パレオイソプス

デボン紀の化石ウミグモ

パレオイソプスPalaeoisopus[1])は、約4億年前のデボン紀に生息した化石ウミグモ類の一。平たいと長い腹部をもつ、独特な姿をした遊泳性のウミグモである[3]ドイツフンスリュック粘板岩で見つかったウミユリヤドリグモ[2]Palaeoisopus problematicus)という1のみによって知られる[4][5]

パレオイソプス
生息年代: 400 Ma
パレオイソプスの復元図
保全状況評価
絶滅(化石
地質時代
古生代デボン紀プラギアン期 - エムシアン期(約4億年前)
分類
: 動物界 Animalia
: 節足動物門 Arthropoda
亜門 : 鋏角亜門 Chelicerata
: ウミグモ綱 Pycnogonida
: †パレオイソプス目
Palaeoisopoda Hedgpeth, 1978
: †パレオイソプス科
Palaeoisopodidae Dubinin, 1957
: パレオイソプス属 Palaeoisopus
学名
Palaeoisopus'
Broili, 1928 [1]
タイプ種
Palaeoisopus problematicus
Broili, 1928 [1]
和名
ウミユリヤドリグモ[2]

発見と研究史 編集

パレオイソプスの化石標本は、デボン紀前期(約4億年前)の堆積累層に当たるドイツの化石産地フンスリュック粘板岩Hunsrück Slate)のみから発見される。この化石産地は独特な姿をした化石ウミグモ類を少なからず含んでいるが、その中でもパレオイソプスは代表的で発見例は多く、2019年時点では少なくとも57点の化石標本が知られている[6]

本属は Broili 1928 で正式に命名された[1]が、ウミグモとされるようになったのは Broili 1928 からである[7]。しかしそれ以降、本属は数十年間も前後逆さまに復元され、長い腹部を分節した、重なり合った鋏肢を丸い腹部と誤解釈された[8]。Lehmann 1959 によって行われる再検証ではX線技術を用いて、かつて腹部と思われた部分は対になる鋏肢だと判明し、その周辺からも単眼担卵肢などの頭部構造が発見された。従ってこの端は頭部であり、かつて吻と思われた細長い端は腹部だと分かった[9]。同様にX線技術で検証し、多くの新たな化石標本に基づいた Bergström 1980 の再記載では、Lehmann 1959 の見解をほぼ認めつつ、本属の各部位は更に細かく分析・復元された[3]

形態 編集

 
パレオイソプスの化石標本。腹面構造を示す。

体長は最小でも12.5cmで、を広げると32cm[3]から40cm[10]に達し、現生のオオウミグモ属に匹敵するほど大型のウミグモである[3]。脚の縁や各部位の関節にこぶが並んでおり、正中線にある眼・5節からなる鋏肢・平板状で形態分化した脚・長い腹部・剣状の尾節など、ウミグモにしては他の類に見られないほど多くの特異な形質を有する[3]

頭部 編集

頭部(cephalon, cephalosoma)は四角く、ウミグモの基本として単眼と吻、および鋏肢触肢担卵肢・第1という4対の付属肢関節肢)をもつ[3]

眼は頭部背面の眼丘(ocular tubercle)に備わり、左右でやや大きな1対と、それぞれ前後で正中線に備わる2つの小さな眼がある。これは左右で2対となる通常のウミグモの眼の配置とは大きく異なる[3]

頑丈な鋏肢(chelifore, cheliphore)は正面に備わって5節の肢節からなり、基部3節は柄部で先端2節はをなしている[3]。この肢節数は既知のウミグモの鋏肢中では最多である(他の種は通常3節で、最多でも4節程度である[11][12])。

円筒状の吻(proboscis)は鋏肢の直後、頭部前腹側の中央から突き出している。この吻は常に頭部の下で後ろ向きに折り畳むため、背側からは観察できない[3]

数珠状の触肢(palp)と担卵肢(oviger)は頭部前腹側の左右に備わり、それぞれ9節とおよそ11節の肢節に分かれている。触肢の第6肢節の内側は突起があり、残りの第7-9肢節にあわせてCの字形の亜鋏状となる。担卵肢は個体によって欠如した場合があり、これはヨロイウミグモ科のように性的二形(担卵肢を欠く個体はメス)を表す特徴ではないかと考えられる[3]

 
パレオイソプスの化石標本。大きく広げた第1脚を示す。

第1脚は頭部の左右に備わって大きく伸び、他の脚に比べてやや特化しており、最も発達している。基部には4節の環節構造(annulation)があり、それに続いて7節の肢節がある。基部3節は分厚く、先端4節は平たいオール状となり、後者の各肢節の幅はさほど変わらず、前3節の内側後端および外縁全体に短い刺毛(剛毛)が生える。先端は1本の鉤爪がある[3]

胴部 編集

胴部(trunk、もしくは胸部 thorax[3])は3節の胴節があって、後方ほどわずかに短縮し、背側は対になるこぶが生えている[3]

残り3対の脚(第2-4脚)は各胴節に1対ずつ配置され、後方ほどわずかに短くなる。これらの脚の大まかな形態は第1脚に似ているが、次の相違点が見られる。基部の環節構造の数は第1脚より少なく(順に3・2・1節となる)、その直後の肢節数は8節で第1脚より1節多い。基部3節は第1脚と同様に分厚くなるが、最初の肢節は長く伸びていた。残り5節は全てが平たいオール状だが、第1脚とは異なって先端ほど小さくなり、各肢節の内縁に発達した2列の刺毛が走る。先端は第1脚と同じく1本の鉤爪がある[3]

腹部 編集

腹部(abdomen)は体長の半分を超えるほど発達し、外見上では4節の腹節と1本の剣状の尾節(telson)が見られる。腹側の節間膜は背側より幅広く、下向きの湾曲動作に適している。肛門は尾節の腹側途中に開いている[11]。なお、鋏角類の肛門は通常では尾節の直前に開くものであるため、これは単なる尾節ではなく、第5腹節と真の尾節の融合でできたものではないかという説もある[3]。いずれにせよ、これは通常のウミグモで極端に短縮し、分節が存在しない腹部とは大きく異なる[3]

生態 編集

パレオイソプスは遊泳性ウミグモで、大きく平たい脚を用いて上手にを泳いでいたと考えられる[3]。大きなと頑丈な鋏肢を有することから、パレオイソプスは優れた視力をもつ捕食者であったことが示唆される[3]。また、ウミユリにくっついた化石標本が発見されており、それを捕食していたのではないかと推測される[3]。もしウミユリ食性の説は正確であれば、パレオイソプスの優れた遊泳能力は、長い茎に支えられ、高い位置にあるウミユリを探すのに役立っていたと考えられる[3]

分類 編集

ウミグモ類

パレオイソプス Palaeoisopus

フラジェロパントプス Flagellopantopus

スイクチウミグモ科 Austrodecidae

パレオパントプス Paleopantopus

ハリエステス Haliestes

他の現生ウミグモ類
+†パレオテア Paleothea

Poschmann & Dunlop 2006 に基づいた化石ウミグモ類(†)の系統関係[13]

現生ウミグモ類の内部系統に含まれるとする系統解析結果もある[14]が、多くの場合、パレオイソプスは基盤的なウミグモとされ[3][15][16][13]、本属の発達した腹部尾節祖先形質だと考えられる[3]。これにより、ウミグモの最も近い共通祖先は発達した腹部をもち、現生の系統群(皆脚目)に至るほど退化的になったと推測される[3]

パレオイソプスに類するほどのウミグモ類は知られていないが、同じくフンスリュック粘板岩から発見され、ごく一部の特徴が本属に似ていた化石ウミグモ類はいくつかある。例えばフラジェロパントプスFlagellopantopus)は短いながらも明確に分節した腹部と鞭状の尾節(鞭状体 flagellum)をもち[13]パレオパントプスPaleopantopus)の各脚の基部は本属に似た環節構造をもつ[3]

パレオイソプス(パレオイソプス Palaeoisopus)はウミユリヤドリグモ(Palaeoisopodus problematicus)という1のみによって知られ、ウミグモ綱の中で本属は独自にパレオイソプス(Palaeoisopoda)パレオイソプス(Palaeoisopodidae、ウミユリヤドリグモ科[2])に分類される[4][5]

脚注 編集

  1. ^ a b c d BROILI, F. (1928): Crustaceenfunde aus dem rheinischen Unterdevon. - Sitzungsber. bayer. Akad. Wiss., math.-naturw. Abt., 1928: 197-201; Miinchen.
  2. ^ a b c 小野展嗣「夢の虫」「分類表」『クモ学 摩訶不思議な八本足の世界』東海大学出版会、2002年、115-118, 195-207頁。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x Bergström, Jan; Stürmer, Wilhelm; Winter, Gerhard (1980-06-01). Palaeoisopus, Palaeopantopus and Palaeothea, pycnogonid arthropods from the Lower Devonian Hunsrück Slate, West Germany.” (英語). Paläontologische Zeitschrift 54: 7–54. https://www.academia.edu/5146832. 
  4. ^ a b PycnoBase - Palaeoisopodus Broili, 1928 †”. www.marinespecies.org. 2020年5月14日閲覧。
  5. ^ a b Dunlop, J. A., Penney, D. & Jekel, D. 2020. A summary list of fossil spiders and their relatives. In World Spider Catalog. Natural History Museum Bern, online at http://wsc.nmbe.ch, version 20.5
  6. ^ Sabroux, Romain; Audo, Denis; Charbonnier, Sylvain; Corbari, Laure; Hassanin, Alexandre (2019-11-17). “150-million-year-old sea spiders (Pycnogonida: Pantopoda) of Solnhofen” (英語). Journal of Systematic Palaeontology 17 (22): 1927–1938. doi:10.1080/14772019.2019.1571534. ISSN 1477-2019. https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/14772019.2019.1571534. 
  7. ^ Palaeoisopus ist ein Pantopode. -- Sitzber. Bayr. Ak. Wiss. math.-naturw. Abt., S. 45 bis 60, 3 Taf. 1932
  8. ^ BROILI, F. (1933): Weitere Beobachtungen an Palaeoisopus. - Sitzungsber. bayer. Akad. Wiss., math.-naturw. Abt., 1933: 33-47; Miinchen.
  9. ^ Lehmann, W. M. (1959-02-01). “Neue Entdeckungen an Palaeoisopus (ドイツ語). Paläontologische Zeitschrift 33 (1): 96–103. doi:10.1007/BF02988981. https://doi.org/10.1007/BF02988981. 
  10. ^ Selden, Paul; Nudds, John (2012-09-19) (英語). Evolution of Fossil Ecosystems. Academic Press. ISBN 978-0-12-404629-0. https://books.google.com.tw/books?id=DUli1Mb8j7QC&pg=PA70&lpg=PA70&dq=Palaeoisopus&source=bl&ots=pxzIr6Ac8V&sig=ACfU3U1TZ8MQ3upEmYl1gmGuw2BAkgEQ6Q&hl=ja&sa=X&ved=2ahUKEwiyv4KW-8fpAhUPE6YKHSUUD604ChDoATAIegQICRAB#v=onepage&q=Palaeoisopus&f=false 
  11. ^ a b Dunlop, Jason A.; Lamsdell, James C.. “Segmentation and tagmosis in Chelicerata” (英語). Arthropod Structure & Development 46 (3): 395. ISSN 1467-8039. https://www.academia.edu/28212892/Segmentation_and_tagmosis_in_Chelicerata. 
  12. ^ Brenneis, Georg; Arango, Claudia P. (2019-12). “First description of epimorphic development in Antarctic Pallenopsidae (Arthropoda, Pycnogonida) with insights into the evolution of the four-articled sea spider cheliphore” (英語). Zoological Letters 5 (1): 4. doi:10.1186/s40851-018-0118-7. ISSN 2056-306X. PMC 6330760. PMID 30656062. https://zoologicalletters.biomedcentral.com/articles/10.1186/s40851-018-0118-7. 
  13. ^ a b c Poschmann, Markus; Dunlop, Jason A. (2006). “A new sea spider (Arthropoda: Pycnogonida) with a flagelliform telson from the Lower Devonian Hunsrück Slate, Germany.” (英語). Palaeontology 49 (5): 983–989. doi:10.1111/j.1475-4983.2006.00583.x. ISSN 1475-4983. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/j.1475-4983.2006.00583.x. 
  14. ^ Arango, Claudia P.; Wheeler, Ward C. (2007-06). “Phylogeny of the sea spiders (Arthropoda, Pycnogonida) based on direct optimization of six loci and morphology” (英語). Cladistics 23 (3): 255–293. doi:10.1111/j.1096-0031.2007.00143.x. ISSN 0748-3007. http://doi.wiley.com/10.1111/j.1096-0031.2007.00143.x. 
  15. ^ Waloszek, Dieter; Dunlop, Jason A. (2002). “A Larval Sea Spider (Arthropoda: Pycnogonida) from the Upper Cambrian ‘orsten’ of Sweden, and the Phylogenetic Position of Pycnogonids” (英語). Palaeontology 45 (3): 421–446. doi:10.1111/1475-4983.00244. ISSN 1475-4983. https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/1475-4983.00244. 
  16. ^ Siveter, Derek J.; Sutton, Mark D.; Briggs, Derek E. G.; Siveter, David J. (2004-10). “A Silurian sea spider” (英語). Nature 431 (7011): 978–980. doi:10.1038/nature02928. ISSN 1476-4687. https://www.nature.com/articles/nature02928. 

関連項目 編集