UTC)


審議において通常妥当とされる約7日間はゆうに過ぎておりますので、一旦まとめておきます。「yasumiさんの書き換え提案は受け入れられなかった」とする指摘、またいずれもyasumiさんの「他人の発言を理解する能力」に問題があるという指摘は、コメント依頼が出された状態の結果において、EULEさん・ikedat76さん、ZEROの間で合意が形成されました。また、yasumiさんの書き換え提案に賛意もしくは議論の続行を求める方からのコメントは、ご本人以外からはありませんでした。--ZERO 2009年5月26日 (火) 02:03 (UTC)

Seisakudeuonさんからのコメントについて 編集

論点が多岐にわたっていて各意見賛同できる部分とそうでない部分がありますが、当初よりyasumiさんも指摘しておられる「無条件降伏」という語句の特筆性についてどなたも説明されていないことは重要事項の一つと思われます。また、先日意見を述べさせていただいた現在の本文の問題点などについてもZEROさんのご意見を伺いたいと思います。Seisakudeuon 2009年5月10日 (日) 14:41 (UTC)

大変申し訳ありませんが、独断で別節を作成させていただきました。Seisakudeuonさんの意見は、ちょっと説明を補足していただきたい部分もあるのですが、たぶんyasumiさんとも方向性が違う。「無条件降伏であるかどうかには議論がある」等の脚注挿入」「脚注は排除できないでしょう」といった語から推測してお返事すると、本再提議においてはもはや「議論がある」等の脚注挿入を求めている人などいないし、その点は本ノート3月における廿粁さんとの話し合いにおいて既に説明責任を果たした部分だと私は考えています。
また、Wikipediaにおける「特筆性」というのは、記事が立項できるかどうかの水準を指す語です。それをこの場で使われると混乱する可能性があるので、使用をお控えいただけると幸いです。「なぜ本文に無条件降伏の語を組み込んだか」という話なら、端的に言えば「Wikipediaのルールと照らし合わせて、消す理由が見あたらないから」です。逆に言えば、この範囲内だったらいくらでも情報が増えて良いと考えていますし、今後も増やすつもりでいます。方針にそぐわない理由であるならそれに応じる必要もありません。その他の理由についての基本線は既に述べました。本ノートおよび、いちおう参考までにWikipedia:井戸端/subj/Wikipedia:中立的な観点に於ける制限と「その主題」が指すものについても併せてご覧いただき、ご発言の前に再度「今論点になっているのは何なのか」再確認いただいて、そして「ご自身の意見が議論全体の流れのどの位置にあるのか」を把握された上で、議論に望んでいただきたく思います。--ZERO 2009年5月10日 (日) 17:02 (UTC)
「各意見賛同できる部分とそうでない部分があります」と述べさせていただいたように、自分の意見は方向性としてZEROさんともyasumiさんとも完全に一致するものではありません。わたしの用いた「特筆性」は争いのある語句をここの編集で用いるほどの意義を出典の著者が主張しているのかという一般的な意味です。松江騒擾事件について「無条件降伏」を用いるほどに強い意味や背景を持っていた、と出典著書に明示されているのなら特筆性が認められるでしょうし、単に背景説明として用いているのなら特筆性は認められないので無理にその語句を使用編集する必要はないという意味です。「特筆性」で言えば「記事内容の特筆性」の部分に近い意味になりましょうか。これまでの議論ではその「特筆性」について、単に「出典の表現をそのまま編集した」と言う以上の説明がないようです。
現在の本文では出典からの「引用」形式ではなく出典を元にして編集者(ZEROさん)が参照再編したものですから、その文章の属性はいち編集者であるZEROさんにあり「無条件降伏」を使用するにしても日本の降伏が無条件であったかどうかについて争いがあるといった脚注挿入を拒否することはできないでしょう。拒否するなら「引用」形式を採って客観的表現を明確にするべきと思います。Seisakudeuon 2009年5月10日 (日) 18:54 (UTC)
1点質問と、1点指摘があります。「強い意味や背景を持っていなければ書く必要がない」というご意見は、Wikipediaのどの方針に基づいてのものでますか?
  • 日本の降伏が無条件であったかどうかについて争いがあるといった脚注挿入を拒否することはできないでしょう。
本ノート「「無条件降伏」の語の除去に関する問題について」の、特に3月19日以降の議論で既に説明済みです。--ZERO 2009年5月10日 (日) 19:26 (UTC)
先に質問させていただいたのはまずZEROさんの認識を確認して置きたかったからなのですが、上のZEROさんの質問から、(上記わたしの言う意味での)「特筆性」は認められないと認識されていると判断してよろしいでしょうか?逆に「特筆性」が認められるとの認識の場合、そのご質問にお答えして議論が錯綜するおそれが生じますのでZEROさんの認識を確認させてください。
ご指摘について、3月19日以降の議論で廿粁さんとの話し合いにおいて説明しておられる内容はひととおり確認しましたが、「脚注挿入を拒否することはできない」としたわたしの理由は廿粁さんが提示された理由とは違う内容です。わたしの意見は「現在の本文では出典からの「引用」形式ではなく出典を元にして編集者(ZEROさん)が参照再編したものですから、その文章の属性はいち編集者であるZEROさんにあり「無条件降伏」を使用するにしても日本の降伏が無条件であったかどうかについて争いがあるといった脚注挿入を拒否することはできないでしょう」というものです。ZEROさんが参照再編した文章の属性はご自身にあること、そのうえでいかなる脚注挿入をも認めないというお考えであるかも確認させてください。Seisakudeuon 2009年5月11日 (月) 10:11 (UTC)
読み返すと「強い意味や背景を持っていなければ書く必要がない」と言う言葉を最初に用いたのは私なので、一応。
この観点は何かといえば、要は「万人が理解しやすい語に可能なら改めるべきだ」と言う「べき論」(ないし受動的な制限)で用いました。条文として無くても、百科事典を作るという観点での方針としては重要な物だと考えています。ただ、結局yasumi氏との論争で言ったように、これは大事な編集の際の指針(と少なくとも私は考える)だが、これを持って資料内容の改変を行う(あるいはそういう可能性がある)ことは行えないです。当たり前ですね。
あと蛇足ですが、文章が実際の引用ではなく、執筆者によって編纂し直された物だからという観点については、スパゲッティモンスター教の設立意図や、日本海名称問題に見られるように、単に「論争があるなら併記すべきだ」と言う意見は、一見すると妥当な解決論のようであって、実はそうでないと言うことだけ述べておきます。--EULE 2009年5月12日 (火) 04:35 (UTC)
各氏様々な観点をお持ちで方向性も様々ですね。わたしの観点がわかりにくいかも知れませんのでZEROさんにご確認したい部分を太字にしておきました。Seisakudeuon 2009年5月12日 (火) 17:10 (UTC)
ええと、この話もおそらくページ5枚分ぐらいの議論になる予感がします。現在このノートでは【「無条件降伏」を「終戦」「敗戦」と書き換えるべきかどうか】という議論と、【「議論がある」等の脚注挿入を求める】議論が併存しているため、Seisakudeuonさんには申し訳ないんですけれども先行する議論が一段落つくまで、ちょっとお待ちいただけないでしょうか?先行する議論が一段落ついたら必ずお返事致しますので。--ZERO 2009年5月13日 (水) 12:36 (UTC)

ZEROちゃんさー、基本的に自分の記事に触られたくないタイプなのは分かるけど、今回は相手が悪すぎるからどっかで折れたほうが心身ともに楽になれると思うよ。もともと議論できないタイプなんだし、こんなアホみたいな事で磨り減っていく必要はない。「○○は猫じゃらしである」に対して「うちの地元ではそれは猫じゃらしとは呼ばないで××というんだ」とか言ってるようなもんでしょ。それに対して「参考文献にこう書いてある」とか言ってんのは傍から見てても??だよ。

変な奴らがいなくなった頃に加筆ついでにさりげなく戻しときゃいいんだよ。--119.150.12.229 2009年5月13日 (水) 12:46 (UTC)


利用者:Seisakudeuonは、長期荒らしのブロック逃れとしてブロックされました(投稿ブロック記録)。--ikedat76 2009年5月30日 (土) 02:14 (UTC)

合意形成の纏めについて 編集

  コメント この節で何が合意されたのかの纏めを行ってください。その後過去ログ化への合意形成を行ってください。--122.249.76.147 2009年5月30日 (土) 03:27 (UTC)

本節での議論はyasumi氏と上記多重アカウントの2氏よりの申し立てにより開始されました。しかし、yasumi氏の申し立てについては既に採用せずという合意形成がなされています。さらに多重アカウントの発言はそもそも存在し得ないものであり、対応の必要が認められませんし、対応を必要とするという主張は多重アカウントによるブロック破りに加担する行為とも見なしえます。したがってまとめるべき合意事項は、yasumi氏の申し立てを採用しないとした、ZEROさんによるまとめで充分にまとめられています。
また、これ以上なんら新たな論点が無いにもかかわらず、持論に固執し続けている利用者がいますが、かかる行為は合意形成を無視する行為として感心しません。--ikedat76 2009年5月30日 (土) 14:33 (UTC)

日本の降伏を無条件降伏と表現する背景説明文について(再提議)への追記 編集

(編集合戦気味ですが、このコメントはノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2#コメントを受けてへの続きでよいのかどうか?)
多忙と疲弊により返信に間が開きました。なにやら色々進行があるようで。さらに、私の発言を色々勝手に解釈されているようで困ったことです。最も困るのは、まるで私が基本方針の一つである独自研究をしないを否定し、まるで独自解釈で記事を書けと主張しているかの如く印象操作が行われて理解されることです。
さて、私が問題にしているのは現状の無条件降伏の語句は誤解や誤読を生む文章であり、もっと平易な表現で説明を入れるべきでは?という提議でした。
何故か「「問題点があるかないかの判定を他者の回答に依存しなければわからない段階で(問題点の有無が不明確な段階で)、コメント依頼を提出し書き換えの提議を行う」という行為自体、「自分の目的を先に設定しておいて、その根拠となる問題点を後から探す」という本末転倒なものです。」とミスリードされているように感じるのですが、現状表現に対してWikipedia:編集方針#他の人が書いた情報(意味内容)は保存するよう努めてくださいより、提議の後に現状文の筆者にどういう内容であるのかの照会をしてきたつもりでしたが「信頼する出典元に書いてある通り」という趣旨の手続き正統論と「出典を信頼しているから」という他の表記と比較不可能な価値観を聞かされるだけであり、筆者が書いた語句の意味(内容)についてはついぞ解釈・評価の回答がありませんでした。ここには、現状分文を筆者が作文した上で「出典より語句を削除し、語順を前後させたことにより文意が損なわれていないという保証は解釈・評価の表明無しには合意が不可能であるという問題点」もあるわけで、出典を改編して記事にした文責者の文意表明がない状態では基本方針の確認は困難という状態にあると思えます。これを踏まえて次のステップとして別項にて現状文の無条件降伏表記に基因する問題点を提示します。(前提を踏まえないままの枝葉末節の重要でない議論が多すぎたようです)
  • ikedat76氏へ。なにやら人格攻撃までされているように感じますが、根拠は自称「文脈上明らか」という自己解釈のみですか?ZERO氏の編集はルールに則ってはいる(決めつけられると困りますが、yasumiもルール遵守は否定していません)が、読者に益する記事となっているかについては沈黙しています。当然、私もルールに則った上での改善を提案・模索してきたわけです。私は現在表現されている記事表現について提議しているのであって、「出典を読んでいない人間は議論や提議に参加する資格無し」と議論参加資格に独自の制限を加えたり、「記事の出典は記事をテーマにした出典に制限する」などと独自の出典資格を設定したりして居らず、表現された記事表現に対して議論をする、あるいは検証可能な出典を求めるというルール通りの解釈をしているつもりです。
  • EULE氏へ。氏の意見は、まず以て記事に出典があれば手続きの問題はなく、出典を読まない自己は記事に疑問を挟まない(議論に参加できない)立場を維持する。かと存じておりました。追求の意志の有無は違い、出典引用の方法論は別として、記事として同様の意味(内容)で有るという前提が有れば言い換えに同意されていたと認識していたのですが、違いますか?--以上の署名のないコメントは、yasumi会話投稿記録)さんが 2009-05-30 14:15:55 (UTC) に投稿したものです。差分

Wikipedia:井戸端/subj/「個人攻撃」という用語にて過去に議論されたように、他ユーザへの批判は禁じられたものではなく、あるユーザの記事の編集や記事の編集に携わる(議論含む)上での能力、参加姿勢や行為といったものに対する批判は可能です(それらは学習可能もしくは個人の意志で変更可能なものばかりです)。リンク先にて「一歩間違うと「個人攻撃だ」と主張することは「対話拒否」の言い換え語なんじゃないかと感じることがあります」(夜飛さん、2008年10月5日 (日) 03:23 (UTC))との指摘がありますが、合意形成において申し立てが斥けられたという合意を拒否し、議論を継続しようと試みることは、議論の余地のない方針不理解と言われても仕方ありません。--ikedat76 2009年5月30日 (土) 14:54 (UTC)

ええ、同様の意味であるならば言い換えに同意していましたよ。というか今もそうですよ。しかし、その出典引用の方法論(および、その論述展開)がおかしいから、反対してるんですよ。そもそも最後のコメントは「合意形成をはかるべきかどうかの審議」における物ですから、私の立場は関係が無いです。--EULE 2009年5月30日 (土) 15:16 (UTC)

無条件降伏の表現を使う問題点 編集

1.対象の表現。 現状の記事には「日本の終戦から事件発生まで」の章題の下に「1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。・・・」と表記されている。
2.事実関係。 国民が8/15に聞いたラジオ放送には「天皇が肉声で読み上げた終戦の詔勅」や「内閣告諭」等があったが「無条件降伏」の語句はない。
→問題点1.すなわち、現状は本文を読んだ上で「当日、国民に無条件降伏という説明があったかのような表現であり、誤解を招くが事実でない」
3.理解のための語句解釈。 本文及び脚注には無条件降伏の定義や解説はない。本文を読んで無条件降伏の語義を辞書で引いた場合
『広辞苑』岩波書店「兵員・武器その他一切を、無条件に敵に委ねて降伏すること」 
『新明解国語辞典』三省堂「無条件降伏項は無し」「無条件、条件を付けないこと」「降伏、〔戦争などで〕自分が負けたことを認め、相手の命令・要求に従うこと。「無条件-」」
『大辞泉』JapanKnowledge「一切の条件をつけずに降伏すること。」 
『大辞林』三省堂「[1] 交戦中の軍隊・艦隊または国が、兵員・兵器などの一切を無条件で敵にゆだねて降伏すること。[2] 交戦国の一方が一定の降伏条件を無条件に受諾して降伏すること。」 
辞書を概観すると無条件降伏は「条件を付けずに敵に武器財産生命などを委ねる降伏」を第一義としており、一部は『大辞林』の第二義のように「敵に要求された条件を無条件で受け入れる降伏」を定義している辞書もある。
→問題点2.無解説のまま本文を読み、辞書の第一義に依り「日本の降伏様式が条件を付けずに敵に武器財産生命などを委ねる降伏」であったと辞書の定義通り誤解する可能性が大きい。また、主語を限定した場合にはポツダム宣言13項に日本国軍の無条件降伏という表現があるが、もしこの語意で使用された場合に主語の限定がされていないのは問題である。
→問題点3.文脈上から好意的に解釈し、辞書の第二義に記載が有ったり無かったりする定義を把握していた場合には「敵の要求する条件を無条件で受け入れる降伏」の意味で読み取るのが妥当に思える。この定義でも更に日本の申し出た条件付き受諾とバーンズ回答による確認等の事実経緯から見解の分かれる解釈であり広く敷衍した定義と考えるのは難しい。語義をこの定義に限定した上で、特筆性のある表現の場合であれば、そのような限定条件を示すべきである。
それ以外の辞書にない定義で無条件降伏が表現されている場合。
→問題点4.特筆性があると言う前提に於いて、引用体裁を取る必要がある。
つまり、本文に於いて「無条件降伏」の表現は極めて限定された用法であり。読者の理解を妨げる表現であり、平易に表現できるのであれば言い換えで改善できる。
付け加えるなら、該当記事の段落(及び出典の文章についても)に於いて文意を汲み取るのであれば、文章の要点は終戦の混乱を収拾すべく当局が使用した方法は天皇の権威を利用した国民宣撫であり、「終戦の詔勅」を根源として何度も派生事例が文章に上がっているとおり、それを天皇自身の朗読でラジオ放送した「玉音放送」、それを休戦の詔勅として報道した8/16の「島根新聞」、それを承詔必謹や大御心の奉戴として説諭した8/14「内閣告示(玉音放送に続いて8/15にラジオ放送)」・9/5「貴族院議事」・8/16「島根県知事告諭(島根新聞報道)」・8/16「県民指揮方策大綱」・8/17「小川松江地区司令官表明(島根新聞報道)」と繰り返し挙げられた事例を読めば明らかだと思いますし、ZERO氏が出典よりどのような理由で省略削減したかは分かりませんが、「天皇」などは重要なキーワードに思えます。
なお、別途ZERO氏より提示の無条件降伏記載のある出典を読んだ結果を記したいのですが、纏め切れていません。私の論点とはあまり関係のない点であり、疲弊原因になっている要素なのですが・・・--yasumi 2009年5月30日 (土) 14:15 (UTC)

(再開)問題点の指摘 編集

長らくログを削除されていたために中断していましたが、説明中文に使われている無条件降伏と言う語句について問題点を挙げてみました。ご意見を伺いたいと思います。--Yasumi 2009年7月1日 (水) 11:04 (UTC)
Yasumiさん、先日、無条件降伏の件でご迷惑をおかけしました。こちらで議論中だったのですね。まったく存じないで編集してしまいましたね。
日本が受諾したポツダム宣言の5条に我々の条件は次のとおりである。・・・(5) Following are our terms. We will not deviate from them. There are no alternatives. We shall brook no delay. [25]と明確に書いてあるのに無条件降伏と書くのは捏造ではないでしょうか?なぜこのようなことで議論がされているのか理解に苦しみます。--Chichiii  2009年7月1日 (水) 12:20 (UTC)
Chichiiiさん、流れを追って貰えば分かると思いますが、日本の降伏が無条件降伏であるかどうかについては、ここでの論点ではありません。使われ方は無条件降伏で概略説明がされていますが、本来の「字義通りの無条件降伏」の他に「条件付降伏を無条件受諾することを無条件降伏と呼ぶ」という定義があることについても考慮の上、記事の背景説明の文中に使う語句としての妥当性があるかどうかを指摘しているのです。--Yasumi 2009年7月2日 (木) 12:14 (UTC)
Yasumiさん、「無条件降伏」と、この記事で書く必要性がないと思います。本事件発生当時においては、たんに降伏ということであって、それが有条件か無条件かは論議されていなかったと思われます。本事件とは直接関係ないのですから、降伏とだけ書けばよいと思います。また、事件実行者たちが有条件・無条件であるかによって事件を起こしたわけではないので、記事の背景説明にはまったく関係ないでしょう。それから、参考した本に無条件と書いてあったとしても、Wikipediaは丸写しするわけではないので関係ないと思います。議論がなされる修飾語はあえてつけずに、降伏とすればよいと思います。--Chichiii  2009年7月2日 (木) 13:21 (UTC)
問題点の指摘以来、かなりの期間が経ち、かつ異義がないようですが、問題点は共有化されていると考えて良いでしょうか?--Yasumi 2009年7月14日 (火) 12:29 (UTC)
件の「無条件降伏」については他の言葉でも表現可能だと思います。松江騒擾事件に於いてはその概要に「1945年(昭和20年)8月15日、ポツダム宣言の受諾による日本の降伏が玉音放送によって国民に発表されると、」云々とあり、ここでは「降伏」です。又、この事件の発生は8月24日ということですが、「無条件降伏」の表記がある項目名は「日本の終戦から事件発生まで」となっており、この「終戦」は8月15日を指すのでしょう。竹永 (2005) 323頁には「その矢先の八月二十四日未明、松江事件が起った。この事件は、降伏を認めず、徹底抗戦を主張する青年等の一団によって島根県庁舎が焼討ちされ、全焼したものであった。」とあり、降伏を認めないものによることを指し示しています。--廿粁 2009年7月17日 (金) 00:28 (UTC)

代案の集約 編集

時間を掛けすぎてもうしわけありません。こちらでの議論とWikipedia:井戸端/subj/記事に使う出典の優先度や制限とは?の助言などから、まずは該当記事に問題有りとの立場からの現状記事を踏まえた編集代案を集約し、その後に合意形成に移りたいと思います。よろしくお願いします。--Yasumi 2009年7月26日 (日) 20:50 (UTC)


  • 現状出典文「昭和二十年(一九四五)八月十五日正午、ポツダム宣言の受諾による無条件降伏が、天皇の「玉音放送」によって国民に伝えられた。・・・こうした敗戦直後の政治的激動の中で、(以上抜粋。以降は敗戦を受けての島根の状況説明へ移る) 」『島根県の歴史 県史32』2005年山川出版社(近現代-竹永三男著) 11章過疎地に芽吹くもの 1-戦後島根間出発点 県庁焼討ち より。
当面の代案として上記を提出します。問題点はノート:松江騒擾事件#無条件降伏の表現を使う問題点で指摘したとおりです。これを松江騒擾事件に繋がる歴史的政治的背景を説明している現出典をそのままとし、無条件降伏の語句除去と状況詳細は前値のリンクを活用することで編集したい思います。今のところ代案で実際に表現される記事の内容は出典先で検証可能であり、中立的観点についても今以上に満足するではないかと考えます。具体的に提示する代案の叩き台として、ご意見をよろしくお願いします。--Yasumi 2009年7月27日 (月) 10:45 (UTC)
えええ!
  • 私が「無条件降伏」の代案にあげているのは「敗戦」「終戦」等です。」(本ノート:4月30日 (木) 10:03 (UTC)
いままでYasumiさんが主張してきたこの提案は、いったい、どこにいったんですか!?もう一度自分の提案をよくご覧になって下さい。「敗戦」「終戦」も、「降伏」すらも、まるで跡形がないじゃないですか。3ヶ月近くも、たくさんのひとが、Yasumiさんの提案のために議論に参加していたのに、その結果が、これなんですか。「現出典をそのままとし」って、出典の取捨選択の吟味比較がどうこうって話、あれも一体どこへ!?
もうひとつ。Wikipedia:井戸端/subj/記事に使う出典の優先度や制限とは?の議論、ちゃんと結論出して下さいね。Yasumiさんの主張によれば、「記事に使う出典の優先度や制限」が、この議論がかみ合わない原因だそうです(井戸端の議論:6月2日 (火) 11:56 (UTC))。それならば「記事に使う出典の優先度や制限」の問題が解決されない限り、Yasumiさんはこのノートで議論を進められないはずだ。そうでなければ、全くの無駄な議論に周りをつきあわせたことにある。
5月のはじめの段階で、私はYasumiさんの提案を、一貫性のまったくない提案だと申し上げました。3ヶ月近く経過して、残念ながらまったく同じです。申し訳ないけども、いままでご自分が主張されてきたことを、ちゃんと確認して下さい、特に本ノートの4月30日前後。全て記録は残ってますので。--ZERO 2009年7月27日 (月) 14:58 (UTC)
(コメント)「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた」というのが、一番紛れがないとは思います。必要なら脚注で「なお竹永は「無条件降伏」と表現している」とか。「敗戦」「終戦」あるいは「降伏」などの表現を使うと、今度は調印の日が…という話が浮上する可能性もありますし。無条件降伏云々と書かないなら、「終戦状況の詳細は「日本の降伏」、「終戦の日」をそれぞれ参照」という誘導は不要、必要なら簡潔に本文で書くのがよいと思います。理想的には、報道などにより国民はほげほげと受け取った、というようなことを情報源を示して書けるといいかなと思いました(本来は無条件降伏の記述として調査すべきではありますが)。用例としては、読売報知が8月21日、朝日が8月28日に「無条件降伏」という表現を使っていると磯田光一「「無条件降伏」論争と文学――事実問題を中心に」にあり、20日夜に陸海軍省から軍の降伏を説得するラジオ放送があって、そこでのポツダム宣言の引用が、国家の降伏を暗示する普通名詞化したと磯田は受け取っているようですけれど、きちんと分析した資料が他にありそう。--Ks aka 98 2009年7月28日 (火) 18:13 (UTC)
(コメント)「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」で問題ないと考えます。「敗戦」「終戦」等の言辞で文章を飾る必要はありませんし、その案を破棄したYasumiさんの判断は評価されるべきだと考えます。--Himetv 2009年7月29日 (水) 11:18 (UTC)
まずは「無条件降伏表記に問題有りとの立場からの代案集約」に関してのご意見を頂戴しましたことについて感謝を申し上げます。Ks aka 98氏ご指摘の「終戦状況の詳細は「日本の降伏」、「終戦の日」をそれぞれ参照」の箇所については削除しても構わないと思っています、Himetv氏の意見も「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」については共通の賛意を頂けた物と理解します。上記の廿粁氏、Chichiii氏などの発言も踏まえたつもりですので、引き続き代案提出の集約について、ご意見を頂けたらと思います。
続いて、ZERO氏のご意見についてですが、「無条件降伏表記に問題有りとの立場」を共有していないのであれば別節でお願いしたいものです。おそらく立場が違うので意見集約後の具体的代案提出時に別途対立点の明確化が出来るのではないかと思います。さて、出典の取捨に関しても内容解釈あってこそであり、特筆性の話題で言い淀むZERO氏とは解釈を別にしているようですが、いずれにしろこの集約節を停滞させるものでは無いと考えます。そして、更にご理解頂けていないようですが、定義次第で解釈の揺れる無条件降伏表記を使うことについて初期の私の意見から議論を経た結果、言わんとしている要諦を盛り込み、あるいは省略された結果を代案へ具体化しつつあるのが状況過程であると認識しています。--Yasumi 2009年7月31日 (金) 08:46 (UTC)
「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」案へ集約してもよろしいでしょうか?もう少し待って代案提出としたいと思います。(なお、竹本→竹永への表記訂正を実施しました)--Yasumi 2009年8月7日 (金) 23:58 (UTC)

(インデント戻します)

  • ZERO氏のご意見についてですが、「無条件降伏表記に問題有りとの立場」を共有していないのであれば別節でお願いしたいものです。

私がここで紹介しているのは、Yasumiさんが「無条件降伏表記に問題有りとの立場」から出した、4月30日に出した提案です。わたくしは、Yasumiさんご自身がいままで主張してきた提案を比較したにすぎません。あと、「立場が違う」ことなんか、始めからわかりきっています。肝心なのは、その「立場」がどれだけまともであるかどうかです。

途中から議論参加をしている人もいるので念のため。

  • 私が「無条件降伏」の代案にあげているのは「敗戦」「終戦」等です。(4月30日 (木) 10:03 (UTC))
  • あるいは単なる「降伏」でも当てはまるかも知れません。(4月30日 (木) 12:15 (UTC))

誰でも画面をスクロールして上を見ればわかるとおり、この代案の是非について、数ヶ月も他の人も含めてこのノートで議論しております。提案をしたのも、コメント依頼を出したのも、Yasumiさん自身です。「具体化しつつある」と書けば聞こえはいいが、すでにYasumiさんは提案を4月30日に出しているのですから、この提案から別な提案に動かそうとすれば、要するに単なる提案のすり替えです。

もう一度お伺いします。『初期のYasumiさんの意見から議論を経た結果』、4月30日に出した提案は、ご自身で撤回する心境に至ったのか、それともまだ「敗戦」「終戦」「降伏」に書き換えるという提案を継続しているのか、どちらですか。ここをちゃんと答えておかないと、Yasumiさん提案はいつまでも自家撞着したままです。自分で出した提案を、いまさら「なかったこと」にはできない。

ちなみに、私は「完璧な記事は存在しない」とする立場です。「無条件降伏」に限らず、いかなる文章のどんな箇所であれ、何らかの問題を指摘することだけなら、いとも簡単にできる。その意味においてなら私は「無条件降伏表記に問題有る立場」と言い張れなくもないんですよね。ただし、私はそこから「敗戦・終戦・降伏に書き換えるよりも、そのままにしておくほうがまだマシ」という考え方をしています。この辺の考え方の一部は、去る5月4日に述べています。

新たな代案へ移る前に、まずはご自身が4月30日にだした代案をどうする気なのか、明言していただけませんか。ここまでの議論で話し合われていたのはその是非なのですから。--ZERO 2009年8月10日 (月) 01:55 (UTC)


下記現状文の表現に対してノート:松江騒擾事件#無条件降伏の表現を使う問題点を指摘し、その問題有りとの立場から本節で具体的代案の集約を行った結果、「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」を代案としたいと思います。なおZERO氏の発言は論理も立場も結論も違えていると認識しておりますので対立意見は次節の合意形成にてお願いします。また今回の提案は指摘した問題点を改善する為の「「敗戦」「終戦」等」「あるいは単なる「降伏」」などの当初打診した編集提案の延長上にあると考えています。--Yasumi 2009年8月13日 (木) 12:18 (UTC)

具体的代案の提示と合意形成 編集

前節を踏まえ、「日本の終戦から事件発生まで」の節の直後の冒頭文について下記の通りの編集を提案します。

読者の役に立つ記事へ向けて合意形成が望まれますが、ZERO氏あるいは他に容れられない意見であれば調査投票を以てコミュニティに諮り、結論としたいと思います。つまり今回の具体的提案が少数意見であれば提案を撤回します。歩み寄りによる合意形成または投票による解決にご同意頂けるでしょうか?--Yasumi 2009年8月13日 (木) 12:18 (UTC)

s:大東亞戰爭終結ノ詔書←の玉音放送の原文を参考に添付しておいていただけると分かりやすいです。--Chichiii  2009年8月13日 (木) 12:30 (UTC)


コメント依頼から来ました。はじめまして。全ての議論を把握しきれていないのですが、現状文から「無条件降伏」表記を「日本の降伏」表記に変えたのみの以下を(代案2)として提案します。
  • 具体的代案2「1945年(昭和20年)8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による日本の降伏が国民に伝えられた。」
『松江市誌』等、島根県の郷土史料を気軽に閲覧できる環境にいないため、まだ全ての出典史料に目を通しきれていません(すみません)が、代案の典拠は松江騒擾事件#関連文献にも記載されています『国史大辞典』の「松江騒擾事件」の項で鳥海靖が書いたものによります。鳥海は今回の論点となっている部分に関して「昭和二十年(一九四五)八月十五日、ポツダム宣言受諾による日本の降伏が国民に発表されると……(『国史大辞典13巻』p.95より引用)」と記載していました。無条件かどうかはさておき、降伏という文言はその後の動機に直結することばであるため、残しておいたほうが良いだろう、と思っています。お盆休みを利用して松江まで遊びに行きがてら郷土史料を調べられたらいいな、と思いつつ休みに入るのを待っていましたが、なんだか投票が始まりそうだったので取り急ぎ。--R.Lucy 2009年8月14日 (金) 14:06 (UTC)
どうも、はじめまして。よろしくお願いします。ノート:松江騒擾事件#無条件降伏の表現を使う問題点については共通認識を持っていると理解してよろしいでしょうか?--Yasumi 2009年8月18日 (火) 12:42 (UTC)

「無条件降伏」表現の改善についての準備節 編集

投票要件を満たすためにWikipedia:投票の指針Wikipedia:投票より、投票の際は以下の各点の明示が必要となります。準備についてのご意見は前節でお願いします。

    • 問題は何か?
    • 選択肢の候補は?
    • 選択肢が三つ以上ある時、回答者は複数の選択肢を選択できるのか?
    • 投票の開始・終了日時は? (適切な期間を投票に割り当てること)
    • 投票結果の集計方法は? (最多数をとったものを選ぶか、3分の2以上などのラインを設定するか)

(--2009年8月13日 (木) 12:18 (UTC)時点での案を--2009年8月18日 (火) 12:42 (UTC)に改正)

投票の主題 ノート:松江騒擾事件の「無条件降伏」表現の改善について
投票場所 ノート:松江騒擾事件#「無条件降伏」表現の改善についての投票節
投票に先立つ議論
投票者の資格
  • 下記2つの条件をどちらも満たしていること。
  1. ログインユーザーであること。
  2. 2009年8月20日 00:00:00 (UTC) の時点で全名前空間の編集回数50回以上であること。
投票期間 2009年8月20日00:00:00(UTC)から2009年9月3日00:00:00(UTC)までの2週間。
投票のルール
  • 多重アカウントによる投票及び投票期間外の投票は全て無効とする。
  • 得票数が同数の場合、投票期間を3日間延長する。
  • 投票は下記選択肢へ一人一票までとし、多数意見を記事に反映させる。
  1. 「8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による無条件降伏が国民に伝えられた。」(現状維持)
  2. 「8月15日の正午、玉音放送によりポツダム宣言の受諾が国民に伝えられた。」(代案1、出典は現状のまま)
  3. 「8月15日の正午、玉音放送によってポツダム宣言の受諾による日本の降伏が国民に伝えられた。」(代案2、出典は国史大辞典13巻』p.95より)

「無条件降伏」表現の改善についての投票節 編集

合意形成と投票の提案から一週間が経過しました。特にZERO氏との積極的合意に至れなかったのは残念ですが、逆に反対も受けていないことから投票を以てコミュニティに諮りたいと思います。よろしくお願いします。なお、私のミスで投票開始期間(8/20 00:00UTC-)が現時点(2009年8月20日 (木) 12:29 (UTC))より前に設定されていましたが、投票有効期間を長めの2週間に設定していたため週末を二回経ることもあり、準備節の要領のまま実施したいと思います。--Yasumi 2009年8月20日 (木) 12:29 (UTC)


  • 記事改善への投票
現状維持に  賛成
(第一投票者用記名欄)
代案1に  賛成
--Yasumi 2009年8月20日 (木) 12:29 (UTC)
--uaa 2009年8月21日 (金) 17:36 (UTC)
--廿粁 2009年8月31日 (月) 00:50 (UTC)
--Chichiii  2009年8月31日 (月) 10:00 (UTC)
--岩見浩造 2009年8月31日 (月) 12:18 (UTC)
--miya 2009年9月1日 (火) 03:53 (UTC)
代案2に  賛成
--Himetv 2009年8月20日 (木) 20:38 (UTC)
--R.Lucy 2009年8月22日 (土) 00:23 (UTC)
--元諜報員 2009年8月22日 (土) 00:40 (UTC)
--政治野球マニア 2009年8月25日 (火) 09:40 (UTC)
  • 投票以外の投票理由・コメント等
(コメント)今回の議論の元となっているのはノート:松江騒擾事件#無条件降伏の表現を使う問題点で表明した「無条件降伏」という表記で生じる問題とその改善です。何故か記事内容に関する議論は避けられ、手続き論や手続き優先論により特定の方針への忠誠度で記事を決するかのような論調に会い横道に逸れてきましたが、今も発議以来の要点はここにあると思ってます。Wikipedia:検証可能性は重要な要素ですが、それは三大方針のバランスの上に立った上でWikipedia:読者に役立つ記事を書くを書くことが肝要かと思います。単にWikipedia:検証可能性で言えば、実際に記事に表現された内容は投票対象の3案は程度の差があれ、各々の出典で確認可能な内容であると考えます。その上で現状はWikipedia:中立的な観点に劣り、かつ国語的な問題もあって事実で無い内容を伝えてしまう状況にあるため、様々な論駁を受けた結果の改善編集案に私は代案1を推します。--Yasumi 2009年8月20日 (木) 12:29 (UTC)
(コメント)両論併記が好ましいと思うのですが、選択肢がないのでとりあえず除去で。--uaa 2009年8月21日 (金) 17:36 (UTC)
(コメント)事件の動機・原因を説明するに当たって、「降伏」の説明は必要。--元諜報員 2009年8月22日 (土) 00:40 (UTC)
(コメント)無条件降伏および日本の降伏ではない理由をいかに記します。
  • 受諾した共同宣言の13条は吾等ハ日本国政府ガ直ニ全日本国軍隊ノ無条件降伏ヲ宣言シ且右行動ニ於ケル同政府ノ誠意ニ付適当且充分ナル保障ヲ提供センコトヲ同政府ニ対シ要求ス右以外ノ日本国ノ選択ハ迅速且完全ナル壊滅アルノミトス[26]となっており、日本国ではなく日本軍の無条件降伏であるとされていること。
  • アメリカ合衆国国務省第1254文書に「1945年7月26日の宣言(ポツダム宣言)と国務省の政策との比較検討」1945年7月30日開催国務長官スタッフ会議第152回会議提出資料によると以下の通りです(p179-181 閉ざされた言語空間占領軍の検閲と戦後日本 江藤淳 文春文庫)、
第一、問題:1945年7月26日の宣言は、どの程度国務省の政策と一致するか。第二、討議:…(3)この宣言は、無条件降伏が「全日本国軍隊」にのみ適用されるものと解している。国務省の政策は、無条件降伏が日本国(つまり軍隊のみならず天皇、政府および国民を含む)に適用されるものと解し、これらすべてが連合国軍が政策遂行のために適当と考える一切の行為に黙従すべきものと解している。…
特に内示された指令は、いくつかの点において降伏文書とポツダム宣言に規定されている諸原則を著しく逸脱していると思われるので、小官は所見を貴官に上伸しておかなければならないと感じるのである
以上より、アメリカ合衆国はポツダム宣言はあくまで、日本軍の降伏などの個別事項を日本政府に要求する宣言であると認識していることが分かります。また、玉音放送では共同宣言(ポツダム宣言)を受諾するとしか述べていないことから、日本の降伏という表現は脚色であると考えられます(日本軍の降伏なら許容範囲)。江藤淳はポツダム宣言は双務的・相互拘束的な契約文書であり、日本国が無条件降伏を受け入れたわけではないとしております。ポツダム宣言玉音放送の原文に目を通していただけたら幸いです。--Chichiii  2009年8月31日 (月) 10:00 (UTC)
(コメント)合意が得られるなら(1を含めて)どれでもいいです。--Ks aka 98 2009年8月31日 (月) 10:12 (UTC)
井戸端でのやりとりのついでに、基礎的な資料をいくらか読んでみたので、ざっくりまとめてみます。
「独自研究でもなく検証可能性を満足する」というのは、本来は、記事を書く上で最低限満たされるべきもので、「独自研究でもなく検証可能性を満足する」記述は複数存在し、執筆者の知見によって、そのなかで、もっとも的確なものを選ぶ、議論が生じたら、対話をし、中立的な観点にしたがって、どのように記述するのがよいかを考えるということになると思います。
玉音放送時に「無条件降伏」を伝えたかどうか、というのは、とてもややこしい議論になります。玉音放送というのは、日本がポツダム宣言の諸条項を受諾する意思を一般に知らせたものです。公布は十四日、放送が十五日、降伏は九月二日、終戦だと講和まで待つことになります。これらについては、厳格さを求めるなら、表現を選ぶ必要があるでしょう。玉音放送直後のアナウンサーの解説では無条件降伏という認識は見られませんし(佐藤卓己『八月十五日の神話』)、当時の新聞(読売だけですが)を見ると、20日の段階では「『無条件降伏』の条件とはそれ自体矛盾を包蔵している」などとあり、無条件降伏という認識があったことは想定されますが、反論の余地があるようですし、その後も紙面では12月17日の「連合国の記述せる太平洋戦争史」や翌年5月14日にキーナンの発言として現れるといった感じでしか、検索では引っかからないようです。以後も「無条件降伏」の定義は一致せず、その定義の違いが論者の意識に上ってこなかったことから、論点が定まらない上に、歴史上の出来事の認識や解釈も一定ではありません。定義としては、従来はデベラチオ(「敵の完全なる破壊および打倒」)かどうかが「無条件降伏」か否かを分けるという意見が多かったようです。たとえばドイツ降伏時の用語解説(読売新聞1945年5月1日)、『憲法制定の経過に関する小委員会報告書の概要』(昭和39年7月に提出された『憲法調査会報告書』の付属文書第2号『憲法制定の経過に関する小委員会報告書』の概要をまとめたもの)「第1章第3節 ポツダム宣言の意義」(p.5)。高野雄一も、これに近いと思われ、無条件降伏ではないとします。近年は戦争終結方式として見る傾向が強いように思います(五百旗頭、豊下)。国際法上は、明確な定義がないという意見もあり、明確な違いがあるという意見もあります。また、「降伏文書に調印して無条件降伏をした」(最高裁判例昭和24(れ)685)、「ポツダム宣言はもともと条件付き休戦条約であったが、実施の段階において無条件降伏として運用された」(高橋正俊、定義としては法的主体性を重視していると思われる)など、時期をどう選ぶかという議論もあります。こうした議論に、江藤淳、本多秋五、小堀桂一郎ら文学者・評論家らが参入して(国際法上はあまり有意義ではないとされる)、より混迷を増しているというのが、現状でしょう。
もっとも、無条件降伏の記事ではないので、これらを厳密に反映させる必要は感じません。この記事における玉音放送の位置づけが重要性などから、必要に応じて厳密さを保ちながら簡略に記述するかを考えればよいと思います。いくらか曖昧な認識で記述をするなら、国会での吉田首相(第6回衆議院予算委員会11号 昭和24年11月26日)や西村外務事務官(第12回衆議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会8号 昭和26年10月24日)らの発言などから「無条件」としてしまってもよいと思います。ここで「無条件」を残すのが中立的観点から大きく外れるほどのものではないと思いますが、論争があり、さほど分量が変わらず紛れがないという意味で、対案1を提案しました。「無条件」という表現にこだわる執筆者がいらっしゃるなら、その知見とこだわりに応じて、適宜合意が得られるところで、適当に落としどころを探ればよいでしょう。--Ks aka 98 2009年8月31日 (月) 18:44 (UTC)
(コメント)代案2をエントリーされたR.Lucyさんと利用者‐会話:Yasumi#ノート:松江騒擾事件‎の件で色々対話していたのですが、一点気になったので追記します。今回、最も論駁を受けているのは「独自研究でもなく検証可能性を満足する記事なのに、無条件降伏の語句を除去する理由が無い」という点かと思います。私は非独自研究と検証可能性については三案とも満足する水準であり、指摘済みの弊害から除去が妥当であり、代案1及び代案2は三大方針のバランスの上に立っても現状維持案に優越すると思います。現状、維持案以外は「無条件降伏」あるいは「無条件」を除去する編集案であり、どのような優越性を以て代案へ投票しているのか表明して頂けたらと思います。任意ですが。--Yasumi 2009年8月31日 (月) 11:15 (UTC)
(コメント)多くの方が散々議論されたことなので繰り返しませんが軍隊への降伏であると解釈する根拠はそれなりの学術的オーソリティを出典で示すことが出来ます。まあ事件そのものの内容に殆ど関わりがないのに、降伏関係がメインではない記事で本件の議論を引き伸ばし、出典の明記を無視してごり押しした人達には呆れてしまいますね。トラブルが解消していないのに秀逸な記事に選ばれたのも個人的には疑問です。岩見浩造 2009年8月31日 (月) 12:18 (UTC)
(コメント)玉音放送が伝えたのは「受諾」であって、「降伏」の文字は終戦の詔勅の中に見えません。終戦の詔勅本文を知らない読者が、詔勅に「降伏」という文字が含まれていたと勘違いする可能性は排除すべきでしょう(代案2だと、昭和天皇がご自身で「降伏」という言葉を口になさったようにも見えてしまいます)。したがって、この個所は代案1をとり、そのあとにポツダム宣言は「全日本国軍隊ノ無条件降伏」を定めていたため、その受諾は日本の降伏に直結したが、同月16日付『島根新聞』社説では・・・など、補うのがよいと考えます。--miya 2009年9月1日 (火) 03:53 (UTC)


「無条件降伏」表現の改善についての投票結果 編集

締切に即応できずに申し訳ありません。さて、投票期間が終了しました。記事改善への投票結果は下記の通りです。

  • 現状維持に賛成0票
  • 代案1に賛成6票(最多得票)
  • 代案2に賛成4票

積極的な合意形成に至れないのは残念なことでした。しかし、合意の呼びかけと投票実施への1週間の審議実施、及びコミュニティ10人による投票実施という結果に従って代案1による編集を実施したいと思います。ご了承下さい。今後の編集に関しても今回の議論と投票が実施されたという経緯を踏まえていただくことを希望します。また、この議論が落ち着くようで有れば暫くして議論のまとめに移りたいと思います。ご協力をよろしくお願いします。--Yasumi 2009年9月4日 (金) 22:52 (UTC)

投票の結果について了承いたします。この結果に基づく粛々とした編集を歓迎します。--Himetv 2009年9月4日 (金) 23:14 (UTC)
早速編集で「による無条件降伏」を削除しました。また、Wikipedia:投票/リストを投票中から投票済みへ移動させ、Template:意見募集中Wikipedia:コメント依頼の告知を削除しました。自分で登録したところは直したつもりですが手配漏れが有ればご指摘ご修正をお願いします。なお、本記事である松江騒擾事件の冒頭の議論告知と投票告知については、判断が付かなかったのでとりあえず手を付けませんでした。その他、時期を見てよしなにお願いします。--Yasumi 2009年9月5日 (土) 08:53 (UTC)

「無条件降伏」表現の改善に至る議論のまとめ、準備節 編集

編集から一週間以上静観していましたが、落ち着いている様なので議論のまとめを行い、過去ログ化をしたいと思います。以下は叩き台としての案ですので問題があれば改善案を以てご提案をお願いします。

とりあえず、ここまで。--Yasumi 2009年9月16日 (水) 11:54 (UTC)

とりあえず叩き台を提出します。ご確認をよろしくお願いします。--Yasumi 2009年9月17日 (木) 10:37 (UTC)

2009年9月17日 (木) 10:37 (UTC)の案について異議が見られないためまとめと過去ログ化の作業に移りたいとおもいます。最後に2009年3月から9月に渡る長い議論に於いて、ZERO氏の2009年5月5日 (火) 19:56 (UTC)への答礼が遅れていたことを深くお詫びします。それでは、ごきげんやう。--Yasumi 2009年9月25日 (金) 10:07 (UTC)

ikedat76氏・EULE氏の過去ログ2-2での発言について。の過去ログインクルード手法について 編集

ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2利用者:ikedat76会話 / 投稿記録 / 記録氏が作成されました。その直後2009年5月30日 (土) 02:25時点における版にて{{Archive}}を貼りましたが、直後の版にて削除され、その後この過去ログにて利用者:ikedat76会話 / 投稿記録 / 記録氏・利用者:EULE会話 / 投稿記録 / 記録氏が発言をなさっております。なお、正規な現在の版では、過去ログでの発言は転記されておりません。しかも、そもそも過去ログ化しながら、現在版と過去ログ版に同じ記述を残し過去ログ版にのみ発言することは、何らかの意図があるとも取られかねません。このような行為は他のユーザに非常に混乱をもたらしますので今後はおやめいただくように願います。なお、この件について明確な説明がない場合はコメント依頼も考慮させていただきます。--203.181.27.65 2009年5月30日 (土) 16:22 (UTC)

203.181.27.65さんのご指摘を踏まえて、過去ログ化が過早であるとの判断に同意し、議論の再開を図ったものです。トピックの連続性、および、今後の過去ログ化の便宜を考慮して、再編集可能(Archiveタグを撤去)にしました。紛らわしいという指摘は承りますが、私の2009年5月30日 (土) 14:33 (UTC)付の発言についても考慮願います。--ikedat76 2009年5月30日 (土) 16:48 (UTC)
なお、過去ログ化と差し戻しの過程で行われた発言を含めて、遺漏はないはずです。現状についても、サブページ(ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2)をインクルード({{ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2}}することにより展開しているものであって、「現在版と過去ログ版に同じ記述を残し過去ログ版にのみ発言する」というような二重の履歴を発生させているわけではありません。履歴と差分、マークアップを確認すれば分かることですので、確認願います。--ikedat76 2009年5月30日 (土) 16:58 (UTC)
ノートでの使用でインクルード({{ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2}})させて展開することは許容されているのでしょうか。方針/ガイドラインを隅々まで熟知しているわけではありませんが、過去に確認したことはありません。インクルードを使用している告知が無いことは、現在のノートを編集しようと思っている利用者に過去のノートを編集させることになり、混乱を招きます。この状況をおさめるためにまずノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2を削除し、このノートに統合使用することを提案します。この件は重要ですので、第三者の意見を待ち、結論が出るまで性急な編集を行わないことを希望します。--203.181.27.65 2009年5月30日 (土) 17:27 (UTC)
現在Wikipedia:井戸端/subj/ノートページで過去ログをインクルードとして取り込む弊害について。で第三者の意見を伺っております。--203.181.27.65 2009年5月31日 (日) 00:47 (UTC)

あらためて現在のノートへの統合を提案します。 編集

2009年5月17日 (日) 10:38時点における版の版の差分でも分かるように、左のペインで削除された記述がインクルードを使用していることにより、画面をスクロールすると表示されている状態になってしまいます。これでお分かり頂けるように利用者の利便性を著しく排除しております。よってIkedat76さんにより分割過去ログ化されたもの全ての現在のノートへの再度統合を提案します。--Qoop 2009年6月3日 (水) 23:36 (UTC)

却下。井戸端で(完全ではないが)合意を得られた部分は、「過去ログの内容をインクルードで表示させることは不適切」です。その対処はインクルードで表示させないであって、過去ログを復帰させるではありません。結局のところ、過去ログを復帰させるかの論点は「議論は終了していたか否か」です。その点については何故か、Qoop氏は、ikedat76氏や私に対して対話拒否をされますが、何か特段の理由でもあるんでしょうか?ただし、井戸端でも言いましたように(Yasumi氏もおっしゃってますが)、2009年5月30日 (土) 23:15分以降の物は早急に復帰させる必要があると考えます。
それと念のために言っておきますが、この提案は井戸端の議論は直接関係が無いとか言わないでくださいね。井戸端の方にもこの提案を転記・告知してるんですから。--EULE 2009年6月4日 (木) 03:11 (UTC)

まだお分かりになりませんか?今回の事件で過去ログを復帰させるかの論点で一番重要視すべき事は、閲覧する第三者が議論の過程を時系列で精査できる状態になるという言うことです。差分をたどって見るしかない今のままでは、どういう経緯でEULEさんら3名が合意に至ったと主張しているのか、ikedat76さんがどういう目的でどの部分をインクルードしたのか、第三者には容易に判断できません。
「結局のところ、過去ログを復帰させるかの論点は「議論は終了していたか否か」です。その点については何故か、Qoop氏は、ikedat76氏や私に対して対話拒否をされますが、何か特段の理由でもあるんでしょうか?」またこのようなミスリードを行うのですか?「結局のところ、過去ログを復帰させるかの論点は「議論は終了していたか否か」です。」と独自解釈で断定しているのはELUEさんだけですよ、この論調は過去ログ化されたノートで何度も現れてます。--Qoop 2009年6月4日 (木) 13:31 (UTC)

Wikipedia:統合提案#6月上旬(1日から10日)に提出いたしました。--Qoop 2009年6月4日 (木) 13:31 (UTC)

失敬。過去ログを全て復帰させると早合点していましたが、あくまで過去ログの統合案ですね。なら、部分賛成です。2009年5月30日 (土) 23:15分以降の物は、統合せず、復帰と言う形を取りたいので(過去ログと本記事を統合する提案だと勘違いしておりました。すみません)。
あと、某氏と同じでミスリードと言う言葉を使いたがるみたいですが(過去の議論の方は言及しませんが)今回のことに関してはミスリードじゃないですよ。2009年5月31日 (日) 15:08 (UTC)の時点で私は、その意図を伺っているのに、返答が無い。井戸端の方では、御自身は合意形成についても言及されておられるのに、私がそれに言及しようとするとノートでしろと言う。ノートでは、既に伺っているのに。もし、ログの統合を経てから合意形成の是非に触れるつもりだったというのであれば、その旨を言ってください(もっとも井戸端で御自身が主張されているのを見ると私は不誠実だと思いますが)。そういうことを言わずして、開口一番「まだお分かりになりませんか?」などと、わかって当然のことだ、お前は無知だ というような指摘をするのは、相手を萎縮させて、議論を自分の思い通りに進めようとする詭弁の手法、つまり、それこそがミスリードに他ならないです。--EULE 2009年6月4日 (木) 14:02 (UTC)
いや、改めて見ましたが早合点してませんね。差分で見難いということが理由であるというなら、私は復帰ではなく過去ログの差分の統合を逆提案します。この後、合意形成の是非を問うのが最終目的だとしても、それを損なわないはずです。--EULE 2009年6月4日 (木) 14:14 (UTC)
「あくまで過去ログの統合案ですね。」「差分で見難いということが理由であるというなら」違います。「某氏と同じでミスリードと言う言葉を使いたがるみたいですが」これもミスリードですね。「相手を萎縮させて、議論を自分の思い通りに進めようとする詭弁の手法」これなどは過去ログ2-1・2-2によく現れてますが、そう言う具体例も過去ログにしておきたいのでしょうか。--Qoop 2009年6月4日 (木) 14:41 (UTC)
追記。上部でEULEさんは開口一番却下と発言されてますが、提案はどなたでもできるもので、それに対しての意見表明は「賛成か反対」の投票かコメントです。どのような権限で却下できるのでしょうか、初心者などは萎縮してしまいすね。--Qoop 2009年6月4日 (木) 14:57 (UTC)
違いますではお答えになってないでしょう。あなたがおっしゃる一番重要な「閲覧する第三者が議論の過程を時系列で精査できる状態」にすると言うということに関しては、過去ログ差分の統合するだけでも可能なはずです。過去ログの状態で時系列が精査できないというなら、復帰させたって精査できないはずですよ。注釈が付くわけじゃないんですから。
却下と言う言葉をあえて使ったのは、議論その物が不当だと思うからです。反対を強調するために却下を用いたのならばミスリードと言えるのかも知れませんが。この発議は、過去ログの内容をインクルードで表示させることの議論を前提に踏まえた物です。それはこの節名や井戸端にリンクを張っていることから言えることですし、否定はされないと思います。その上で、現在できている前提は「過去ログの内容をインクルードで表示させることは不適切」です。なら、これで出来ることは、インクルードで表示させることを止めることであって過去ログを復帰させることではない。何故なら、過去ログ化の可否は未だ判定されていないのですから。
何故、却下と言う強い言葉を用いる必要(しいては発議自体を否定する必要)があるのかと言えば、まさにミスリードの危険性があるからです。経緯を知らない人間が見たら、インクルードの手法の問題のみが問われていると思い、過去ログの復帰に賛成するからです。過去ログを復帰させると言うことは、「過去ログ化自体が問題だったこと」を証明するか、「復帰させるのにそれ相応の必要性」を証明するかのいずれかです。もし、通常の過去ログがおかれたページで(しいて言うならインクルードがされていない状況)、いきなり過去ログを復帰させるかの発議をしたって根拠不足で蹴られるのが当然でしょう?
Qoop氏は過去ログ化自体が問題だったと言う立場ですし(たぶん)、復帰させる必要性と言うのはこの後に控える合意形成の可否を考える際に必要であるとお考えでしょう。その考えは問答無用の却下はしませんが、その辺りには触れてない(あまつさえ「まだお分かりになりませんか?」と知っていて当然であるかのように振舞う)で行われたこの発議は、端的に言えばQoop氏がインクルードの問題に見せかけて御自身の立場を隠した上で過去ログの復帰を狙っていると見られてもしょうがない物であり、ゆえに私は却下するんです。現に目的の1つに「ikedat76さんがどういう目的でどの部分をインクルードしたのか」を挙げている。インクルードの問題は井戸端で解決されたはずですし、それを踏まえての発議のはず。逆にインクルード問題の解決されておらず、解決が目的であるというなら、じゃあ、井戸端でやったことは何だったのか?と。ともすれば、解決した問題ですら蓑にしてミスリードを企む。こういうことをやっておられるので、インクルード問題を装っていちもつを隠しているように見えるんです(まあ、この辺りは「それはミスリードだ」と言ってくるのは目に見えるので無視されても構いませんが)。
ゆえに私は復帰提案はすべからく却下するわけではないです。現にYasumi氏が2009年6月3日 (水) 10:37 (UTC)で起こした発議には、却下なんてしませんし、これは至極正当な発議だと思います。付け加えるならば、既にYasumi氏が異議を唱えているにも関わらず、何故、その前の、このような節において、このような発議を行ったのかが疑問です。--EULE 2009年6月4日 (木) 21:52 (UTC)
議論に途中参加したIkedat76氏のノート削除は削除合意及び議論合意の無い行為であり、一度ノートへの現状復帰をさせた後に参加者の確認と合意に基づいて整理が行われることを希望します。インクルードの効果で理解できませんでしたが、時系列を追うと現状議論と直接関係しないログまで勝手に削除されていますね、EULE氏は5/30以前のIkedat76氏の削除強行を事後追認する意向の様ですが、合意にしても削除にしても「やった者勝ち」に成らないことを希望します。
  • 意見1.ノート:松江騒擾事件/過去ログ1は議論と無関係であり、ノート表示されたままの方が有益な情報と思います。削除からの復帰を望みます。
  • 意見2.ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-1ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2は議論中であり復帰を求めます。「論点の整理と明確化」または「仕切直し」の合意後という条件で有れば統合した状態で過去ログ化されることに依存はありません。
  • 意見3.意見2の暫定案で削除実施者のIkedat76氏が週末までに現状復帰をされないようで有れば、当面5/30のyasumi新規投稿分を再投稿したいと思います。ただし、あくまでも希望は削除されていたログの現状復帰です。
以下、時系列を追ってみました。
2009年5月10日 (日) 08:56 ZERO氏、合意形成の打診。
2009年5月10日 (日) 10:29 Ikedat76氏、ノート初参加。
2009年5月10日 (日) 20:39 Yasumi、提案に対してコメント。
2009年5月10日 (日) 23:05 Ikedat76氏、ノート:松江騒擾事件/過去ログ1分の削除。
2009年5月12日 (火) 21:31 Yasumi、提案前提の決め付けに対しての抗議。
2009年5月13日 (水) 21:36 ZERO氏、コメントを受けて、合意提案。
2009年5月13日 (水) 22:04 Yasumi、提案前提の決め付けに対しての抗議。
2009年5月17日 (日) 15:57 Yasumi、対話プロセスの提示。
2009年5月17日 (日) 19:38 Ikedat76氏、ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-1分の削除。
2009年5月26日 (火) 11:03 ZERO氏、一旦まとめ。
2009年5月30日 (土) 11:29 Ikedat76氏、ノート:松江騒擾事件/過去ログ2-2分の削除。
2009年5月30日 (土) 11:21 122.249.76.147氏、まとめ要求、2-2削除のリバート。
2009年5月30日 (土) 21:22 Ikedat76氏、再削除。
2009年5月30日 (土) 21:52 203.181.27.65氏、まとめ要求、2-2削除のリバート。
2009年5月30日 (土) 22:58 Ikedat76氏、再々削除。
2009年5月30日 (土) 23:15 Yasumi、問題点について新規投稿。
2009年5月30日 (土) 23:27 Ikedat76氏、新規投稿分の削除。
至る現在。--Yasumi 2009年6月4日 (木) 20:38 (UTC)

もし議論を追い切れていなかったら申し訳ないですが、過去ログされたもののなかに私の発言も含まれるのでコメントを出しておきます。「過去ログ化」については、いくら視覚的に「インクルード」で見えているとはいえ『もうちょっと待つか、それとも過去ログ化をする呼びかけをしてほしかったな』というのが正直なところです。今回ノートへの統合が求められているところは「過去ログ2-1、過去ログ2-2」ということですが、「/過去ログ1」で書いた『「独自の研究」ですが参考用メモ』なんかも、もしあの辺の情報源があるなら誰か教えてほしいので、その意味でも残しておいてほしかったです、たぶん有名な事件と繋がっているはずなので。利用者‐会話:ZERO#Re: Wikipedia:秀逸な記事の選考/特定アジア についての時にもIkedat76さんとは似たようなお話しをしていますが、(いくら見えるにしろ)やはり他者の発言を動かすことについての慎重さは必要です。『何が何でも過去ログ化に反対だ、復帰せよ』というわけではないのですけれど、呼びかけなしで過去ログ化をしたならば、呼びかけなしで過去ログ化を差し戻されても文句は言えないでしょう。過去ログ化された立場から言うならば、みなさんで話し合われた結果であればどちらにして頂いても構いませんが、そのあたりもお酌み取り頂ければと思います。--ZERO 2009年6月5日 (金) 11:13 (UTC)

  コメント現在、多方面で活発な議論がおきておりますが、当事者のみの投票では後に異論がでると思われます。「無条件降伏の記述是非・合意の有効性の確認」はひとまず別に議論するとして、インクルード問題の正常化のために、Ikedat76さんにより過去ログとされたものを復帰するという点において、外部で議論の第三者の方も是非積極的に投票をお願いします。また投票期間が性急であると異論も出ますが、当事者であるZEROさんも復帰されましたので、提起から一週間とさせていただきますが宜しいでしょうか。投票期間に異論のある方はこの直後にコメントを記入下さい。なお、当事者である賛成者がIkedat76さんの会話ページに呼びかけを行いますと芳しくないことも予想されますので、第三者の方でIkedat76さんに呼びかけをしていただける方はいらっしゃいませんでしょうか。--Qoop 2009年6月9日 (火) 12:42 (UTC)

インクルードの手法でログの表示のみ可能としてノートログを削除したIkedat76氏は一週間以上前の2009年5月31日 (日) 23:52以降活動が見られないようです。このノートに関して合意無きログ削除について、せめて私が5/30に投稿したノート:松江騒擾事件#無条件降伏の表現を使う問題点の分を復旧させようと予告していましたが、余計混乱しそうなので当面見送ります。やはり一度現状復帰させた上で、必要に応じて次のステップで議論のまとめやクローズ・継続・過去ログ化などの合意を取った方がよいと思います。
現在、Ikedat76さんにより削除過去ログ化されたもの全ての現在のノートへの再度統合が提案中ですが、ZERO氏の意見は提案賛成に見えますが、棄権票・委任票でなければノートを形成する一員として投票をお願いします。
EULE氏の意見がよく分かりませんが、インクルード表示化は合意無しの削除を隠蔽する物とも言え、まさに過去ログを復帰させる是非を判定しつつあるのが顕かであり現状でもあります。ログ削除を容認してインクルードだけの解除をすることは議論クローズと過去ログ化合意を飛ばした二手先の手順だと思います。投票に参加して頂きたいものです。--Yasumi 2009年6月10日 (水) 05:57 (UTC)
コメントはこの位置でよいのでしょうか。こっちの議論は正直、あれからどうなっているのか追い切れていません。「戻すなら完全に戻す」「戻さないなら全く戻さない」でハッキリやっていただく限りにおいて、発言者としてはどちらでも構いません。もし合意なく荒らし・個人攻撃以外の削除であったなら、投票がなくとも差し戻して良いと思います。第三者のまとめがはいったり、中途半端に戻されたりすると議論の流れがわからなくなるので、そこだけ留意していただければと思います。--ZERO 2009年6月12日 (金) 15:42 (UTC)

  コメントさきほど、Ikedat76さんの会話ページに投票と何らかの意思表明をされることの呼びかけを行いました。このままのですと対話拒否と見なすこととなりますが、皆さん異論はございませんでしょうか。--Qoop 2009年6月11日 (木) 11:55 (UTC)

私自身先行して投票してしまっていてなんですが・・・Wikipedia:合意形成より、投票にはWikipedia:投票の指針によりWikipedia:投票で告知を行うこととなっているようです。この辺の要件を満たした方がよいと思いますが、如何でしょうか?--Yasumi 2009年6月11日 (木) 12:12 (UTC)
要件は全て満たした方が最善ですね。お手数ですがYasumiさん作業をお願いできますでしょうか。--Qoop 2009年6月11日 (木) 12:25 (UTC)

以下、過去ログを全て復帰する事についての投票セクション 編集

  賛成 --Qoop 2009年6月4日 (木) 13:31 (UTC)

  賛成 --Yasumi 2009年6月4日 (木) 20:38 (UTC)

  賛成 --廿粁 2009年6月5日 (金) 02:41 (UTC)

  賛成 --61.126.193.68 2009年6月11日 (木) 03:44 (UTC)

ノート:松江騒擾事件の「1.インクルード解除の是非」と「2.過去ログ復旧の是非」(再投票案) 編集

上記ですでに賛成票を投じてしまいましたが、投票要件を満たすために再度仕切直して投票準備と合意を得たいと思います。Wikipedia:投票の指針Wikipedia:投票より、下記の案にて投票を実施したいと思います。ご意見をよろしくお願いします。尚、今のところ独断で投票資格を設けたので61.126.193.68氏の投票権が無い状態を提案しているのですが、問題ないでしょうか?--Yasumi 2009年6月15日 (月) 11:29 (UTC)

(--2009年6月15日 (月) 11:29 (UTC)時点での案)

投票の主題 ノート:松江騒擾事件の「インクルード解除の是非」と「過去ログ復旧の是非」
投票場所 ノート:松江騒擾事件
投票に先立つ議論
投票者の資格
  • 下記2つの条件をどちらも満たしていること。
  1. ログインユーザーであること。
  2. 2009年6月12日 00:00:00 (UTC) の時点で全名前空間の編集回数50回以上であること。
投票期間 2009年6月22日00:00:00(UTC)から2009年6月29日00:00:00(UTC)までの1週間。
投票のルール
  • 多重アカウントによる投票及び投票期間外の投票は全て無効とする。
  • 得票数が同数の場合、投票期間を3日間延長する。
  • 投票は下記二件とし、各一人一票とする。選択肢は賛成または反対の二択とする。
  1. インクルード解除の是非(賛成多数の場合はインクルード処理の除去、反対多数の場合は現状維持)
  2. 過去ログ復旧の是非(賛成多数の場合は削除されている過去ログ1・2-1・2-2のノートログの復旧統合をする。反対多数の場合は現状維持)

ノート:松江騒擾事件の「1.インクルード解除の是非」と「2.削除ログ復旧の是非」の投票セッション 編集

提案に対して特に異論が見られなかったため投票フェーズへ移行します。上記案の内容にて下記投票をお願いします。

  1. インクルード解除の是非
  賛成 --Yasumi 2009年6月22日 (月) 11:45 (UTC)
--廿粁 2009年6月24日 (水) 01:33 (UTC)
  反対
  1. 削除ログ復旧の是非
  賛成 --Yasumi 2009年6月22日 (月) 11:45 (UTC)
--廿粁 2009年6月24日 (水) 01:33 (UTC)
  反対

投票締切となり上記の結果となりました。インクルード解除について賛成2票、反対0票。削除ログ復旧について賛成2票、反対0票の結果となりました。以後投票を反映して作業へ移りますが、作業慣れしていないので不具合があれば修正申告をよろしくお願いします。--Yasumi 2009年6月29日 (月) 10:57 (UTC)

インクルードで過去ログに発言不可のため、以降の議論継続はこちらへ 編集

結局のところ、Qoop氏は30日以降のそれは別として、議論は終わったと思っているのですか?それとも未だ継続していると思っているのですか?--EULE 2009年5月31日 (日) 15:08 (UTC)

1.ikedat76氏は現状を合意形成による議論終結状態と認識され、以後のyasumiの書き込みは全削除が有効とご主張されているようですが、ikedat76氏ご自身が引用したWikipedia:合意形成には議論解決にコンセサス方式から多数決方式への要件が書かれていますが、参照されているWikipedia:投票の指針Wikipedia:投票 の要件も満たしていないようです。それとも拘束力のない草案を提示はしてみたが、実行はしなかったということでしょうか?その場合どのようなルールに基づいて投票終結の根拠とされているのでしょう?ZERO氏に「一旦まとめておきます」「EULEさん・ikedat76さん、ZEROの間で合意が形成されました」とは現状を言い表しているだけだと思われます。以上の経緯より下記の理由で議論終結に抗議します。
1-1.意見対立点について明確化が為されていない。
1-2.投票の要件を満たしていない。
2.また、確認も取らずに私が三大方針を逸脱した主張をしていると勝手に解釈されて合意理由の一つにされており、また文責者の作文意図の確認を「問題点の有無を他人に依存している」などと勝手に判断された上で発言削除という独断尚早な処理をされたことを大いに遺憾に思います。また、次のステップとして新規投稿し15分と立たずに削除された[27]の版は議論にとって極めて重要な指摘をしたと思っていました。なお、人格攻撃について言い訳していますが、発言者でなく内容を読んだ上で削除を決定されたのでしょうか?更に前述済みですが、利用者の行為についてのコメントついて問題視するのであれば、人目に付かない記事のノートでなく、そのために用意されたコメント依頼へ出すのが筋でありましょう。--yasumi 2009年6月2日 (火) 12:01 (UTC)
せめて2009年5月30日 (土) 23:15分だけでも削除から復旧して頂きたいと思います。それとも自力救済が必要でしょうか?--Yasumi 2009年6月3日 (水) 10:37 (UTC)

告知 編集

当ノートをご覧の方ヘ連絡です。ここに全く告知のないまま、議論がWikipedia:井戸端/subj/記事に使う出典の優先度や制限とは?で展開されておりました。ひとまず、そちらへコメントを出しておきます。--ZERO 2009年6月9日 (火) 03:46 (UTC)

合意形成されたということですか?この誘導事例は? 編集

googleで松江騒擾事件を検索していたら、面白い事例が見つかりました。秀逸な記事のノートがなぜこんなに醜悪になってしまったのでしょうか。

記事紹介|ウィキペディア(Wikipedia)校正十二校目
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/internet/1241050650/132
132 :192.168.0.774:2009/05/11(月) 09:41:08 ID:N0hlj0iMO
ノート:松江騒擾事件
無条件降伏を書き換えたり削除する必要なしで合意形成に移りますのでよろしく

日本近代史板住人がWikipediaを弄るスレ
http://c.2ch.net/test/-/history2/1137419614/i
81:05/11(月) 09:58 NYafC4JxO [sage]
ノート:松江騒擾事件
無条件降伏を書き換えたり削除する必要なしで合意形成に移りますのでよろしく。
83:05/31(日) 00:43 NgYVfne10 [sage]
>>81
無条件降伏で問題なしと結論が出ました。

Wikipedia(ウィキペディア)軍事関連スレ7
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1242037044/37
37 :名無し三等兵:2009/05/17(日) 20:27:30 ID:???
ノート:松江騒擾事件
合意に移ります。
宮城事件の説明も無条件降伏ですし、終戦に変更しないように合意をお願います。

【Wikipedia】     辞書の内容をねつ造
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1202031692/l50
606 :文責・名無しさん:2009/05/11(月) 18:21:22 ID:DvlBfzbBO
ノート:松江騒擾事件 
無条件降伏を書き換えたり削除する必要なしで合意形成に移りますのでよろしく

http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news2/1172228102/499
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1202031692/606
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/sfx/1215334886/570
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1228787235/956
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history/1236162660/552
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/history2/1137419614/81
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1205594137/200
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1241185906/69
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/hobby/1241795069/828
http://changi.2ch.net/test/read.cgi/iga/1138646023/301
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/internet/1240038874/653
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/internet/1182354490/674
http://pc11.2ch.net/test/read.cgi/internet/1182354490/l50
--126.101.195.245 2009年6月10日 (水) 11:01 (UTC)

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