ハンス=ディーター・フリック

ハンス=ディーター・フリック(Hans-Dieter Flick,1965年2月24日 - )は、ドイツ西ドイツ)・ハイデルベルク出身の元サッカー選手、現サッカー指導者。現役時代のポジションはミッドフィールダー。現在はFCバイエルン・ミュンヘンの監督を務めている。

ハンス=ディーター・フリック Football pictogram.svg
Hans-Dieter Flick, Germany national football team (03).jpg
名前
ラテン文字 Hans-Dieter Flick
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1965-02-24) 1965年2月24日(55歳)
出身地 西ドイツの旗 西ドイツハイデルベルク
身長 177cm
選手情報
ポジション MF
ユース
1971-1976 ドイツの旗 BSC Muckenloch
1976-1981 ドイツの旗 SpVgg Neckargemünd
1981-1983 ドイツの旗 SVザントハウゼン
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1983-1985 ドイツの旗 SVザントハウゼン
1985-1990 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン 104 (5)
1990-1993 ドイツの旗 FCケルン 44 (1)
1994-2000 ドイツの旗 ヴィクトリア・バンメンタール
監督歴
1996-2000 ドイツの旗 ヴィクトリア・バンメンタール
2000-2005 ドイツの旗 ホッフェンハイム
2005-2006 オーストリアの旗 レッドブル・ザルツブルク (アシスタントコーチ)
2006-2014 ドイツの旗 ドイツ代表 (アシスタントコーチ)
2019 ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン (アシスタントコーチ)
2019- ドイツの旗 バイエルン・ミュンヘン
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

選手経歴編集

ドイツU-18代表に選出されるなど若いうちから頭角を現し、1985年、20歳でバイエルン・ミュンヘンに加入。MFとして5年間で104試合に出場し、5得点を挙げた。1990年にはケルンに移籍するも、怪我の影響もあって1993年に退団。その後は故郷の小クラブ、ヴィクトリア・バンメンタールで過ごした。

指導者経歴編集

ヴィクトリア・バンメンタール時代の1996年に同クラブの選手兼任監督に就任し、指導者としてのキャリアをスタートさせた。1999年にチームはオーバーリーガ(当時実質ドイツ4部)からの降格を余儀なくされたが、フリックはさらに1年監督を続けた。

2000年7月に当時オーバーリーガに所属していたホッフェンハイムの監督に就任。就任1年目にしてリーグ優勝を達成し、チームを3部に昇格させた。その後チームは3部中位をキープするが、目標としていた2部昇格は叶わず、契約満了により2005年に退任。翌年、ジョバンニ・トラパットーニを新監督、ローター・マテウスを新ヘッドコーチに迎え入れたレッドブル・ザルツブルクのアシスタントコーチに就任。

ザルツブルクでの若手発掘の手腕が評価され、2006年にドイツ代表のアシスタントコーチに就任。EURO2008では、前の試合で監督のヨアヒム・レーヴが退場処分となっていたため、準決勝・ポルトガル戦で急遽チームを指揮、3-2で勝利しチームを決勝に導いた。その後も長らくレーヴ監督の右腕として活躍し、2014年にはW杯優勝も経験。ドイツ代表の黄金時代を支えた。W杯優勝直後の2014年、ドイツサッカー連盟のスポーツディレクターに就任し、一旦現場を離れた。

2019年にFCバイエルン・ミュンヘンのアシスタントコーチに就任[1]すると、11月3日に成績不振のため解任されたニコ・コヴァチ監督の後任として暫定監督に就任した。あくまでも暫定の監督であり、フリックもその立場を受け入れていた[2]が、就任2試合目でドルトムントとのデア・クラシカーに4-0と圧勝、11月15日にバイエルンの正式な監督に就任した[3]。この時にはカール=ハインツ・ルンメニゲCEOが「少なくとも年内まで」と発言していたが、その後年内の8戦を6勝2分とチームを復活させ、12月22日にシーズン終了後までの続投がクラブ公式サイトで発表された[4]。4月3日、監督就任後21試合18勝という圧巻のパフォーマンスが評価され、2023年6月30日までの契約延長が発表された[5]。第32節のヴェルダー・ブレーメン戦で1-0と勝利し、チームを前人未踏のリーグ8連覇に導いた[6]同年のチャンピオンズリーグでも、準々決勝ではFCバルセロナに8-2の歴史的大勝を収め、パリ・サンジェルマンFCとの決勝を結果は1-0だったもののシュート12本、ポゼッション63%と圧巻の内容で全勝優勝を果たした。

監督成績編集

2020年6月27日現在
クラブ 就任 退任 記録
勝率
ヴィクトリア・バンメンタール 1996年7月1日 2000年6月30日 122 44 33 45 205 218 −13 036.07
ホッフェンハイム 2000年7月1日 2005年11月19日 196 88 46 62 345 263 +82 044.90
バイエルン・ミュンヘン 2019年11月3日 31 28 1 2 96 21 +75 090.32
合計 349 160 80 109 646 502 +144 045.85

獲得タイトル編集

選手時代編集

バイエルン・ミュンヘン

監督時代編集

クラブ編集

バイエルン・ミュンヘン

個人編集

脚注編集

  1. ^ バイエルン、独代表ハンジ・フリック元SDをACとして招聘”. ドイツNo.1のサッカー専門誌 | Kicker日本語版 (2019年6月23日). 2019年12月30日閲覧。
  2. ^ バイエルン暫定監督フリック「ドルトムント戦が私のフィニッシュライン」” (日本語). SANSPO.COM(サンスポ) (2019年11月9日). 2019年12月30日閲覧。
  3. ^ バイエルン、フリック暫定監督の正式就任を発表…年内は指揮官続投”. サッカーキング. 2019年12月30日閲覧。
  4. ^ Hansi Flick bleibt Cheftrainer des FC Bayern bis zum Ende der Saison” (英語). FC Bayern Munich (2019年12月22日). 2019年12月30日閲覧。
  5. ^ FCバイエルンが監督ハンジ・フリックとの契約を延長”. FC BAYERN MUNICH. 2020年8月15日閲覧。
  6. ^ “バイエルン8連覇 レバンドフスキ自己最多31得点”. www.nikkansports.com. https://www.nikkansports.com/soccer/world/news/202006170000011.html 2020年6月13日閲覧。 
先代:
 ルイス・エンリケ
 バルセロナ
ヨーロッパトレブル
 バイエルン・ミュンヘン
2019-2020
次代:
N/A