ノート:論語

最新のコメント:2 年前 | トピック:内容節について | 投稿者:しんぎんぐきゃっと

関連語 編集

『論語』に付随する関連する言葉である「論語読みの~」と、論語からの引用句である「古きを云々」や「和を以って云々」とは、同列に並べられるべきものではありません。また、ウィキペディアとは別にウィキクォートが設けられている趣旨とも反しますので、リンクのみに戻しました。 Nakadati 2006年9月14日 (木) 02:51 (UTC)返信

日本における論語 編集

「影響を受けた人物」という項目があるけれど、論語の影響というのは近代までの日本人の道徳意識の形成そのものに大きく関わっている以上、人名を挙げていく方法ではきりがないと思われます。日本人の「人口に膾炙する」言葉の出典としては、史書はもとより、「万葉集」のような歌集をも凌駕する書なので。そういう意味ではどなたか「日本における論語」というような項目を立てて書いてくれるといいんではないか?と思います。--ホームシック 2007年11月11日 (日) 18:37 (UTC)返信

内容節について 編集

論語#内容について、執筆途中のまま放置され独自研究が目立ち、また既存の節論語#構成と内容的にも重複しています。一応、出典が示されていますが、岩波から出ている金谷注のみを参照しているのは違和感があります。金谷注は何晏の『論語集解』、鄭玄注、朱熹の『論語集注』、劉宝楠中国語版の『論語正義』、潘維城の『古注集箋』、王歩青の『四書匯参』、日本の伊藤仁斎『論語古義』、荻生徂徠『論語徴』を参考にしたことが凡例に書かれていますが、読みはあくまで金谷先生の読みです。これをもって「これが論語の読み方だ」とは出来ませんし、ましてそれを独自に要約して表にまとめることは、小説やマンガの要約とは性質が異なり、こと論語解釈においてはかえって混乱を来して百科事典の記述として相応しくありません。必要ならば構成節に一本化して充実を図るべきと考え、節の除去を提案します。--しんぎんぐきゃっと会話2021年5月27日 (木) 01:23 (UTC)返信

  コメント 最近本記事の加筆をしている者として、意見を表明しておきます。私も、現状の「内容」節は不要であると考えます。理由の一点目は、しんぎんぐきゃっとさんの仰る通り、多様な解釈が可能な『論語』において、こうした要約で内容を示すのは難しいからです。理由の二点目は、仮にこの表が完成したとしても、果たして百科事典の記事として役に立つだろうか、というのが疑問だからです。ただ、「どうしても具体的な内容に触れるべきだ」「いまの「構成」節では不十分だ」という主張も理解はできます。それならば、解釈の分かれやすい代表的な章を数例取り出し、その解釈の多様性を示す、という方向で『論語』の内容と解釈の豊饒さを記述することを提案いたします。この議論が一段落したら、私の方でもこの方向性で加筆を試みようと思います。--Gynaecocracy会話2021年5月27日 (木) 15:46 (UTC)返信
  コメント 内容節を作った者としてコメントさせてもらいます。解釈が分かれる部分は、それを別解釈として出典と共に併記すればいいだけの話です。「解釈が分かれる部分があるから、内容を記述してはいけない」という姿勢は、むしろウィキペディアの精神に反すると思いますがいかがでしょうか?
また、現在のような構成節で、論語の内容を推し量ったり理解するのは不可能です。門外漢も含めなるべく多様な閲覧者が、論語についての理解を深められるよう、自分の好みに合わない他者の編集・記述であったとしても、寛容の心を持って受け容れてもらえればと思います。--戸飛丸会話2021年5月28日 (金) 07:08 (UTC)返信
  コメント 戸飛丸さんのご意見、よく分かりました。議論にご参加いただき、ありがとうございます。一点だけ誤解があり、私は「解釈が分かれる部分があるから、内容を記述してはいけない」とは言っていませんし、私もそうは思いません。上で述べたように、「解釈の分かれやすい代表的な章を数例取り出し、その解釈の多様性を示す、という方向で『論語』の内容と解釈の豊饒さを記述すること」を提案いたしております。というのも、全章を要約して書くのは、量的にちょっと多すぎることにならないでしょうか? あくまで「百科事典」ですから、『論語』の本の全章の内容を紹介することにそこまでこだわる必要はないと考えます。
もう一点、お伺いいたします。少なくとも、現状の内容節が空欄だらけの未完成状態であり、全体の一割ちょっとしか埋まっていない、というのは事実ですよね。この点については、どのようにお考えでしょうか?--Gynaecocracy会話2021年5月28日 (金) 07:48 (UTC)返信
  コメント 「解釈が分かれる部分があるから、内容を記述してはいけない」という姿勢〜という部分は、主にしんぎんぐきゃっと氏の主張に向けたものでした。とはいえ、Gynaecocracy氏の「解釈の分かれやすい代表的な章を数例取り出し、その解釈の多様性を示す」という主張も、閲覧者の論語理解に資するかという点で大いに疑問があります。「解釈が分かれやすい章」ばかりを示して、閲覧者の論語全体に対する理解が深まるでしょうか?また「代表的な章」という点でも、誰が何を根拠に「代表的」とみなすのかという結論の出ない論争を生むことになるわけで、結局は全体の内容をバランス良く示す工夫を考えた方が良いと思います。
「量的にちょっと多すぎる」という点に関してですが、論語は「内容的にまとまりが無く、要約しづらい」のが特徴なので、こうした形でしか全体の内容をバランス良く示し得ないと、私は考えます。また、スペース的には折り畳みにしてあるので、問題無いと思います。見たい人は折り畳みを開けばいいし、見たくない人は飛ばせばいいだけの話です。
「内容節が空欄だらけの未完成状態」に関してですが、ウィキペディアでは「節スタブ」という形で書きかけが認められているので、問題無いと考えますし、逆に書きかけを根拠にコメントアウトしたり、削除しようとするのは、ウィキペディアの精神に反すると考えます。また「節スタブ」で他の編集者が加筆してくれることを期待してもいたのですが、そうはなっていないみたいですね。とはいえ、内容節を作った者としての責任も感じるので、しんぎんぐきゃっと氏とGynaecocracy氏が、内容節のあり方に納得してくれたなら、今後は少しずつでも加筆に努力したいと思います。そういった意味でも、とりあえずここでの議論を片付ける方が、記事加筆よりも先という話になりますね。--戸飛丸会話2021年5月28日 (金) 09:00 (UTC)返信
  コメントお返事ありがとうございます。承知いたしました。取り急ぎ私の方で、「内容」節とは別に、「解釈」節を作って、『論語』に多様な解釈があるという話は整理しておこうかと思います。最後にもう一点だけ、お伺いいたします。すなわち、「百科事典としてはどうなのか?」という疑問です。スペースの問題ではなく、Wikipedia:過剰な内容の整理や、Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんという観点からすると、全ての内容を羅列するこの形式はどうなのでしょうか? 『論語』に限らず、あらゆる中国古典は多様な内容を含み、概要や要約を示すだけでは不十分であることは仰る通りです。しかし、ここはそもそも「百科事典」であり、『論語』の全てを把握する必要がある場ではありません。そういうニーズの方のために、最後に訳本一覧を掲げているわけです。--Gynaecocracy会話2021年5月28日 (金) 09:18 (UTC)返信

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 言葉が足りなかったかもしれません。「解釈が分かれる部分があるから、内容を記述してはいけない」という意図はありません。しかし、ここはあくまで『論語』 の記事です。戸飛丸さんがおっしゃる「解釈が分かれる部分は、それを別解釈として出典と共に併記」は論語解釈に資するに必要な姿勢だと思います。しかし、Gynaecocracyさんもご指摘のWikipedia:過剰な内容の整理Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんはさることながら、それを書くべき先は性質的に論語の注釈の方が近いのではないでしょうか?私は日本中の論語注釈、それこと齋藤孝『論語 現代語訳』や高橋源一郎『一億三千万人のための「論語」教室』までを蒐集して比較することを検討したことがありますが、無謀と思い至りました。しかし、試みたのは私も価値のあることだと思ったからです。Wikipedia:過剰な内容の整理Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんとの指摘を避けるためには論語の注釈、あるいは別途適切な記事を立てて執筆することを検討されるのはいかがでしょうか。--しんぎんぐきゃっと会話2021年5月28日 (金) 10:21 (UTC)返信

  追記 念のため申し添えます。論語の注釈であればWikipedia:過剰な内容の整理Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんの指摘は免れるだろう、という意図ではありません。どちらかと言えば論語の注釈に加えるに適切な内容なのではないか、ということです。--しんぎんぐきゃっと会話2021年5月28日 (金) 10:24 (UTC)返信
  コメント お二人が示されてるWikipedia:過剰な内容の整理Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんには、本事例に該当するような事例は書いてないと思います。具体的にどこ箇所のことをおっしゃてるのでしょうか?「節の削除」という、ウィキペディア編集の根幹に関わる極めて重大な主張をなされている以上、もう少し丁寧な論拠付けをお願いしたいと思います。
また、Gynaecocracy氏の「ここはそもそも「百科事典」であり、『論語』の全てを把握する必要がある場ではありません。」という表現も、とても危険な表現だと思います。「ここはそもそも「百科事典」であり、「〇〇」の全てを把握する必要がある場ではありません。」という漠然とした表現で、つまりは「自分の「百科事典」観に合わない」という理由で、特定の記述・編集の削除が主張・正当化できてしまうのであれば、ウィキペディアでは恣意的な削除行為が横行してしまい、そもそも成り立たなくなってしまいます。私だってお二人の編集に対して、同じ主張ができてしまうということです。したがって、こうした主張の仕方は避けてもらいたいと思います。
また、しんぎんぐきゃっと氏の「論語の注釈」に書くべきという主張も、おかしいと思います。「論語の注釈」は、「論語の注釈」について書かれるべきであり、「論語の内容」を書く場ではないからです。--戸飛丸会話2021年5月28日 (金) 11:07 (UTC)返信
  コメント 例えば、Wikipedia:過剰な内容の整理に「記事が読み辛くなる原因の一つに、箇条書きを多用しすぎて雑多な内容になることが挙げられます」とあるますが、表の形式で全てを羅列するのは、箇条書きと同じですよね。Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか#ウィキペディアは情報を無差別に収集する場ではありませんは、中に挙げられている具体例と今回の事例は異なるものですが、現状の内容節はまさに「情報を無差別に収集して」いますよね。
私も戸飛丸さんとの議論を通して、私も考えが変わってきました。仮に、「現状の内容節では分かりにくいので、もう少し整理しませんか?」というご提案なら、いかがでしょうか。例えば、「論語における「仁」」とか「孝」とかいうようにテーマを挙げて、『論語』の原文を適度に用いなが内容を紹介する、という方法です。--Gynaecocracy会話2021年5月28日 (金) 11:26 (UTC)返信
  コメント 「構成に沿って、折り畳みテーブルに内容の要約をまとめること」と、「雑多な箇条書き」「無差別な収集」は、かなり違うと思います。
「現状の内容節では分かりにくいので、もう少し整理しませんか?」「論語における「仁」」とか「孝」とかいうようにテーマを挙げて〜に関しては、もちろん内容節の中にそうした「テーマ別」のセクションを設けることは、可能であるなら全然構わないと思いますが、先のGynaecocracy氏の「解釈節」と同様に、そうした一部の内容で論語の内容とするのは無理があると思いますし、やはり何らかの形で「巻別」の内容も必要だと思います。そうでないとむしろ論語に対する誤った認識を広めてしまうことになると思います。--戸飛丸会話2021年5月28日 (金) 12:09 (UTC)返信
  コメント 折り畳み機能自体、決して推奨されているわけではないという認識でしたが(参照:Template:Hidden)、これは表ではなく純粋な折り畳み機能の話ですかね。ひとまず、これにて概ね私の意見は出し終えましたので、あとは他の方々の意見を待ちたいと思います。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
取り急ぎ、「受容」章の中に「解釈の多様性」についての概説を、具体例を交えながら書いておきました。「テーマ別のセクションを設ける」ことには戸飛丸さんにもご賛同いただいたということで、私は次はそちらの執筆に向かおうかと思います。--Gynaecocracy会話2021年5月28日 (金) 12:26 (UTC)返信

内容節の除去について 編集

論語#内容について改めて提案します。この節の主執筆者である戸飛丸さんは「少しずつでも加筆に努力したい」とされていましたが、半年以上にわたって加筆の様子はありません。戸飛丸さんのご意見では節スタブが存在することなどを根拠に、他の執筆者の加筆にも期待できるとのことでしたが、これも半年以上有意義な加筆は認められません。原因として、論語の内容を現代の日本人が「まとめる」ことの困難が挙げられますが、それについては上記で説明を尽くしたつもりであります。Wikipediaは過去の版も閲覧可能ですので、除去したところで削除とは違って復帰は可能です。内容節の執筆が可能であるならば(私は可能とは思いません)、金谷注以外にも豊富に資料を集めて執筆されたいと思います。提案内容としては、題で示した通り論語#内容節の除去です。合意形成は一週間とし、反論なければ一週間後を目安に節を除去します。--しんぎんぐきゃっと会話2022年1月10日 (月) 08:32 (UTC)返信

提案内容を実施しました。--しんぎんぐきゃっと会話2022年1月31日 (月) 00:27 (UTC)返信
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