ヒノキチオール: Hinokitiol)は、シダーヒバに含まれる不飽和七員環化合物(単環式モノテルペン)で、芳香族化合物の一つ。化学式はC10H12O2で、IUPAC命名法では2-ヒドロキシ-6-イソプロピルシクロヘプタ-2,4,6-トリエン-1-オン。CAS登録番号は[499-44-5]。初めて発見された7員環化合物である。

ヒノキチオール
識別情報
CAS登録番号 499-44-5 チェック
PubChem 3611
ChemSpider 3485 チェック
日化辞番号 J6.176J
特性
化学式 C10H12O2
モル質量 164.2 g mol−1
外観 無色-淡黄色結晶
融点

50-52°C

沸点

140°C at 10mmHg

危険性
引火点 140°C
特記なき場合、データは常温 (25 °C)・常圧 (100 kPa) におけるものである。

1936年台北帝国大学(現在の国立台湾大学)教授の野副鉄男によりタイワンヒノキから発見・命名された(日本のヒノキにはわずかに含まれることが後に判明している)。その後、ベイスギThuja plicata)の心材から発見されたβ-ツヤプリシン(β-thujaplicin)と同一であることが判明した(αおよびγ-ツヤプリシンは異性体[1])。 

ヒノキ科に特有の、トロポロン(2-hydroxycyclohepta-2,4,6-trien-1-one)誘導体の一つである。

性質 編集

樹木香のある無色ないし淡黄色の結晶。沸点は1.33Pa下で140°C融点は48–52.5°Cアルコールに可溶だが、水には微溶。

製法としてはヒバ油から分離する方法と、ジシクロペンタジエンから合成する方法が採られる。香料としては歯磨剤ヘアトニックなどに用いられる。低毒性であるものの広い抗菌スペクトルを有し、抗菌剤としても有効である。クラミジア・トラコマチスに対する抗菌活性[2]や、血漿のアラキドン酸12-リポオキシゲナーゼを選択的に阻害する[3]ことが報告されている。

抗菌作用 編集

ヒノキチオールは幅広い生物活性物質を有しており、その多くが研究され、論文で解明されている。まず最も有名なのは、多くの細菌や真菌に対して抗生物質への耐性に関係なく強力な抗菌作用を持つことである。具体的には肺炎レンサ菌、ミュータンスレンサ菌、黄色ブドウ菌、そして一般的なヒト病原体に有効であることがはっきりしている。さらに、クラミジア・トリコマチスに対し抑制効果があることが示されており、外用薬として臨床的に使用出来る可能性がある。最近の研究では、ヒノキチオールを亜鉛化合物と組み合わせて使用すると、ライノウイルス、コクサッキーウイルス、メンゴウイルス等のヒトに感染する数種類のウイルスに対し抗ウイルス作用を示すこともわかっている。[4][5][6][7][8][9][10]

その他の作用 編集

さらに、数多くの生体外細胞実験と動物実験で、幅広い抗菌作用に加えて抗炎症作用や抗腫瘍作用も有することが解明している。ヒノキチオールはTNF-αやNF-kB等の主要な炎症マーカーや炎症経路を抑制し、現在では慢性炎症や自己免疫疾患等の治療の可能性が探求されている。ヒノキチオールは、オートファジーの働きを誘発することにより、数種の主要な癌細胞株に細胞毒性を及ぼすことが判明している。[11][12]

コロナウイルスの研究 編集

ヒノキチオールが亜鉛イオノフォアとして作用することから抗ウイルス効果が生じる。ヒノキチオールは亜鉛イオンが細胞に流れ込むことを可能にし、それによりRNAウイルスの複製機構が阻止され、ウイルス増幅の阻害に至る。有名なRNAウイルスには、ヒトに感染するインフルエンザウイルスSARS新型コロナウイルス等がある。研究により、新型コロナウイルスと多くの類似点を持った別のコロナウイルスであるSARSに対して、亜鉛イオンと亜鉛イオノフォアの有効性が検証された。それにより、亜鉛イオンが細胞内でのウイルス増幅を阻害し、その作用は亜鉛の流入に依拠するということが明らかになった。この研究は、ヒノキチオールとよく似た機能を持つ亜鉛イオノフォアピリチオンを使用し行われた。[13][14]

ヒノキチオールを含む製品 編集

ヒノキチオールは化粧品、歯磨き粉、口腔用スプレー、日焼け止め、育毛剤等の様々な消費者製品に広く使用されている。消費者向けにヒノキチオール含有製品を販売する有名ブランドのひとつがヒノキクリニカルである。ヒノキクリニカル(1956年設立)は、1955年に初めての「ヒノキチオール工業用抽出」が始まった直後に設立された。現在、ヒノキはヒノキチオールを成分とする18種類以上の商品を販売している。もうひとつのブランド、リリーフライフはヒノキチオールを配合したオーラルケアシリーズの歯磨き粉で100万以上の売り上げを誇っている。他にヒノキチオールを使用している製品で有名なメーカーは大塚製薬、小林製薬、大正製薬、エスエス製薬などが挙げられる。アジアに加え、米国やオーストラリアの消費者市場では、スワンソン社等の企業がアンチエイジングセラムやその他開発品にヒノキチオールの利用を始めている。[4][6][8][10][12]

Dr ZinX 編集

2020年4月2日、酸化亜鉛の大手メーカーであるAdvance Nanotek社は、AstiVita と共同でヒノキチオールを必須成分とするオーラルケア製品をはじめとした様々な抗ウイルス組成物を特許出願した。この新発明を取り入れているブランドはDr Zinx と呼ばれており、同ブランドの亜鉛+ヒノキチオール化合物は2020年にリリースするとされている。2020年5月18日、Dr Zinx は「医療分野における殺ウイルス作用評価のための定量的懸垂試験」で新型コロナウイルスの代用としたネココロナウイルスを5分に3.25log減少(99.9%減少)させたという結果が公表された。亜鉛は必須栄養補助食品であり、人体内の微量元素であるが、世界的には人口の17.3%が亜鉛摂取量不足であると推定されている。[15][16][17][18][19][20][21][22][23][24]

参考文献 編集

  • 印藤元一著『合成香料 - 化学と商品知識』化学工業日報社、2005年。ISBN 4-87326-460-X 

出典 編集

  1. ^ 貞廣知行 (2008年5月4日). “シクロアルカン”. 有機化合物命名法談義. 2010年10月14日閲覧。
  2. ^ Yamano, H.; Yamazaki, T.; Sato, K.; Shiga, S.; Hagiwara , T.; Ouchi, K.; Kishimoto, T. (2005). “In vitro inhibitory effects of hinokitiol on proliferation of Chlamydia trachomatis”. Antimicrobial agents and chemotherapy 49 (6): 2519–2521. doi:10.1128/AAC.49.6.2519-2521.2005. PMC 1140513. PMID 15917561. http://aac.asm.org/cgi/content/full/49/6/2519. 
  3. ^ Suzuki, H.; Ueda, T.; Juránek, I.; Yamamoto, S.; Katoh, T.; Node, M.; Suzuki, T. (2000). “Hinokitiol, a selective inhibitor of the platelet-type isozyme of arachidonate 12-lipoxygenase”. Biochem. Biophys. Res. Commun. 275 (3): 885-889. doi:10.1006/bbrc.2000.3390. PMID 10973816. 
  4. ^ a b Yh, Shih (2013年6月12日). “In Vitro Antimicrobial and Anticancer Potential of Hinokitiol Against Oral Pathogens and Oral Cancer Cell Lines” (英語). Microbiological research. 2020年5月25日閲覧。
  5. ^ Y, Morita (2007 Sep). “The Mechanism of the Bactericidal Activity of Hinokitiol” (英語). Biocontrol science. 2020年5月25日閲覧。
  6. ^ a b Th, Wang (2016年9月28日). “Evaluation of the Antibacterial Potential of Liquid and Vapor Phase Phenolic Essential Oil Compounds Against Oral Microorganisms” (英語). PloS one. doi:10.1371/journal.pone.0163147. 2020年5月25日閲覧。
  7. ^ H, Domon (2019 Jun). “Antibacterial Activity of Hinokitiol Against Both Antibiotic-Resistant and -Susceptible Pathogenic Bacteria That Predominate in the Oral Cavity and Upper Airways” (英語). Microbiology and immunology. 2020年5月25日閲覧。
  8. ^ a b H, Yamano (2005 Jun). “In Vitro Inhibitory Effects of Hinokitiol on Proliferation of Chlamydia Trachomatis” (英語). Antimicrobial agents and chemotherapy. doi:10.1128/AAC.49.6.2519-2521.2005. 2020年5月25日閲覧。
  9. ^ Chedgy, Russell. (2010). Secondary metabolites of western red cedar (Thuja plicata) : their biotechnological applications and role in conferring natural durability. Saarbrucken, Germany: Lambert Academic Publishing. ISBN 978-3-8383-4661-8. OCLC 646005570. https://www.worldcat.org/oclc/646005570 
  10. ^ a b Bm, Krenn (2009 Jan). “Antiviral Activity of the Zinc Ionophores Pyrithione and Hinokitiol Against Picornavirus Infections” (英語). Journal of virology. doi:10.1128/JVI.01543-08. 2020年5月25日閲覧。
  11. ^ Lee, Tae Bok; Jun, Jin Hyun (2019-06-30). “Can Hinokitiol Kill Cancer Cells? Alternative Therapeutic Anticancer Agent via Autophagy and Apoptosis” (英語). The Korean Journal of Clinical Laboratory Science 51 (2): 221–234. doi:10.15324/kjcls.2019.51.2.221. ISSN 1738-3544. http://www.kjcls.org/journal/view.html?doi=10.15324/kjcls.2019.51.2.221. 
  12. ^ a b T, Jayakumar (2018年3月22日). “Hinokitiol Inhibits Migration of A549 Lung Cancer Cells via Suppression of MMPs and Induction of Antioxidant Enzymes and Apoptosis” (英語). International journal of molecular sciences. doi:10.3390/ijms19040939. 2020年5月25日閲覧。
  13. ^ Bm, Krenn (2009 Jan). “Antiviral Activity of the Zinc Ionophores Pyrithione and Hinokitiol Against Picornavirus Infections” (英語). Journal of virology. doi:10.1128/JVI.01543-08. 2020年5月25日閲覧。
  14. ^ Aj, te Velthuis (2010年11月4日). “Zn(2+) Inhibits Coronavirus and Arterivirus RNA Polymerase Activity in Vitro and Zinc Ionophores Block the Replication of These Viruses in Cell Culture” (英語). PLoS pathogens. doi:10.1371/journal.ppat.1001176. 2020年5月25日閲覧。
  15. ^ Advance NanoTek | Zinc Oxide Powder” (英語). Advance NanoTek. 2020年5月25日閲覧。
  16. ^ Health And Beauty | AstiVita” (英語). Health And Beauty | AstiVita. 2020年5月25日閲覧。
  17. ^ IP Australia: AusPat Disclaimer”. pericles.ipaustralia.gov.au. 2020年5月25日閲覧。
  18. ^ Patent Update AstiVita”. 2020年5月20日閲覧。
  19. ^ Zinc + Hinokitiol” (英語). Dr ZinX. 2020年5月25日閲覧。
  20. ^ Barrett, Megan. “AstiVita - Testing Results for Dr ZinX - Zinc + Hinokitiol Combination”. 2020年5月18日閲覧。
  21. ^ Test Results” (英語). Dr ZinX. 2020年5月25日閲覧。
  22. ^ Administration, Australian Government Department of Health Therapeutic Goods (2020年5月7日). “Surrogate viruses for use in disinfectant efficacy tests to justify claims against COVID-19” (英語). Therapeutic Goods Administration (TGA). 2020年5月25日閲覧。
  23. ^ Kr, Wessells (2012年). “Estimating the Global Prevalence of Zinc Deficiency: Results Based on Zinc Availability in National Food Supplies and the Prevalence of Stunting” (英語). PloS one. doi:10.1371/journal.pone.0050568. 2020年5月25日閲覧。
  24. ^ Rb, Ervin (2002 Nov). “Mineral Intakes of Elderly Adult Supplement and Non-Supplement Users in the Third National Health and Nutrition Examination Survey” (英語). The Journal of nutrition. 2020年5月25日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集