ノート:真珠湾攻撃

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「真珠湾攻撃」は、アメリカ合衆国ハワイ州を対象としたプロジェクト:ハワイの関連記事です。
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「宣戦布告」遅延問題について編集

真珠湾攻撃に関して言えば、「宣戦布告」遅延問題も取り上げるべきではないかと思い、項目を取りあえず設置したいと思います。--水野白楓 2005年7月2日 (土) 02:47 (UTC)

はじめまして。この件に関して外務省の資料が公開されていたことを思い出したので、少し加筆しておきました。よろしくお願いします。__Okc 2005年8月8日 (月) 00:36 (UTC)

本当に曖昧で申し訳ないのですが、最近(といっても数ヶ月前でしょうか)産経新聞の一面で、宣戦布告遅延は大使館側ではなく、当時の政府が14に分けられた布告文のうちの最後を送ってこなかったせいだったという記事が有りました。これはWikipediaに書かれている内容とは異なっているので、是非信憑性等をノートで議論した末に記事修正をすべきだと思います。その記事をお持ちの方はお願いしたいと思います。--利幸 2007年7月17日 (火) 14:44 (UTC)

902号第14部の送信が故意に遅れたこと自体は、完全な通説になっていると考えます。13部が東京発01:25、米軍傍受東部時間6日11:58であり、14部が外務省記録東京発7日16:38、米軍傍受7日03:10(日本時間17:10)です。15時間の遅延は日本の外務省で起こっています(電信局の都合、圧力ではない)。真珠湾攻撃は8日03:20(日本時間)です。また13部の175カ所の訂正を7日14:20、15:32に発信しておりその訂正が終わらないうちに16:38発信の14部が到達しており、混乱を極めたことは容易に想像がつきます。手交時間が開戦時刻秘匿のため、大使館側に最後に知らされたため、予定は完全に狂いました。--210.131.103.15 2013年12月31日 (火) 14:39 (UTC)

“「宣戦布告」遅延問題”と題して、「帝国政府ノ対米通牒覚書」が「宣戦布告」であるかのようなミスリード的な文が書かれておりましたので、削除しました。 「帝国政府ノ対米通牒覚書」は日米交渉を打ち切る通告なだけであり、「宣戦布告」ではありません。--にもの会話) 2016年6月16日 (木) 08:53 (UTC)

“「宣戦布告」”と題した、「帝国政府ノ対米通牒覚書」が「宣戦布告」であるかのようなミスリード的な文も書かれておりましたので、削除しました。 「帝国政府ノ対米通牒覚書」は日米交渉を打ち切る通告なだけであり、「宣戦布告」ではありません。--にもの会話) 2016年6月29日 (水) 14:50 (UTC)

  だからといってあの節の全文削除はないでしょう。節名を変え、

日本は「米国及英国ニ対スル宣戦ノ詔書」を発して、和平交渉の打ち切りを決定した。

と修正するだけでいいことでしょう。それ以外の文に関しては異論はないでしょう。いかがですか?--Tonbi ko会話) 2016年6月29日 (水) 15:09 (UTC)

Tonbi koさんは、全文削除はない、と述べておられますが、ミスリードするような文は最初から載せてはいけません。また、「和平交渉」と述べられておられますが、戦争になっていない時に和平交渉と書くのはおかしいかと。そもそも日米交渉を打ち切る通告は「帝国政府ノ対米通牒覚書」ですし。--にもの会話) 2016年7月4日 (月) 02:24 (UTC)

「帝国政府ノ対米通牒覚書」が「宣戦布告」であるかのようなミスリード的な文が再度書かれておりましたので、修正致しました。 「帝国政府ノ対米通牒覚書」は日米交渉を打ち切る通告なだけであり、「宣戦布告」ではありません。 なお、わかりやすいように該当箇所を“「対米覚書」と宣戦布告”と改題しておきました。--にもの会話) 2020年7月4日 (土) 19:02 (UTC)

関連項目について編集

現状、

  • 海軍 - 大日本帝国海軍- アメリカ合衆国海軍
  • 第二次世界大戦 - 太平洋戦争
  • 大日本帝国海軍艦艇一覧
  • 太平洋戦争の年表

があるが、これらは明らかに関連項目には不要ではないか?0null0会話) 2016年8月22日 (月) 02:52 (UTC)

真珠湾攻撃の結果について編集

真珠湾攻撃についての結果項目ですが 勝利ではなく戦術的勝利または作戦失敗方が良いと思います 理由は日本軍の当初目的は敵空母の攻撃です しかし、情報は漏れており空母は撃沈出来ないで終わります アメリカ海軍のチェスター・ニミッツ元帥は失敗だと発言してますし、日本の真珠湾攻撃のサイト「真珠湾から生還パイロット証言 奇襲攻撃は失敗から始まった」にも失敗と書かれてたので上記の2つのどれかにするべきだと思います あああえ会話) 2017年10月23日 (月) 14:24 (UTC)

①太平洋艦隊の空母について、まず結論として情報漏れにより空母が撃沈できなかったというのはあまり根拠になっておりません。何故かと言うと当時レキシントンとエンタープライズは航空機輸送に従事しており、サラトガは整備の為サンディエゴで整備中だったので日本の作戦が漏れていたから空母を避難させたというより、偶然難を逃れたというのが実際の状況だったようです。アメリカ軍上層部も真珠湾に攻撃が来るという確信が無かったと思います。というより情報が漏れて事前に分かっていたのなら何故空母だけ避難させて他の水上艦を停泊させたままなのか説明が付かない。
②真珠湾攻撃の計画としては日本海軍は戦艦や空母を含めた水上艦に打撃を与え、副目標として関連施設の無力化を行い当面の活動を行わせないようにする計画でした。つまり、空母のみを狙った作戦ではないのです。実際に空母が無事だったとはいえ、太平洋艦隊にとっては大打撃を受け、その後の戦略的な活動に影響が出ていることを考慮すると戦術的勝利、作戦失敗という表現にするのは矛盾が生まれます。前田武さんの証言であるのなら、「奇襲」が失敗したのであって文中では作戦が失敗したとは一言も書いていません。日本軍は真珠湾攻撃において、艦攻隊が先行して雷撃を行い、のちに艦爆隊が叩くという「奇襲作戦」と、艦爆隊が先行し水上艦の対空機銃などを無力化し、のちに艦攻隊が止めを刺す「強襲作戦」の二つが作戦搭乗員に提示されていました。当初はアメリカ軍の妨害も無く、奇襲を行う為淵田隊長が照明弾を発射しましたが、意思の齟齬があって本来奇襲は照明弾一発のところ、誰も反応しなかったと思い込んだ淵田隊長が二発目を発射したことにより、勘違いした艦爆隊が先行してしまい、結果「奇襲」ではなく「強襲」になってしまったという背景を考える必要があります。つまり、失敗したのは「奇襲」であって「真珠湾攻撃」ではないのです。
③真珠湾攻撃を失敗とする意見はあるのは事実ですが、成功としている意見もあります。それを勘案して、ただニミッツ元帥が言った発言を採用して「作戦失敗」「戦術的勝利」にするのは極めて不合理です。
以上の点から私は反対です。--一般名誉階級無産市民会話) 2017年11月6日 (月) 11:52 (UTC)
>アメリカ海軍のチェスター・ニミッツ元帥は失敗だと発言してますし
この出典はどこですか?ニミッツの共著『ニミッツの太平洋海戦史』でのニミッツの真珠湾攻撃に対する評価は、この記事の本文中にもある通り「アメリカ側の観点から見た場合、真珠湾の惨敗の程度は、当初思われた程は大きくなかった。」であり
失敗とは言ってませんが?--Otyoufujinn会話) 2017年11月24日 (金) 14:16 (UTC)

生存者数について編集

生存者数が知りたいのですが、記述をお願いします。--2400:4172:6833:CA00:5C43:98A9:3025:683 2019年12月8日 (日) 06:56 (UTC)

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