ハンティ語(ハンティご、Khanty, Xanty language)、旧称オスチャーク語Ostyak language)は、シベリア北西部の少数民族、ハンティ人(オスチャーク人)の固有言語。ロシアハンティ・マンシ自治管区ヤマロ・ネネツ自治管区トムスク州などで話されている。1994年に行われた調査では、話者はロシア国内に12,000人。ハンティ語は、ウラル語族フィン・ウゴル語派に属し、近隣のマンシ語と共にフィン・ウゴル語派の下位区分オビ・ウゴル諸語を成す。

ハンティ語
ханты ясанг
話される国 ロシアの旗 ロシア
地域 ハンティ・マンシ自治管区及びその周辺
話者数 12,000人
言語系統
表記体系 キリル文字
言語コード
ISO 639-3 kca
消滅危険度評価
Definitely endangered (Moseley 2010)
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ハンティ語には多数の方言が存在することが知られている。西部の方言群として、サレハルドオビ川エルティシ川の各地域の方言がある。東部の方言群には、スルグト方言、オビ川の支流であるヴァフ川Vakh)・ヴァシュガン川Vasyugan)方言があり、これら東部方言はさらに13の下部方言に分類される。これに北部の方言群を加え、3つの主要な方言群に分類されているが、3つの方言群の間には音韻単語の構成法語彙に大きな差異が見られ、お互いに理解することが不可能である。

文字 編集

ハンティ語のキリル文字 (2000年代)

А а Ӓ ӓ Ӑ ӑ Б б В в Г г Д д Е е
Ё ё Ә ә Ӛ ӛ Ж ж З з И и Й й К к
Қ қ (Ӄ ӄ) Л л Ӆ ӆ Ԓ ԓ М м Н н Ң ң Ӈ ӈ
О о Ӧ ӧ Ө ө Ӫ ӫ П п Р р С с Т т
У у Ӱ ӱ Ў ў Ф ф Х х Ҳ ҳ (Ӽ ӽ) Ц ц Ч ч
Ҷ ҷ Ш ш Щ щ Ъ ъ Ы ы Ь ь Э э Є є
Є̈ є̈ Ю ю Ю̆ ю̆ Я я Я̆ я̆

ハンティ語のラテン文字1931年1937年の間のみ使用された)

A a B в D d E e Ә ә F f H h Һ һ
I i J j K k L l Ļ ļ Ł ł M m N n
Ņ ņ Ŋ ŋ O o P p R r S s Ş ş S̷ s̷
T t U u V v Z z Ƶ ƶ Ƅ ƅ

表記法の歴史 編集

ハンティ語が書記言語となったのは、ロシア革命後で、1930年にまずラテン文字を基にした表記法が発明され、1937年にはキリル文字に <ң>(/ŋ/)の文字を加えた表記法が編み出された。ハンティ語による文学作品の表記には専ら、カジム方言、シュリシュカル方言、中部オビ方言のいずれかが使用される。新聞や、テレビ、ラジオでは通常カジム方言が使用されている。

方言 編集

ヴァフ川方言 編集

ヴァフ川流域の方言は、他の方言との差異が大きく、厳格な母音調和と、分裂能格的な格変化(tripartite case system)を有し、他動詞主語目的語自動詞の主語が全て異なる指標で表されるのが特徴である。他動詞の主語は接尾辞 -nə- により表され、他動詞の目的語は対格の接尾辞で表される。自動詞の主語は特に指標が付かず、能格言語のように絶対格と呼ばれることもある。他動詞は、主語に一致して人称変化する。

オビ川方言 編集

オビ川方言の音韻には、子音 [p t tʲ k, s ʃ ɕ x, m n ɲ ŋ, l ɾ j w]、短母音 [i a o u]、長母音 [eː aː oː uː]、そして弱母音 [ə] がある。弱母音は語頭に現れない。上のヴァフ川方言と違い、母音調和がない。

文法 編集

名詞 編集

名詞に付く接尾辞には、双数形 [-ŋən]複数形 [-(ə)t]与格 [-a]処格具格 [-nə] がある。

例:

xot 「家」(ハンガリー語 házフィンランド語 koto に相当)
xotŋəna 「2つの家へ」
xotətnə 「(複数の)家で」(フィンランド語の表現 kotona 「家で」との類似に注意。フィンランド語の様格接尾辞 –na を使用した表現)。

名詞の単数形、双数形、複数形にはさらに、単数形、双数形、複数形それぞれの所有接尾辞が付く。所有接尾辞には3つの人称の別があるため、全てで 33 = 27通りの変化形が存在することになる。下は məs 「牝牛」の変化形の一部の例である。

məsem 「私の牝牛」(単数)
məsemən 「私の(2頭の)牝牛」(双数)
məsew 「私の牝牛達」(複数)
məsŋətuw 「私達の(2頭)の牝牛」(双数)

人称代名詞 編集

人称代名詞主格

単数 双数 複数
1人称 ma min muŋ
2人称 naŋ nən naŋ
3人称 tuw tən təw

1人称代名詞 ma の格変化は、対格 manət 、与格 manəm

指示代名詞・指示形容詞。

  • tamə 「これ、この」、tomə 「あれ、あの」、sit 「あそこの」

tam xot 「この家」

基本的な疑問詞。

  • xoy 「誰」、muy 「何」

数詞 編集

ハンティ語の数詞とハンガリー語の数詞の比較。

ハンティ語 ハンガリー語
1 yit, yiy egy
2 katn, kat kettő, két
3 xutəm három
4 nyatə négy
5 wet öt
6 xut hat
7 tapət hét
8 nəvət nyolc
9 yaryaŋ (10に足りないが語源か) kilenc
10 yaŋ tíz
20 xus húsz
30 xutəmyaŋ (10が3つ) harminc
100 sot száz

「10」と10との組合せから成るもの以外では、2つの言語の数詞は非常に似ている。また、両言語の単語間の規則的な音韻対応にも注意。
例(ハンティ語-ハンガリー語の順)

  • 「家」:[xot]-[haːz]
  • 「100(数詞)」:[sot]-[saːz]

統語論 編集

ハンティ語はマンシ語と同じく、基本的には主格対格型言語であるが、 能格言語的な特徴を有している。他動詞の目的語を表す格と、自動詞の主語を表す格が同じ指標で表され、他動詞の主語は処格(具格)が使用されるのである。このような名詞変化は、「与える」などのいくつかの特定の動詞のある文で現れる。例えば「私はあなたに魚を与える」という文は、ハンティ語では「私によって(他動詞の主語/具格)・魚を(目的語/対格)・与える(他動詞)・あなたに(間接目的語/与格)」という構造になる。しかし、このような能格言語的な特徴は、常に形態素(格変化を表す指標)により表され、統語論的なものではない。加えて、このような文は受動態でも表すことができる。例えば、マンシ語で「犬が(他動詞の主語/具格)・あなたを(目的語)・噛んだ(他動詞)」という文は、「あなたは(目的語/対格)・噛まれた(受動態)・犬によって(他動詞の行為者/具格)」とすることもできるのである(どちらの文でも名詞の格は同じ)。

参考文献 編集