ハーマン・J・マラー

アメリカの遺伝学者

ハーマン・ジョーゼフ・マラー(Hermann Joseph Muller、1890年12月21日 - 1967年4月5日)はアメリカ遺伝学者ショウジョウバエに対するX線照射の実験で人為突然変異を誘発できることを発見した。この業績により1946年ノーベル生理学・医学賞を受賞している。精子バンクの提唱者でもある。

Hermann Joseph Muller
ハーマン・J・マラー
HJ Muller 1952.jpg
ハーマン・J・マラー(1952)
生誕 (1890-12-21) 1890年12月21日
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク.
死没 1967年4月5日(1967-04-05)(76歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 インディアナポリス
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究分野 遺伝学
研究機関 コロンビア大学テキサス大学オースティン校
出身校 コロンビア大学
博士課程
指導教員
トーマス・ハント・モーガン
主な受賞歴 ノーベル生理学・医学賞(1946) 
プロジェクト:人物伝
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ノーベル賞受賞者ノーベル賞
受賞年:1946年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:X線照射による突然変異体発生の発見

概要編集

ニューヨークに生まれコロンビア大学で学位をとる。トーマス・ハント・モーガンの研究室に入り、ショウジョウバエを用いた遺伝学研究に携わった。1920年からテキサス大学オースティン校の教職員となった。

世界恐慌を機に社会主義に目覚める。マラーの実験室にはソ連から複数の人間が訪問しており、違法な左翼学生新聞The Sparkを編集し、配布を手伝ったため、FBI共産主義者として調査されていた。

1932年ベルリンに旅行し、ニールス・ボーアマックス・デルブリュックなど当時の重要な物理学者と会う。ナチス政権を嫌い、また共産主義に惹かれていたことからアメリカに戻らず、1933年に妻や息子と共にレニングラードに移住する。ソ連でニコライ・ヴァヴィロフに迎えられたマラーは幅広い権限が与えられ、ソビエト連邦科学アカデミーなどで遺伝学の研究を指導する。

しかし、大粛清期に勢力をつけてきたトロフィム・ルイセンコスターリンにブルジョワ、資本主義者、帝国主義者、そしてファシズムを促進しているとして批判される。命の危険が迫っていることを悟ったマラーは1940年にスペイン経由でアメリカに帰国したことで難を逃れたが、ヴァヴィロフはルイセンコの陰謀で大粛清による犠牲となった。マラーは帰国後にアマースト大学で教職に就き、マンハッタン計画の顧問となったが、1945年に任命を解かれる。

政治活動の過去は就職を困難にさせたにも関わらず、インディアナ大学動物学の教職を得た。

1927年にX線によって突然変異が誘導できること(人為突然変異)を発見し、遺伝子が物質からできていることの証拠となり、その後の分子生物学の誕生にも影響を与えた。この業績により1946年ノーベル生理学・医学賞を受賞した[1]。また彼はX線照射による染色体への影響を観察し、逆位欠失など様々な染色体異常を記載している。この過程で染色体末端の構造テロメアの定義も行った。

1955年ラッセル=アインシュタイン宣言に署名した。

ショウジョウバエに対する実験編集

1927年にキイロショウジョウバエの雄にX線を照射する実験を行い、放射線被ばくによる影響が子孫にも伝わること、および放射線によって突然変異を人為的に発生させられることを初めて証明した[2]

「突然変異がここで起きた」と証明するためにマラーは雌雄で性染色体が違うこと、及び致死遺伝子を持っていてもヘテロ接合体では生存できるケースがあることを利用し、あらかじめホモ接合体に致死となる遺伝子の乗っているX染色体(X´)を持つショウジョウバエ(外観でも区別可能な変異がある、雄はヘテロ接合体に成れないので必ず雌)を用意した。この個体を通常の雄と交配すると以下のような3つの型の子供が生まれるはずである。

外見変異と致死の遺伝子を持つ雌と正常な雄の交配
雌(X´X)/雄(XY) X(通常の遺伝子) Y(通常の遺伝子)
X´(致死と外見変異遺伝子がある) X´X(外見変異のある雌) -(致死のため誕生しない)
X(通常の遺伝子) XX(正常な雌) XY(正常な雄)

ところが、正常な雄にあらかじめX線を照射して(生殖細胞のX染色体に変異が起きる可能性がある)からこの変異個体と交配させ、産まれてきた変異のある雌(X´X)と別な正常な雄を交配させたところまったく雄が生まれない組み合わせが確認され、以下のような新しい致死遺伝子が父親の生殖細胞に発生したと推測ができた。

外見変化を起こさない方のX染色体にも別の致死遺伝子がある雌と正常な雄の交配
雌(X´X)/雄(XY) X(通常の遺伝子) Y(通常の遺伝子)
X´(致死と外見変異遺伝子がある) X´X(外見変異のある雌) -(致死のため誕生しない)
X(致死遺伝子がある[3] XX(正常な雌) -(致死のため誕生しない)

[4]

この実験が放射線防護において遺伝的影響を考慮する契機となり、米国科学アカデミー原子放射線の生物的影響に関する委員会(Committee on Biological Effects of Atomic Radiation; BEAR)が1956年に集団の防護基準として遺伝線量を提案、国際放射線防護委員会(ICRP)が1958年勧告においてこれを参考値として追認した[5]

マラーが実験を行った時代には染色体の存在は知られていたもののその細部のDNAについては研究が進んでいなかった。現在ではDNAの修復活動は人間の細胞1個では一日に百万件行われていることに対し、ショウジョウバエの精子は修復活動をしない特別なものであることが判明している[6][7]

発言編集

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脚注編集

  1. ^ 吉川・西沢(1969)p.181「突然変異を引き起こすもの」
  2. ^ 田中ほか 2016, pp. 12–13.
  3. ^ 上記の致死遺伝子と別物なのでそれぞれのヘテロ接合体となりこの個体は生存は可能。
  4. ^ 吉川・西沢(1969)p.182「図1 エックス線照射によるショウジョウバエの人為的突然変異(マラーによる)」
  5. ^ 田中ほか 2016, p. 16.
  6. ^ 服部 2011 pp.11-12,104
  7. ^ 中村 2011, p. 3.

参考文献編集

  • 服部禎男 『「放射能は怖い」のウソ』武田ランダムハウスジャパン、2011年。ISBN 978-4-270-00667-2 
  • 中村仁信「放射線と発がん~福島原発放射能漏れを考える~」、公益財団法人 大阪癌研究会、2011年6月。
  • 田中司朗、角山雄一、中島裕夫、坂東昌子 『放射線必須データ32 被ばく影響の根拠』創元社、2016年。ISBN 978-4-422-41090-6 
  • 吉川秀男・西沢一俊(編集責任者・代表) 『原色現代科学大事典 7-生命』株式会社学習研究社、1969年。 

関連項目編集

外部リンク編集