ハドゥム・スレイマン・パシャ

オスマン帝国の政治家

ハドゥム・スレイマン・パシャオスマントルコ語: خادم سلیمان پاشا‎  ; トルコ語: Hadım Süleyman Paşa  ; c. 1467年 - 1547年9月)は、オスマン帝国の政治家、軍の司令官。 彼は1525年から1535年と1537年から1538年にオスマン帝国領エジプト総督を務め、1541年から1544年にはオスマン帝国の大宰相を務めた[1] 彼はマジャル人宦官であり[2]、「ハドゥム」とは「宦官」を意味するトルコ語である。

ハドゥム
スレイマン
パシャ
Arolsen Klebeband 01 465 2.jpg
第31代オスマン帝国大宰相
任期
1541年4月 – 1544年11月28日
君主スレイマン1世
前任者ルトフィー・パシャ
後任者リュステム・パシャ
エジプト総督
任期
1537年 – 1538年
前任者Divane Hüsrev Pasha
後任者ダヴード・パシャ(Davud Pasha
任期
1525年 – 1535年
前任者Güzelce Kasım Pasha
後任者Divane Hüsrev Pasha
個人情報
生誕c. 1467
死没1547年(79 - 80歳没)9月
en:Malkara, オスマン帝国
国籍オスマン帝国
子供なし
宗教キリスト教からイスラームに改宗
民族マジャル人

オスマン帝国のスルタンスレイマン1世は、エジプト総督のスレイマン・パシャにインド洋への艦隊派遣を命じた。スレイマン・パシャは1538年にアデンを占領し、その後、ポルトガル領インドの要衝を攻撃したディーウ攻囲戦 (1538年)英語版を指揮した[2]

後任のエジプト総督として長期間務めたダヴード・パシャ(総督任期:1538年 - 1549年)とスレイマン・パシャは友人であった。一方、この二人は、(後任の大宰相となった)リュステム・パシャとは対立関係にあった[3]

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ Turkish State Archives
  2. ^ a b A military history of modern Egypt: from the Ottoman Conquest to the Ramadan War by Andrew James McGregor p.30
  3. ^ Giancarlo Casale (26 January 2010). The Ottoman Age of Exploration. Oxford University Press. pp. 87, 102. ISBN 978-0-19-979879-7. https://books.google.com/books?id=Xf3h3Z1YQtIC