ハワイ・マレー沖海戦
『ハワイ・マレー沖海戦』(ハワイ・マレーおきかいせん)は、1942年に日本の海軍省の至上命令によって東宝映画が製作、社団法人映画配給社配給で公開された戦争映画・国策映画である。情報局国民映画参加作品。
ハワイ・マレー沖海戦 | |
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![]() 公開時のポスター | |
監督 | 山本嘉次郎 |
脚本 |
山崎謙太 山本嘉次郎 |
製作 | 森田信義 |
出演者 |
伊東薫 藤田進 河野秋武 原節子 |
音楽 | 鈴木静一 |
撮影 |
三村明 三浦光雄 鈴木博 |
編集 | 畑房雄 |
配給 |
社団法人映画配給社(初公開時) 東宝(再映時) |
公開 |
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製作国 |
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言語 | 日本語 |
概要編集
1941年(昭和16年)12月8日の真珠湾攻撃および12月10日のマレー沖海戦の大勝利を描き、国威称揚させることを目的として、開戦の翌年に開戦一周年記念映画として1942年(昭和17年)12月3日に公開された。戦後も東宝の配給で再公開されている[注釈 1]。戦時下に作成された戦争映画の白眉である。
物語の主軸となるのは海軍のパイロットを目指す予科練の詳細な生活。平凡な少年友田義一が海軍精神を注入され、また厳しい訓練を耐え抜いて、晴れてパイロットとして搭乗するまでに物語の大半が費やされている。
後半は真珠湾攻撃に至るまでの航空母艦内の生活が詳細に描かれ、特撮を用いた攻撃シーンが場面を盛り上げる。最後は、仏印基地から発進した攻撃機がプリンス・オブ・ウェールズを撃沈し、大本営が戦果を発表するまでを描く。
スタッフ編集
以下、ノンクレジット[注釈 2]
キャスト編集
全員ノンクレジット
- 伊東薫…友田義一(ともだ よしかず) - 農村で育った飛行機好きの少年。予科練に入り、艦上攻撃機の操縦士となる。
- 英百合子…つね - 義一の母
- 原節子…きく子 - 義一の姉
- 加藤照子…うめ子 - 義一の妹
- 中村彰…立花忠明(たちばな ただあき) - 義一と同郷の海軍兵学校生徒。義一の海軍入りを応援する。
- 汐見洋…周右衛門 - 忠明の父
- 井上千枝子…しづ - 忠明の母
- 大崎時一郎…周明 - 忠明の兄
- 音羽久米子…ふみ - 忠明の姉
- 藤田進…山下宇一郎 - 海軍大尉。予科練時代の義一の分隊長。空母飛行隊でも分隊長となる。
- 真木順…田代兵曹長 - 空母飛行隊の分隊士。義一の機に搭乗する。
- 大河内傳次郎…佐竹艦長
- 小島洋々…徳田副長
- 河野秋武…斎藤班長
- 菅井一郎…牛塚航海長
- 清川荘司… 島田飛行長
- 瀬川路三郎…末水砲術長
- 深見泰三…杉本整備長
- 御橋公…戸沢軍医長
- 北沢彪…津村主計長
- 田中春男…伊沢航海士
- 黒川弥太郎…森部少佐
- 山川ひろし…佐久間兵曹長
- 山島秀二…野村兵曹長
- 武林大八郎…見張長特務少尉
- 国創典…掌衣糧長
- 小田原竜次郎…村川一飛兵
- 田中利男…小村一飛兵
- 大久保欣四郎…山田一飛兵
- 進藤英太郎…栗本司令
- 清水将夫…秋山飛行長
- 今成平九郎…佐伯整備長
- 坂内永三郎…大村通信長
- 二本柳寛…松本飛行隊長
- 柳谷寛…谷本予備少尉 - 索敵機機長。本職は僧侶。
- 沼崎勲…谷本二飛兵
- 木村功…倉田三飛曹
- 花沢徳衛…森岡二飛曹
演出編集
『海ゆかば』をはじめ、当時好んで唄われた軍歌が次々と挿入され、それらがどのような場面で唄われ扱われていたかを知ることが出来る。
特撮は円谷英二が担当。円谷得意のミニチュアモデルによる特撮に、部分的に実際の海戦で撮影された映像を挿入し、臨場感を醸し出すことに成功している。この映画で、円谷率いる特技スタッフは精巧な真珠湾の特撮セットを作り上げ、見学に訪れた海軍報道部や朝香宮鳩彦王はそのリアルさに息を呑んだ。1942年12月17日に戦艦「大和」で本作を鑑賞した宇垣纏連合艦隊参謀長も「見事な出来」と賞賛している[1]。
海軍省の至上命令で製作されたこの映画であるが、肝心の軍事資料は、担当将校らの「カツドウ屋は信用できない」という理由により、資料協力を受けられなかった。山本らスタッフによる空母の見学も検討されたが、作中登場する艦の見学は許可が下りず、既に旧式艦であった「鳳翔」のみ、しかも艦内設備の詳細な取材は厳禁とされた。山本は後に、「艦載機の着艦制動装置の仕組みなど子供でも知っているのに、それの撮影はおろか、見学も認められなかった」と、当局の対応に不満を洩らしている[2]。山本と円谷は鈴鹿海軍航空隊に出向していた特別映画班の鷺巣富雄へ協力を求め、真珠湾攻撃参加者への取材などを行った[3]。
この理不尽な状況の中で、実物大の空母セットは、カメラマンのハリー三村がどこからか入手した最新の米国の雑誌『ライフ』に掲載されていた、艦内を含む米海軍空母の写真を参考に作られた[4]。また、円谷ら特撮スタッフはわずかな提供写真に写った波の大きさから、戦艦や飛行機、地形の実寸を割り出し、特撮セットを組み上げた。また、登場する飛行機は一部を除きいずれも実機だが、航空母艦は戦場にいるため実物大の野外セットを作り、離陸する飛行機はセットの上を滑走させている。こうして再現された戦闘機・攻撃機そして航空母艦・軍艦などの精緻なセットとミニチュアによる「実物としか見えない」映像は、後年(戦後)に作られたいわゆる戦争物の映画でもなかなか見られないもので、特に「航空母艦の実物大のセットを作って撮影した」という点は、多額の費用をかけて戦艦長門他の軍艦の実物大セットを作ったことで知られる『トラ・トラ・トラ!』(1970年公開)くらいでしか実現できなかったものである[注釈 3]。戦後この映画を見たGHQが「攻撃シーンはすべて実戦の実写記録フィルムだ」と疑わず[5]、東宝にフィルム提供を強要した。
また、円谷の伝記漫画など一部の書籍においては、波打つ海原をミニチュアで表現するために寒天を敷き詰めて船を浮かべたという逸話も紹介されている。これも円谷のアイディアであり、軍艦などが波を蹴立てて進む様子が、寒天の上に残る痕跡によって非常にリアルに再現されることとなった[注釈 4]。
こうしてようやく完成したフィルムだが、海軍省立会いで行われた試写では、艦の様子を見た情報部検閲部長が「アメリカの航空母艦じゃないか」と激怒して公開に反対した[6]。これも、元はといえば上記のように軍が資料提供を拒んだため、アメリカの艦船を参考にセットを組んだことによるものであり、円谷も山本もこのときは「はらわたが煮えくり返った」と後年語っている。検閲部長は宮家であった事もあり、あわや公開差し止めとなりかけたが、「誰がどう収めて公開にこぎつけたのか、いまだに分からない」と山本は述懐している[7]。
諸説編集
- 映画のラストでは、『軍艦行進曲』の流れる中、戦艦長門や陸奥が主砲を撃つ実写シーンがあり貴重な映像である。但しこの実写シーンについては、戦後フィルムがGHQに接収された後、返還されるまでの間にラスト部分のフィルムが失われたため、後から添付された等の諸説がある。[要出典]
- また、『日本映画傑作全集』の一本として販売されたビデオでは、冒頭の東宝マークが、『阿片戦争』など同時期の東宝作品(アジアの地図をバックに「東寶映畫株式會社」の文字が浮かぶ)と異なり、戦後の東宝作品と同様の光が中心から広がるものになっており、冒頭のクレジットタイトルも省略されている。(これは昭和40年代前半の再公開ヴァージョンである)。現在流通しているDVDでは、オリジナル公開版の「アジアの地図」のバージョンが収録されている。
- 東宝特技課に所属していた鷺巣富雄は、照準器の映像などに教材映画『水平爆撃』の動画が流用されたと証言しているが、現存するフィルムでは該当するシーンは存在していない[3]。
- 2001年公開の米映画『パール・ハーバー』において、連合艦隊首脳が屋外で池に模型の戦艦を浮かべ、水兵に竹竿を用いてその模型を動かさせながら作戦会議をする、という奇怪なシーンがあるが、これは、海軍士官が『ハワイ・マレー沖海戦』制作現場を視察している写真を見た『パール・ハーバー 』の監督であるマイケル・ベイら製作陣が、前述の撮影中の写真を元に演出したものである。監督自身は「ここは史実を歪め、日本のプロパガンダ映画を引用した」と語っている[注釈 5][注釈 6]。
登場実機編集
軍用機編集
- 九三式中間練習機
- 零式艦上戦闘機 - 一部に試作機(十二試艦上戦闘機)の飛行映像が流用されている。
- 九七式艦上攻撃機 - 撮影にあたって実機が投入されているが、実際の作戦に参加したものとは異なる、旧式の一一型が使われている。
- 九九式艦上爆撃機 - 模型では九七式艦攻に似た外観になっている。
- 九六式陸上攻撃機 - 機内のセットも作られ、機長と機関士のやりとりや雷撃手順が克明に描かれている。なお、九六式と共に実際のマレー沖海戦に参加している一式陸上攻撃機は一切登場していない。
この他、ノースアメリカンNA-16(BT-9の輸出モデル)と見られる固定脚機が米陸軍戦闘機役で登場している。海軍では新型の中間練習機の試験評価のため昭和13年にNA-16-4R (NA-37)とNA-16-4RW (NA-47)を輸入していた。この機体は二式陸上中間練習機の開発時に参考にされた。
軍艦編集
映像ソフト編集
脚注編集
注釈編集
- ^ DVD収録の予告編には映倫マークがあるほか、字幕が全て新字体で「日本映画史上に燦然と輝く」「昭和十七年作品」などの字幕があり、戦後に製作された予告編であることが分かる。
- ^ そのため、戦後の再映時にはタイトルクレジットは削除されている。
- ^ 『トラ・トラ・トラ!』でも、航空機の発進シーンは実際のアメリカ海軍空母を借用して行われている
- ^ この寒天を用いて波を表現する手法は、戦後も東宝を中心とした日本特撮の定番となり、『妖星ゴラス』や『日本沈没』などで用いられている。
- ^ 『パール・ハーバー』ビデオソフトのオーディオコメンタリーより
- ^ ただし、ベイ監督が当該の写真を「日本のプロパガンダ映画にこのようなシーンがあった」としてではなく「日本のプロパガンダ映画の制作を視察していた海軍将校を撮影したものである」と正しく認識しているかについては定かではない。
出典編集
- ^ 宇垣纏『戦藻録』(原書房、1968)265頁
- ^ 山本嘉次郎『カツドウヤ水路』 昭文社 1972年 pp.213-214
- ^ a b 但馬オサム「うしおそうじ&ピープロダクション年表」『別冊映画秘宝 特撮秘宝』vol.3、洋泉社、2016年3月13日、 pp.102-109、 ISBN 978-4-8003-0865-8。
- ^ 山本嘉次郎『カツドウヤ水路』 昭文社 1972年 p.214
- ^ 円谷一 (1970). 8ミリカメラ 特撮のタネ本.
- ^ 山本嘉次郎『カツドウヤ水路』 昭文社 1972年 p.223
- ^ 山本嘉次郎『カツドウヤ水路』 昭文社 1972年 p.223
- ^ 「綴込特別付録 宇宙船 YEAR BOOK 2002」『宇宙船』Vol.100(2002年5月号)、朝日ソノラマ、2002年5月1日、 170頁、 雑誌コード:01843-05。