ヒダテラ科

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ヒダテラ科 (ヒダテラか、学名: Hydatellaceae) は被子植物スイレン目に属するの1つであり、小型の一年生水草である Trithuria のみを含む。Trithuria には十数種が知られ、オーストラリアニュージーランドインドの各一部に分布する。細長いをもちイネ科ホシクサ科など単子葉類に似た外見をもつが (右図)、系統的にはスイレンなどに近縁であることが示されている。アクアリウムでの観賞用に栽培されることがある[1]

ヒダテラ科
Trithuria inconspicua iNat1.jpg
分類
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
: スイレン目 Nymphaeales
: ヒダテラ科 Hydatellaceae
学名
Hydatellaceae U. Hamann, 1976

特徴編集

 
2. Trithuria australis: A, B: 全体像. C: 雄花の花序. D: 1個の雄花 (雄蕊). E: 雌花の花序. F: 1個の雌花 (雌蕊).

沈水性抽水性一年草 (一部の種は多年草) であり、高さ 2–5 cm 程度[2][3][4][5]地下茎は短く直立し、多数の無分枝の不定根を生じる (菌根を欠く)[2][4] (下図1a, b, 右図2A, B)。地下茎の維管束は散在し、花茎では2–3本の維管束が存在する[4]。地下茎からは、多数の細長い螺生らせいし、叢生そうせいする (地際から多数の葉がまとまって生じる)[2][3] (下図1a–c, 右図2A, B)。葉は線状で葉脈は1本のみ、気孔は不規則型 (沈水性の場合は気孔を欠く)、托葉を欠く[2][3][4]道管をもつとされる[2][3]師管色素体はP-type[6][7] (タンパク質顆粒を含む)。

1a. Trithuria inconspicua: 多数の葉と雌花序 (中央) および雄花 (赤色)
1b. T. submersa: 頭状花序と葉、根
1c. T. submersa: 果実をつけた個体

雄花雌花をつける雌雄同株、またはどちらかのみをつける雌雄異株である[2][6]。花は非常に小さく単純であり、花被片を欠き、雄花は1本の雄しべ (雄蕊)、雌花は1個の雌しべ (雌蕊) のみからなる[2][4][7] (右図2D, F)。花は花茎の先端に集まって小穂状または頭状の花序をなし、1–4対の総苞で包まれたものが水上で咲く[2][4] (上図1a, b, 右図2A, B, C, E)。各花序は、雄花のみまたは雌花のみからなる場合 (homogamous) と、雄花と雌花が混在している場合 (heterogamous) がある (混在している場合は雌花の方が多い)[4]。ときに花序に分泌毛を含む[7]

雄蕊花糸は細長い[2] (右図2C, D)。葯は2花粉嚢を含む半葯2個からなり、底着葯、縦裂開し、の内被を欠く[2][3][4]。小胞子形成は連続型[3][7]花粉はふつう単溝粒、微小突起をもつ[2][3][4][7]心皮は1個[注 1]、3本の維管束があり嚢状、柱頭は房状[2][7] (右図2F)。子房上位胚珠は1個、頂生胎座倒生胚珠、2珠皮性で珠孔は両珠皮性[2][3][4][7]胚嚢は4細胞性 (1個の卵細胞、2個の助細胞、1個の1核中央細胞)[6]

果実は1個の種子を含み、非裂開 (痩果) または3カ所で裂開する (袋果)[2][3]。種子は内乳をほとんど欠き、デンプンに富む周乳が発達する[3][7]。種子中のはほとんど分化していない[2][3]胚柄は単細胞性[2]仮種皮を欠く[3]染色体数は 2n = 14[2]

分布・生態編集

オーストラリアニュージーランドインド熱帯から温帯域にかけてそれぞれ一部に分布しており、雨期の水たまりや湖沼などに生育する[2][6]。インドやニュージーランド南島での分布は、1990年代になってから発見された[6]。各種の分布域は以下のように分けられる[5][6][8][9]

花粉媒介は風媒、水上媒、または自家受粉する[2]。一部の種では無配生殖 (配偶子合体を経ない種子形成) の可能性が示されている[7]

系統と分類編集

上位分類編集

 
3. カツマダソウ属の1種 (Centrolepis strigosa)

ヒダテラ類は、単子葉植物、特にカツマダソウ科 (現イネ目サンアソウ科) の植物との外見的な類似性を示し (右図3)、古くからこの科に分類されることが多かった[2][6]。しかし形態的特徴の詳細な比較からは、ヒダテラ類とカツマダソウ科の近縁性を支持する特徴はほとんどないことが明らかとなった[6]。そのため、ヒダテラ類は独立した植物群として扱われるようになり、Hamann (1976) によってヒダテラ科が提唱された[6]。しかしその系統的位置は明らかではなく、例えばクロンキスト体系では、単子葉植物の中の独立の目、ヒダテラ目とされていた[1][6]

やがて分子系統学的研究が行われるようになると、ヒダテラ科の植物はイネ目に属することが示唆され、外見的な類似性から示唆された類縁性が支持されたと考えられた[1]。この結果に基づき、APG II (2003) の分類体系では、ヒダテラ科をイネ目に分類している[10]

しかしこのときの解析に用いられた試料には、イネ科植物など別の植物のDNAが混在していたことが示唆され、さらに詳細な解析が行われた結果、ヒダテラ科の植物は単子葉植物とは類縁性がなく、被子植物の初期分岐群であるスイレン科などに近縁であることが示された[1][11]。その結果、ヒダテラ科はスイレン科ハゴロモモ科とともにスイレン目に分類されるようになった[12]

ヒダテラ科は、最も初期の化石被子植物の1つとされるアルカエフルクトゥス (白亜紀前期; 右図4) との類縁性が議論されることがある[6][11]。特にアルカエフルクトゥスは長い軸の下部に雄蕊のみからなる多数の花が、上部に雌蕊のみからなる多数の花がついた花序をもっていたと考えられており (ただしこの軸全体を1つの花とする考えもある)、この構造がヒダテラ科の花序と類似しているとする考えがある。しかしこの仮説を支持しない特徴も存在し (ヒダテラ科における総苞の存在など)、アルカエフルクトゥスの系統的位置は明らかではない[6]

下位分類編集

一般的に、ヒダテラ科には HydatellaTrithuria の2属が知られていた[3][4]Hydatella は非裂開果を、Trithuria は裂開果をもつ[6]。しかし詳細な比較検討から、両属をまとめて1属とすることが提唱されており、この場合は Trithuria の名が用いられることになる[6][13]。2020年現在、Trithuria には14種ほどが知られ、4つのに分類することが提唱されている[8][9][14] (下表参照)。またいくつかの未記載種の存在が示唆されている[9][15]

系統的には、熱帯性の種 (オーストラリア北部、インド) と亜熱帯/温帯性の種 (オーストラリア南部、ニュージーランド) に分かれることが示唆されている[5] (下系統樹)。このような属内での分化は、中新世初期以降のオーストラリアの乾燥化によって起こったと推定されている[5]

ヒダテラ科Trithuria
Hamannia 節

Trithuria cookeana (オーストラリア北部)

Trithuria cowieana (オーストラリア北部)

Altofinia 節

Trithuria polybracteata (オーストラリア北部)

Trithuria konkanensis (インド)

Trithuria lanterna (オーストラリア北部)

Hydatella 節

Trithuria austinensis (オーストラリア南西部)

Trithuria australis (オーストラリア南西部)

Trithuria filamentosa (オーストラリア南東部)

Trithuria inconspicua (ニュージーランド北島)

Trithuria brevistyla (ニュージーランド南島)

Trithuria 節

Trithuria occidentalis (オーストラリア南西部)

Trithuria bibracteata (オーストラリア南西部)

Trithuria submersa (オーストラリア南西部、南東部)

ヒダテラ科 (Trithuria 属) の系統仮説[5][8][14]

ヒダテラ科の種までの分類体系の一例[8][9][15][16][17][18][19]

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 複数 (3個?) の心皮からなるとする説もある[2][3]

出典編集

  1. ^ a b c d 伊藤元己 & 井鷺裕司 (2018). “植物界のスキャンダル、ヒダテラ科”. 新しい植物分類体系. 文一総合出版. pp. 70–71. ISBN 978-4829965306 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u Stevens, P. F. (2001 onwards). “Hydatellaceae”. Angiosperm Phylogeny Website. Version 14, July 2017. 2021年5月8日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n Watson, L. & Dallwitz, M. J. (1992 onwards). “Hydatellaceae”. The families of flowering plants: descriptions, illustrations, identification, and information retrieval.. 2021年5月8日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k Hamann, U. (1998). “Hydatellaceae”. In Kubitzki, K. (eds). Flowering Plants · Monocotyledons. The Families and Genera of Vascular Plants, vol 4.. Springer. pp. 231-234. doi:10.1007/978-3-662-03531-3_23 
  5. ^ a b c d e Iles, W. J., Lee, C., Sokoloff, D. D., Remizowa, M. V., Yadav, S. R., Barrett, M. D., ... & Graham, S. W. (2014). “Reconstructing the age and historical biogeography of the ancient flowering-plant family Hydatellaceae (Nymphaeales)”. BMC Evolutionary Biology 14 (1): 1-10. doi:10.1186/1471-2148-14-102. 
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m n Sokoloff, D. D., Remizowa, M. V., Macfarlane, T. D., Yadav, S. R. & Rudall, P. J. (2011). “Hydatellaceae: a historical review of systematics and ecology”. Rheedea 21 (2): 115-138. https://www.researchgate.net/profile/Paula-Rudall/publication/261115994_Hydatellaceae_A_historical_review_of_systematics_and_ecology/links/00b7d5356887453125000000/Hydatellaceae-A-historical-review-of-systematics-and-ecology.pdf. 
  7. ^ a b c d e f g h i Johansson, J. T. (2013 onwards). “Hydatellaceae”. The Phylogeny of Angiosperms. 2021年5月13日閲覧。
  8. ^ a b c d Smissen, R. D., Ford, K. A., Champion, P. D. & Heenan, P. B. (2019). “Genetic variation in Trithuria inconspicua and T. filamentosa (Hydatellaceae): a new subspecies and a hypothesis of apomixis arising within a predominantly selfing lineage”. Australian Systematic Botany 32 (1): 1-11. doi:10.1071/SB18013. 
  9. ^ a b c d Sokoloff, D. D., Marques, I., Macfarlane, T. D., Remizowa, M. V., Lam, V. K., Pellicer, J., ... & Graham, S. W. (2019). “Cryptic species in an ancient flowering‐plant lineage (Hydatellaceae, Nymphaeales) revealed by molecular and micromorphological data”. Taxon 68 (1): 1-19. doi:10.1002/tax.12026. 
  10. ^ Angiosperm Phylogeny Group (2003). “An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG II”. Botanical Journal of the Linnean Society 141 (4): 399-436. doi:10.1046/j.1095-8339.2003.t01-1-00158.x. 
  11. ^ a b Saarela, J.M., Rai, H.S., Doyle, J.A., Endress, P.K., Mathews, S., Marchant, A.D., Briggs, B.G., & Graham, S.W. (2007). “Hydatellaceae identified as a new branch near the base of the angiosperm phylogenetic tree”. Nature 446: 312-315. doi:10.1038/nature05612. 
  12. ^ Angiosperm Phylogeny Group (2009). “An update of the Angiosperm Phylogeny Group classification for the orders and families of flowering plants: APG III”. Botanical Journal of the Linnean Society 161 (2): 105–121. doi:10.1111/j.1095-8339.2009.00996.x. 
  13. ^ Sokoloff, D. D., Remizowa, M. V., Macfarlane, T. D. & Rudall, P. J. (2008). “Classification of the early‐divergent angiosperm family Hydatellaceae: One genus instead of two, four new species and sexual dimorphism in dioecious taxa”. Taxon 57 (1): 179-200. doi:10.2307/25065959. 
  14. ^ a b Iles, W. J., Rudall, P. J., Sokoloff, D. D., Remizowa, M. V., Macfarlane, T. D., Logacheva, M. D. & Graham, S. W. (2012). “Molecular phylogenetics of Hydatellaceae (Nymphaeales): Sexual‐system homoplasy and a new sectional classification”. American Journal of Botany 99 (4): 663-676. doi:10.3732/ajb.1100524. 
  15. ^ a b de Lange, P. & Mosyakin, S. L. (2019). “Trithuria brevistyla (Hydatellaceae), a new combination for the New Zealand endemic species from the South Island”. Ukrainian Botanical Journal 76 (2): 95–100. doi:10.15407/ukrbotj76.02.095. 
  16. ^ GBIF Secretariat (2021年). “Trithuria”. GBIF Backbone Taxonomy. 2021年5月8日閲覧。
  17. ^ WFO (2021年). “Trithuria”. World Flora Online. 2021年5月8日閲覧。
  18. ^ de Salas, M. F. & Baker, M. L. (2018). A CENSUS OF THE VASCULAR PLANTS OF TASMANIA, INCLUDING MACQUARIE ISLAND. Tasmanian Herbarium, Tasmanian Museum and Art Gallery. p. 9. ISBN 978-1-921599-85-9. https://www.tmag.tas.gov.au/__data/assets/pdf_file/0005/179915/2018_Census_of_Tasmanian_Vascular_Plants.pdf 
  19. ^ Trithuria Hook.f.”. Atlas of Living Australia. 2021年5月8日閲覧。

外部リンク編集